乙女達の甘い夢アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/23〜10/29

●本文

 地方の『ひじきホール』という小さな劇場で、チャリティー演劇祭が開催される。入館料その他の収益が、自然を守る基金に寄付されるのだ。
 劇団チョコレート・ウエファース(CW)は新興の劇団である。友人達数人で立ち上げて、さまざまな手段で同志を募って、ようやく劇『団』を名乗って恥ずかしくない規模の所帯になった。だが頭数を揃えたところで、芝居が出来なければ何にもならない。一流の劇場など手が出るわけはなく、体育館にゴザ敷きでは虚しすぎる。仲間達からぶーぶー愚痴ばかり聞かされながらも、リーダーの沙希カカオは毎日のように劇場を歩き回っていた。
 そこへ聞かされた、このチャリティー演劇祭の話。
 ひじきホールは小さいながらも設備の全て整っている立派な劇場だ。しかもイベントの主旨から、出演者にギャラは払えないが代わりに利用料は不要なのだ。さらに素晴らしいことに、まだ参加枠が空いているという!
 迷わず申し込んだ。

「一銭にもならない芝居だって?」
「それも朝1番の公演? じゃあ早朝から搬入しろってか?」
「チャリティー祭なんて芝居好きが見に来るワケじゃないんだろ!」
 カカオにこれまで以上に激しいブーイングが浴びせられた。
 そして、ほとんどの同志が、いなくなってしまった。
「カカオちゃん。あたしはやるわ。こんな機会ないんだもの」
「私もやるわよ。あの人たちだって、分かってくれるはずだわ」
「ビターちゃん。アマンドちゃん。クリームちゃん。みんな‥‥」
 わずかに残ったメンバーは、固くお互いを抱きしめ合った。

 しかし、たった役者が4人だけで何が出来るのか。
 今なら、参加申し込みをキャンセルすることも間に合う。いや、それだけはしたくない。
 初公演となる今回の作品は、学生時代から彼女たちが温めた脚本だ。劇団名の由来ともなったチョコレートスタンドを舞台に、女達の友情と淡い初恋を描いた自信作なのだ。それを諦めるなんて、できるはずがない。
 もう一度、人を集めよう。たった1日、手伝ってくれる人でも構わない。
 4人のメンバーは、再び立ち上がった。

●今回の参加者

 fa0311 木場修(34歳・♂・虎)
 fa0640 湯ノ花 ゆくる(14歳・♀・蝙蝠)
 fa0710 比留間・イド(18歳・♀・蛇)
 fa0800 深城 和哉(30歳・♂・蛇)
 fa0968 シャウロ・リィン(16歳・♀・猫)
 fa1181 青空 有衣(19歳・♀・パンダ)
 fa1472 リドル・リドル(13歳・♀・鴉)
 fa1774 味鋺味美(26歳・♀・蛇)

●リプレイ本文

「どーしてよッ!? これは最初っから4人の登場人物なのよ? どこでどんな役を増やすのよ」
「興奮しないで、ビターちゃん。深城さんもあたし達のことを思って言ってくれてるんだから」
「そうは言っても‥‥」
 CWのメンバーの1人、クラッシュ・ビターは深城 和哉(fa0800)を睨み付けたままだった。
 報酬ゼロで、裏方として働いて欲しい。こんな無茶な条件でも嬉しいことに人は集まってくれた。
「金はないがそこに夢と希望がある、と。義気と人情により助太刀しますよん」
 比留間・イド(fa0710)の気持ちは、皆も同じだろう。CWには夢と希望がたっぷり詰まっている。だが、夢と希望だけでは劇団は運営できない。多少、厳しいことも言わなければならないのだ。
「1人増やした方が展開がスムーズだと思ったんだ。必要がないなら、このままでいこう」
 和哉は素直に引き下がった。メンバーの抵抗は想像以上だったのだ。この脚本は、彼女たちが昔から温めてきたもの。それを思えば執着もしかたない。だがチャリティー演劇祭の時間に合わせて脚本を修正する必要はある。彼女たちを満足させつつ手直しもする、これもまた腕の見せ所である。
「キャストの変更はナシだね? じゃあ私は遠慮無く他の仕事をさせてもらうよ」
 もう1人の登場人物として待機していた青空 有衣(fa1181)はそう言うと、持っていた木刀を振り上げた。
「ひゃあっ」
 殴られる、撲たれる、しごかれる。そんなふうに思ったのか三ツ谷アマンドは全身を強張らせる。
「なっ‥‥何もしないよ、持ってるだけ」
 有衣は木刀を肩に乗せているだけだ。しかしその姿で練習場を行ったり来たりする姿は、他人が見れば鬼演出家のようである。
「怯えてる暇はないよ。あと1週間、全力でがんばろー!!」
 気合いのこもった励ましの言葉をかけるシャウロ・リィン(fa0968)。せっかく集めた仲間達に去られたばかりのメンバーは不安になっているに違いない、そう考えての心配りだ。明るい声が皆を勇気づけてくれる。
「そうだね、頑張ろう。皆さん、よろしくお願いします!!」

