スランプ真っ最中アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
0.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/01〜03/05
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●本文
「書けないよっ」
パソコンのキーボードをめちゃくちゃに押して、意味不明の文章を入力し続けた。
劇団PPの脚本家・須藤リョータはスランプだった。
PPは中堅の劇団だ。地元で年に数回行う公演には決まったファンが集まるほどになった。その人気を後ろ盾に、彼らはもうすぐ行われる、全日本演劇振興会主催のコンクール地方予選に参加するつもりでいた。もちろん、秋の全国大会優勝目指して。
気合いが入っている。だから演目も、これまで上演した作品の中で一番の人気作を更に練り直すことにした。
その作品は、童話シンデレラを下敷きにした『シンデレラ異聞』。数回上演したが、その都度書き換えられ、どれも話が違う。大胆にアレンジしたというか、主役の名前だけ同じで全く別物というか。ともあれ、魔法で素敵に変身してめでたしめでたし、なんていうストーリーでは終わっていない。何しろ継母が5人・義姉が10人・王子が15人いたというシナリオパターンもあったぐらいだ。
「書けないよっ。もうアイデアは出尽くした。俺の才能の泉は枯れてしまったんだ!」
「そんなことない、スドーの脚本は面白いよ。ほら、女の子からファンレターも来てるぞ」
「おまえたちは仲間だから、俺に気を遣ってそんなふうに慰めてくれるんだ」
須藤はすっかり落ち込んでしまっている。練習場に顔を出すには出すが、隅っこで毛布にくるまって「俺はダメだ」と独り言を繰り返している。
なんとかして自信を回復させ、新しい脚本を作ってもらわなければならない。でも同じ劇団のメンバーの言葉では受け入れて貰えそうにない。
ここは新しい刺激を与える意味も込めて、まったく関係のない外部の人に手伝って貰った方が良さそうだ。
●リプレイ本文
劇団PPに呼ばれて、練習場に顔を出しに行った。
「須藤さんという人は、どこですか?」
尋ねると、依頼主でもある劇団長が、部屋の隅を指さした。
そこには、団子状の毛布、ではなく、丸まってぶつぶつ独り言を言っている、無精髭の生えた男が転がっていた。
「スドーさ〜ん‥‥」
高邑静流(fa0051)がそっと声をかけてみる。須藤は、ちらりと静流の方を見たが、すぐに元の体勢に戻った。
「スランプかぁ。そっかー、スランプかぁ。辛いよねぇ、何考えても進まなくて、進んだかと思ったら、ダダダって全部消しちゃって‥‥」
「おいっ、一緒にスランプになるな!」
どんどん背中が丸くなっていっている静流は、三田 舞夜(fa1402)の声で我に返った。
「おっと、つい、同じ脚本家として」
「誰も彼もネタ詰まりってねェ。シチュエーション変えたりしたらいくらでも変化付けられるだろうに、なんで思いつかんのよ」
顔を背けて小さな声で言ったつもりだったが、須藤の耳にしっかり入ってしまった。奇声を発してますます毛布をしっかり抱え込み、今度は自分を罵る言葉を吐き始めた。
「ダメですよ舞夜さん、そんなハッキリ言っったら‥‥」
「おっと、つい」
駒沢ロビン(fa2172)に咎められ、舞夜は己の不用意な言葉を発する口を片手で塞いだ。
「ほらほら、須藤さん。酢コンブやで。酢コンブ食べとき。スッキリするで〜。リフレッシュ出来るで〜」
まるで子供をあやすかのように、青田ぱとす(fa0182)は毛布の隙間からお菓子を突っ込んでみた。その好意には気付いたようで、須藤はちらりと顔を出してくれた。
「脚本家さんって、大変なのね」
そして引っ込むよりも早く、月居ヤエル(fa2680)が満面の笑みと共に声をかけた。
「本当に、頭が下がる思いだわ。こんなに苦しみながら作ってるなんて! 私は演じる方だからそんな苦労したことないんだよ」
「‥‥そうだろ?」
何が彼の心の琴線を震わせたのか、須藤はヤエルの言葉に反応した。
「そうだろ。俺は1本1本、それこそ死ぬ思いで書いてるんだ。それをうちの連中は、脚本が出来て当然だってツラしやがって!」
どうも劇団内で不満があったらしい。静流がちらりと劇団長の顔を見る。彼は、そんな覚えはないとばかりに激しく首を振る。まあ今の須藤の状態では、普段は許せることが妙に気になったりするのだろう。
「それならいっそ、今日はPPのことは放っておいて、外に行きましょう!」
そう提案したのはロビンだった。
「律儀に練習に来てやる必要ないですよ。今日は全部忘れて、ぱーっと遊びに行きましょう」
「よし、名案だ。ロビンくんとやら、いいこと言うな!」
