不味いおでんアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
2.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
04/19〜04/23
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●本文
おでんの店『八千代』は、チヨが40年、ひとりで切り盛りしてきた店だ。
10人も入れば席は全部埋まってしまう、小さい小さい店だが、素朴な味は評判も良く、チヨの穏和な人柄も手伝って、地元の人間にとっては評判の良い、隠れた名店となっている。
グルメ情報誌記者の今田も、その評価は正しいと思っている。だからこうして頻繁に通っては、自分の雑誌で店を紹介させてくれないか、と口説いているのだ。
「うちは十分、有名ですよ」
たった一人で40年耐え抜いてきた女店主は、小さなこの城に絶対の自信を持っているし、持たなければならなかったのだろう。その自信を裏付けする評判の良さ。グルメ誌など軽薄なものに載せる必要はないとチヨは思っている。
だが、今田はそう思わない。こんな良い店があることを世間に伝えたい、彼はそう願っているが、チヨの首を縦に振らない。
正攻法でだめなら、少々あくどい手を使おうか、と今田は考えた。
まず、チヨの鼻っ柱を折ってやるのだ。
演技力に長けたものを数人、集めた。
彼らを八千代に送り込み、そこで「まずい」と言って貰う。
何人かに続けてそう言われれば、チヨの自信もぐらつく。
そこへすかさず、雑誌掲載の話を‥‥。回りくどい手ではあるが、効果はありそうだ。
早速、役者を揃えて送り込む。
が、失敗した。
八千代のおでんが旨いのだ。
「今田さん、俺たち、嘘はつけませんよ〜」
大根を頬張りながら彼らは言った。
さて、こんな役に立たない役者はさっさと帰って貰うとして、今度こそ本当に、「まずい」と言える者を捜そう。
八千代のような素晴らしい店を紹介しないなんて、グルメ誌の恥である。
●リプレイ本文
「先にお聞きしますが!」
妃蕗 轟(fa3159)はこころなしか苛ついているように見えた。いや、彼だけではない。今回の呼びかけに集まった協力者達の誰もが、今田という男に少なからざる不快感を感じているのだ。
「この芝居の結果、チヨさんの心に傷を残すようなことになったら、どう責任を取るおつもりですか?」
だが今田は、「こいつは何を言ってるんだ」とでも言いたげに、轟の方を明らかな蔑みを込めて見た。
「うちの雑誌で紹介するって言ってあっただろう? 客が十分入る、これでまだ不満なのか?」
「『不味い』って言うだけで、チヨばあちゃんが『雑誌に載せてくれ』って言うものなのか?」
皮肉でも何でもなく、純粋な疑問として早切 氷(fa3126)は尋ねる。だが、今田はこの問いに対しても、あからさまな溜息と共に答えるのだ。
「そりゃ言わないだろうよ。おまえ達ぁ、チヨさんの自信を無くさせるようにするだけでいいんだ。口説くのはその後なんだからな」
チヨは八千代で出しているおでんに絶対の自信を持っている。雑誌などに紹介されなくても人気のあるもので、これからも商売は安泰だと。だから、その自信を崩させるのが今田の考えた計画だ。もとより、チヨの方から「載せてくれ」なんて言うことはないと思っている。彼女が取材をひたすら断るときの唯一の口実、それを彼らを使い取り払って、突破口としたいのだ。
「分かりました〜。とにかく、『美味しい』って言わなければいいんですね☆」
呑気な口調でヒカル・マーブル(fa1660)が言うと、今田はなお一層大きく肩を落とした。
「『美味しいって言わない』じゃない、『不味いって言う』んだ!」
今田が強く命ずれば命ずるほど、鳥羽京一郎(fa0443)はどんどん冷めていっていた。正直に言ってこれは最初から気の進まない依頼であるし、そして求められている演技力も素人同然だ。チヨという平凡な老婆をこうまでして貶める必要は本当にあるのか? チヨであれ誰であれ、他人に食べさせる料理は大変な思いで作っているはずだ。その心を踏みにじるような行為をしても許されるものなのか?
