虫歯王と虫歯王子とアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
8.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/10〜05/16
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●本文
イベント企画会社『あすなろ企画』。
結婚披露宴のビデオ撮影、交通安全教室、新装オープン店での風船配布、映画のエキストラ‥‥とにかく、頼まれればどこへでも人を送り込む会社である。
そして今月頼まれた仕事は、『小学校で虫歯予防デーの為のイベントを』。
よくある仕事だ。黒タイツを着せた若い連中を虫歯菌にして、でっかい歯ブラシを持ち出して「やっつけろー」とでもやっておけば滞りなく終了するだろう。
と思っていた。条件を突きつけられるまでは。
この小学校の元教員で、今は定年退職して、第2の人生を小説家になろうと張り切っている老紳士がいた。なんだかんだと未だ学校に関わりたいという人だった。学校の図書室には彼の自費出版の本が積み上げられていたりする。
この老紳士が、あすなろ企画に条件をつけたのだ。
「自分が劇の脚本を書く、それを演じてくれ」
ずいぶんと小学校に貢献した人だから、無下に断るのも後味が悪い。ともかく書いてもらおう。なあに、「歯を大切に」なんてお芝居、誰が考えても同じようなものになるだろう。「やっつけろー」が「やっちまえー」になる程度だと思っていた。
書けた部分から、FAXで送ってもらう。
冒頭部分を見てギョッとした。
登場人物
※虫歯の王・ムシバキング
※反逆者・ムシバプリンス
※ムシバプリンスの婚約者・チョコちゃん
※ムシバプリンスの親友・ビスケ
※伝説の爪楊枝の継承者・ピック
※謎のガイコツ戦士・ボーン
※呪われた永久歯城の主・永久
※ムシバキングの右腕・ミュータ
※予言者・ヨゲン
※ヒロシくん
「‥‥あの、先生、これは?」
歯ブラシくんや歯磨き剤ちゃん達は登場しないのか? いったいどんな話にするつもりなのか?
「どんなお話で?」
「それはまだ、私の頭の中だ」
ああ、厄介だ! 風変わりな脚本にしたくて登場人物まで作ったはいいが、内容はまったく決まってない。しかも本人がそのことに気が付いていないのだ。
「主人公は、やっぱりムシバキングで?」
「さあ、どうしようかな」
それすら決まってないのか?
案の定、老先生の筆はぱったり止まってしまった。いや、当日までに間に合わすと言っているのだから、諦めてはいないようだ。いっそのこと、あすなろへ丸投げにしてくれても構わないのに。
ともかく、先生の顔を立てて、このままの設定で準備を進めていこう。
最初に渡されたFAXの内容を忠実に守るのだから、それで学校側は納得するだろう。
●リプレイ本文
☆★☆あすなろ特別劇場『虫歯王と虫歯王子と』☆★☆
☆★☆脚本☆★☆
※田中良夫(元○○小学校教諭)
☆★☆キャスト☆★☆
※虫歯の王・ムシバキング‥‥結城 淳(fa3010)
※反逆者・ムシバプリンス‥‥マリアーノ・ファリアス(fa2539)
※ムシバプリンスの婚約者・チョコちゃん‥‥橘 来夢(fa2939)
※ムシバプリンスの親友・ビスケ‥‥アヤカ(fa0075)
※伝説の爪楊枝の継承者・ピック‥‥ポム・ザ・クラウン(fa1401)
※謎のガイコツ戦士・ボーン‥‥上月 一夜 (fa0048)
※ムシバキングの右腕・ミュータ‥‥ASAGI(fa0377)
※予言者・ヨゲン‥‥堀川陽菜(fa3393)
その他‥‥あすなろ企画
☆★☆ごあいさつ☆★☆
どうぞ最後まで、ごゆっくりお楽しみください。出演者一同。
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ムシバプリンスは追われていた。
父親であるムシバキングを暗殺した、その濡れ衣を着せられていたのだ。
「まったく、とんでもない話ニャ!!」
額の汗を拭い、ビスケは言った。昨日までは呑気に、隣にいるこの王子と共に城を抜け出しては秘密基地で遊んだりしていたのに、一夜明けるとこの様だ。いったい誰が‥‥いや、今は考えるのは止そう。とにかく、雨風がしのげる場所までなんとか逃げ延びられたことに感謝しよう。
「それで、ここはどこなのぉ?」
常に明るい笑顔を振りまいているチョコの表情が曇っている。明らかに彼女は怯えていた。無理もない、半分崩れかかって真っ暗な館に、チョコは入ってしまったのだから。
プリンスは黙って、この辿り着いた廃屋の奥に視線をやっていた。
「ここは‥‥『呪われた永久歯城』だよ」
「呪い!?」
