逃げないで、猿アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 普通
報酬 0.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/04〜01/09

●本文

 『秋山モンキーサーカス』の座長、秋山猿八から、逃げた猿を捕まえて欲しいという話を聞いたちょうどその時、テレビでまさにそのニュースが流れていた。
『ごらんください、かわいい猿ちゃんですね。バンザイをしています。‥‥飼い慣らされた猿なのでしょうか、暴れることもなく、ハイキングに来た家族連れが手渡しでお菓子をあげる姿も見られます‥‥』

 逃げた猿は、モン次とモン郎の2頭。頭のいい猿で、一番の芸達者だった。それが何の不満があったのか、先日逃げ出してしまったのだ。
「エサの栗を、朝に3つ夜に4つずつあげてたのが気に入らなかったみたいです」
 猿八は溜息をつく。一番の人気者の自分たちには、もっとごちそうを食わせるべきだろうとでもいいたいのか。
 そしてモン次たちは、近くの森林自然公園に逃げ込んだ。一つの山がまるまる自然公園になっている、猿にとっても居心地のいい場所だ。
 ただ逃げただけなら、網を担いで捕まえに行けばいい。
 だが、やっかいなのは、モン次モン郎が芸達者な頭のいい猿ということだ。
 2頭は、捕獲網を持った人間には近づこうとしない。けれど、敵意のない人間には自ら擦り寄り、バンザイのひとつも披露して、その手からエサを貰っている。
 その姿がカワイイと、噂を聞いた見物人が徐々に増えてきている。
 『猿は危ないのでエサをやらないで』と言ってはいるのだが、なにせホームビデオで撮影される映像はさきほどのようなホノボノしたものばかり、誰も注意を守ろうとしてくれない。
 早く連れ戻さなければ、サーカスが成り立たないばかりか、栄養バランスの悪い菓子ばかりの生活で、猿が病気になってしまいかねない。一刻も早くよろしく、と、猿八はもう一度頭を下げた。

 ここで、森林自然公園について詳しく記しておく。
 麓に駐車場と、幼児向け遊具、芝生広場。周辺は民家もあるが、ここまでは猿は下りてきていないようだ。
 頂上にも駐車場と、展望台。間の道は整備された遊歩道で、老若男女だれでも楽しむことが出来る。
 その間は、手入れされてはいるが、とにかく森。今は冬枯れをしているが、それでも動きやすく見通しのいい空間ではない。

●今回の参加者

 fa0074 大海 結(14歳・♂・兎)
 fa0826 雨堂 零慈(20歳・♂・竜)
 fa0892 河辺野・一(20歳・♂・猿)
 fa2112 酉家 悠介(35歳・♂・鷹)
 fa2132 あずさ&お兄さん(14歳・♂・ハムスター)
 fa2555 レーヴェ(20歳・♂・獅子)
 fa2600 HAKASE(18歳・♂・一角獣)
 fa2615 有木 孝仁(23歳・♂・竜)

