伝道師はお疲れアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 2Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/15〜02/19

●本文

 華やかなステージに立つことはない。けれど幸恵は、海外を飛び回り、日本の民話を芝居に乗せて教える仕事を天職だと思っている。かちかち山やかさ地蔵、おむすびころりんにネズミの嫁入り‥‥。わらぶき屋根、囲炉裏、蓑笠もんぺ姿で行う芝居は外国人には珍しいのか、幸恵のプロデュースする公演はどこでも好評だ。
 とある協会に請われて、幸恵は日本に戻ってきた。日本にいる外国人のために、民話芝居をしてほしいというのだ。演目は鶴の恩返し。場所はひじきホール、なんと生まれた町の公会堂だ。それで彼女は、数年ぶりに帰国した。

 久しぶりに故郷の土を踏んだからか、幸恵はこれまでの疲労がどっと襲ってきた感覚がした。無理もない、ずっと異国で頑張ってきたのだ、懐かしい空気に触れてその緊張がほぐれたのかもしれない。
「大丈夫かい?」
 幸恵のことをよく知る、公会堂の支配人は心配してくれる。
「大丈夫です、ありがとう」
 と言いながら立ち上がるも、幸恵の足下はふらついている。
「大丈夫じゃないだろう、少し休みなさい」
「休んでいる場合じゃないんです。来週には芝居のメンバーも来日します、それまでに滞在スケジュールを作らないと‥‥」
 実際に芝居をする役者は、日本人ではない。幸恵にとって慣れた土地でも、彼らには見知らぬ国だ。日本語を理解しているメンバーであるが、だからといって初めての国で問題なく過ごせるわけではない。空港に迎えに行き、ホテルとホールを案内し、安全に観光が出来るよう手伝ってやらなければ。そしてその間にもステージの準備をしなければならないのだ。
「いいから休みなさい! 幸恵ちゃんが倒れたら、何にもならないだろう。協会長は知り合いだ。ちょっと手伝いを増やさせよう、うん、そうしよう」

●今回の参加者

 fa0189 大曽根ちふゆ(22歳・♀・一角獣)
 fa0280 森村・葵(17歳・♀・竜)
 fa1137 ジーン(24歳・♂・狼)
 fa1681 木野菜種(23歳・♀・亀)
 fa2177 縞八重子(27歳・♀・アライグマ)
 fa2347 斉藤 真雪(22歳・♀・熊)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa2744 橘 遠見(25歳・♂・狐)

●リプレイ本文

『WELCOME! JAPAN‥‥』
 ようこそ、日本民話普及プロジェクト御一行様‥‥横断幕いっぱいにその文字を書いて、森村・葵(fa0280)はそれを高く掲げて待っていた。スケッチブックにペン書きで間に合うだろうそれをわざわざ横断幕にしたのは、この製作費用もすべて幸恵が持ってくれると確認が取れたからだ。葵は遠慮無く、立派な幕を作ってしまった。
 ここは空港ロビー。もうすぐ、例の外国人メンバーが到着する予定だ。
「どちらの国の方か、聞きました? 英語ぐらいなら、なんとか‥‥」
 大曽根ちふゆ(fa0189)は緊張している。もてなせ、と言われてきたが、言葉が分からなければ何をしていいのやら。
「日本語は分かるらしいぞ」
 確かそう聞いている、とジーン(fa1137)は言った。
 幸恵が言うには、普段の会話は問題ない。けれど、たとえば買物時のお金の受け渡しとか、自動改札の通り方とか、土足厳禁とか、日本独自のやり方を求められることはまず出来ないだろう、ということだ。
「幸恵さんの様子は、どうでした?」
「だいぶ良い」
 ジーンはここへ来る前、幸恵と最終スケジュールの打ち合わせを済ませてきていた。宿泊先のホテルで会った幸恵は顔色もよく、スケジュールを確認するその口調もはっきりしたものだった。
「ハーイ、来たわネ!!」
 5・6人の集団が、こちらを見つけて手を振ってきた。葵も幕を大きく左右に揺らして応える。
「ユキエのトモダチ! ハジメマシテ!」
 リーダーだという男が葵を抱擁した。他のメンバーも次々とそれに続く。
「日本にようこそ。歓迎するネ!」
 葵もまた、日本人ではまず照れて出来ないような、相手に頬を擦り寄せる挨拶をしてみせた。
「あー、えーと。これからどうします? その、先に荷物を置きますか‥‥?」
 日本語が通じる、とわかっても、ちふゆはまだ戸惑っている。この先の予定はどうしたいのか、つい顔色を窺ってしまう。
「遊ビに行ク、モチロン!」
 全員一致。
 旅の疲れというものはないのだろうか?
 
