ネコミミ支配人アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
フリー
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや易
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報酬 |
0.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/03〜05/07
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●本文
地方の小さな劇場『ひじきホール』は、支配人の根田をはじめ、従業員全員が獣人である。手頃な規模と使用料金と、気遣いの不要さとで、意外と繁盛している。
ともかく過酷に使われがちなこの劇場、そんなだからメンテナンスもこまめに行わなければならない。本格的なものは専門の業者に任すとして、時々の点検は従業員達が休館日や閉館後に行う。
その時、彼らは獣の姿に戻る。
五感が研ぎ澄まされて作業がしやすいのと、本来の血を呼び覚まさせたいのと、どちらもその理由だ。
「あら、天井の梁にボールが挟まったままだわ」と鴉。
「すきま風の音がしますよ、窓が歪んでませんか?」と兎。
「うわっ、臭い! 暗幕のどこか黴びてるぞ!」と狸。
「あ〜あ、ネズミが巣を作っちゃってますよ」と蛇。
チェックシートを片手に、猫姿の根田はあっちこっち動き回りながら、報告を細かく記入していく。これを次の点検日に専門業者に渡せば作業がはかどるのだ。
こんな風にこの日も、彼らは大事な劇場の点検に勤しんでいた。
さて、別の日。
ホールの閉館と勤務の終了はまた違う時間。閉館案内を立てかけ、外来駐車場を閉め、事務所で残った仕事をしていると。
「なんででしょうね、さっき外を閉めにいったら、小学生が集まってるのに出くわしましたよ」
一人の従業員が、そんなことを言った。
「あれ、今日も? 昨日もいましたよ、10人ぐらいの集団でしょう?」
別の従業員も同じことを言う。
「遠巻きにこっちを見ているみたいだけどな。何のつもりだろうな?」
聞けば今日だけのことではないらしい。ここ数日、毎日のように子ども達がこちらを覗いているのだ。日によっては陽が落ちて暗くなるまで貼り付かれていることもある。さすがに根田も気になって、いったい何があるのかと尋ねてみた。
すると少年達はこう答えたのだ。
「ここ、オバケが出るんだよ!!」
ああ、何たる失態。前の点検の時彼らが完全獣化していた、それを(近道のためだとこっそり敷地に忍びこんだ)少年達のクラスメイトが見たというのだ。
「その、化け猫とかかい? まさか! ほら、うちはお芝居をよくするからね、ぬいぐるみも置いてるし」
「普通に動いてたんだって、それもココが閉まった後に」
ごまかされないか。
「じゃあ、ネコミミタレントの誰かが来たときかな?」
「えっ、ネコミミっていうと、△△ちゃんだよね。あの人、来るんだァ!」
「すっげぇ。俺、会えるまで来よう!」
だめだ、逆効果だったか。
やれやれ、困った事態だ、と根田は思った。
「放っておけばいいんじゃないですか? 子供なんてすぐに飽きますよ」
「そうは言うがな、遅くまで子供がここにいては、家に帰る頃には真っ暗だろう。危ないぞ」
「そりゃガキの自業自得ってヤツですよ、だから放っておきましょうよ」
「いっそのこと正体バラせばいいんですよ。支配人がネコミミ付けて『実はおじちゃんだったんだよ〜』って」
「泣かれるわい」
ともかく、本当に飽きてすぐいなくなればいいが、何かあってからでは遅い。今はまだ敷地外の道路からこちらを見ているが、いつか閉館後の無人の敷地内に潜り込むようになるかもしれない。そうなったらこっちは、親や学校に報告せざるを得なくなる。
「どうにかして追っ払わないとな‥‥」
