緊急公演『シンデレラ』アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
0.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/23〜10/29
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●本文
『‥‥本日の公演は終了いたしました。お忘れ物のないよう、お帰り下さい‥‥』
客席のライトが明るく点灯され、アナウンスが流れる。
劇団PPの公演は無事終了した。この土・日だけのものであったが、長く活動をしているおかげで身内以外のファンも増え、2日ともかなりの客席が埋まってくれた。
いい手応えだ‥‥劇団長の箕輪トキオは、後かたづけをしながらもその顔はゆるみっぱなしだ。このまま定期公演を続けていけば、もっと固定ファンがついてくれる。いずれはこの『ひじきホール』を満席にして‥‥。
「‥‥さん。ミノワさん。箕輪さんってば!!」
「えっ!? ああ、支配人」
「何を妄想してたんですか? 顔がにやけてましたよ」
「いえいえ、何でもないんです」
よっぽどマヌケ面をしていたのだろう、ホール支配人の根田は笑っている。
「根田さん、なにか用ですか?」
尋ね返すと、支配人はそれを待ってましたと言わんばかりに、箕輪の手を両手でガッと握った。
「箕輪さん、お願いがあります!!」
「な、なんでしょう?」
勢いに圧倒される。切羽詰まった彼の様子では、ただごとではないのだろう。
「来週も、公演をして頂けませんか?」
「ええっ??」
根田支配人は続けた。
来週、ひじきホール主催のチャリティー公演が予定されている。4団体が集まる予定だったのだが、その内の一つが事故のため出られなくなったというのだ。これでは予定している2時間、何も出来なくなってしまう。そこで旧知の仲であるPPに頼んでいるのだが。
「もちろん、タダとは言わないよ。迷惑をかけるんだから、お礼はさせてもらう」
「ですが、うちの団員も来週には他の客演の予定もありますし、急に出来る芝居もありませんよ」
「今日やった、あれ、面白いじゃないの。シンデレラが姉たちとラインダンス踊ってガラスの靴蹴り飛ばしてさ」
「チャリティーってことは、客は家族連れでしょう? 半裸の王子なんて見せたら卒倒されますよ」
「多少のことは私が責任を持つからいい!」
なおも支配人は必死で頼み込む。しかしいくら戯曲もセットも揃っていても、肝心の役者がいないのだ。
「そうは言われても‥‥」
「箕輪さん、PPは再来月も公演をするんでしょう?」
「ええ」
「1日余分に貸しますよ。もちろん無料で」
「分かりました支配人。あなたと私の仲です。なんとか人を集めて、チャリティー公演を成功させましょう!!」
●リプレイ本文
ただいまより、劇団PP『シンデレラ異聞』を上演いたします‥‥定型文のアナウンスが流れ、ざわついていた客席も静かになる。ブザーの音と共にライトが消されると、子供の客は暗闇が嬉しいのか再び騒がしくなる。
少しの間の後、緞帳が開く。拍手。
ちょっと変わったシンデレラ物語の始まりだ。
「ああっ、もうシンデレラ! そんな乱暴に髪をひっぱって、傷んだらどうするの?」
「ごめんなさい、お姉様」
「こっちの着替えも手伝いなさい。まあのろま。何て役立たずなの」
お決まりのシーン。義母と義姉にいびられる可哀想な主人公。
楊・玲花(fa0642)は大げさなツギの縫われた麻袋のような服を着ている。彼女がシンデレラだ。櫛とリボンを持って、義姉である小宮あき(fa1696)の身支度を手伝ってやっていた。場面はすでに、お城の舞踏会直前なのだろう、あきは玲花とは対照的に、真っ赤なけばけばしいドレスに着替えている。隣には、真っ黒なドレスの義母、七瀬・瀬名(fa1609)。見るからに不吉で不愉快な黒である。PPも、よくこんな衣装を準備していたものだ。
「このドレスは今日のために作ったのよ。情熱的な赤。ステキでしょぅぉお?」
「よく似合うわ、王子様もイチコロよ」
「お母様だって、なんて気品のあるドレスかしら。負けちゃうかもしれないわぁあ」
自慢げにシンデレラに見せびらかす二人。あきも瀬名も、わざとらしく毒蛇のように動くので、子ども達は大笑いだ。
「私たちはお城の舞踏会へ行きますからね、おまえはしっかり掃除をしておくのですよ!」
そう言い捨てて、二人は出て行ってしまった。あとに残されたのは、雑巾を持った雑巾のようなシンデレラ。
「ああ、私もお城の舞踏会へ行ってみたい‥‥」
玲花は涙を拭いながら、床掃除を始めた。
「ちゅーちゅー。どうしたのシンデレラ?」
と、そこへネズミが現れた。ネズミ役は一角砂凪(fa0213)とPP劇団員たち。ぞろぞろと並んで登場し、シンデレラを取り囲む。
