初舞台と脅迫状アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 4.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/31〜06/06

●本文

『ファッションショーを中止しろ。
 さもなくば全員、地獄送りだ』

 その辺の文房具屋に売っている茶封筒に、ワープロ文字で打たれた脅迫状。消印は中央の大きな郵便局。犯人に直結しそうな手がかりは、無い。
「心当たりは?」
「さあ。有ると言えば有るし、無いと言えば無いし‥‥」
 若きデザイナー、榎谷シルバーは答えた。彼女はこの年齢で実力を認められ、独立ブランドを作り、こうして初のファッションショーを開けるまでになったのだ、それに対する妬みがゼロではないと知っている。しかし、こうした子供じみた脅迫などするような同業者がいるとは思えない。
「シルバーさんだけじゃなくて、例えば集めたモデルの人間関係では?」
「ちゃんとしたモデル事務所から来させたから、おかしな経歴の子はいないはずなんだけどね」
 専属モデルもいるが、別の会社から借りているモデルもいる。その会社だっていい加減なモデルを雇ったりしていないはずだ。
「ただのイタズラだといいけど。どうします、警察を呼びますか?」
「初めてのショーなのに、験が悪いわ」
 シルバーがそう言うので、マネージャー達も大げさなことは控え、モデルにもこの手紙のことは伏せ、人手を増やしてリハーサルから当日まで、それとなく劇場内を見回らせよう、ということになった。

 一人になりシルバーは、改めて脅迫状を読み直した。
 いったい犯人は誰だろう?
 その時、部屋のドアがノックされた。
「だれ?」
「磯野です‥‥」
 専属モデルの磯野伽美だった。
「先生、相談が‥‥」
 伽美の手には、見覚えのある茶封筒があった。
「いったい、どうしたの?」
「それが‥‥」
 今にも泣き出しそうな顔で伽美は、その封筒をシルバーに渡す。

『おまえは俺のものだ。
 俺の元に戻ってこい。
 さもなくば、ショーをめちゃくちゃにしてやる』

「な、なんなの、これは!?」
 あの脅迫状と同じ封筒、同じ用紙、同じ書体。十中八九、同一人物だ。
「この相手は、誰なの?」
「分からないんです。ファンレターが時々来てたんですけど、どんどん内容がエスカレートして、今日になってこんなふうに」
「ストーカー、ってわけね」
 伽美とまったく面識のない男だという。
「ご迷惑をかけてはいけません。次のショー、私を外して下さい」
「なんて事言うの! 『シルバー』の初めてのショーなのよ。専属モデルのあなたが出なくてどうするの!!」
 今回のショーは、『シルバー』というブランドの名を披露するためのものだが、伽美たちモデルを紹介する場でもあるのだ。そして伽美は、シルバーが一番売り出したいモデルだ。どうして初舞台から降ろせようか!
 こんな、得体のしれない男のせいで、伽美のモデルとしての道を閉ざしてはいけない。
「いいこと、あなたは何も心配しないで舞台に立ちなさい。他のモデル達に言って不安がらせてはダメよ。ここは私に任せなさい。その男をふん縛って、警察に突き出してやるわ!」

●今回の参加者

 fa0038 黒曜・ブラッグァルド(26歳・♀・鴉)
 fa0141 篠森 アスカ(19歳・♀・鴉)
 fa0164 篠森 露斗(19歳・♂・鴉)
 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0914 キャンベル・公星(21歳・♀・ハムスター)
 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa3701 アディラ・エイト(18歳・♀・蝙蝠)
 fa3709 明日羅 誠士郎(20歳・♀・猫)