 空港の外に出ると、幸恵が用意させたマイクロバスが待っていた。窓が開いて、中から斉藤 真雪(fa2347)が顔を出し、手を振った。
「荷物はトランクに入れて下さ〜い。貴重品は手に持って〜」
 鼻歌を歌いながらメンバーは、どんどん荷物を放り込み、我先にとシートに飛びついた。まるで遠足に行く子供のようだ。
「はーい、皆さん。私、サポートをさせて頂く月居です。よろしくお願いします」
 さながらバスガイドのように月居ヤエル(fa2680)は自己紹介し、他のサポート員を紹介していく。一通りの挨拶が終わると、用意していた宿泊先ホテルのパンフレットを配った。その姿はバスガイドというより、ツアーコンダクターと言った方が正しいだろうか。
「出発しますけど、どこへ行きますか〜?」
 もし近場で希望があれば、ルートにいれても問題ない、と真雪は言う。
「コウキョとトウダイジとイズモを見セテ」
「アト、ミトコウモンとアタミとトケイダイを見るノヨ」
「カンエイツウホウとハリマヤバシとボッチャンスタジアム!!」
「皆さん、よく下調べしてらっしゃる‥‥」
 橘 遠見(fa2744)は苦笑するしかなかった。
 もちろん、初めて行く土地、どこへ行けばいいのか分からない、そこでガイドブックに頼ることもあろう。現に遠見も、日本人でありながら日本の観光名所をよく知らなくてガイドブックを用意したのだし。
「‥‥日本は狭いようで広いですから、全部は難しいですね」
「任せるワ、日本らしいトコロよ。カジノやテーマパークなんて、ワタシの国にもあるんだから」
「了解しました」
「では、少しドライブも兼ねて、いいところをご案内しますよ」
 車は走り出した。

 一方、残る木野菜種(fa1681)と縞八重子(fa2177)はというと。
 ひじきホールに先に入り、協会長と演出スタッフの間を行ったり来たりしていた。
「連中の到着時間は?」
「さっき連絡があったわ。これから観光に行って、夕方4時頃にこちらに着くそうよ」
「道具は? どこに置けばいい?」
「トラックは外の道路から裏口に回して!」
「楽屋はどこだ?」
「楽屋はあっち、トイレはそっち、調整室はこの階段を‥‥」
 なにしろ誰にとっても初めてのホール、二人は倒れた幸恵の代わりにスタッフ達を細ごまと案内する。道具の搬入から弁当の買い出しまで、なんでも引き受けた。
「わっ、戦場ね、ここ」
 空港から戻ってきた葵が、ホールの中をそう表現した。
「照明の調整するぞ、ちょっとそこに立て」
「はいっ」
「今度はそっちだ」
「はいっ」
 一息つく間もなく、二人はあちこち利用されていた。肝心の役者達がいない間、都合のいい代役とさせられているのだ。手伝いを申し出たとはいえ、演出や脚本に口出しできるものではない。なまじ台本を手に入れて内容を頭に叩き込んでしまったため、こうして便利に使われているのだ。
「もっと休憩を取るべきネ。二人とも、サービスしすぎ」
「メンバーがきっちりいいお芝居出来るように準備するのが、あたしなりのもてなしの気持よ」
 雑用といっても、無駄な仕事があるわけでもない。どれひとつ取っても欠けてはならない仕事だ。菜種は本当は音のプロとしての手伝いをしたかったし、出来ないことに不満を感じないではないが、だからといって雑用をおろそかにするつもりはない。
「鶴の羽、鶴の羽っと‥‥おーい、手が空いたら紙を切ってくれ」
「一度、撒きテストするぞ。終わったら掃き集めてくれ」
 次から次へと雑用は押しつけられる。台本の余白に『最終チェック済み』の印を付けながら八重子は、仕事を着実にこなしていった。
「‥‥観光しているみんなは、楽しんでるのかしら?」
 
