癒しのマッサージチェアアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 3Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/07〜06/13

●本文

 劇団PPに新しいシリーズの芝居が出来た。
 その名は『多重人格探偵〜癒しのマッサージチェア』。
 探偵事務所の真ん中に置かれたマッサージチェア、そこに座りその時マッサージした場所によって人格が変わり、難事件を解決! ‥‥というミステリーのふりをしたナンセンスものである。
 これがなかなか、評判がいい。というのも、公演日によってどの人格が現れるか分からないのだ。
「うむ、今日は肩がこっている」と、肩のボタンを押せばトレンチコートとシケモクがトレードマークの男になり、
「首筋を押してくれ、もっと」と、首のボタンを押せば東洋拳法を得意とする男になり、
「なんだか足がむくんでる」と、足のボタンを押せばグラマーな女探偵となって活躍する。
 基本のストーリー、犯人、トリックは全て同じでも、主役の人格が変わることで毎回の芝居は全く違うものとなる。演出家の、新しい試みであった。

「へえ、面白そうなお芝居だったのね」
 PPの劇団長に呼ばれた者達は、これまでの経緯を聞いて、素直な感想を言った。
「面白かったんだよ‥‥でもなぁ」
 劇団長は続ける。
「どうも、うちの若いヤツには、荷が重かったみたいでね」
 若いヤツ‥‥見事、この芝居の主役を射止めた早稲田賢也のことである。これまでチョイ役を文句も言わずにこなし、地道な努力を続けたそれが認められ、初主演となった。難しい役ではあったが素晴らしい演技をやり遂げた。そして、千秋楽を迎えたその直後から‥‥。
「『ケンヤ』に戻らなくなっちまった」

 賢也は舞台を降りた今も、『多重人格探偵』のままだという。医者の見立ては、軽いノイローゼだろうからしばらく様子を見よう、ということだ。
 しかし、PPの公演スケジュールは詰まっている。悠長なことは言っていられない、と劇団長は思い、荒療治を試みていた。
「それで、ケンヤさんは、今どこに?」
「新しい事件が発生して、ね‥‥」
 そこまで言って劇団長は、意味ありげな笑顔のまま、黙ってしまった。

 殺されたのは『人気絶頂女優』。
 現場は『練習用スタジオの真ん中』。
 凶器は『なにか鈍器のようなもの』。
 死因は『後頭部をめったうち』
 現場には『割れた花瓶と散乱した花』・『破れた台本』・『大量のコンニャク』・『猫の足跡』・『鍵穴に刺さった割り箸』・『ちぎれたストラップ』、などなど。

「‥‥いやー。テキトーな事件を解決させたら、ケンヤも気が済むんじゃないかなーって思ってさあ」
 PP劇団員達は賢也の探偵ごっこに付き合って、事件をでっちあげ、それの解決を彼に求めた。
 だが、劇団員は好き勝手に事件の状況を作ったものだから、犯罪史上かつて無い難事件が出来上がってしまった。
 このままでは我らが多重人格探偵も解決できないだろう。
「というわけで、ケンヤに適当に付き合ってやってくれよ、な」
 つまり劇団長は、荒療治をやってみようとしたはいいが収拾が付かなくなって、こうして呼び集めた者達に押しつけようとしているのだ。
 まったく、なんて無責任な話だろうか‥‥。 

●今回の参加者

 fa0542 森澤泉美(7歳・♂・ハムスター)
 fa0565 森守可憐(20歳・♀・一角獣)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa2860 静琉(16歳・♂・兎)

●リプレイ本文

 劇団PPたちがいつも使っている稽古場の真ん中に大きなマッサージチェアがあり、そこに一人の男が座っていた。電源が入っている、静かなモーター音が聞こえ、ローラーの動きに合わせて男の体も動いていた。
「やあ、こんにちは。一緒にこの事件を解いてくれるっていうのは、君たちかな?」
 男はスイッチを切り、椅子から降りて挨拶をした。
「はじめまして、日野睦月と申します。助手と認めて頂いて、光栄です」
 『日野睦月』こと、森守可憐(fa0565)は差し出された男の右手を握り返す。
「難事件だと聞いてますよ、えーと、あなたは‥‥」
 巻 長治(fa2021)もまた握手をし、まずは目の前にいる賢也が今、どの人格でいるのかを確かめようとした。
「魔木野探偵事務所所長、マキノです」
 お芝居の中で基本となる、特に個性のない人格である。しかし、賢也そのものではない。マキノと賢也、2人は別人だ。
「君たちも聞いているとは思うが、事件現場には‥‥」
 いかにもドラマの探偵、という風に賢也はこれまでの事件のあらすじを流暢に説明してくれる。と、その後ろから、そおっと近付く影があった。
「‥‥ちょぉおおっぷ!」
「あ痛ッ!」
 賢也の首に森澤泉美(fa0542)の手刀が綺麗な角度で入った。
「なッ、何をするんだッ、君は誰だ!?」
「あれー、直りませんか。うちのテレビだと、これで直るんですけどね」
「直るって、何が?」
 調子の狂ったものならまずは叩いてみる、この伝統の手法を賢也にも試してみたが、残念ながら効果は無かったようだ。
「えーと、この子はイズミ君です。近所の子で、何か気付いたことはないかと呼んでみたんですよ。イタズラっ子でして」
 ほほほ、と誤魔化す可憐。抱いている猫の頭を撫でて知らん顔の泉美。まあ、子供のすることに目くじらを立てるわけにもいかない、賢也は説明を続けた。