「ふむふむ、‥‥わあ可哀想だシンデレラ」
「可哀想だシンデレラ」
「何とかしなきゃ」
「そうだ、魔法使いさんに頼もうよ! みんな、一緒に呼んでくれるかな?」
砂凪が「せーの」の合図を送ると、客席から一斉に「魔法使いさーん」と返ってきた。
照明が一転、ありとあらゆる照明器具を駆使して、舞台上が照らされる。更にスモークと、ドラムロール。
「呼んだ?」
なんと魔法使いは天井から、黒い羽を広げて降りてきた。半分だけ蝙蝠の姿を見せたASAGI(fa0377)だ。凝った仕掛けだと思いこんでいる客達はその派手な登場のしかたに大歓声を送った。
「魔法使いでーす」
「初めまして、シンデレラです」
「こんなにいっぱいのお友だちに呼ばれちゃ、あなたを助けないわけにはいかないしィ。チャチャッと着替え‥‥」
「騙されちゃいけないーー!!」
再び、スモーク。今度は爽やかなBGMとともに、谷津・薫(fa0924)が現れた。
「シンデレラ、その魔法使いはニセ者だよ」
「まあ、魔法使いさんが二人!?」
ここからPPと依頼を受けた皆の合作である、オリジナルシンデレラになっていく。
「見て、あの黒い翼。あれは悪い魔法使いだ。本当の魔法使いは、僕みたいな格好をしているものだよ」
そう言う薫の格好は、灰色の、裾を引きずるようなローブとゴツゴツした杖だ。絵本の挿絵に描かれる魔法使いそのもの。
「そんなはずないじゃない。あさぎちゃんは正真正銘、いい魔法使いなのよ!」
「どこがぁ? チビでちんくしゃでロクな魔法使えないくせに」
「きーーっ! 薫ちゃんのバカー! あさぎちゃんはすごい魔法が使えるんだから。えいっ!」
ASAGIが玲花シンデレラに向かって杖を振ると、その前に砂凪が板を立てかけた。そこには玲花が綺麗なドレスを着ている絵が描かれてある。魔法で姿が変わった、ということだ。
「ほらほらっ」
「そのぐらいなら僕だって」
今度は薫が同じことをする。砂凪が次の板を立てると、そこには別のドレス姿のシンデレラが。
「もう一度、えいっ」
「こっちだって」
‥‥魔法使いが呪文を唱えるたび、板が入れ替わり絵が変わっていく。実はその後ろで、玲花は本物の衣装に着替えていた。
「‥‥今度こそーー!!」
ASAGIがひときわ大きく杖を振ると、板が外された。そこには、厳つい鎧兜に身を包み、キラキラ耀くクリスタルの剣を持った玲花が立っていた。
「ははは、あさぎはやっぱりバカさぎだね。顔まで隠しちゃって、こんなのじゃ舞踏会へいけないよ」
「超クールじゃん。これで王子様もイチコロだもんね」
と、ASAGIは次は砂凪の方へ向いて杖をかざした。ネズミ劇団員達が砂凪を取り囲み見えなくしたと思ったら、次に現れた砂凪は角を生やし、一角獣の姿を半分見せていた。
「ひひひーん!」
砂凪はいななき、蹄同士をカチカチ合わせて鳴らしてみた。その早変わりが、本当の魔法のようだと客席から感嘆の声が漏れる。
残りのネズミは人間御輿となって、玲花を担ぎ上げた。
「行ってらっしゃいシンデレラ。12時までに帰らなきゃダメだからね」
「いってきま〜す!」
手を振りながら、シンデレラとネズミたちは退場。あとを見送る、満足そうな表情のASAGI。今度は天井に向かって魔法をかけた。
照明が消える。
暗転。
「あーあ、行っちゃった。知らないぞ」
「あれでいいんだもん。薫ちゃん、何も知らないクセに」
暗闇の中で、魔法使い同士の罵り合いがいまだ続いていた。
鐘の音とともに、暗転明け。今度はお城の大広間のシーンだ。3拍子の音楽にのって、舞台いっぱいの人がオルゴール人形のようにくるくる踊っている。その中には毒々しい赤と黒のドレスの二人もいた。
人形達の動きと音楽が止まり、一斉に中央の階段に向き直る。そして、ラッパが鳴った。
「紳士淑女のみなさま、ようこそ」
スポットライトの中にいたのは、豪華な衣装のディノ・ストラーダ(fa0588)。
「きゃあ、王子様よ、どうしましょう」
「もっと近くに寄るのですよ」
あきと瀬名は、ようやく現れた王子様にはしゃぎ、そばに寄ろうとした。だが、壇上の王子がそれを制する。
「まだここへ来てはなりません。私の隣に座ることの出来る女性は、たった1人の選ばれた女性なのです」
と、王子はさっと右手を挙げた。
フロアの乙女達が、一斉にドレスを脱ぎ、高く放りあげた。
「お母様、これはいったい?」
「なんてことかしら!?」
訳が分からない、と義母と義姉は目をしばたたく。ドレスの下は、誰もが鎧を纏っていたのだ。
どやどやと乙女の母親が出てきて、娘達に剣を渡しドレスを回収して去っていく。
「世界の半分を支配する私と結婚する女性は、私と同じ地位と名誉が手に入るのです。その地位を賭け、最後の一人になるまでさあ戦え!」
レディィィゴォォォ!!
