アイドルを庇え!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 べるがー
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/04〜11/08

●本文

 ──い・ま、あなったの・もっとへ〜♪
 彼女が微笑めば、百人の男の目尻が下がるという。
 ──る・る・るらら☆ りりらら・りり〜♪
 スタイルは抜群、ちょっとお尻は小さめだが、ちょっぴりロリちっくだが、見る者を捕えて放さない魅力。
 ──りりこ・りりこ・りりこはアイドル〜う〜う〜♪
 そう、本人自体はとっても完成された、アイドルなのだ。‥‥歌わなければ。

「困りましたねぇ」
 ばさりとディレクターが放った紙は、デスクの上に散らばる。今は拾う気にもならなかった。
「す、すみません私の力不足で」
 ぺこぺこ頭を下げたのは、神前稟々子(かんざき・りりこ)の付き人、若き苦労人・山淵くんであった。
 アイドルを育てるのはマネージャーの仕事、ヒロインが育つにはマネージャーの指導教育が必須だ。そういった意味では彼はとっても頑張り屋だったのだが。
「‥‥苦労したんだろう?」
 何百人というアイドルを見てきたディレクターに同情されてしまった。
 山淵くん努力のおかげで、本人自体はとっても魅力的だ。可愛い。ちょっぴり天然。でもとっても笑顔がキュート。しかも挨拶もちゃんと出来る、常識をちゃんと教えられた少女である。しかし。
「いかんせん、あの歌唱力はなぁ‥‥」
 歌も踊りも出来るアイドルとして売り出したのは完璧に失敗だった。『歌? 大得意です〜』とおっとり笑っていた彼女を信用した山淵が悪い。
 時にマネージャーは売り出す際に、出来もしない事を出来ると断言して売り出す。撮影が始まる前に出来ればいいのだから。
 しかし、今回ばかりは救い用がないほどド下手であった。
『り・り・りりこのり〜♪』
 廊下から聞こえてきた少女の歌声に、ディレクターとマネージャーの肩が震える。あれはもはや凶器だ。
「俺‥‥開始3秒で気を失うかも」
 ディレクターに悪意はなかった。
「こうなりゃ誤魔化す、というはどうでしょう?」
 りりこの歌声に頭痛と吐き気と悪寒を覚えながら、マネージャーは懸命に言う。今回の仕事はりりこのデビューがかかっているのだ。たとえあの歌唱力を暴露する事になっても、撮影中止だけは避けなければならない。
「ごーまーかーすーうぅ?」
 廊下から聞こえてくるセイレーンの如き歌声に心をかき乱されてるディレクターは、心ここにあらず。チャンスだ!
「そうっ、彼女はちょっとばかし歌が駄目ですが、なら誤魔化してもらえればいいんです! 舞台に! バックミュージシャン達に!」
「‥‥は?」
「彼女自身はとっても魅力的なんです、ただ一度歌を歌って芸能界から消すのはディレクターとして間違ってます! そう、彼女を魅力的に、そして客へのフォローをしてくれる人がいれば、きっと‥‥!」
「‥‥誰が〜?」
 ディレクターは、既に瞼が閉じかけていた。動物としての防衛本能だろうか?
「ぼ、募集すればきっと稟々子を助けてくれる人物が!!」
「そう、か‥‥わか、った‥‥」
「ありがとうございます!!」

 ──でも、本当に稟々子のデビュー戦を守ってくれる人たちが現れるだろうか?

●今回の参加者

 fa0522 犬神・かぐや(14歳・♀・狼)
 fa0737 大上誠次(24歳・♂・狼)
 fa0760 陸 琢磨(21歳・♂・狼)
 fa1250 輝・リアトリス(20歳・♂・蝙蝠)
 fa1456 焼津甚衛(51歳・♂・鴉)
 fa1600 竜耶(25歳・♂・竜)
 fa1634 椚住要(25歳・♂・鴉)
 fa1687 雪音 希愛(18歳・♀・猫)

