異色バカッポーすぺさるアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 べるがー
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/10〜11/14

●本文

『のーりーちゃんっ。はいっ、アーンして?』
『んっ、美味い!』
『やだぁ、のりちゃんてばぁ、口の横っちょにつけちゃってぇ、子供みたーい』
『みさとが食べてくれるんだろ?』
『うんっ』
『アハハ』
『ウフフ』
 その空間を称するには何と呼べば良いだろう?
 たった二人だけの固有結界。何人たれど不可侵のそこは、恋人達のみが入れるという。
 そう、二人の世界を築き上げる二人を世の人々はこう呼ぶのだ。
 ──バカップル、と──

「でぃ、ディレクター‥‥?」
 その日彼を見かけたADは周囲にこう語ったという。
 あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、足元目線定まらず、インカムなんてほっぽって、コーヒーを浴びるように飲む姿。
 番組直後の事であった。
「あ、あのディレクター、大丈夫でしょうか?」
 傍の司会者に声をかけると、その彼までも遠くを見つめた。
「そっとしといてやれよ‥‥あんな番組を続けてもう二十年っていうんだから、精神がヤラレてたって仕方ないんだ」
 そう、仕方ないんだ。
 そう語る司会者の目は既に戦いを終えた男の目をしている。彼もそういえばこの仕事、三年目という話だったか。
「こういうADも司会者もディレクターも無視な番組が、視聴率維持してるってんだから‥‥世も末だよな」
 はあああ、と溜め息しか出ない。
 セットを片付けているAD達もどこか覇気がなかった。

 恋人達を見つめて幾星霜、番組『新婚さんHeyらっしゃい!』はバカップルを撮り続ける不毛な番組である。
 男と女で溢れるこの世界、自分の恋と比べてみたいのかもしれない。或いは指を差して『バッカだー』と言ってみたいのかもしれない。
 人とは他人の恋模様が微妙に気になるものなのか、未だ視聴率が下方修正した事はない。
「う‥‥ぐ、ぬぬぬ」
 常飲している胃薬を飲んだディレクターは、来週の撮影を思い吐き気と眩暈を覚えた。
 あのバカップルを探し出すのも億劫になりつつある。早い話、この仕事が嫌になりつつあるのだ。
「らぶらぶバカッポーな男と女の出歯亀なんてもうたくさんだ‥‥」
 きりきりきりと痛む胃はもう限界と訴えている。しかし視聴者は待ってはくれないのだった。
 ──ナニが面白くもねぇ男女の色恋沙汰なんぞ‥‥男女?
 ふと先日教育番組で取り扱われた、性同一障害が頭をよぎった。男同士の恋愛だって芸能人にも多くなったな、なんてぼんやり思う。
 ──ふむ。
 少し毛色の変わった特集でもすれば‥‥スタッフの気も晴れる気がした。


 ひっそり大・大・大募集!
 君もあの長寿番組『新婚さんHeyらっしゃい!』に出てみないか!?
 出演資格は簡単、ちょっと変わった恋愛をしてる方ならOKだ!
 世は世紀末を通り越して新世紀★
 今まで明らかに出来なかった恋人を連れて出演しちゃおう♪

 裏条件(非公開)
 なお、恋愛の真偽は問わないので、ご安心を。

●今回の参加者

 fa0073 藤野リラ(21歳・♀・猫)
 fa0079 藤野羽月(21歳・♂・狼)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa0748 ビスタ・メーベルナッハ(15歳・♀・狐)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1537 巴星(25歳・♀・蛇)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

●本番前
 本番前のスタジオを前に、小柄で華奢な藤野リラ(fa0073)がきょときょとと視線をさ迷わせている。同行した夫の藤野羽月(fa0079)がいつものように優しく手を引いた。
「どうした、緊張したか?」
 夫婦揃って芸能生活はまだ浅いため、慣れないための不安かと思ったのだ。しかし気遣う夫をよそに、妻は何かを食い入るように眺めながら首を振る。何があるのかと夫も見つめたその先には──
「ふぐぐふぐもがーッ」
「往生際が悪いな、マイハニー」
 簀巻きにされ口も手足も封じられた蓑虫状態の篠田裕貴(fa0441)に、それを見て悦に入っている鳥羽京一郎(fa0443)。
「あら‥‥やっぱり貴女にはこちらの方が似合ってよ」
「あ、そんな、光栄です‥‥」
 自分のポーチから取り出した口紅でアイリーン(fa1814)に化粧を施してやる巴星(fa1537)。くいと上げられた顎に反し、照れたように目を伏せた。
 そして極めつけは。
「リボンが曲がってるわ、セ・ン・パ・イ」
「やぁん、やってぇ〜」
 かの有名私立女子高校の清楚な制服を身に纏ったビスタ・メーベルナッハ(fa0748)が富士川千春(fa0847)の二人。
 ──何故、ピンク色に見えるのだろう‥‥ライトか? ライトなのか?
 羽月にはわからない。が。
 くいくい、と服の裾を引く可愛い妻が上目遣いに、自分の顔もライトで照らされたかのように赤く染まる。
「ちゃぶ台引っくり返し‥‥って、どうでしょう?」
 そんな事を真剣に言ってる妻は周りのバカップルに感化されたのだろうか?