●リプレイ本文

 リハーサル期間は1週間。来週の金曜日が、ショーの本番らしい。
「日曜日じゃないんだね」
「見に来るのは『休日の客』じゃなくて『勤務中の取材陣』だからな」
 『シルバー』のスタッフ達が忙しそうに劇場内を走り回っている。その様子を遠巻きに、篠森 アスカ(fa0141)・篠森 露斗(fa0164)兄妹が窺っていた。シルバーはその細いからだから信じられない声で指示を飛ばし、ステージの上はジャージ姿のモデル達が何往復も歩き、空っぽの客席を演出スタッフが陣取って照明の角度やら何やらを調整しているようだ。そうしている間も、どこからともなくスタッフらしい人らが入れ替わり、立ち替わり、ひっきりなしに入ってくる。
「おつかれさまです」
「ごくろうさまです」
 出入り口に立っているのはヘヴィ・ヴァレン(fa0431)。不審者がスタッフに紛れて入って来やしまいかと、こうしてチェックをしているのだが、あまりの人の多さに驚いている。
 リハーサルのために訪れるのは、シルバーの従業員だけではない。新生ブランドを取材に来る者、シルバー社に関わる取引先、電報や花輪を届ける者、郵便や宅急便配達する者、会場の従業員、よそのモデル事務所の担当者‥‥数え上げればきりがない。ましてや今は、初舞台の直前なのだから、誰も彼もが顔を見せに来るのだ。
「まだ今のところは、知らない顔はないみたいだな」
「そうだけど‥‥すごい、人の多さだね」
 アスカは溜息をついた。最初に呼ばれた際、シルバーからスタッフの顔と名前を教えて貰った。しかしそれ以外の来訪者すべてのカバーはしきれない。
「あ、伽美さんだ」
 ステージの上に、伽美の姿も見えた。他のモデルと同じように、あっちこっちでポーズを決めている。
「あんなことがあったのに、明るい表情だね」
「まったく、気丈な人だぜ」
「本当に、ストーカーってのは許せないよ。女の敵は世界の敵‥‥ボコボコにしてやる」
 妹の横顔を見て、背筋が凍る。兄。
「そうだな、ボコボコに、な」
 ここは同意をしておこう。そうでなければ妹に何をされるか分からないからだ。

 スタッフ用控え室に残ってアディラ・エイト(fa3701)は、これまでの伽美宛のファンレターをもう一度読み直していた。
「ぶっ飛んじゃってる人の心理を考えるのは不毛かもしれないけど」
 彼女は脅迫状が気になっていた。
 例えばこれがまっとうな恋文なら、男は女に自分のことを知って貰おうと、それに沿った内容を書くだろう。
 だがストーカーはそれを書いていない。茶封筒や白便箋など、個性の欠片もない。自分の事を知らせず、自分の方を向けだなんて、身勝手もいいとこだ。
「ストーカーは一般的に、何らかの関係がある人が多い、とは聞くがな」
 三田 舞夜(fa1402)が言った。手紙には名前がないから、伽美も相手が誰か分からないだけだ。おそらく、知り合い。モデルの仕事を通じての知り合いだろう。
 2人が注意深く読んでいるとき、事務の女性が郵便物の束を持ってきた。
 アディラは、何とはなしに、その束を見た。
 はっと息を呑む。
 同じ茶封筒があったのだ。

『まだ止めないのか。
 おまえは俺のものだ。
 他の男の目になど触れさせない。
 いますぐショーを止めろ。
 さもなくば、ステージも客席も、皆殺しだ』

 伽美は真っ青になって震えていた。
「大丈夫だよ、心配しないで。あたしたちがついているから、ストーカーなんかには指一本触れさせないんだから」
 明日羅 誠士郎(fa3709)が伽美の背中を叩き、そう勇気づける。
「そうだ。こうして脅迫をしているつもりで、奴は、手がかりをこっちに送りつけているんだ」
 2本の指で脅迫状を挟み、黒曜・ブラッグァルド(fa0038)も余裕たっぷりに言った。
「伽美ちゃんをストーカーに触らせるなんて勿体ないこと、絶対にさせやしないからな」
 2人があまりに自信満々だったので、さっきまで涙を堪えていた伽美は、思わず噴き出してしまった。
「そうですよ、貴女は笑っている方が似合うんです」
 まだかすかに震えている伽美を、キャンベル・公星(fa0914)はそっと抱きしめてやる。彼女の、人を和ます能力がここぞとばかりに発揮される。
「‥‥とはいえ、力んでいるだけじゃ解決はしないので‥‥どうでしょう、シルバーさん」
 誠士郎はシルバーに、ある提案をした。
「あたし達警備スタッフも、一緒にステージに上がれないかな? 無骨なあの制服を、シルバーさんデザインでアレンジしてもらって、というのは?」
「本番まで1週間じゃなければ、それも考えるんだけどね」
 たった1週間で新しいデザインを、というのは無茶な要求である。
「追加のモデル、というのは?」
「モデル? ショーの構成は変えられ‥‥」
「ステージじゃなくても、舞台袖でいいんです。他のモデルさんの手前、ガードマンとして居るわけにはいかないでしょう?」
 シルバーは、キャンベルの体型を見て、残念そうに首を振った。
「うちのモデルと言うには身長が足りないわね。着替え係としてなら、舞台袖に入れるわよ」
 ショーの衣装を着替える手伝いをするために、各モデルに数人の担当者がついている。それに化けるなら、不自然ではないだろう。
「ついでに、俺も頼んでいいか?」
 と、舞夜。
「なにかしら?」
「ちょっとした噂を流して欲しいんだ」

 ショーまであと4日。
 今日も朝から入念なリハーサルだ。
 その間に、皆は普通におしゃべりなどをする。そこに、こんな話題があった。
「キャミちゃん、歌手デビューするらしいわよ」
「なんでも、熱心なプロデューサーに見初められたらしいわ」
「本人も、乗り気だって」
「へえ〜」
 意図していたところでそんな話題を出したものだから、噂は短時間で広まった。
 その翌日になって、彼らの元に待ちに待ったものが届いた。
 茶封筒である!