●リプレイ本文
相も変わらず子ども達は、塀の向こうに固まってこちらをじっと見ている。フェンスに手をかけて、額をくっつけて、隠れているつもりなのだろうが、内側からは丸見えだ。
「よぉ。何してんの」
その一団に美角あすか(fa0155)と沫依 時雨(fa3299)が声をかけた。
「シーッ、静かに!」
「頭、下げてよ。見つかっちゃう」
子ども達に咎められ、慌てて姿勢を低くする二人。声を潜めて、改めて問いかける。
「で、何やってんの?」
「オバケを待ってんだ」
「オバケ? ウッソだぁ。本当?」
なんて馬鹿馬鹿しい話か、とあすかが笑うと、少年の一人はいかにこの話の信憑性が高いかを必死に訴える。自分たちのクラスメイトが見たんだから、間違いはないと。
「面白そうだね。僕も混ぜてもらっていいかい?」
「いいけど、大きな声出さないでよ」
少年達はまた、最初の時と同じ格好に戻った。
その頃、劇場の中では、架空の芝居の稽古が始まっていた。
タイトルは『猫になったお姫様』。魔女の呪いでお姫様が猫にされてなんたらかんたら、というディノ・ストラーダ(fa0588)が急遽作った芝居だ。そのタイトル通り、登場人物は猫ばかり。そこでアヤカ(fa0075)が現役ネコミミアイドルということで張り切って猫の姿を露わにする。
「やっぱり本物にはかないませんね」
高白百合(fa2431)は頭の上に安っぽいネコミミカチューシャを付けていた。ディスカウントストアで袋詰めで売られている、あれだ。
「そっちはまだいいよ。こっちは重くって」
ひときわ大きな愚痴を漏らすのは、劇場が昔イベントに使っていたという古びた着ぐるみ猫人形に体をうずめているシャミー(fa0858)。ウレタンの頭部はバランスも悪く、そのうえ汗と黴臭い。
「個性的な集団よ。1日限りのお芝居にするには贅沢だわ」
そういう姉川小紅(fa0262)はパンダ姿。彼女の言う「個性的」をひときわ強調しているのは誰でもない小紅自身だ。完全な猫・半分だけ猫・ぼろぼろの猫・パンダ。それはいったいどんな物語なのか。寄り道小学生に見せるためだけの架空のお芝居ですますには勿体ないほど面白い設定である。
「こんな面倒なことをしなくても、学区内で保護者会みたいな防犯組織が寄り道を注意してくれたりするでしょう、そちらにお願いしては?」
話がどんどん大げさになっているのを危惧して烏丸りん(fa0829)は提案した。だがあいにくそんな組織は近所に無いし、第一それでは結局学校側に少年達のことを報告してしまうことになる。それを避けたいから、支配人はりん達を呼んでいるのだ。
「も〜。根田さんは優しいニャ」
お人好し、と言った方がこの場合は正しいかも知れない。たかが子供の寄り道ごときに、どうしてこう気を遣わなければならないのか。しかし獣化姿を一般人に見られるというのは獣人ならいつ訪れてもおかしくない危機。今回の仕事はその対策の予行練習だ、そう思えば、いい機会である。
塀の外で子供達は、場所を何度か変えながらも、やっぱりずっと建物から視線を外さなかった。
「出てこないね」
あくびが混じってくる。
「こっちにいっぱいいるから、用心してるのかな。奥に引っ込んじゃったのかもね」
時雨は、それとなく言ってみた。
「じゃあ、乗り込んでみようか」
すると返ってきた答えは、とても自然にそんなものとなった。
「見つかったら怒られるよ」
「だから、閉まってから行くんだよ」
不穏なことを軽々しく言う子供達だ、と時雨は思いながらも、内心は予定通りに事が運んでいることをほくそ笑んでいた。
「行くなら、おねーさんもついていきますよ」
と、あすかが言った。子供達は抵抗する。これから始まる探検に、どうして大人を混ぜなければならないのかと。
「おねーさんね、この劇場の中には詳しいのよ。なにせお仕事ですから」
サングラスを直し、『女優』あすかは己の職業をほのめかす。
「劇場の人?」