‥‥しかし、ここまで来てはためらっている場合ではない。引き受けた以上は不本意だろうが素人だろうが遂行しなければ他の皆にも迷惑がかかる。頭から湯気を出している今田を尻目に京一郎は、一足先に八千代へ向かった。
依頼人に対する好悪の感情は別として、依頼内容そのものを面白がっているものももちろん居る。氷咲 水華(fa3285)と桜庭・夢路(fa3205)だ。女優として、タレントとしての血が燃える。改めて考えればこの仕事は、真の演技力を問われるもの。現に、前に雇った役者の卵達は八千代のおでんに屈服したと聞くではないか。堀川陽菜(fa3393)もまた不安そうに言う。「美味しいのに不味い顔をするのは難しいと思う」と。
「何事も考え方一つで変わるわよ。不味いと思いこんでいれば不味く感じられるわ」
簡単そうに水華は言ってしまうが、そう単純なものでもないだろう。水華自身、思い込みだけで悪い女の役をこなしてきたわけでもあるまい。感情を作り、他人に伝える。どうすればより分かりやすく、どうすればより効果的に、どうすればより印象深く‥‥。
「ただ単に言うだけだから難しいんですよ。ちょっと小芝居を付け足しましょう」
困った顔をしている陽菜に、夢路の提案だ。
「おいしい」との噂を聞きつけて、喜び勇んで来てみた、という設定を作ってみるのだ。
それぞれの役作りが出来たところで、順々に八千代をめざす。狭い店なのだ、全員が固まっていくのは遠慮しよう。誰が何時に、という順番は特にもうけず、ふらりと立ち寄った一見の客として店に向かうことになっていた。
チヨはいつものように暖簾を出し、近所の常連さんも初めてのお客さんも同じように待っていた。注ぎ足した具材が温もった頃に、初めて見る客が入ってきた。壮年の恰幅の良い男である。
「こんばんは」
チヨが声をかけると、男も挨拶を返す。
「ここは初めてなんです。そうですね、大根をいただけますか?」
「はい」
均等に飴色が染みこんだ大根をチヨは皿に取り、男の前に置いた。箸を刺すと、ふわりと繊維がほぐれ、二つに割れた。口の中に入れ、上下の歯で押すと、三度と噛まないうちにすうっと喉に転がっていく。
そして男はそれきり箸を置いて、勘定を済ませ出て行ってしまった。
「‥‥まあ、まだ残っているのに」
勿体ないことをするわね、とチヨは唇をとがらせた。
次に来た客も、初めての男性だった。背の高い美男子で、ミーハーな所の残るチヨはそれで機嫌はあっさり戻した。
男の注文に応じて2,3の具を取り、皿に盛る。しかしどうも、箸の進みが遅い。一口食べては、眉をしかめている様子だ。
「あら、お口に合わなかったかしら?」
「そうだな、ちょっとな」
すると店にいた他の常連客が、聞き捨てならないとばかりに絡んでくる。
「兄ちゃん、この辺の産まれじゃないな? 煮物ってのは地方で味が違うのは当然じゃ‥‥」
「まあまあ、ヨシオさん。ところでお兄さんは、お郷はどちら? そちらではどんなダシを使うのか教えて頂けません?」
男‥‥京一郎は演技が通じなかったことを悟った。苦言のつもりが、単なる世間話になってしまっている。ここは退散か、と席を立った。
入れ替わりに若い男が入ってきて、空いている席に座った。
「おばちゃん、おいしいところ適当に見繕って」
気さくな感じで男は言う。チヨが取り箸を動かしている間も、待ちきれないとばかりに鍋を覗き込む。そして運ばれたがんもどきを一口食べて。
「あ、美味い」
顔の筋肉の全てをゆるませ、男はがんもどきを享受する。
「すっごい美味しい。中の野菜にまでダシが染みててさ。豆腐自体も味が濃いのかな? もう一つ貰っていいか?」
「うれしいわねえ。どんどん食べてね」
