LCの憂鬱アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 フリー
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 3.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/12〜04/18

●本文

 吉田は、所属する会社は小さいながらも、信用のおけるロケーション・コーディネーター(LC)だ。映画やドラマの撮影場所、ロケーションに相応しい場所を探し、そこでの撮影の手筈を整えるのが彼の仕事だ。
 彼はこの春、あるポイントを捜していた。
 それは桜の名所。
 海外の、映画好きなら1度くらい名前を聞いたことがあるだろう監督の次回作に必要だと、スタッフ総出で場所を探しているという。その手伝いを、吉田の会社も行っているところなのだ。
 有名な公園はいくつも回った。しかし、まさに桜が見頃の今は、しじゅう花見客が溢れ、無粋なライトアップがなされ、提灯や幟があたりをおおっている。まれに誰もいないタイミングに当たるときもあるが、そんなときは夕べの酔っぱらいが残したゴミが散乱していたりする。
 吉田は、いくつでもいい、候補地を見つけてそのための資料を作りたかったのだが、どの公園を回っても、彼の心を震わせる光景に出会えない。LCの自分ですら気に入らない場所を、どうして映画監督が気に入ってくれよう。

 だが、彼に幸運は訪れた。
 誰にも踏み荒らされていない、美しい光景と出会えたのだ。
 そこは森岡氏の私有地だった。
「映画? ロケ? まあ、お役に立てるならねぇ」
「資料用の撮影? ええ、けっこうですよ、どうぞどうぞ」
 持ち主である森岡夫妻は、快く吉田の立ち入りを許してくれた。
 いろいろな角度から、いろいろな時間帯で写真に収めよう‥‥そう思って桜の林に入ると。
「誰じゃッッ!!」
 恐ろしい形相で、竹箒を刀のように構えた老人が立っていた。
「おじゃましてます、私‥‥」
「余所者は出て行け、さっさと出て行け!!」
 自己紹介をする間もなく、老人は箒を振り回し、吉田を追い出してしまった。

「な、何なんですか?」
「まぁ、うちのおじいちゃんね。ごめんなさい、よく言っておきますから」
 どうやら森岡氏の父親で、桜林に他人が入り込むのをこの上なく嫌っているようなのだ。
「マナーのない人が、私有地なのに勝手に入っては荒らしたりすることがあるもんで」
「ご遠慮なさらないで、今の土地の権利は夫にあるんですから、うちの人にちゃんと話が通ってるって、もう一度言っておきますね」
 と、夫妻は言った。
 それで安心して、翌日にもう一度撮影に入ったのだが‥‥。
「こりゃー!! また来たか、余所者が!!」
 また箒に追いかけ回された。

 息子夫婦は言い聞かせてはいるらしい。けれど、老人はまったく聞く耳を持っていない。吉田も一緒に話をしたが埒があかない。森岡氏は、構わず撮影をしていいというが、こうたびたび妨害されたのではおちついて撮影できやしない。
 ちょっと、足止めをしてくれる人手を増やそうか。
 吉田は、手の空いているものを捜し出した。

●今回の参加者

 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa0658 梁井・繁(40歳・♂・狼)
 fa0964 Laura(18歳・♀・小鳥)
 fa1609 七瀬・瀬名(18歳・♀・猫)
 fa2573 結城ハニー(16歳・♀・虎)
 fa3066 エミリオ・カルマ(18歳・♂・トカゲ)
 fa3196 雪野 孝(48歳・♂・猿)
 fa3294 (10歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

 それじゃあ、人も集まったところで。自分が撮影をしている間、爺さんの見張りをして、近付いてきそうになったらなんとかして足止めをして貰って‥‥というふうに吉田は考えていた。
「それでいいの?」
 エミリオ・カルマ(fa3066)は聞いた。
「え? いいだろ?」
「だから、吉田さんは、本当にそれでいいと思ってるの?」
「どういうことだよ」
 実は集まった8人、皆思っていることは同じだった。
 ここで強引に撮影を敢行しても、いざ映画の撮影地と選ばれたときに同じ問題が起こってしまう。だからきちんと、森岡翁の同意を得て撮影をするべきだ。
「そうだよー、おじいちゃんを嫌っちゃ可哀想だー。僕、おじいちゃんと仲良くなりたいよ」
 葵(fa3294)は想像する。吉田を惚れさせるほど見事な桜を育ててきた老人、彼の自慢の桜についての話を聞き、その素晴らしい桜を見せてもらえることが出来ればどんなに楽しいだろう。
「お年寄りというのは今の日本を作った立役者だからね、‥‥尊敬しなくては」
 葵に同意する梁井・繁(fa0658)。もしかすると老人も寂しいのではないか? たとえば、そう、吉田が自分ではなく息子夫婦に話を通してそれで終わらせたことに拗ねているとしたら? 困った頑固さも、それは老人の可愛らしさである。まず森岡翁と仲良くなり、彼と共に撮影をすることができれば、理想的な解決法ではないか。
「まあ、いきなり爺さんに会って箒出されても困るッスから、吉田さん、まず息子さん夫婦に会わせてくれやせんか?」
 伝ノ助(fa0430)がそう頼むので吉田は、森岡夫妻に彼らを紹介することにした。