王子の一声で、お城の『舞踏会』は『武闘会』になってしまった。
「きゃああ、助けてぇ」
突如、さっきまで一緒に踊っていた娘達が戦いだしたものだからさあ大変。一人だけ真っ赤なドレスのままのあきは、あっちこっちに突き飛ばされ、丸腰なものだから皆の集中攻撃の的にされ、どんどん上に覆い被さられてしまった。
「卑怯な!!」
義姉に乗っていた乙女達が弾き返される。
なんとそこには、あきを庇うように、クリスタルの剣を持った聖女の姿があったのだ。
「大丈夫ですか、お姉さ‥‥いえ、お嬢さん」
「あ、あなたは‥‥?」
しかし顔を隠した聖女は名乗らず、王子の方を向く。
「このような無防備な娘を戦わせるとは、なんと野蛮な! 恥を知りなさい」
王子は玉座からすっと立ち上がり、階段をゆっくり下りてきた。
「‥‥素晴らしい」
怒り狂うと思いきや、ディノ王子は聖女の手を己の両の手でそっと握った。
「あれだけの娘を薙ぎ払う強さをもち、そしてその正義感。なんて素晴らしい女性だ。どうか私と結婚して下さい」
みごと、シンデレラは王子に見初められた。このままハッピーエンドに向かうのかと思いきや‥‥。
スポットライトが上手を照らす。
「待てぇい!!」
「あっ、貴様は隣国のクルティア王子!」
舞台が始まりすでに3分の2が終了した頃。ようやくクルティア・ディット(fa0344)の出番が来た。
「いかにもわしは、世界の半分を支配するクルティア! 貴様を倒してもう半分を手に入れるつもりでおったが‥‥」
シンデレラと王子の間に割り込み、王子に剣を突きつける。
「このような強い娘と出会えるとは、これも運命。この娘はわしがいただく」
「何を言うか。お前のような男に彼女はふさわしくない」
「試してみるか?」
重厚な音楽!
ディノ王子と、クルティア王子の、全世界と聖女を賭けた決闘だ!
音楽に合わせて、剣と剣がぶつかり合う。この殺陣はかなり練習したのだろうか、迫力のある立ち回りだ。音楽が最高潮になろうとするとき、ついにディノの剣先がクルティアの心臓に狙いを定めた。
「だ、だめぇええ!!」
聖女が悲痛な叫びをあげ、重なる剣の間に己のクリスタルの剣を突き立てた。
すると、なんということだろう、透明なクリスタルの剣は、王子達の持っていた鋼の剣を(もちろん、作り物だけれど)叩き割って、そのまま床に突き刺さったではないか。
「争いは、何も生みません‥‥もっと人は‥‥」
そこまで言いかけて、シンデレラははっとした。壇上の時計がまもなく12時の鐘を鳴らそうとしている。
戻らなければ。
クリスタルの剣を置いたままにして、シンデレラは消えた。
「待ってくれ!」
ディノは追いかけるが、クルティアは己の負けを認め、がっくりとそこに膝を突いたままだ。
真っ赤なドレスの女が、慰めるようにハンカチを差し出していた。
再び、暗転。
舞台の真ん中には、突き刺さったままのクリスタルの剣。
召使い達が抜こうとしても、それは抜けない。
「真の持ち主でなければ、これは持てないのだ」
ディノ王子の命令で、国中の娘が集められる。だが、誰が挑んでも失敗する。
「おまえもお行き。なんとしてでも抜くんだよ」
瀬名に煽られ、あきも抜こうとするが、やっぱり抜けるはずもなく。
他にこの国に娘はいないのか? ‥‥誰もが諦めていた時、ついにシンデレラが現れた。
「私が抜きます」
「お前に抜けるものか」
「毎日水くみ、掃除、畑仕事をしてきたのです。体力には自信があります」
シンデレラがクリスタルの剣に手をかけると、あらあら不思議、それまでぴくりともしなかった剣がするりと抜けたではないか!
ぱぁん、と舞台の両端からクラッカーが弾け、一斉に紙吹雪が降ってきた。
わっと全てのキャストが登場し、王子とシンデレラをまとめて胴上げを始めた。
賑やかな音楽と、眩しいホリゾントライト、大騒ぎの登場人物達。
彼らの前に、ちょこちょことネズミ集団が現れた。
「‥‥こうして、シンデレラは幸せになりましたとさ。めでたしめでたし」
「え? シンデレラをいじめていた継母と意地悪なお姉さんはどうしたかって?」
「それはね‥‥」
砂凪が指さす方には、そっと手を取り合うあきとクルティアがいた。二人を祝福するように踊るASAGIと薫の姿も。
ゆっくりと幕がおり、客席からは拍手の洪水。
たった1週間で急遽こしらえた舞台だったが、見事大成功。
公演終了後、出演者達がロビーに立ち募金を集めていた。このシンデレラ達の箱が一番たくさん集まっていたのだった。