旅芸人アオイの初恋アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 易しい
報酬 0.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/22〜02/26

●本文

 今日は北海道。明日は沖縄。
 桔梗座は旅とともに舞台を運ぶ。

 トラックを何台もひきつれて、桔梗座が今年もこの町にやってきた。駅裏の空き地にテントを張り、1ヶ月ほど芝居をするのだ。
 それは毎年恒例のこと。桔梗座が来ると、ああ、もうすぐ春なんだなあと、この町のみんなは誰もが思う。
 町のみんなは桔梗座が好きだった。

 桔梗座には看板女優がいた。
 アオイという娘だ。
 小さい頃から舞台に立っていた。小鳥の血が入っているのだろうか、ころころと鈴を転がすような可愛い声の持ち主だ。ファンもたくさんいる。観客は舞台もさることながら、娘の成長もまた楽しみにしていた。
 ユウヤも、小さいころからアオイをずっと見てきた。アオイはそれを知っていた。
 お互い年頃になって、いつも一緒にいたいとも思うようになった。

 だが。
 アオイは旅芸人。来月にはまたこの町を去ってしまう。
 ああ、1日でいい。二人っきりで過ごせれば、どんなに幸せだろう!
 家族は反対する。そんな私情のために、大切な舞台を休ませるわけにはいかない。ましてやアオイは看板女優、彼女目当ての客もいるのだ。会いたけりゃテントの裏にでも呼び出すがいい。5分10分なら大丈夫だ。
 違うのだ。
 普通の娘のように、公園を歩いたり映画を見に行ったりしてみたいのだ。アオイはデートというものをよく分かっていないが、とにかく、楽しい時間を一緒に過ごす思い出が欲しかったのだ。
 彼女の望みは、贅沢だろうか?

●今回の参加者

 fa0048 上月 一夜 (23歳・♂・狼)
 fa0824 ベクサー・マカンダル(13歳・♀・鴉)
 fa1385 リネット・ハウンド(25歳・♀・狼)
 fa1512 白鷺アリス(15歳・♀・猫)
 fa2396 海風 礼二郎(13歳・♂・蝙蝠)
 fa3031 マリ(17歳・♀・兎)
 fa3036 綾部・裕未(20歳・♀・鷹)
 fa3037 綾部・結花(18歳・♀・狼)

●リプレイ本文

 母親がそばを離れた隙にアオイは、渡された体温計を湯飲みに突っ込んだ。温度は42度。無理があるな、と思いながらもそれを母親に返した。
「まあッ!!」
 信じたのか母親は、座長でもある彼女の夫の元へ走った。それからなかなか帰ってこなかった。おそらく、今日の公演のことについて話し合っているのだろう。
 その頃、桔梗座テント近くの喫茶店で、こんな噂話がささやかれていた。
「今日の桔梗座のお芝居は、休みらしいよ」
「主役の子が風邪ひいたって」
「寒い日が続いたからね、やっぱりテント暮らしじゃ体も壊すわ」
 この辺では見かけない若い子が数人、そんな風に話しているものだから、周りにいた他の客はしぜん、その会話に聞き入ってしまった。それから、彼女たちが帰った後もその話でもちきりとなった。
「主役って言うと、アオイちゃんだろう?」
「今日の芝居はどうなるんだ?」
「前売り券も買ってるのに、アオイちゃんが出なきゃ話にならないよ」
 彼らは不安になった。なぜなら、彼らは他ならぬアオイのファンなのだ。そのアオイが出演しないとなれば芝居を見る価値もない。

 桔梗座の座長は不思議だった。娘の不調を妻から聞かされたのはついさっき。けれど、さっきから問い合わせの電話が鳴りっぱなしなのだ。いつの間に話が漏れたのか‥‥ともあれ、出された結論はこうだ。
 アオイは、舞台に立つ。
「おまえ、いったい何歳から舞台に立ってるんだ! 体調管理がなってないぞ。お前もプロなら、開演時間までに熱を下げろ!!」
 簡易ハウスが壊れそうなほどの勢いでドアを閉め、座長はテントに戻った。開演前の今は練習時間。アオイは今日だけ特別に、その練習に出なくてもよいということになった。
「‥‥公演は、休めませんよ」
 誰もいなくなった部屋で、アオイは言った。
「でも練習は休めるんだな」
 誰もいないはずの部屋、窓を隠すように置かれていたついたてが動き、上月 一夜 (fa0048)が姿を見せた。
「開演は夕方か。丸一日のデートは無理だけど、思う存分楽しんでこい」
 一夜の合図で、今度は白鷺アリス(fa1512)とリネット・ハウンド(fa1385)が窓をよじ登ってくる。
「さあ、着替えなさい。可愛い格好になさいね」
「俺は外を見張ってるよ」
「パジャマをこっちへちょうだい」
 アリスがアオイの身代わりとなって布団にもぐり、その間にアオイが抜け出す、という寸法だ。
「着替えたら駅前まで走るわよ、そこに私のバイクがあるから、それで隣町まで送ってあげます」
 この近くでデートをしては目立ちすぎる、だから人気のないところをデートコースにするのだ。
「ユウヤくんは先に行って待ってるはずです、さあ!」