●リプレイ本文

 いまどきは誰でも携帯電話を持っているもので。今日、脱走猿の捕獲に集まった8人もたっぷり充電完了させて用意してきていた。
「こんな感じかな? こっち向いて〜」
 大海 結(fa0074)が携帯電話に付いているデジカメのレンズを河辺野・一(fa0892)に向けてみる。一は、逃げた猿のまねをして、バンザイをしてみせた。
「きゃー、カワイイー! お菓子食べる?」
 ‥‥おそらく、こういう光景が、モン郎とモン次の前で今も繰り広げられているのだろう。
「お菓子って、そんなにあげちゃいけないものなの?」
 と、あずさ&お兄さん(fa2132)が秋山猿八に聞くと、猿八は頷いた。最近の菓子が無添加・栄養強化という傾向ではあるが、猿舎で主に与えている飼料と比べれば、比較にならない糖分と油分の高さだ。
「何なら、いいんだ?」
 雨堂 零慈(fa0826)が続けて尋ねた。これから皆は森林公園に入り、野次馬のふりしてお菓子片手に猿を呼び寄せるのだ、だがその菓子で、猿の体を壊しては元も子もない。
「市販品でも、少しならいいんですよ。それが主食になってはいけない、人間と同じです」
「人間と同じ、か」
 零慈はふっと笑った。
「食べ物だけじゃない、環境が変われば体調を崩す。ましては今は冬だ、あの子達だって寒いだろうに」
 菓子のことは気にせず、興味を引くものを使ってくれと猿八は言うが、それでもあずさ達はお菓子を、バナナなどの果物に変えた。
 一方こちらは別の猿舎。
 助手でもある秋山夫人が、数匹の猿を皆の前に連れてきた。
「はーい、モン代ちゃんモン美ちゃん、皆さんにご挨拶して」
 名前から分かるように、この数頭はメス猿だ。
「それでは、このレコーダーのスイッチを入れたら、お願いしたことを喋って下さい」
 女の子たちに伝えるよう、有木 孝仁(fa2615)は夫人に頼む。レーヴェ(fa2555)も同じように、ICレコーダーに手をかけて待っている。そして合図をすると‥‥。
「キーキー」
「キャッキャ」
「ウキー」
「なんて言ってました?」
 停止スイッチを押し、夫人に聞く。
「『どこにいるの? さみしいよ』っていう風でしょうか」
「十分です」
「奥さーん、みんなをこっちに向けて貰えますかー?」
 録音が終わると、次は写真撮影。デジカメを構えたHAKASE(fa2600)が手を振る。
「モン代ちゃん、モン美ちゃん。みんなでハイ、チーズ」
 大人しく写真を撮られるままのメス猿たち。飼育員の夫人も一緒に、仲睦まじいショットだ。
「もう一押し、欲しいな」
 可愛い(?)女の子達の帰ってきてコール、優しい飼育員と愉快な仲間達の写真。帰ってきたいという気にさせるために用意しているが、もっと何か無いか、と酉家 悠介(fa2112)は捜す。
「これは?」
「教室コントのセットですね」
 椅子と机と教科書、その他もろもろが隅に積み上げられている。
「2匹がお気に入りだったモノって、ない?」
「でしたら、これが」
 大きな三角定規だ。モン郎はこれを頭の上に乗せる芸が得意だったらしい。
「こんなふうに?」
 HAKASEがその通りやってみる。
「そうです。10秒ぐらい、乗せられるんですよ」
「ふうん」
 悠介は何か思いついたようだ。

 自然森林公園。
 猿目当ての野次馬と、地元テレビ局スタッフらしき数人が駐車場を埋めていた。
(「猿相手に何をやっているのやら‥‥」)
 寒風に当てられて震えながら、それでもたかが猿をそんなに見たいのか、零慈は賑やかな駐車場を一瞥する。
「よし、着いたぞ。気をつけて降りな」
 皆を乗せたサーカスのワゴンが停まる。
 そのワゴンから出てきた一行を見て、野次馬はぎょっとした。『秋山モンキーサーカス』のスタッフジャンパーを着た、人の身丈ほどある猿を連れた集団だったのだ。
 テレビ局の人間は獣人だった。事情を察し、彼らに声をかけた。
「リアルな着ぐるみですね! どういう作戦ですか?」
 野次馬からも「すっごーい」「本物みたーい」という声があがる。サーカスが用意した作り物、誰もが獣化した一をそう思いこんだ。
「みなさまにはご迷惑おかけしました。今日こそ連れ戻します。明日からは、『秋山モンキーサーカス』でモン次達と遊んで下さい」
 一はしたたかにも、この注目の高さを逆に宣伝に利用してしまった。
 見送られながら森へはいる。遊歩道に人はいるが、さすがに森の中へは誰も入らない。
「僕の声、解るコ、いないかな〜?」
 周囲に兎がいれば言葉も通じるのに、と結は辺りを捜すが、彼の声は届かない。
「数手に分かれよう。俺達は展望台まで登って、下りてくる」
 レーヴェと零慈は録音したメス猿の声を持って、頂上に行った。
「じゃあ僕たちは、遊歩道の近くでハイキング客の振りをしてみます」
 孝仁は、あずさと結と一緒に森を抜ける。両の手にはおやつとケータイ、麓にいた野次馬と同じ姿だ。
「河野辺‥‥を、ひとりにしちゃマズいな」
 事情を知らない人が今の彼の姿を見ては心臓に悪い。悠介とHAKASEと一の3人が、残るグループになった。
『モン次さんー、モン郎さんー。猿八座長が食事を増やしてくれるそうですよー』
 などと言いながら、彼らは猿を探し歩いた。

