波飛沫に落ちた愛アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
べるがー
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
12/01〜12/05
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●本文
──その映画の出演は、危険だと分かりきっていた事だ──
「エキストラ、ですか」
幾人かの芸能関係者が集まる、とあるホテルロビーで。コーヒーを啜る音がぴたりと止まった。
「しかし、そんな危険な『自殺志願者』がいるかどうか」
「お願いします、どうしても必要なんですよ! 進藤監督が納得してくれなくって‥‥どうにか多数の『自殺志願者』用意してくれませんか?」
何人かのプロダクション社長は顎に手を当てて考え込んでいる。その対象は、来春公開予定の恋愛映画。
映画タイトル『波飛沫に落ちた愛』。タイトルが示す通りちょっとグロいシーンもある恋愛映画である。
一人の女が周囲に認められない愛に苦しみ、自殺の名所で男や横恋慕の女とやり合うのだ。
脚本が新進気鋭の恋愛作家と、映画にかけては妥協を許さない監督一筋の男がタッグを組む事で、製作発表段階から結構有名になっていた。
が、撮影が進む中、問題が湧き上がる。映画の佳境となる、自殺の名所でのシーンで監督が言ったのだ。
『自殺の名所で二人の愛を確かめ合うのに、崖から飛び降りる人間がいる』
無茶ですよ! と言えない相手がこの進藤監督だ。スタッフは泣く泣く利点を前面に出して知ってる限りのプロダクション社長に声を掛けたのだが‥‥。
一人の社長がいや、と首を振った。
「やはりそんな危険な仕事はうちの俳優にさせられませんね」
「そ、そんなっ」
「ウチもお断りします。確かに映画出演は願ってもない事ですが‥‥しょせん、エキストラですし」
随分悩んだのだ。新人の多いプロダクションを盛り上げるためにも、ここは有名どころが集まる映画にエキストラでも出演させたいと。
けれど今日の話を聞き、その考えは吹っ飛んだ。
「い、一応網や船も用意しましたので」
「いえ、お断りします。役者を危険にさらす気はないのでね」
「申し訳ないが」
ああっ‥‥。
監督に依頼され、プロダクション社長を集めたスタッフは立ち去る。がっくりと肩を落としたスタッフに、一人の社長が申し訳なさそうに振り返る。
「今、出来立てほやほやの新規プロダクションも多いようですんで、ひょっとして声を掛けたら受けてくれるかもしれませんよ?」
──さあ、依頼は出された。危険を物ともせずに挑む俳優は誰だ?──
映画『波飛沫に落ちた愛』で崖から飛び降りるエキストラ、危険を承知で募集!
シーン説明としては、崖から各々飛び降りる自殺志願者達を見て主人公達が考えを改めるというもの。落ち方や落ちる理由、叫び声は自由です。
●リプレイ本文
●どこかの物好きたち
「えぇぇぇっ!? じ、自殺志願者なんですかぁ!?」
くわぁ、と場違いに呑気な欠伸が聞こえた。誰だろうと思って見てみると、同じ参加者の烏丸りん(fa0829)。
自分がぶるぶる震えて台本を握り締めているというのに、この態度の違い。一体何なのだろうか。
「駆け出しの新人、上月一夜 (fa0048)と申します」
「劇団クリカラドラゴン所属、青田ぱとす(fa0182)と申します。よろしゅうおたの申します」
同じように集った仲間達は、この崖を目にしても何の問題もなく挨拶をする。どうやら本当に仕事内容を知らなかったのは自分だけだったらしい。
──映画のエキストラだっていうから来たのに。
どぱーん、ざっぱあああんと激しく上まで巻き上がってくる飛沫を車内から眺めつつ、Key(fa0426)は思った。ああ一生の不覚。
「結構高い‥‥ですね」
飛び降りる前に一応確認、という形で天深菜月(fa0369)が下を覗き込んでいる。網が酷く遠く感じられた。
