狼と7匹のウサギアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/18〜01/24
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●本文
劇団『スーパーラビット』は、偶然にも7割が兎獣人で構成されている。狙ってそんな団員ばかりを集めたわけではなく、本当に偶然だ。
彼らは頻繁に、子供向けの芝居を上演している。スパラビの舞台の特徴は、登場人物が皆動物であること。そう、獣人の特徴を最大限に利用しているのだ。
だが、それまではせいぜい耳か、手足だけの半獣化であった。
今回の演目は『狼と7匹のこやぎ』。ここで演出家は、大胆な案を用いた。
全員、完全獣化するのだ。
だからタイトルは『狼と7匹のうさぎ』。リアルな動物がステージの上で動き回るのだ、子ども達はさぞびっくりするだろう。
そして初日。舞台は成功。回収したアンケートにも、着ぐるみ(と思われている)のリアルさに驚いたとの感想がびっしり書かれていた。
今度の舞台は、週に1回を1ヶ月の間続ける。つまり、あと3回ある。
「よーし、来週もがんばろうな」
初日の成功を祝って、劇団員達は居酒屋に飲みに行った。
「しょ‥‥食中毒!?」
「軽症だったのは狼の篠原君ぐらいで。あとは全員、1週間は入院するかと」
演出家は倒れそうになった。急遽、代役を立てなければならない。だが、今回の目玉はあのリアルな動物姿なのだ、一般人にはこの役は出来ない。
「誰か、誰かいないか?」
「そんな急に7人もの兎は集まりませんよ」
「この際、どんな獣でもいい、演技力も問わん、完全獣化さえ出来ていればいいんだ!」
●リプレイ本文
「演出ッ、なんか大幅に脚本が変えられてますよ?」
「演出ッ、パンフレットにだってタイトルは刷ってあるんですよ?」
「演出ッ、今更セットを作り直すだなんて?」
「かまわん、どんどん行けッ」
演出家は開き直っていた。
9人の登場人物のうち、8人が倒れた。周りのスタッフもほとんど入院中だ。こんな状態で公演を続行しようというほうが無茶な話だ。だが彼はもっと無茶をして、すべてを代役で幕を開けると言い出した。今更、もともとの脚本を忠実に守るつもりはない。
しかし、ここで困ったのが狼役の篠原だ。彼はこれまでの練習通りの台詞を言うつもりでいたが、これがまるっきり変更になってしまった。病み上がりで一からの役の作り直し、なかなかに過酷である。
「無理しちゃだめだよ。ちゃんと休んで。あ、それから、食べたいものある? 消化のいい物、作ってあげる」
谷渡 うらら(fa2604)が優しいことを言ってくれる。
「‥‥煮込みうどん食べたい。卵入ったやつ」
「うんうん。任せておいて」
篠原ももう、開き直るしかない。
今回の公演は全く別のもの、そう割り切ることだ。代役の彼女らも、自分の体調を慮り、出番を少なくしてくれたというではないか。
「いろいろご心配でしょうが、篠原さんに『失敗だった』って思われないよう、精一杯演じますから!」
愛瀬りな(fa0244)はそう約束する。
「でも、どんな動物でもいいって演出家さん言ってたけど、一角獣でもいいのかな?」
心配そうな顔をしていたのはむしろ一角 砂凪(fa0213)だ。猫のりななら子ども達にもなじみがあるが、自分は一角獣、子どもはどう思うだろうか?
「気にするなッ」
演出家の返事は、実に明快。
それでは、たのしいお芝居の、はじまりはじまり‥‥‥‥。
午前9時30分の開場とともに、親子連れがぞろぞろと客席を埋め始めた。舞台裏の楽屋では、出演者達が衣装に着替え、スタッフが最後の打ち合わせに余念がない。
「観客がお兄ちゃんやお姉ちゃんじゃないのが残念だね」
着替えを終えた西村・千佳(fa0329)は、幕の隙間から客席を覗いている。いつもの彼女は、もっと大きなお友だちの前で歌って踊るのを職業としているらしい。こんな、自分よりも年下かもしれない客層というのは初めてだという。
「そう思うならちびっ子の親を見ればいい、俺より年下がいてもおかしくないぞ」
にたりと口角を上げて、三田 舞夜(fa1402)は言った。ちびっ子だけが客ではない、劇団はこども向け劇団と言っているが、来場する客が全てこどもとは限らないのだ。戯曲を理解する能力を持つ立派な大人もたくさんいる。『こどもだまし』で済ませてはならない。
「そう言われると‥‥緊張します」
ぶるっと体を震わせる森澤泉美(fa0542)。
「大丈夫大丈夫、前のドラマのときと同じだしぃ、そんなチカラ入れすぎたら、出来るモノも出来ないっていうかぁ」
以前に泉美と同じドラマで共演した猫美(fa0587)は、場数の強さも手伝ってかつての弟役を元気づける。
「皆さんは本職ですもの、まだいいですわ。私なんて‥‥」
マネージャーが役者として舞台に立つなんて、と藍染 右京(fa0566)は苦笑いしている。なんとか台詞と段取りは覚えたが、本当にただ覚えただけだ。その上彼女もまた一角獣、もしかしたら代役8人の中で、一番浮いているかもしれない。
「ここまできて尻込みするな、幕が上がるぞッ」
演出家が全員の尻を叩き、舞台に押し出す。
もう逃げられない。