 探し歩いて数時間経過。
「‥‥どうした、河野辺?」
「しっ」
 どうやら、反応が返ってきたようだ。一が、ある方向を見て一言、二言話す。
 と、木がざわざわ動いて、ひょっこり1頭の猿が顔を出した。
「えーと、モン郎くんかな?」
「ウキッ」
 正しかったようだ、モン郎はバンザイをした。
「カワイー。なあなあ、リンゴ食べる? 食べて欲しくて持ってきたんだ」
 HAKASEが腰に下げていた袋からリンゴを出すと、モン郎はスキップしながら近づき、それを受け取った。
「で、落ち着いたところで話があるんですが‥‥」
 一は本題に入った。
 猿八も反省して待遇を改善すると約束したと。それでもサーカスに不満があるなら自分から猿八に言ってやる、と。だが、モン郎は帰る気にならないそうだ。
「これ、何か分かるか?」
 おもむろに悠介が取りだしたのは、あの三角定規。
「こうやって頭に乗せるのが得意なんだってね」
 HAKASEがそれで遊んでみせる。悠介もわざとらしく、大げさに楽しそうに遊ぶ。
「キーッ、ウキーー!!」
「何て?」
「『それは自分のだ、触るな』って」
「あれ? だってモン郎くんはサーカスの猿じゃないんだよね?」
「キッキッキ」
「『誰がそんなことを言った、ちょっと散歩に出ただけじゃないか。すぐ帰るぞ』だって」
 その変わり身の早さに、3人は苦笑するが、モン郎は構わず一の肩に乗り、さっさと行けと急かした。

 その頃、モン次はというと。
 得体の知れない人間を前に戸惑っていた。
(「こいつは、敵なのか味方なのか? お菓子をくれるのかくれないのか?」)
 零慈もまた、モン次をじっと見ていた。どうやって捕まえるか、ここで強引に捕まえては不信感を生んでしまわないかと。
 長い時が流れる。
 モン次の額に脂汗が浮いた。
(「ぬぬう、こやつ、出来る。一分の隙もない」)
 などと固唾を飲んでいるが、零慈は零慈で困っていた。
(「さて、何て言えばよいやら」)
「よくやった、零慈!!」
 張りつめた空気が砕けた、と思ったら、そこにはモン次を押さえ込んでいるレーヴェの姿があった。
「大人しくしろ、すぐサーカスに帰るぞ!」
 モン次は暴れて抵抗する。あまりにそれが激しいので、レーヴェは自らの姿を変えた。
「喰われたいのか!!」
 レーヴェにたてがみが生えた。肉食獣の殺意を剥き出しにして。
『喰・ワ・レ・ル!!!!』
 これにモン次は火がついたように叫きだした。めちゃくちゃに暴れ、レーヴェの手をすり抜ける。
「あっ、こらっ!」
 そして必死に逃げて逃げて。
 前方にいたハイキング客の胸に飛び込んだ。
「わーい、お猿さんだ」
 飛び込まれたのは結だ。はしゃぐ小娘っぽい仕草をするが、どうも猿の様子がおかしい。
 理由はすぐに分かった。
 猿の後ろから、男達が追いかけてきたのだから。
「もう。怖がっちゃってるじゃない」
 あずさは二人に怒りながら、結が庇っているモン次の頭を撫でてやる。猿はガタガタ震えていた。
「もう大丈夫だよ。悪い人はあずさが『メッ』てしたからね」
「ほら、外は自由だけど怖いこともあるでしょう? 早くおうちに帰りましょう。みんな待ってますよ」
 孝仁は録音した声を聞かせてやった。それが通じたのかどうかは分からないが、ともかくモン次は麓に下りるまで、そのままじっと動かなかった。

 それまでの猿騒動などなかったかのように、テレビからも新聞からも愉快な迷子猿のニュースは綺麗さっぱり消えた。秋山モンキーサーカスの客も増えるでもなく減るでもなく、通常営業を続けている。
 一つ変わったことがあるとすれば、近所の八百屋に果物の注文が増えたことであろう。