 とある公園の入り口前で、少年がそわそわしながら立っていた。誰に借りたのか、ネクタイなんか締めている。おしゃれな格好をしようとしているのだが、着慣れていないのだろう、どうもぎこちない。
「前方、ユウヤくん発見。何度も腕時計を見てます」
「連絡入ったよ、リネットさん、こっちに向かってるって」
 海風 礼二郎(fa2396)とベクサー・マカンダル(fa0824)は、公園の植え込みから顔を半分だけ出してユウヤの様子を伺っていた。しばらくするとバイクのエンジン音が聞こえてきて、アオイの姿が見えた。
「アオイちゃん!」
「ユウヤくん!!」
 ここでお互いが大人なら、駆け寄り抱き合ってキスでもするのだろうが、初々しいこの2人は久しぶりの再会になんて言っていいのか分からず、お互い俯きがちにもじもじしていた。
「あ、歩こうか?」
 さて、デートと言っても何をすればいいのか。散歩でもしようか、ということになって、公園の遊歩道をうろうろすることになってしまった。
「ここはいよいよ、お助け隊の出動ですかベクサー?」
「そうみたいだね海風」
 植え込みの2人は立ち上がった。
 彼らの首には、なぜか募金箱。
 たったった、と目の前のアベックに近寄り、ずいと募金箱を突き出した。
「災害義援金にご協力をお願いしま〜す」
「募金して下さったかたにはもれなく、ロマンチックな手作り栞をプレゼントしてま〜す」
 ずいっ。
 ずいずいっ。
「ユ、ユウヤくん。募金だって」
「そうだな、じゃ、ちょっとだけだけど」
 2人はそれぞれの箱に、小銭を落とした。
「ありがとう。お兄さんたち、デート中ですか?」
「え? ‥‥いやいやいや、そんな、ねえ?」
「知ってます? この先に噴水があって、周りに屋台も出てるんですよ」
「へえ、そうなんだ」
「お勧めはポップコーンですね。バターたっぷりの」
 などというふうに、礼二郎はアオイたちに向かって話題をふった。いくつかの話題のどれかが、これからのデートの中での会話に繋がれば、と思ってのことだ。
「では、お礼」
 ベクターが差し出したのは、一昔前の恋愛映画の台詞なんかが書かれた、凝った作りの栞。花の絵も添えてあったりする。
「花言葉は『ひょうきん』」
「なんでやねん!」
 と、ボランティア中学生2人組は去っていった。後に残った恋人同士は、貰った栞を挟んで会話が弾んでいるようだった。

 アオイはデートを楽しんでいた。桔梗座の中で何が起こっているかも知らずに。

 母親が練習の合間に、娘の具合を見に来た。大人しく布団に入り、寝ているようなので、そっと近づき額に手を当ててみた。
 様子がおかしい。
「誰!?」
 バッと布団をめくった。
 そこには、確かにアオイのパジャマをきているが、アオイではない娘がいた。
「だ、誰なの?」
 ‥‥ばれた! アリスは唾を飲んだ。
 何と言えばごまかせる? いや、この状態で何が言えるだろう。
「アオイはどうしたの!?」
 青い顔をしていた母親は一転、真っ赤になった。彼女は察したのだ、娘は練習をサボるために仮病を使い、身代わりまで用意して抜け出したのだと。
 依頼人の名誉のためにも。アリスは何を聞かれても唇を噛み、黙って耐えた。

 公園にいたリネットの元に一夜から電話がかかってき、ばれたことが知らされた。
 デートの途中ではあるが、離れていても座長の怒りは分かる、ここは一刻も早く戻るべきだ。
 別れを渋るユウヤを押しとどめリネットは、アオイをまたバイクに乗せ、テントに引き返した。
 テントの中では恐ろしい光景があった。
 座長と、副座長、先輩役者達、つまり主役といえどもただの小娘であるアオイが頭の上がらない人たちがずらりと並び、その前にはアリスが正座していたのだ。
 その後のアオイたちになされた詰問の激しさは、筆舌に尽くしがたい。
「貴様は今日の芝居には出なくていい!」
 最後には座長に、そう言い渡された。

 客からは、出ると言っていたはずの可愛い主役が出てこないと不満が飛び出した。だが座長はこれがけじめだったと説明し、最後までアオイを表に出さなかった。

 表の華やかな声と対照的に、簡易ハウスのアオイの部屋はどんよりと沈んでいた。
「ごめんなさい、みんな。あたしのワガママで、迷惑かけてしまって」
「分かって引き受けたのはこっちだよ。それより、デートが最後までできなくて、ごめんね」
 デートも中途半端になり、座長の怒りを買ってしまい、舞台には立てなくなった。何もかも、アオイの甘さと無責任さが引き起こしたことだ。
「アオイちゃん、こんな時になんだけど、一つ、言わせてくれるかな?」
 それまで黙っていたアリスが口を開いた。
「あたし達芸能人はね、自分を売る仕事なの。プライバシーもプライベートも、ましてや恋愛だって全部売り物。芸の道に生きるなら、普通の恋愛なんて言葉は禁句なんだよ」
 厳しいことを言うアリス。彼女は最初から、アオイの浅薄さにひどく抵抗を感じていた。
「だから、あえていうよ。辛いなら逃げてもいい。ユウヤ君が大事なら、後悔しないなら、全てを捨てればいい。道はいくらでもあるんだよ?」
 二兎追う者、と諺にもある。芸の道すら半端な者が、どうして恋を貫けよう。そしてアオイにとってユウヤが大事なら、芸は捨てるべきだ。生まれたときから立っていた舞台よりもユウヤが大事なら。
 だが。
 アオイは首を振った。
「皆さんには、本当にご迷惑をおかけしました」
 それまでの半泣きの顔とはうって変わってアオイは、背筋を伸ばし、美しい姿勢で皆に頭をもう一度下げた。
「私は桔梗座の女優です。明日の舞台で、今日の恥を雪ぎたいと思います」
 アオイの目に、迷いはなかった。

「じゃあ、これ」
 新しい旅立ちを応援するために、というつもりか、ベクサーが栞を取りだした。さっきの募金のものとはまた違う言葉と絵。
「花言葉は『節約』」
「だからなんでやねん!!」