 さて、今この時点で退屈なのは、『人気絶頂女優殺人事件』の犯人、都路帆乃香(fa1013)である。マッサージチェア探偵が、これから手に入れるだろう証言や物証を頼りに自分の元まで辿り着くのは物語のクライマックス。そう、出番はまだまだ先なのだ。
「探偵の聞き込みを待ちわびている容疑者ってのも、変な図よね」
 同じく待機中の稲森・梢(fa1435)も、あくびをしながらお声がかかるのを待っていた。探偵の助手達は今頃、これまでの調査結果をボスに報告しているところだろう。その中で浮かび上がる容疑者達。早く浮かび上がってくれなくては。
「待ってる間、おでんでもいかが?」
 と、大曽根カノン(fa1431)が唐突に、皆の輪の中におでんの鍋を出してきた。
「どうしたの、これ?」
「後で現場を再現するかも、と言ってたから、必要なものを買ってきておいたのよ」
「ああ、大量のコンニャク、ね‥‥」
 証拠品の一部をほおばる待人達。
 しかし、PPの人間も、よくもまあ口からでまかせを並べたものだ。きっとこの証言をした人間はその時、頭の中がコンニャクでいっぱいだったのだろう。
「賢也さんの症状は、今のところどうなの?」
 おでんを食べながら、静琉(fa2860)は劇団長に尋ねる。
「相変わらず経過観察、だよ。変な頭痛とか起こさない限り、大丈夫らしいし」
「賢也さんって、そんなに暗示にかかりやすいタイプなのかな? 思いこみが激しいっていうか」   
「ま、疲れてたんだろうな。俺らも期待をかけすぎたかも」
 劇団長は反省して‥‥いる様子はあまり無い。2個目のコンニャクに手を付けた。
「賢也さん本人の何か思い出の品を見せたり、好きな音楽を聴かせたりすると効果的じゃないかな?」
「ま、同時進行でやってみてよ。悪い結果はでないと思うぜ」

「いつまでも座ってはいられません。現場百回、というでしょう。皆で現場へ行きましょう」
 マッサージチェア探偵は安楽椅子探偵ではないのでいくらでも現場に赴く。現場と言っても、たった今まで彼らがいた部屋の隣だ。この距離について賢也の頭の中でどういう思考が働いたのかは不明だが、劇団長はじめ皆が「そういうものだ」と納得しているので、獣人達も特に気にしないことにした。
「ふっ、ずいぶんとゆっくりだったな」
 すでに現場にいる男がいた。
 伊達 斎(fa1414)探偵である。
「マキノ探偵、この事件はキミには難しい。さっさと手を引いて、のんびり肩のコリでもほぐしていたらどうだ?」
 突如現れたこの男は、どうやらマキノ探偵のライバル、だそうだ。そのスマートな外見からすると、直情的な主人公に対して、冷静沈着、頭脳派探偵といったところか。
「どなたか存じませんが、ここは私が任されたのですよ」
「まあ、そう仰らずに。知恵は多い方がいい、違うか?」
 斎は自分と、賢也の後ろにいる、助手達を交互に指さして言った。
「そうですが‥‥そう言うからには、なにか見つけたのですか?」
「新しい証拠、だ」
 にやりと笑い、斎は床にしゃがみ込んだ。
「マキノさん、これは見つけていたか? 猫の足跡だ。ちょうど、そう、そこの坊主が抱いている猫ぐらいの」
 指摘されて、泉美は大げさに驚いて見せる。
「違うよッ、このコは何も知らないし、イズミ君だって何も見てないです!」
「斎様、こんな小さな子を脅かしてはいけませんわ」
 怯える泉美を、可憐は庇ってやる。
「ううむ、また証拠がひとつ‥‥」
 マキノ探偵はますます謎が絡んできたのを知り、眉間に皺を作る。
「マキノさん、ここはいよいよ、あなたの内なる探偵の登場ではありませんか?」
 長治は言った。
 そう、こうして行き詰まったときに、いよいよ多重人格探偵は覚醒するのだ。
「さあ、座りましょう、あのマッサージチェアに!」
『あなたの内なるもう1人の探偵を!』
 全員の声が揃った。舞台の上と同じ台詞である。賢也は、誇らしい顔をして、マッサージチェアにどっかと腰を下ろして見せた。
「‥‥ですがマキノさん、これは難事件です。新たな探偵を呼び起こしましょう」
「新たな探偵を!」
「新たな探偵を!」
 そして長治は『足の裏』のスイッチを押した。これまでの設定では使われなかったスイッチ。
「新たな探偵の名は『賢也』。勤勉で熱心で素直な、ちょっと思いこみの激しいのが玉に瑕の名探偵ですよ」