「はじめまして、森岡さん。私がリーダーの結城ですわ」
 吉田が紹介するよりも先に結城ハニー(fa2573)が名乗った。呆気にとられる森岡夫妻を尻目に、ハニーは今回の一連の仕事にかける意気込みを蕩々と語る。
「ご主人、奥様、それに皆さん。色々と思うところがあるかもだけど、私の生業は探偵だから‥‥この件は私と瀬名さんに任せて欲しいわ」
 よほど自信があるのか、隣にいる七瀬・瀬名(fa1609)を引っ張って、そう言い放つ。
「心を込めて、説得するよ。みんな任せてね!」
 ハニーに頼られ嬉しいのか、瀬名は胸を叩く。
「まあ、そう僕らの出番を奪わんといてや。僕らやって、桜、見たいしなあ」
 張り切る二人に苦笑する雪野 孝(fa3196)。
「大勢で行くと、話題が被ったりして大変だよ」
「そこは、ほれ、リーダーに巧いことシナリオ組んで貰うたらエエやないの」
「責任重大ね」
「それで、おじいさまは今、どちらに?」
 Laura(fa0964)が森岡に尋ねた。天気の良いときにはたいてい、敷地内を散歩しているという。
「おばあさまは、いらっしゃいますの?」
「いや、母はだいぶ前に亡くなりました」
「まあ‥‥」
 Lauraは少し逡巡して、切り出した。
「おばあさまのお墓を、お参りさせて頂いていいですか?」
「え? そりゃ構いませんが」
 奇妙なことを頼む、と森岡は思った。なぜこの娘は、会ったこともない人間の墓に手を合わせようとするのだろうか?
 Lauraはすがりたかったのだ。老人が一番心を開いたはずであろう妻の力を分けてほしいと。

 森岡の話通り、足腰の達者な老人は、散りはじめた花びらを一つ二つと浴びながら、ゆっくりゆっくり歩いていた。
「こんにちは〜」
 声をかけられた老人は振り返る。そこには伝ノ助とエミリオが人なつっこい笑顔で立っていた。
「こんにちは。ここはじーちゃんの庭?」
「すごい桜ッスね。近くで見てもいいっすか?」
「『いいですか』じゃ。最近の若い者は、言葉遣いを知らん」
 ぎょろりと睨み付ける森岡翁。「しまった」と二人はお互いを小突き合う。
「アッ‥‥悪いッス‥‥いや、申し訳ないです」
「失礼しました、おじいさんの桜を近くで見させて下さい」
「はっはっは、素直なやつじゃ。入ってこい」
 睨んだかと思うと、今度は歯を見せて笑っている。言われるほど、気むずかしい老人とは思えない。エミリオ達は、招かれるまま、桜に近付いた。
 桜を話題に、あれこれ話をしてみる。手入れの難しさや、ここまで育てた苦労などなど。
「大変ですね」
「どうじゃ、手伝ってみるか?」
「エッ??」
 こまめな手入れが大切なんだと、老人は散歩の合間もいつも害虫退治に勤しんでいるという。仲良くなるチャンス、これを逃してはいけない。
 3人が駆除剤片手に散歩を続けていると、また声をかけられた。
「おじいさん、精が出るな」
 繁と孝だ。
「おっと、見事な桜やさかい、ちょい魅せられて来てしもうたんや。邪魔はせんさかいに」
「お孫さんと散歩か。良い風景だな」
「いやいや、孫じゃない、近所の子じゃ」
「おじさん達もやるッスか、害虫退治」
 伝ノ助が気を利かせて、二人を誘ってくれた。人手の欲しい老人も一緒になって誘う。エミリオは返事を聞く前に納屋に戻って駆除剤の追加を用意し始めた。
「はは‥‥しょうがない、お手伝いするか」
「ま、僕らもヒマやからな」
 こうしてまた仲間が増えて、害虫駆除隊の行進は続いた。

 さて、休憩にしようと、老人は皆にも休むように言った。
「ちょっと待っとれ、菓子ぐらい出してやらんとな」
「あ、お構いなく」
 老人はひょこひょこと母屋に向かった。
 待ちながら4人は、この老人の印象がすっかり変わってしまったことを確認し合った。
 吉田から聞いた話では、偏屈で、頑固で、話をまるきり聞こうとしない変わり者だったと。だが、こうして実際に会って話した老人は、愛嬌のある愉快な好々爺で、純粋に桜を大切に思っている男だった。
「どうして、撮影をあんなに嫌うんでしょうか‥‥」
 老人が、ゴザと、菓子袋を下げて戻ってきた。桜の下で茶にしようと言うのだ。