「‥‥君たちの歳じゃ、ちょっと知らないか」
落胆するあすか。しかし内部を知っているという部分を買われて、無事に先導役を任されることとなった。
「さあ、オバケの正体を暴きに行こうじゃないか」
小紅の携帯電話に、時雨から合図が入った。子供達は計画通り、建物に『侵入』したらしい。
「もうじきこっちまで来るわね」
きっと時雨は裏の非常口に子ども達を誘導出来たに違いない。とすると、この練習場に到着するのはあと数分後だろう。
「ほら、電気を消すぞ。みんなダンスの位置に並べ」
ディノが指示を出す。煌々と明るい場所には子ども達が来るはずもない、真っ暗にして、しかしスポットライトでぼぅっとわずかに明るく照らして、目撃者達の到着を待つ。
「手拍子いくよー」
パンッ、パンッ。シャミーの手拍子。
真っ暗な中に響く音。
パンッ、パンッ。
パンッ、パンッ。
パンッ、パンッ。
「‥‥ねえ、何の音‥‥?」
「アッチ、誰かいるのかな?」
さっきまで威勢の良かった少年達の歩幅はどんどん小さくなっている。
「あっちの部屋だよ、覗いてみよーか?」
あすかは、一番前にいた子の背中を押してみる。汗でじっとりと濡れているのが分かった。
全員で勇気を出して覗いてみると‥‥。
未だ鳴りやまない、謎の音。
暗闇を縦横無尽に走り回る火の玉。
それに照らされて踊る、毛むくじゃらの塊。
さらにさらに、耳をつんざく奇声が!!!
「ニャーッ」「ニャァア」「ニャオーン」
「きゃあああ!!!」
「ギャーーーーッッ」
「うわあああ!!!」
ひっそりと忍び込んだはずの子ども達は、大きな悲鳴を上げて倒れ込んだ。
その時、パッと明かりがついた。本来の、部屋の明るさに戻る。
「こらっ。君たち、どこから入ったの?」
人間ほどの大きさもある猫が‥‥いや、着ぐるみか‥‥いやいや、ただのパーティーグッズを付けた変な人か。
ともあれ、彼らの前にいたのは、オバケでもなんでもなく、ただの人間だったのだ。
「み、見られてたんですか? あの、練習中のダンスを‥‥」
百合は恥ずかしそうに、顔を両手で覆った。ぼやけた明かりの中でよろよろ蠢いていたのではなく、ダンスのステップ。怪物の口から発せられる呪詛ではなく、猫の鳴き真似。まだまだ他人様にお見せできるものではない、それを見られてしまったなんて、穴があったら入りたい! と百合は大げさに泣きわめく。
「まー。えーと、ごらんの通り、お姉ちゃん達はちょっと変わった趣味を持った人たちの集まりなんです」
咳払いをしつつ、りんもまた頬を赤らめてそう説明する。
「こんな格好でお芝居をするんだけど、場所を借りようにも‥‥」
シャミーはちらりと、完全に猫の姿になっているアヤカの方を見る。
「あっちの着ぐるみにお金をかけすぎて、貧乏になっちゃったの。だから閉館の後にこっそり貸して貰ってたんだけど‥‥」
規則違反なの、だから黙っていて、とシャミーは人差し指を唇に当てた。
「せっかくだから、君達もダンスに混じっていくニャ。あたいのバックダンサーになるといいニャ。さあ、このネコミミとネコ手袋を着けて!!」
「え、遠慮します!」
ようやく正気を取り戻した子ども達は、すっくと立ち上がると、一目散にこの変な集団のいる部屋から逃げ出した。
さて、後日談。
ひじきホールの屋外掲示板に、今月のイベントスケジュールが貼り出された。
企業の会合やどこかのサークルの発表会、なんとかの即売会に並んで、見知らぬ劇団の公演があった。
『特別公演 猫になったお姫様』
その前に、下校途中の子ども達が集まっていて、指をさして何かいっていた。
「これだろ? 例のアレ」
「どうする、見に行くか?」
「やだよー。あの着ぐるみ見たか? 染みだらけでボロボロ」
「それにダンスだって、あれがダンスだっていうんだから笑っちゃうよね」
「あれ、この日って、あの店がオープンする日じゃなかったっけ」
「そうだよ、行かなくちゃ!!」
すっかり彼らの興味は、ここからなくなっているようだった。