『俺の伽美を歌手にするなど!!
 許せない。俺の伽美を貶めたおまえ達は絶対に許せない。
 ショーはぶち壊しにしてやる。
 地獄に堕ちろ。
 伽美は俺のものだ』

 間違いない、ストーカーは、この会場に出入りしている、誰かだ!
 そしてこれからが正念場である。
 皆は、ストーカーを見事挑発できた。
 ストーカーは本気で、何か行動に移すだろう、その行動とはなにか?
 全員、トランシーバーを片手に24時間の厳戒態勢だ。夜中に、衣装を傷つけに来るかもしれない。舞台のセットを壊しにくるかもしれない。侵入者にすぐにぶつけられるようにと、防犯用カラーボールも用意した。伽美の自宅周りも交代で見張っている。
 そうして何事もなく、ショー本番の日となった。

 前日までの人の多さとまた比べものにならないほどの数だ。それでも、シルバーに言わせれば、一流デザイナーのショーの数分の1だという。
「伽美、もう一回確認しておくぞ。いざというときは、逃げ道はこっちで‥‥」
 黒曜はこの期間中に虱潰しに調べ上げた劇場内のルートを全て把握した。最適な避難ルートも選び出し、伽美に教えている。
「露斗さんとヘヴィさんが、劇場中見回りにあるいているからね」
 あまりピリピリと警戒していては逃げられるかもしれない、あくまで形式的な警備員が動いている、というふうに。細かいところまで隙はない。
「後ろからキャンベルが、調整室からはアスカが見張ってるからな」
 警護の目は前後左右から、途切れることなく光っている。
「あたしは、ほら、ここに」
 にょきっとアディラが衣料入れの中から顔を出した。
「うわっ、何でそこに!?」
「こっそり、改造してみたんだ。中の仕切りをとって、ほら、あたし一人なら簡単に隠れちゃう!」
「‥‥まあつまり、こうして伽美の周りは、しっかり固められているってことだよ。あたしも護り屋としての使命、果たすからね」
 あと数時間で幕が上がる。
 ここまでは何もない。
 伽美は徐々にストーカーの事も忘れ、目の前の舞台のことを考えていた。
「‥‥さん、磯野、伽美さん?」
「はい?」
 振り返ると、花束と伝票を持った男がいた。宅配便のドライバーだ。リハーサル期間中も、何度か荷物を届けにきていた。
「磯野さんですね? お届け物です。ファンの方から」
「こっちはステージですから、事務所の方に‥‥」
 すると突然、舞夜が男に飛びかかった!
「きゃっ」
 体当たりでぶつかり、男は持っていた花束を落とす。金属のものが一緒に落ちる音がした。キャンベルは急いでそれを拾い上げた。
「な、何事?」
 他のモデル達がざわつき、一斉に視線を伽美たちに向ける。
「ちくしょう」
 隠してまで持ち込んだものをあっさりと奪われ、作戦が失敗したと、さすがにこの男も気付いたらしい。舞夜を強引に押し返し、逃げ出した。
「逃がすか!!」
 露斗は持っていたカラーボールを、男の背中に投げつける。ひとつ、ふたつ、みっつと外し、4つめにしてようやく命中。髪の毛にもペンキが飛んだ、これで服を脱いでも逃れられまい。
 男は逃げる、逃げる、逃げる。ついに劇場の外まで逃げ出した。
 そうなると、もうここには他のモデル達の視線はない。思う存分、暴れさせて貰おうか。
「大人しくしなきゃ大けがしちゃうぜ? こっちは人数、多いぞ」
 ばきばきばき、と拳を鳴らす黒曜。

 シルバーは言っていた。『ふん縛って、警察に突き出してやれ』と。
 だから彼らは、依頼主の要求に忠実に答えただけだ。
 少々手荒だったかもしれないが、女の敵は速やかに排除しなくては。

 警察への手続きは、シルバーのマネージャーに任せるとして、彼らはもう一度劇場に戻った。
 ステージから歓声が聞こえる。初めてのショーは上手くいっているようだ。
 だが、残念ながら彼らにその様子を見ることは出来ない。
「うわぁ、真っ赤だ‥‥」
 投げつけて外したカラーボール。壁に、床に、天井に、カラフルな模様が。
「劇場の人に掃除道具、借りてこなくちゃね‥‥」