「てゆうかさー、まず被害者の人間関係から調べるのが普通じゃない?」
 次に登場した探偵は、普通の今時の青年だった。事件の状況を見て、謎解き以前に捜査のセオリーを指摘する。ドラマ性に欠ける、つまらない反応であるが、そういうところもしごく普通の青年である。
「えーと、弟子とかマネージャーとかがいたんじゃない? その人達って、呼べるの?」
 やっと出番が回ってきて、帆乃香とカノンが現場に現れた。
「は、はい‥‥何をお話しすればいいのかしら」
「おたくの師匠を殺すとしたら、誰だと思う?」
 身も蓋もない尋ね方である。2人は演技ではなく汗をかいた。
「よく衝突していたのは、梢さんでしょうか」
 口を開いたのはカノンの方だ。
「おでんのコンニャクには味噌か芥子か、でよく言い合いに‥‥」
「そう、そうです! それに色は黒か白かでも揉めていた覚えがあります」
 尻馬に乗るように、帆乃香が付け足した。
「なるほど、興味深い話だ」
「でも僕は薬味はダシの味を殺すから必要ないと思うのよ!」
「ほう、君も好みが違う、と」
 カノンはハッと口元を押さえる。まるで運命を変える失言をしてしまったかのように。
「探偵さん、気をつけて。その子だって怪しいんだから」
 と、そこへ今度は噂の梢が姿を見せた。
「私が居ないところで、あなたはいつもそうやって私を悪く言っていたのね?」
「違うわ、誤解よ」
「聡明な探偵さん、あなたなら分かるでしょう。私があの女を殺したって何の得にもなりゃしない。この娘の方がよっぽど利益があるのよ」
「僕に利益が? 何を馬鹿なことを」
「だってそうでしょう? あの女が演じるはずだった役が回ってきたって聞いたわよ」
 女同士が醜く言い争う。
「やれやれ、やってらんねー」
 溜息をつく賢也探偵。
 しかし賢也は、隣の泉美が相変わらず震えているのに気が付いた。
「ん? 坊主、どうした」
「あの、イズミ君も、殺されちゃうんですか?」
「なんで」
「うちの猫が、これをココで拾ったから」
 泉美の手には、ちぎれたストラップの金具が付いたマスコットのようなものがあった。
「これは!?」
 そして賢也探偵は、全員に命じた。
「全員、携帯電話をここに出せ!」

 ああ、ついに真犯人は観念した。
 帆乃香の持つ携帯電話の先に、どす黒い染みといくつもの傷があったのだ。
「まさか、猫が拾っていたなんて‥‥」
 帆乃香はへたりこむ。そして告白を始めた。被害者が自分の恋人をそそのかし、男女の関係になったという。それを恨んでの衝動的な犯行であった。携帯電話で何度も殴った。ストラップがちぎれたのにも気付かないほど。まさか猫が入り込み、それを拾っていただなんて。
「‥‥って劇団長ー。俺はさっき言ってた動機のほうが好きですけどね」
 突然、賢也が誰もいない後ろを振り返り、言った。
「‥‥あれ? 劇団長は?」
 今自分が居る位置が把握し切れていないのだろうか、賢也はきょろきょろとあたりを見回す。
「おっと、悪い悪い。どうした?」
 隣の部屋から劇団長が顔を出す。
「あ、いたいた。いえね、こんなに意味ありげな証拠品が残っているんだから、いっそコンニャクが動機のままで、この人が犯人で‥‥」
 賢也は梢を指して、「あれ?」という顔をした。
「えーと、どなた?」
 だが梢はそれに答えず、拍手をした。
「いいお芝居でしたわ、多重人格探偵さん」
「はあ、どうも‥‥」
 訳が分からないふうに賢也は頭を掻く。自分は今、何をしていただろうか、たしか舞台の練習を‥‥。

「おじさん」
 泉美が賢也の服の裾を引っ張る。
「おじさん、賢也さん?」
「『おにいさん』だ」