 その日から、朝も晩も準備と練習に追われた。
「ねえ、宣伝は? 宣伝もしないといけないんじゃないですか?」
 大切なことが残っている、と、湯ノ花 ゆくる(fa0640)は言った。
「え? だって演劇祭の宣伝はすでにされていますが」
「演劇祭じゃなくて、あなた達の宣伝ですよ。それとは別にポスターを貼ってもいいのかしら?」
「主催側に確認をとらないと‥‥」
「じゃあ聞いてきますわ」
 練習場を出ようとするゆくるを、リドル・リドル(fa1472)が呼び止めた。
「私も行くわ。劇場の設備も直接見ておきたいし」
「帰りにホームセンターで茶色のペンキ追加分を買ってきてくださいー」
「了解ー」
 2人が出て行くのを見送って、味鋺味美(fa1774)と木場修(fa0311)は再び、床いっぱいに広げたセット達を見た。
「ペンキ‥‥もう2缶もあれば十分かしら?」
「このショーケースの前に、白でロゴ入れないか? こう、ちょっと飾りを付けて」
「それいい、カワイイ!」
 愛栖クリームは手を叩いて喜んだ。修の想像通り、女の子というのはこういうのが好きだ。
「だいぶ出来てきたけど、これはここに置いたままなの?」
「えっと、前の日に外の倉庫までは入れられるそうです。ホールの中に入れるのは、当日で」
「朝一番なんでしょ、そのままステージには置けないの?」
「前日は合同リハーサルなんで、他の劇団が使うときは除けないと」
「一度入れることは出来るのね。じゃあバミ(目印)テープはその時に貼るわ」
 着々と段取りを調えていく味美たちに、カカオはただ呆然としていた。
「はあ‥‥皆さん、すごいですね」
「そりゃあ、プロなんだから。それに、協力する以上はみんなに悔いのない芝居をしてもらいたいしね」
 その返事を聞いて、カカオは、穴があったら入りたい衝動にかられた。
 自分は、CWのリーダーである。
 だが、その責任を果たしていただろうか?
 仲良し4人組で作った仲良し劇団。そこにプロとしての意識は、果たしてあっただろうか?
「セットのことはみんなに任せておけ。キミ達は練習に専念すればいい。さあ!」
 和哉に呼ばれて、4人は練習を再開した。
 演劇祭まで数日。1分1秒も、無駄に出来ない。

 演劇祭当日。
 イドはホールに一番乗りしていた。
 まだ誰も来ていない。
 ステージの真ん中に立ち、ギターを弾いてみた。
 ‥‥いい音だ。チューニングも間違いがない。
 今度は舞台下手袖に入る。角度を計算した位置に立ち、そこでもう一度。大丈夫だ、音は綺麗に客席へ飛ぶ。
「おはよう。早いのね」
 リドルが来た。右手にバイオリンケースを下げて。
「おはよう。私も今来たばかりです」
 リドルはケースから中身を出し、イドと同じように音を鳴らした。
「ふふ‥‥すてきよね、お芝居で効果音が生演奏だなんて」
「一流の劇団でもなかなか出来ない試みですね」
 奇抜な演出は2人の案だ。生演奏。まるでバレエや歌劇のようなこのスタイルは、女の子ばかりのCWのカラーによく合うだろう。早朝の、寝ぼけ眼の観客たちの目も覚めるに違いない。
「おはよう!」
 元気な声が飛び込んできた。修だ。
「そこ開けろよ、道具入れるぞー!」
 修の指揮で男達が次々とセットを運び込む。
 みるみるうちに、殺風景なステージは愛らしいチョコレートスタンドに変わった。
「みてみて、どうかな?」
 と、リィンがCWの4人の手を引っ張って舞台に連れてきた。
「おお〜。似合ってる似合ってる」
 皆で用意したチョコレートスタンドの制服を着、メイクも施した。徹夜の甲斐あって、どれも舞台映えする満足な仕上がりになってくれた。もちろん、リィンの丁寧なメイクのおかげもある。
「差し入れです、がんばってください」
 ゆくるが紙袋をココアに渡した。中には、チョコレートウエファース。
「本当は来場のお客さんに配ろうと思ったんですが、主催者さんにそれはダメって言われたんです。でもポスターは貼れましたよ。きっとお客さん、いっぱい来てくれます」
 カカオの目から涙が溢れそうになった。
 皆の強力のおかげで、こうして舞台が踏める。それも立派なセットと衣装と、素晴らしい演出と応援までついてきて。だがここで泣いてはいけない。泣いては、せっかくのメイクが落ちてしまう。
「カカオちゃん! やりましょう」
「ビターちゃん、アマンドちゃん、クリームちゃん‥‥」
 全員で円陣を組む。
 劇団チョコレート・ウエファース。これが初舞台だ。

 イドとリドルが効果音を。
 味美は照明操作を。
 リィンと有衣は舞台袖で小道具の受け渡しを。
 修と和哉、それにゆくるは、一番前の席でCWと仲間達の作った完成品を、黙って見ていた。
 2時間の芝居が予定通り終わり、ゆっくりと幕が下りる。客席から拍手がでると、4人は緞帳の前に出てきてもう一度礼をした。
 和哉が客席から立ちあがった。
 彼の手には、花束があった。
「おつかれさま。気を抜くな。撤収までが一つの舞台だ」
 思わず、そんな言葉をかけてしまう。
 4人が4人とも、女優らしからぬクシャクシャの顔になって、今にも泣き出しそうだったのだ。
 悔いはない。誰にとっても、最高の芝居だった。

「泣かないでよ」
「だって、だって‥‥」
「ほらあ、有衣さんも泣いちゃった」
「泣いてないわよ、ほら」
 強がってはいるが、目は潤んでいる。ごまかすつもりなのか、くるりと向きを変えて、すたすたと控え室へ戻ろうとする。
「早く行こう、ゆくるさんが特製のホットケーキ作って待ってるって言ってたよ!」