 5人はすっかり仲良くなったと言っていいだろう。小さいときの桜の思い出、最近の仕事のグチ、他愛のない話をするようになっていた。
 そこへ、和服の女性が近付いてきた。ハニーだ。
「はじめまして、おじいさま」
 ハニーは皆の宴会場の端にしゃがみ込むと、唐突に暴露をした。
「嘘をつくのは嫌いなので最初に言いますが、実は私たち、吉田さんに頼まれて来たんですの」
 意味が分からない、というふうに呆けていた老人だが、徐々に顔が紅潮してきた。
「な、ま、まさか、お前らも、そのつもりで擦り寄ってきたのか!?」
 おかしいと思った、こうも人が集まるなんて、偶然にしては多すぎる。
「誤解なさらないで。説き伏せようなんて思ってません。ちょっとおじいさまの話が聞きたくて来たんですのよ」
 ハニーは、皆が囲んでいる茶と菓子をちらりと見て、更に言った。
「まだ仲間がいますの。みんな呼んでいいかしら? この子たちだけでお花見なんて、ずるいですよ」
 老人は返事もしない。もともと伝ノ助達を招き入れたのは自分なのだから、今更追い返せやしない。勝手にしろ、と座り込んだ。

「ごめんなさい、騙すような真似をして」
 瀬名は素直に詫びる。
「でも、おじいさんを無理矢理説得しようなんて思わないよ。嫌だって言うなら、そう吉田さんに言っておくから」
「そうですわ。吉田さんに撮影させない理由だけでも教えて下さい。理由があれば、吉田さんも撮影を諦めるかもしれませんよ」
 Lauraもそう言うが、老人は固く口を閉ざしてしまった。
「やっぱ、あれッスか、マナーの無い連中がいるから‥‥?」
「吉田さんは悪いことしないよー。ここの桜が綺麗だから写真に撮りたいだけなんだよ。桜を綺麗だって思う人が桜を傷つけるわけないよ」
 言いながら葵は、鞄をごそごそと探りはじめた。
「ほら、これ見てよ」
 葵が取りだしたのは、どこかの桜の写真。
「こんな風に写真になったら、一年中ずーっと満開の桜が見られるよー?」
 と、その時だ。
 唇を震わせて、老人は写真を奪いとった。
「おまえ、これがどこの写真か知っておるのか!?」
「え‥‥? えーと、雑誌の切り抜きで」
「これはここの桜林じゃ!!」
「なんだって!!??」

 ようやく老人は口を開いた。
 実はこの桜林は、過去にも1度映画に使われた。まだ森岡氏の産まれる前のことだというから、夫妻が知らないのも当然だろう。
 どこの誰とも知らない監督だったが、映画の撮影と言うことに浮かれて彼は快く貸してしまった。
 だが、その結果。
 撮影に邪魔だと枝を幾つか折られ、機材を積んだ車がひっきりなしに走り回り、立ち小便をするような輩まで出る始末。
「また映画の撮影に使うつもりだと!? ふざけるな、あんな常識知らずの連中に、わしの大事な桜を渡してたまるもんか!!」
 老人の怒りはもっともだ。
 さぞ、悔しかっただろう。
 丹誠込めて育てた桜。きっと毎日木を見て歩き、虫に注意し病気に注意し、ここまで立派に育て上げたのだ。それを価値の分からない者達のせいで台無しにされたのだから。
「おじいさん、辛かったッスね」
 伝ノ助は、まるで自分のことのように悲しみを感じた。でも。
「でも、おじいさん。そんな一握りの馬鹿のために頑なになるのは寂しいッス」
 伝ノ助は訴えた。
 こんなに美しい桜がある。
 もし映像として世間の目に触れれば、きっと人は美しいもの、儚いもの、清らかなものの存在を知るだろう。
 そして同時に、それらは汚してはいけないものだと知ってくれるだろう。
「もっと自慢していいんすよ。おじいさんの桜は日本一の桜だって! 二度と誰にも汚させません、あっしが昼夜見回りしてもいいッス!」
「僕も伝と同じ気持ちやで。誰にも汚させてたまるかっちゅーねん」
 有名な監督だろうと関係ない。枝の一つも折ろうというなら、老人に変わって箒を振り回してもいい。
 映画になるとかならないとか、いまとなってはそれはもうどっちでもいい。
 この老人が、不幸な昔話に縛られている、それから解放してやりたかった。

「‥‥あの、吉田とかいうカメラマン連れてこい」
 老人は言った。
「今、おまえらが言ったのと同じこと言うようなら、信じてやってもいい」
「ハイッ」
 大丈夫だ。吉田は数々のロケ地を捜し出した男だ。そんな不誠実なことをして信頼を得られるはずはない。
 何も知らされず、老人の前に連れてこられた吉田LC。
 彼はその賭けに勝った。