●暴走!バカッポー
「今日は四組のバカップルさんにお越し頂きました! 皆さん、拍手!」
 しんと静まっていたスタジオ内が、司会者の音頭に一気に湧く。毎回見るものはバカップルと代わり映えがないものの、実は人気番組『新婚さんHey!らっしゃい』。特別編と言われれば集まらないわけにはいくまい。
「こんにちは、羽月さんの妻のリラです。羽月さんの事なら何でも答えられますよ!」
 むん、と小さな体で自己紹介をするリラ。
「リラの夫の羽月だ。そうだな、俺も‥‥妻の事なら何でも答えられるな」
 ぱあああ、とライトもも当たってないのに何故か光り輝くスタジオ。二人の純な愛に観客は思わず目を眩ませた。
「俺は鳥羽京一郎、こっちは可愛いハニーだ」
「ばばばかやろっ、そういう紹介はすんなってんだろ!?」
 さりげに斜め後ろから腰を抱き登場する京一郎。真っ赤になって振り解こうとする裕貴をうっとり眺めている。
 密かに一部女子陣から言葉にならない悲鳴が上がった。──いやん、来て良かったあああ!
「あ、そこの椅子にどうぞ座って下さいね──って、あの?」
「イヤ、椅子なんか座れないのぉ〜」
 司会者の言葉を無視し、ビスティの膝上に座る千春。可愛らしい制服姿でふるふると首を振った。
「気にしないで頂戴? 先輩──うふっ、これでも演劇部の先輩なのよ──普段は厳しいんだけど、二人っきりになると途端に甘えん坊になるの。こういう風に、ね」
「ここが一番安心するわ」
 すりすりすり。抱っこちゃん状態で甘える千春と抱き返すビスティ。観客の胸がキュンと高鳴った。
「それじゃああたくしも‥‥アイリーン?」
「だ、ダメよ巴星さん、今撮影ちゅ‥‥ん!」
 細く長い指をアイリーンの唇に押し当てた巴星はそっと囁く。
「アイリーンの肌は全部綺麗だけれど‥‥ちゃんとお化粧しなくっちゃダメよ」
 おーい、あのーぉ、番組始まってるんですけどーぉ、と言いたげな司会者をよそに、さっとポーチからファンデを取り出す巴星。それを上目遣いのまま見つめるハムスターのようなアイリーン。
 ──っていうか。今この人、さらっと全部綺麗って‥‥肌って!
 今回の特別番組、恐らく永久保存版になるに違いない。

「ん? 馴れ初めは今入ってるプロダクションで出逢ってからだな。俺の一目惚れという奴だ」
 二人の付き合い始めを尋ねた司会者はひくっ、と引きつった。カップリング椅子に座った京一郎の腕が、真っ赤になって怒鳴り散らす裕貴の腰を抱きしめ密着している。さっきから一部腐女子の皆さんの視線が突き刺さって痛い。
「出会った頃から可愛くてな。そう、こうしただけで」
「ひっ! や、やめろばか!」
 ‥‥うん、見えない。椅子の裏に隠れてる手が何してるかまでは全然全く見えないから。さ、次いきましょう。
「ああ出会い? この子は私のお弟子さんよ。メイクしている私に惚れたって‥‥可愛いでしょう?」
「だ、だってメイク中の巴星さんって凄く素敵なんだもの‥‥」
 性別を越えてしまうくらいですか? 喉まで出掛かった言葉はかろうじて耐えた。
「付き合うキッカケ? わたくしが襲っ‥‥じゃなくてお互い気持ちが我慢できなくなったからじゃないかしらぁ?」
「‥‥」
 今何か限りなくヤバイ事実をこの耳が聞いてしまった気がするが、気のせいだろう、隣で真っ赤になって巴星の肩に隠れてしまったのもそのまま指をからめて見詰め合い始めたのも気のせいだ。
「部活動の合宿の時、ちょっと相談事があって先輩の部屋へ行って‥‥」
 制服姿のビスティが、ちらと恋人と観客の様子を伺う。
「‥‥そこから先は恥ずかしいからお話できないわ」
 千春さん、アナタ後輩に一体ナニを? 膝上で変わらず千春はにっこり微笑んだ。
「この先は秘密ですわ☆」
 やったのか、女子校で。