幕が上がり、拍手がそこをくぐってステージの上にまで溢れてきた。
「かわいいかわいい子ども達。わたしはお買い物に行きますが、良い子で留守番しているんですよ」
冒頭はいきなり、母親、ではなく父親役の篠原が退場するところで始まる。篠原は開始1分で舞台袖に引っ込み、用意されていた椅子に座り毛布を腹に巻いて、次の出番までゆっくり休むのだ。
「お父さんが帰ってくるまで、みんなでおうちで遊びましょう」
7人姉弟を仕切っているのは、一角獣のお姉さん、右京。
「あたしはいいわ、お昼寝してる。にゃ〜ぁ」
大あくびをしてソファの上に丸まってしまったのは、2番目の姉で猫のりな。
「狼のお父さんの言う事なんて聞かなくてもいいじゃない。外で遊ぼうよ」
3番目は活発な女の子、一角獣の砂凪。同じ一角獣でも姉と性格に変化を付けさせてある。
「狼でもお父さんだよ。ちゃんとお留守番してないと!」
4番目は元気いっぱいの兎、うらら。今回のスーパーラビット劇場の中で唯一の兎、その名を全て背負うかのようにぴょんぴょん飛び回っては兎らしさを見せつける。
「あのひとはいつも、外には悪い狼がいるっていうけど」
「そんなに脅かしたって、怖くないもんね」
顔を見合わせるのは、5番目と6番目の姉妹、猫の猫美と千佳だ。今回の舞台、姉弟の父親は本来なら『こやぎ』達の敵である狼。だからこそ姉弟たちはその部分を強調して、これが演出の一つだと見せつけているのだ。
「うう、ぼくは怖いよ、外にそんな怖い狼がいるなんて‥‥」
末っ子のハムスター、泉美は自分で自分の体を抱いて、がたがたと震える仕草をする。
「‥‥でもどうしてだろう、お姉ちゃん達に守られている今の方が、すごく身の危険を感じるんだけど」
「ふふふ。変なことを言う弟だね。にゃあ」
「そうだよ、にゃあ」
猫美と千佳はそろって舌なめずりをしてみせる。猫に囲まれたハムスター、不自然な場面を彼らはひとつの笑いどころとして取り入れてしまった。
家の中で姉弟が親の監視を離れて楽しく過ごしている反対側で、今度は黒い狼の舞夜が登場した。
「ううむ、白い狼め。あんな美味しそうな獲物と一緒に暮らしているなんて、狼の風上にも置けないやつだ」
舞夜は大きく地団駄を踏み、客席に向かって『本来の狼のあり方』を蕩々と語り出した。狼は強くて賢い森の王様だと。ちっちゃい動物はぱくぱく食べるものなのだと。客席の子ども達からヤジが飛んでこようとお構いなしに、狼はいかにして家の中のこどもをとっつかまえて食べようかと考えていた。しばらく思案して、ぽんと手を叩く。名案が浮かんだらしい。
一旦袖に引っ込んだ舞夜は、赤い帽子をかぶって再び現れた。片手には何故か消化器。
トントンと家の扉を叩く。
「こんにちは、こんにちは。消防署から来ました。よい子のおうちには消化器を置かなくちゃ」
子どもの芝居で、消化器詐欺。なかなかシュールなネタを持ってくる。ともあれ、しっかり者のお姉ちゃんたちが、それに騙されるわけはない。ましてや狼が売りつけに来たのだから、姉弟は帰れ帰れと追い返す。
それからも狼は、やれ金を至急振り込めだとか、家のリフォームをしましょうだとか、美味しいお菓子を持ってきましただとか、あの手この手を使って家の中に入ろうとする。けれど姉弟は一歩も中に入れようとしない。その上、まぬけな手段で以て家に入ろうとする狼を嘲りだしたのだ。
「やっぱり狼だ、狼は脅かすだけで何にも出来ないんだ」
けたけた笑う7人姉弟。これに舞夜狼は腹を立てる。
「むう、出てこないなら家のまま焼いてやる! こんがり焼いて食べてやるー!」
とたんに照明が赤に変わり、ぱちぱち木の爆ぜる音がする。家が火事だ、大火事だ。うわー、きゃーと子ども達は逃げ回るが、辺り一面火の海でどこにも逃げられない。
「助けてー」
子ども達の声が揃う。
「助けてー。お父さんーー」
さあ、そこに飛び出したのは、父狼。高笑いしている舞夜狼を、病み上がりとは思えない派手な立ち回りで放り投げる。尻尾巻き巻逃げ出す舞夜。そして父狼はウオォと吼えると、体当たりでドアをぶち破る!
「お父さん!」
「お父さぁん!!」
子ども達のピンチに駆けつけた、正義のヒーローお父さん。狼のお父さんを信用せず言うことを聞かず、中には『お父さん』と呼ぶことすらしなかった子ども達が、今は自ら抱きつき鼻を擦りつけている。
『狼と7匹のこやぎ』の物語は、すでに登場人物の数しか合っていない。けれどこれはこれで、子ども達に感動を与える物語になったのではないか。
「アンケート、全部回収できた?」
舞台が終わり、劇場のロビーでスタッフがアンケートを回収している、それを待ちきれずに砂凪は声をかけた。
「どう? あたしのこと何て書かれてある?」
気になるのはりなだって同じ。猫としてあっちこっち動き回ったそれが、良い印象として残っているか?
「僕のことは? 僕のことは?」
「私も私も!」
みんなでアンケート束を持っている砂凪を取り囲む。感想は、どれもおおむねよい。中には物語が全然違うことや役者の拙さに不満を持ったとの意見も入っていたが。
「気にするなッ」
演出家は言った。彼には、この即席集団で、じゅうぶんに満足な出来だったそうだ。
「じゃあ、成功を祝って、今から打ち上げに‥‥」
「止めておけ!!」