「下手すりゃ網横に落ちて死ぬな」
「やっ、やめて頂戴そんな怖い事ッ」
非常にへヴィな事を言うのは烈飛龍(fa0225)、アクション俳優だから派手な動きには慣れている。が横にいたAAA(fa1761)はぞぞぞっと身を震わせた。
「あー‥‥念のため、遺書書いとくかなぁ」
「縁起悪いから。いや、死ぬ気もないから」
笑いながら遠くを見つめるもりゅー・べじたぶる(fa1267)。一夜に思いっきり突っ込まれている。
未だ落下地点や崖下の網の距離、どうやったら違和感なく飛び込めるか計算している菜月を尻目に、りんはぼりぼり頭を掻きながら衣装替えに向かう。
「しばらく働いてないからそろそろ動きますか」
●波飛沫に落ちた役者
「準備は出来てますか!?」
カメラに入り込まないよう離れたスタッフが、更に離れた主人公達のやり取りをチェックしながら声を掛ける。自殺志願者要員として呼ばれた八人は、それぞれの反応でもって返した。
「じゅ、準備出来ました‥‥っけど、き、危険手当にしては安くありませんか、これ?」
網が遠いです、とそれでも逃げる様子のないKey、小さな指輪を弄んでいたりんが派手なスーツを正す。もりゅーが手元で操作していたノートパソコンを一時閉じ、
「どうせなら、この連続飛び込み自殺のシーンが映画の目玉になれば面白いわよね。やるだけやってみようかしら」
AAAの台詞に一夜も覚悟を決める。ぱとすも役作りを終えた悲壮な顔で顔を上げた。うさぎのぬいぐるみを抱いて立ち上がる菜月の顔には薄っすらと笑み。
「‥‥来たな」
飛龍の視線の先には、主人公がカメラ一団を引き連れながら波打ち際を走る姿。
「やめて嘘はもう嫌! その人の事が好きなんでしょう、私の愛が重いんでしょう!?」
主役の女が崖をカメラが捕えた瞬間、立ち止まる。追い駆けて来た男と恋敵を涙の浮かんだ目で睨みつけた。
「違うんだ、聞いてくれ! こんな場所は君には似合わない、一緒に帰ろう!」
「聞きたくない! あっ」
女は入水しようか崖上に上ろうかと目的の崖を見上げた瞬間、あっと息を呑む。大学生くらいの男が、無表情で崖上を歩いていた。
一夜はまるで無表情のまま、海に惹かれるようにそのまま歩く。そして何かを抱きしめるように両手を胸の前で重ねると、無言で天を仰ぎ‥‥落ちた。
うわあああ、と息を呑む主役の前で背後の恋人と恋敵が叫び声を上げる。女は魅入られたかのように海へと落ちた姿を見ていた。
警察を、と携帯を探す時間もない。一夜の次にサングラスを掛けた男が現れた。背の高いその男は、苦渋に満ちた顔で背後を気にしながらこの逃げ場のない崖に立ち竦む。
「何‥‥?」
ポケットから取り出したものは、掌サイズの写真なのか。一枚のそれを見て何事か呟いている。それは男の──飛龍の家族の名前。
そっと仕舞うと今度は拳銃を取り出した。崖上で一人で拳銃を使う相手は一人しかいない。つまり自分。彼もまた、自殺志願者の一人だったのだ。
「玲花、すまん。先に行く」
小声で呟く言うと‥‥頭を打ち抜き、風に煽られるように落ちていった。
海に吸い込まれるように二人の消えた方へと足が進む。それを阻むかのようにリュックを背負ったオタク風青年がふらふらと崖に立つ。
ノート型パソコンが飛沫を浴びる位置でわざわざ使う理由はただ一つ。彼、もりゅーもまた‥‥自殺志願者の一人である。
「来るんだ、こんな場所に君がいちゃいけない!」
ここが自殺の名所だ、と分かってここに来ているのに、本物を前にして女は立ち止まった。海に何のためらいもなく飛び落ちた男達は、一体どれほどの哀しみを背負っていたのだろう? この目の前の眼鏡の少年にも、何か耐えられない事態に陥っての事だろうか。
恋人に腕を引かれても身動き出来ない女はぱたん、とパソコンを閉じた男の動きを追う。ぼさぼさの髪の下の表情はよく分からない。でも。
「ブーン!」