「えっ、ケンカですか!? ケンカなんてした事ありませんけど」
 司会者に問われ、ぽっと頬を染めるリラ。隣の夫が暖かな視線を送っている。
 ──ああ、普通のバカップルで良かった‥‥。
 普段バカップルばかり相手にしている司会者はいい加減この世からバカップルなぞ撲滅してしまえと思っていたが、今日、今。観客がいる以上撮影を中止出来ない司会者は以前の自分を悔い改めた。
 だってそうじゃないか?
「二人でホラー映画を見てる時の反応が可愛くてな‥‥ふ、俺の胸がなければ眠れないなどと」
「黙れ! 言うな! 怖いのは苦手なんだよ!」
 凄く愉しげな京一郎に、じたばたと腕の中でもがく裕貴。耳まで染め上げた顔、悠然とした京一郎の一語一句に弄ばれる姿‥‥イイ。
「そっ、それに可愛いって何だよ!? 手握ったり顔埋めたりするくらいだろ!? それより何よりそんな恥ずかしい事バラすな、馬鹿野郎!」
「ふふっ‥‥そういうところが可愛いんだろう?」
 自分の台詞が墓穴を掘っている事に気付いてない辺りが! そこんとこを滅茶苦茶愛しちゃってる感じな黒髪美形が! これが萌えらずにいらりょうか!?
 どんどん鼻を押さえて蹲る客が増える中、司会者は絡み合う百合の花にも眩暈を覚える。
「ほら、上を向いて‥‥そう、キスする時のように、わたくしを見て」
「あ‥‥顔のマッサージ‥‥凄い、気持ちいい‥‥巴星さん、上手‥‥」
 そこで怪しい言葉を交えつつうっとりお化粧を始めちゃった師弟バカッポーと。
「好きな食べ物? うふふ‥‥先輩♪ え、普通の食べ物? 甘い物かしら‥‥」
「ビスティちゃんも、とーっても甘いですわ☆」
 司会者の意向を無視してどんどんヤバゲな話題に突き進んでいく制服バカッポー。周りの視線は全く目に入ってない。
 ──どうしよう、この番組の編集。
 もはやどっからどこまで編集入れたら放送可能だろうかってところまで話題は領空侵犯している。カメラマンが絡み合ってるバカッポーを撮るのを避け、この中じゃ純真無垢としか思えないリラの姿を捉えた‥‥あ、あら?
「ええ、私も。羽月さんの事なら何でも。ええ、それこそ隠し事も! 知ってますよ」
 ずごごごご、と何か青白い炎を背負ってアルカイックスマイルを浮かべている。本気で笑ってないように見えるのは気のせいか。
「り、リラ?」
「この際だから言わせて貰います‥‥隠し事はないと言いますけど‥‥ならいつぞやとおおおっても仲良さそうにお話していた女の子はどなたなのかしら‥‥」
 暗雲が。屋根があるスタジオに暗雲が青白い稲妻が!
「えっ、だから、それは誤解だと‥‥!」
 ゆらあっと桃色吐息だったスタジオに絶対零度のリラの微笑みが炸裂する。
「酷い、浮気は一度きりだと思ってたのに! じゃあ携帯の着歴は別の人!? 酷いわ、私の事も遊びだったのねー!!」
「まてえええっ」
 舞うテーブル、カップリング椅子、司会者。現場を止める者は誰もいない。
「あらダメよ、恋人ならちゃんと大事にしてあげないと」
「ちがっ、誤解です!」
 巴星の台詞に慌てる羽月。
「ふごもほほっ?」
「何言ってるかわかりません!」
 ビスティと共にチュッパチャップスを間にディープキスをしていた千春が何か話しかけるが、逃げている羽月には伝わらない。
「馬鹿だな、恋人ならほらこうしてこのようにご機嫌を取ってしまえば」
「無理です!」
「やめろ京一郎おおおっ」
 ソファが簡易ベッド化したバカッポーの横を走りながら、羽月と悲鳴を上げる裕貴の声がダブる。
「ええい、幼馴染の顔さえも忘れたのかリラさんは! 遊びだったら結婚してるか!!」
 ガターン‥‥。持ち上げていた観葉植物がぼとりと落ちる。
「羽月さん‥‥!」
「──愛してる」
 あらゆる小道具大道具が散乱する中、抱き合う夫婦。カメラは誰に焦点を当てて撮ったらいいのかわからず、結局全貌を撮ってしまったという‥‥。

●撮影終了後
「ディレクターさん、『編集前』テープダビングして一本頂いてもいいかしら?」
「──は?」
 全ての観客を退出させた後、やはり片隅で浴びるようにコーヒーを飲んでいたディレクターに声をかけたのはアイリーンだ。
「巴星さんのメイクテクニックってすっごくためになるし‥‥」
「あ、私も『編集前』のテープ欲しいわ」
 色々言っちゃったしやっちゃったから切られると思うのよね〜、と笑うビスティ。かなり確信犯。
 ──編集か〜‥‥って今日の撮影のどこをどうやって編集するんだ?
 スタッフはまだ呆然と局地的大地震を受けたかのようなセットを前に固まっている。音声さんも、カメラマンも。これを一体どう編集しろと?
「あー‥‥そのまま流すか」
 ぶっちゃけ英断でなく思考放棄。だが、これがまた『新婚さんHey!らっしゃい』の寿命の長さを助長するハメになる事など‥‥まだ、知る由もなかった。