なんて恐ろしい名前の館に入ってしまったのか! チョコはすっかり青ざめて、ぶるぶる震えている。
「心配ないニャ。プリンスとあたいの秘密基地にしてるんだから」
「なんだ、チョコは怖いのか? やっぱりまだコドモだな」
「ムッ。こ、怖くなんかないもん!」
「ははは、強がるなって」
「違うもん違うもん」
「はいはい、じゃれ合ってる場合じゃないニャ」
咳払いしつつ、ビスケは間に入る。そして同時に安心もしていた。プリンスとチョコ、二人は幼い時からいつも一緒で、なるべくしてなった婚約者同士だ。その絆は深い。こんな緊迫した状況にも関わらず、軽口を言い合えるなんて。
羨ましい、思わず、そう言いそうにもなる。
「とにかく、今夜はここで休もう。夜が明けないことには‥‥」
プリンスの消えた虫歯王城は、戦士達があっちこっちと走り回る大騒動の真っ最中だ。
「王子はどこだ?」
「本当に王子なのか?」
「北へ逃げたぞ」
「いや、南だ!」
誰も彼も混乱している。無責任な噂ばかりが飛び交い、未だプリンスの行方は掴めていない。
その喧噪の中、一人静かに立っている少女がいた。ミュータである。そして彼女の足下には、動かなくなったムシバキング。
「‥‥パパ。痛かった? 辛かった?」
王の事を彼女は『パパ』と呼んでいた。強く、逞しく、実の父親のように尊敬していたキング。それが今は、冷たい肉塊に。誰がやった? 王子だ。常日頃からこの王国に反旗を翻そうと企んでいたという、あの王子がやったに違いないのだ。
「待っててね、パパ。あのプリンス達に、今すぐ、とても痛ぁい思いをさせてあげるわ」
実の子なら、親の敵を討って当然だ。
たった今から、キングの子は自分只一人。
殺して逃げた、あんな男は、ただの賊なのだ。
「ミュータ様」
そこへ駆け寄ってきたのはガイコツ戦士のボーン。得体の知れない男だが、剣の腕を買ってキングが使っていた傭兵だ。
「ミュータ様。連中は永久歯城の方へ逃げたそうだ」
「そう」
父の信頼していた男の言葉だ、ここは信じてみよう。
それにしても呪われた城とは。裏切り者の墓場に相応しい。
「さぁて、どんな手を使って苦しめてあげようかしら‥‥」
ミュータは数人の兵を連れ、おぞましいその城を目指した。
月は幾重にもなる雲の向こうに消えてしまい、永久歯城の中は真っ暗だ。
「チョコは、寝たか?」
「ぐっすりおやすみニャ」
と、暗闇の中にぽつんと明かりが灯る。プリンスとビスケが起きあがり、ロウソクを挟んで向き合っていた。
「さて、これからどうするニャ」
「どうするも何も、私の潔白を証明するんだ」
「しかし、今、お城に戻っては捕まって打ち首ですニャ」
「クッ‥‥どうすればいいんだ!」
プリンスは苛立っている。今すぐにどうにかしなければならないのに、そのための策を何一つ思いつかない。剣の師範や家庭教師は自分に何を教えてくれた? 習ったことはここではまったく役に立ちやしない!
「騒がしいですね‥‥」
「! 誰だっ!」
「シーッ。お静かに。そちらのお嬢さんが目を覚ましますよ」
ゆっくりと現れたのは、一人の女だ。
「‥‥誰だ?」
「そうですね。予言者のヨゲンと名乗っておきましょうか」
ヨゲンは礼儀知らずではないらしい。長いスカートの裾をちょいと摘んで、貴族の女性がするようなお辞儀をしてみせた。
「ここは空き城じゃなかったのか?」
「いいえ、ちゃんと主がいます」
「まさか、人がいるとは思わずに、失礼した。実は‥‥」
「父親殺しの罪で追われて隠れている、違いますか?」
ヨゲンがぴたりと言い当てたので、二人は驚いてしまった。
「いいか、神にかけて違う。私は決して」
「殺していない、ですね?」
すべて分かっている、というふうにヨゲンは頷いた。
「心配しないで、ここでおやすみなさい。明日には全てが解決してますよ」
そう言い残してヨゲンは再び消えた。
ミュータは永久歯城を目指していた。
もともとは真っ白だったという城、それが今は寂れ、崩れ、禍々しい雰囲気を纏う汚れたモノに成り下がっている。
その城の前に、少年が立ち塞がっていた。
「そこをどいてくれない?」
ミュータには、この突然現れた少年が、ただの通りすがりとしか見えなかった。だから道を開けろ、と言った。
だが、少年は動かなかった。
それどころか、腰にあった剣の柄に手をやったのだ。
「ボーン、ありがとう」
キングの親衛隊長を、ここまで連れてきてくれて。
ミュータの顔色がみるみる赤くなる。
「なっ‥‥何てこと。裏切ったの、ボーン!?」
「いいえ。キミ達が捜している王子は、あの城にいるよ。でも、キミ達は会えない」
鞘から少年が抜き取った剣は細く、しかしまっすぐに鋭く伸びていた。
「これが、何か分かるかな?」
何だ?