大声で意味不明な言葉と靴を残し、彼もまた飛び込んでしまった。ひょっとしたら、この下の岩にぶつけて痛い思いをするかもしれないのに。何の躊躇いもなく。
男三人を飲み込んだ海は白い波飛沫を崖上まで持ち上げる。次の自殺者を迎えるかのように。
「おんな、の人‥‥」
次に現れたのは、自分とさほどの歳の変わらないりん。派手な化粧とスーツで朝とは全く様子を違えた彼女は、勢いよく振り被って海に何かを投げ捨てようとする。
「‥‥何?」
ぐっと固く閉ざした拳は、振り被ったまま海に投げ入れられない。そっと開いた中には指輪が握られていた。
この歳の女が指輪を握り締めて考える事。恋人しか考えられない。
何かを振り切るかのように、りんは指輪をそのまま抱き込むようにして無言で実を投げた。りんの目の前の光景が急速に変わり、口には出さねど怯えていた。
──そ、空を飛ぶのはいいんだけど、落ちるのは勘弁っ。
演技に支障は出ていない。さすがプロ。
四人目の女性に釣られるようにして女の足が進む。恋人が掴んだ腕を力いっぱい払う。
「離して! ああっ」
五人目の自殺志願者。それはやはり同じ女性で、足を引きずるように現れたぱとす。そのやつれた姿に、生活面での苦労が不幸となって滲み出ていた。
黒髪が海風に煽られる以前にまとまっていない。ノイローゼ気味の目線は定まってはいない。この借金地獄から逃れられる場所──私の楽になれる所へ。
泣きながら靴を揃えると、そのまま涙を拭わず飛び降りた。
次々に波飛沫の中に消えていく男女を見送り、気付けば自分の足は長いこと止まっていた。その横を、軽やかに通り過ぎる人影。
「‥‥えっ?」
手にしているのは、白いワンピースにお揃いのカーディガンとハンドバックの浮世離れした女。悲壮な微塵のない格好に、更にうさぎのぬいぐるみ付。女は先ほどの悲惨な自殺シーンも吹っ飛び、呆然と見送った。
ぴるる、と鳴る携帯。その液晶画面を確認した女は、ちらりと主役の女を振り返った。愉しげな瞳。
「生きるか死ぬか‥‥これはゲームで、私は順番を護ってるの。どうやらその順番が来たみたい」
くすくすくすっと笑う菜月は、あなた達もいかが? と微笑んだ。思わず背後でぶんぶんと首を振る恋人と恋敵。
「そう‥‥それではお先に失礼致します」
白い波が、再び大きく巻き上がる。
「死ぬの‥‥が、ゲーム?」
呆然と呟く女の前に、今度は二人の男が突っ立っている。まさか彼らも?
「すごい‥‥でも、僕もやらないと‥‥」
呆然と楽々飛び込んでいく菜月を見送ったKeyは、がくがくと足と手が震えている。後戻りは出来ないし自殺サイトでここを見つけて選んだのも自分なのに。
「みんな楽になりたくてここに来ているから‥‥」
怯えを押さえつけている少年の足は言葉に反して動かない。代わりに黙って海を見つめていた髭坊主──AAAが口を開く。
「‥‥これがアタシのラストダイブになるのね」
それはむしろ感慨深げ。哀しみよりも、最後の飛び込みに全てを賭ける意気込み。彼は高飛び込みの選手だった。もう、オリンピックには出られない‥‥その絶望は、最後だけは輝きたいという思いで希望に代わって。
「──さよなら」
「えっ‥‥」
ぐ、と屈んで勢いつけて背中から伸び上がった瞬間、横に並んで屈みこみ海を見ていたKeyにぶち当たった。ぐらり、と傾ぐ体。綺麗に放物線を描いて後ろ宙返り二回半と一回半捻りえび型を華麗に決めたAAAに反し、Keyは完全に不意打ちをくらった形でがけ下に落ちた。
「ぼ、ぼくは、僕はまだ死にたくないんだぁぁぁっ!!」
最後の叫びは間違いなく本音だったに違いない。
●どうでしたか?
「はーい、みんなお疲れ様♪ 大丈夫? 怪我してない?」
AAAに笑いかけられたKeyはいささか引きつっている。この歳にして本物の走馬灯を見てしまった。
「へっ、へくしょいっ!」
立て続けにくしゃみをするもりゅー。幸い崖上に遺してしまったパソコンは無事だったものの、自分は無事に済みそうにはなかった。