氷、陥落。
「こんばんは〜。4人なんだけど、座れますか?」
女の子4人組が暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ。こっちにテーブル席がありますよ」
案内されて4人は、店にひとつだけ有るテーブル席に着いた。
「じゃあね、私ね〜、大根とつみれとタコ!」
「ふふふ、陽菜様ったら」
「騒がしくてごめんなさいね」
「美味しいって噂の店だから、今日来られて嬉しいんです」
4人はそれぞれ目を輝かせておでんの到着を待っている。チヨは注文分の具を別の土鍋に取り、テーブルの真ん中へ運んでくれた。
「いっただっきま〜す」
待ってましたと全員がそれにかぶりついた。
「‥‥‥‥え?」
「‥‥‥‥う〜ん」
「‥‥‥‥ちょっと、これは、ね‥‥」
さっきまで騒がしかった4人が、急に黙り込んだ。
「? どうしたのかしら、皆さん?」
チヨが尋ね終わる間もなく、水華がテーブルを叩いて立ち上がった。
「どうしたも何も! この私にこんな不味いものをだすなんて、どういうつもりかしら?」
「ま、まあっ!」
チヨは青ざめた。面と向かって「不味い」などと言われるのは初めてのことなのだ。
「大根は辛すぎだし〜、つみれは魚臭いし〜、タコはふにゃふにゃしてます〜」
別の娘も追随する。他の二人は口に出すのをはばかってはいるが、明らかに不満そうな顔だ。
「おいおい姉ちゃんよ、ワシらが気持よく食べてんのに、なんて言い草だ」
常連客の一人が負けじと立ち上がった。
「皆さんがなんて言おうと、私にはとても食べられたものじゃないわよ。ご心配なく、食い逃げするつもりなんかありませんから!」
女は十分すぎるほどの金をテーブルに乗せて、そのまま靴の踵を派手に鳴らしながら出て行った。
「あ、お騒がせしました」
残った娘達は、連れの無礼を詫びながら後をついて出て行く。
「噂を聞いて過剰に期待していたみたいで‥‥本当に申し訳ありません」
最後にとどめを刺すような台詞を残して、4人はいなくなった。
後に残ったのは、俯いたままのチヨである。
「あの子らが残したの、貰っていいか?」
氷が土鍋に手を伸ばす。チヨは首を横に振った。
「不味いんですって。食べない方がいいですよ」
今日はずっとこんな調子だ。常連は旨い旨いと平らげるが、一見は全く食べていない。そうか、いつの間にか自分のおでんは惰性だけのものと成り下がっていたのか。
「言ってたじゃないか、過剰な期待をしてたからだって」
里芋を放り込む。ほろほろと口の中で溶ける、その感触が気持ちいい。
「仕方ないよな、噂って勝手だし」
「勝手じゃないぞ、八千代のおでんは最高だ」
常連客は口々に、さっきの4人の舌の方がおかしいのだと罵った。
「ダシは何でお勧めの具は何でって知ってるのと知らないのとじゃ、印象って違うだろうよ」
そこまで言って氷は、チヨに聞いた。
「この店、ガイドブックに載ってないよな」
「‥‥‥‥」
「そんなに、載せるの嫌なのかい?」
嫌も何も、必要などないと思っていた。だが‥‥。
「美味い店だって事を、日本中に知らせたいな、俺は。さっきみたいな誤解する客を減らせるかもよ」
そうだそうだと、常連客は氷の尻馬に乗った。チヨの考えなどこの際彼らには関係ない。正しく情報を発信することで、さっきの無知で無礼な客から店を守れるのなら、それに賛同しないはずがなかった。
さあ、今田の求めていた『鼻っ柱を折る』という当初の目的は達成された。チヨは今、これ以上ないほど落ち込んでいる。今田はチヨを口説き落とせるのか?
新しく発行されたグルメガイド誌。
『お店紹介』のページ、そこには‥‥。