須藤は勢いよく立ち上がり、毛布をばっと投げ捨てた。皆は、須藤の気が変わらないうちに早く連れ出そうと、わいわい賑やかに背中を押した。
(「任せておいてください、気分転換をさせて、戻ってきますから」)
(「よろしく頼むよ」)
ロビンと劇団長が、お互いそんな目配せをしあった。
さて、どこにいこうかという話になって、遊園地という候補が挙がった。ここがもし東京なら、日本最大級のテーマパークファンタジーランドがあったりするのだが、あいにくそんなに近くではない。なので地元の遊園地で間に合わせてみた。屋外ステージの書き割りにお城の絵が描いてあったりするのだから、なんとか想像力を働かせれば、ここがシンデレラの住む世界だと思えなくもない。
遊園地ではしゃぐには、少々歳がいきすぎているが、須藤は半ば自棄になったかのようにジェットコースターを乗り回していた。
「あんまり無理するな、体調も万全じゃないんだろ?」
舞夜に言われてやっと降りてきたぐらいだ。
「マイヤーさんも乗れよ」
「遠慮する」
舞夜は、カフェテラスでコーヒーを飲んでいたので、須藤も一服することにした。
「チュロスでも食うか? おごったるで」
「いいねー」
カフェテラスは平日と言うこともあり空いている。彼らは遠慮無くテーブルを2つぶん占領して、のんびり寛いでいた。
「元気、でました?」
最初に会った頃よりずいぶん明るくなったので、ヤエルは聞いてみた。須藤は照れたように笑う。いい返事だ。
「例えばさ、シンデレラがこの遊園地にいるとしたら、どうする?」
さあ、いつまでも遊んでいられない。舞夜は徐々に、話の本題に迫ってみた。
そもそもここへは純粋に遊びに来たわけではない。あくまで須藤の気分転換。気が晴れたのなら、本来の仕事に戻って貰わなければ。先ほど舞夜自身が言った、シチュエーションを変えてみる、それを今ここで試そうとしていた。
「なにもグリム兄弟に忠実にする必要はないんだ、この現代を舞台にするとしたら?」
「そうだよね、そもそもグリム童話が完全なオリジナルじゃないっていうし」
と、ヤエルも調べてきた知識を披露する。
「中国や韓国にも、似た話があるんだよ。魔法使いじゃなくて、世話した魚の恩返しらしいけど」
「そりゃあきまへんわ、やっぱり魔法使いは要るやろ」
チュロスを囓りながら、ぱとすは反論する。彼女の考えたアイデアには、魔法使いが不可欠なのだ。
「多くの灰かぶりの中でなぜシンデレラは選ばれたのか? 魔法の解けないガラスの靴を残したのも、すべて魔法使いの策謀‥‥魔女がシンデレラを后にしたてるには複雑な感情があった!」
「うわっ、怖ぁ」
須藤はおおげさに身震いしてみせる。
「主役を変えるってのは、いいよな」
「簡単な設定の変化っていうと、男女の入れ替えがありますよね」
静流の意見だ。これでも脚本家の卵、よく使われる脚色の手法ぐらいは知っている。
「義姉のイジメで女装させられていて、恥をかかせようと舞踏会まで連れ出されたけど、実は王子は女の子だったのでめでたしめでたし、ってね」
結果はハッピーエンドが一番素敵じゃない、と静流は言う。
「あ‥‥僕も思いつきました」
おそるおそる手を挙げるロビン。遠慮することはない、思いついたら何でも口に出さねば。
「シンデレラが男っていうなら、それを少年じゃなくてアンニュイなナイスミドルにするんですよ」
「‥‥‥‥キモっ」
その沈黙は、頭の中で図を想像してみたからだ。どんな絵が出てきたのか、須藤は腹を抱えて笑ってた。
「で、息子べったりな母親と、小姑の姉、そこへシンデレラ氏に一目惚れした王女が押しかけ女房で、姑にいびられる毎日」
「はぁ、なるほど‥‥」
と、先ほどまでめちゃくちゃに笑うだけ笑っていた須藤が、どんどん無口になっていた。目の焦点の合っていない状態でジェットコースターに乗り続けていた時とも、頬を痩けさせて毛布にくるまっていた時とも違う表情になっていた。眉間に皺が寄っている。皆の話が聞こえているのかいないのか、相槌もしまいには無くなった。
かと思えば、突然立ち上がった。
「帰るぞ!!」
練習場に戻った須藤は、脇目もふらず隅のテーブルに突進し、置いてあるパソコンの電源を入れた。そして10本の指が縺れるほどのスピードでキーボードを叩き始めた。
「休憩しませんか? サンドウィッチありますよ」
「食べてる間が惜しいッ!」
「ガム食べへんか? 噛みよったら脳が倍働くで」
「紙剥いて口に入れろッ!」
「ハーブティー用意したよ。レモンバームの‥‥」
「鎮静効果は不要ッ! ミントぶちこめ、ミントをッ!!」
今、須藤は悪鬼だった。羅刹だった。とにかく異形のものだった。毎回、脚本を書くとなるとこんな風なのか、と劇団長の方を見る。いつものことだから、と事も無げに言われた。まあスランプから脱せたのだから、何も問題はないだろう。
そして出来上がった『シンデレラ異聞』。
それは、今度のコンクールを楽しみにして欲しい。