見たことはない。けれど、あの色、あの形‥‥そんな伝説が、どこかになかったか?
「ま、まさか」
「僕の名前を教えてあげる。ピックだ。伝説の爪楊枝の継承者、ピックだよ」
伝説の爪楊枝はただの爪楊枝ではない。
この世界に溜まる膿を掻き出す、最強の武器。
ムシバ一族によって浸食されつつある永久歯の世界を護るための武器なのだ。
なんだか騒がしい。気付いたプリンス達はそっと外を見てみた。
「あっ、ミュータの追っ手が」
「やられている? 誰に?」
なんということだ、ミュータの率いる兵は強者が数十人。しかし戦っている相手は、小柄な少年一人ではないか。
助けに行く?
助けに行くのか?
「チッ‥‥」
同じ城で昨日まで一緒に暮らしていた仲間だ、迷っている暇などない。プリンスとビスケは、己の武器を持って飛び出した。
「‥‥ようやく会えたね。ムシバプリンス」
ピックは、笑っていた。
待っていたよ、ムシバプリンス。
ムシバ一族の、最後の一人。
「何者だ、おまえ‥‥」
「ああ、聞いたよ。美しい永久歯城をこんなに壊したのは、キミ達なんだってね」
ピックは答えず、さっきまでプリンスが隠れていた秘密基地を見て、言った。
「僕はね、この世界のことなんて何も知らなかった。毎日毎日、ブラシ片手に掃除掃除。お城の壁をぴかぴかにして、それだけしていればよかったんだ」
目を細め、懐かしい景色を瞼の裏に見て、ピックは続ける。
「ヨゲンに言われて、この爪楊枝を持たされて、訳の分からないまま虫歯王国に放り出されて、何事かと思ったよ。でもね、僕は旅の途中で、全てを知ったんだ」
「ヨゲン‥‥? ヨゲンって、あの女か!」
薄れゆく意識の中でプリンスは、ヨゲンの言葉の意味を知った。
『明日には全てが解決していますよ』
全てが終わる。何もかも終わるのか。
「キミ達はこの世界を滅ぼそうとしている! そんなことは絶対に許さない。歯は、歯はとても大切なものなんだ!!」
ああ、哀れな永久歯城。
ムシバキングに乗っ取られ、もう一つの城もムシバプリンスの玩具にされてしまっていた。
この伝説の爪楊枝で一族を根絶やしに出来ても、壊れた城は元には戻らない。
虚しくはないか?
この戦いは、永久歯の呪いを解くためのものではなかったのか?
「それでよい」
と、ピックの頭を撫でるものがいた。
「ヨゲン様‥‥」
「あなたは、よくやりました。辛かったでしょう、よくがんばりましたね」
とたんに、ピックの目から涙が溢れた。そして先ほどまでの戦士の表情が溶け、もとの少年の顔になっていった。
「おやまあ、泣いてはいけませんよ。さあ、もう一仕事です。まずは眠っているチョコちゃんを起こしに行きましょう」
チョコもビスケも、もともとムシバ一族とは関係のない者だ。しかし、ここに長く留めておくわけにはいかない。彼女たちには、いくべき場所がある。
「それから、綺麗な水を」
もう一度、この世界を綺麗に洗うのだ。
そうして何もなくなったところから、新しい国が生まれるのだ。
真っ白な、美しい永久歯の国が。
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小学校の体育館で、このお芝居を見終わった生徒達は、ただただ呆然としていた。
「何だったんだろう、このお話‥‥」
老先生だけが満足そうに拍手を送っていた。