●リプレイ本文

「歌唱力ゼロ‥‥というより、破壊音波を発するアイドルか」
 死屍累々。廊下に逃れた大上誠次(fa0737)は思わず呟いた。テレビ局を訪れてからずっとハイテンションを維持していた筈の犬神かぐや(fa0522)も目を回している。その傍らには額を押さえて顔を上げる事が出来ない輝リアトリス(fa1250)。
「最悪だな」
 容赦ない焼津甚衛(fa1456)の一言。しかし誰も反論出来なかった。
 雪音希愛(fa1687)もちょっと冗談では済まない体調不良にフラフラとトイレに向かっている。三半規管に直接訴えるものがある稟々子の声に、椚住要(fa1634)も不安を禁じえない。何しろたった残り五日、協力者は自分を入れて六名なのだ。

●歌手として
「レコーディングである程度聞けるものを繋ぎ合わせて、本番は歌う振りをしてもらいましょう」
 頭痛が治まってきた輝が提案する。
「私も全力で稟々子さんを応援させて頂きます!」
「うんっ、歌手はいつも楽しく笑うの。ね、キラ!」
 女性陣の復活は更に早い。これからどうすべきか。コーラス担当を名乗り出た希愛とかぐやが早速楽譜に何かを書き込んでいる。
「大丈夫、こことこことここにもコーラス入れて‥‥」
「──さて、あの稟々子の歌声をまともに『聞ける声』に出来るものか」
 壁にもたれかかり、腕を組む甚衛。棘のある言葉に、希愛とかぐやの顔に不安がさす。
「焼津さん‥‥」
「まぁ、今回俺のすべき事は本番においてより完璧な演奏をする事だ。それ以外の仕事として、そうだな、稟々子の替え玉を用意しておく事にしよう」
 輝の困ったような視線を無視し、甚衛はそのまま背を向けてテレビ局を出て行く。

「かぐや、とりあえずこの曲を歌ってごらん」
 輝に指示され、トップ歌手を目指すかぐやが目を輝かす。レコーディングルームに飛び込むと、ヘッドフォンをつけ目を閉じた。
 ──一度聞いただけの他人の曲。けれどそんな事、曲に魅せられた少女には何の障害にもなりえない──
「上手いな、さっきまでの子供っぽい顔がすっかり歌手だ」
 誠次は純粋に関心している。希愛も々コーラス担当として、異論はないようだ。
「‥‥俺も、歌うのは苦手だ」
 そんな中、傍らの少女にだけ聞こえるよう呟いたのは要。どんどん俯き始めていた顔が上がる。
「いいから気にするな。‥‥歌の指導は後で俺がしてやる」
「‥‥はい」
 ぶっきらぼうに視線を逸らす要。ほにゃ、といつもの天然笑顔を見せた稟々子は、じっとガラス越しの歌手を見つめる。

「う──ぐ、ぬぬぬ」
「ごめんなさい、ごめんなさぁい!」
 テレビ局関係者が、何事かと開け放たれた部屋を覗き込んでゆく。中では、機材にへばりついている要にすがりつく少女がいた。
「輝さん、誠次さん、持病なんて持ってないですよね!? やっぱり私の歌‥‥? 私、やっぱり特殊な歌手なのぉ!?」
 ばったり倒れた三人の男の前で、オロオロしているのは稟々子。
「特殊というより下手なんだ、いい加減気付け」
 ずっと姿を消していた甚衛が、レコーディングルームの前で膝を抱えて待つ忠犬かぐやを横目に言葉を吐く。
「や、焼津さんっ」
 希愛の責めるような呼びかけにも動じる事はない。
「これから歌手として活動するなら確実に越えねばならん壁だ。この程度の事で越えられんなら歌手を諦めるだろうし、越えられたなら立派なプロだ」
「それはっ‥‥そうですけど」
 レコーディングルームの稟々子は、死体と化した三人の中で、震える指で裾を握って俯いている。
 甚衛の言葉はきつい言葉‥‥だが、それは事実なのだ。ここで諦めるようならば、彼女は二度と芸能界には這い上がって来れないだろう。

 誠次が休憩をもらってロビーまで降りた時、マネージャーの山淵に呼び止められた。
「あの、今回レコーディング協力頂いている方ですよね。り、稟々子の様子はどうです? レコーディングは上手くいってますか?」
 そういえば、曲の楽譜とマスターテープを渡されたまま山淵の姿は見なかった。マネージャーとしての仕事があるのだろうが、誠次は今回のやり方で山淵に釘を刺しておく事にする。
「あのな、山淵さん。今回は俺らが協力して事なきを得たが、これからはこんな売り込み方はしない方がいい」
「あ‥‥はい」
 稟々子も流石に凹んでいるのは、要でなくとも気付いていた。何しろ目の前で何度も歌わせているのだから。
「よく知りもしない事、全く確認していない事を堂々と『出来る』などと口にするのは先方への、仕事への侮辱だと考える者がいても可笑しくはないしな」
「‥‥‥‥」
 返事はなかったが、紙コップをゴミ箱に捨ててその場を離れた。後悔しているのは見て取れたから、後は大丈夫だろう──。