 八重子の心配なぞ無用。その頃メンバー達は思いっきり楽しんでいた。
「オーゥ、本物のイロリね。ダッコクキ? センバコキ?」
「ゲタ! ゾウリ! ミノ! クワ!」
 一行が到着したのは郷土民俗資料館。今回の演目『鶴の恩返し』の参考になればと、機織機の実物が置いてあるところを選んだのだ。
「機織り体験ができますよ。やってみますか?」
 遠見が教えると、皆の返事は「喜んで!」。我先にと、座布団の上に座りたがる。指導員に従って糸を繰り、おつうの台詞を言いながらトンカラリトンカラリと織っていく。
 ジーンは時計と、手元の予定表を交互に見る。ここまでは順調に、時間通りに来ている。メンバーの様子もメモしていった。あとで幸恵に教えるつもりで。
「そろそろ戻る時間だ」
 いつまでも遊んではいられない、4時にはホールへ入れる予定なのだ。

 ホテルで幸恵は、ベッドに寝たり起きあがったりを繰り返していた。やはり心配なのだ、外国人メンバーは、慣れない日本で戸惑ってはいないかと。
 そのとき、携帯電話が鳴った。ジーンからだ。今、ちゃんとホールに着き、練習を開始したとの連絡だった。
 それを聞いて幸恵は、ジャケットを羽織りタクシーを呼んで、自分もホールに向かった。
「幸恵さん、寝てなくちゃダメじゃないですか!」
 ホールに幸恵が現れたのでちふゆは驚いた。
「みんなに挨拶したら、すぐ戻るわ」
 確かに、責任者なのだから、顔を見せないわけにはいかない。が、体調はまだ芳しくないはずだ。一通り挨拶をしたはいいが、しまいには隅の椅子に座り込んでしまった。
「どうぞ、お茶です」
 ヤエルが隣に座り、缶の茶を差し出した。
「ありがとう」
「幸恵さん、このお仕事、好きなんですね」
 ヤエルは言った。
「素敵なお仕事ですよね。外国の人に日本の文化を伝える‥‥。成功させて欲しいと思います」
 だから、そのためにも、今は無理してはいけない。
「ゆっくり休んでください。私たち、幸恵さんが休めるように頑張りますから」

 その言葉通り、皆は頑張ってくれた。その思いが伝わるものなのか、メンバーもスタッフもいつも以上に真剣に取り組んでくれた。
 当日。公演は大成功を収めたのだった。

「はい、笑って〜。‥‥3・2・1!」
 客のいなくなったステージの上で、花束を抱えたメンバーとスタッフ、依頼を受けた8人、そして真ん中に幸恵をやって、記念撮影が行われた。
「出発するまでにはお渡しします〜」
 真雪は写真屋に走った。彼女の片手では持ちきれないほどの数のフィルムが、この数日で使われた。この中には、来日の楽しい思い出が詰まっている。
「もうすぐ別れる、サミシイ」
 楽しい時間を一緒に過ごせば過ごすほど、別れづらくなる。
「日本を離れるのは、いつですか?」
 遠見が聞いた。明日の昼だ、との答えだ。
「‥‥でしたら、今日のうちに、もう1カ所、遊びに行きますか?」
 遠見はガイドブックを開き、予め選んでいた候補地を改めて見せた。たいていは遠くて、疲れを残させないためにあえて外していた場所だ。
「今度は幸恵さんも、一緒にいきませんか?」