●本番です!
「結構人が多いな」
 誠次は自分のベースギターを引っ掛けながら、マイクの首を動かす。かぐやが輝にじゃれつく中、セッティングを終えたスタッフが稟々子に早く来るように声をかける。しかし、
「あ‥‥足、動かなっ」
 自分が本当の本当に音痴だった、というのが理解出来たのは、彼らと知り合った五日前。基礎もリズム感も何も養えなかったのは、自分が一番よく分かっている。今回は録音だから大丈夫だ、と言うがあれこれ不安が過ぎって足が竦んでしまう。
「今悩むな」
 べし、と背中に軽い衝撃が走る。要が自分のベースギター片手に立っていた。本番中に何かあった時の交代要員だから、楽器はケースに入ったまま。その横にはにこにこ微笑む希愛がいた。
「今日のところは客に笑顔を振り撒いておけ──大丈夫だ」
 やはりその顔には愛想のあの字もなかったが、要は稟々子を気遣ってくれているらしい。インカムで指示を受けたADが稟々子を急かした。
「歌は私たちに任せて、稟々子さんは踊りに集中して下さい。笑顔でお客様を魅了して下さいね!」
 希愛の笑顔に押され、ようやく稟々子はセット中央に立つ。

 ──ボリュームが強すぎたか。
 四日間仲間と共に行動しなかった甚衛は、最前列に立つ観客の様子をサックス越しにチェックする。くどくならない程度だから、流石に夢中になっている人間には気付いてない程度だが。
 明るいメロディにしっとりとした大人の音が絡む。めいっぱいの肺活量で息を注ぎ込まれた金色の楽器が、希愛のコーラスに応じる。
「り・り・こー♪」
 テープで流れる稟々子の歌声よりもこの場で歌うかぐやのコーラスが目立ったが、この場はあくまで稟々子を印象づけるもの、中央で元気に踊る稟々子に拍手をリズムよく送るように、観客を上手く導いている。歌詞に彼女の名前があった事を上手く利用している。
「何とか‥‥ッ、なったな!」
 気付けば背中合わせにベース担当の誠次がいた。ダンス中心の激しい曲も既に盛り上がり最高潮。観客はノリのいい稟々子のダンスに一緒になってリズムを取っている。
「焼津さんの発破に彼女も奮起したみたいだし‥‥な」
 くすりと笑ったのは甚衛がミュージシャンとしてのプロ意識を持たせようとした事に対してか。
「──さて。稟々子がこのままだとこの芸能界に生き残れんのは確かだな」
 口の悪いジャズ奏者に、誠次はくっくと笑っている。

「稟々子さんっ、この後ライブハウスで歌うんだけど、ぜひ来てみて! きっと今まで以上に歌が好きになるよ!」
 獣化した耳を隠すように、帽子を目深に被ったかぐやが稟々子に飛びつく。
「え? ええ?」
「ええ、ぜひ。他の皆さんも飛び入りで入って下さると嬉しいです」
 一緒の依頼に入ったにも関わらず、かぐやには本番のコーラス担当としてほぼレコーディング外で過ごさせてしまった。輝はバイオリンを持ったまま穏やかに笑う。
「いいのか?」
「ええ、ぜひ。椚住さんも歌って下さい」
「歌は苦手なんだ、勘弁してくれ‥‥だが、これならOKだ」
 黒いケースに包まれたそれを見せる。
「稟々子さん、行きましょう! 皆さんと一緒に歌うとより一層楽しくなりますから!」
 本番で導いたように、希愛は稟々子の手を取る。
「うん‥‥行こうかな」
 ──それもいいだろう。歌が好きだという気持ちは原動力になるだろうから。
 甚衛の言った壁はきっとまだ越えてはいないが、今夜皆と歌う事で稟々子の歌手としての第一歩が始まるだろう。