霊能者と動物霊アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
フリー
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
8.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/12〜07/18
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●本文
羽鷺は南兎迦寺のひとり娘である。幼い時から霊感が強いと評判で、ときどき寺に霊障の相談が持ちかけられても彼女が万事解決してしまうといわれている。
その少女霊能者に、大きな相談が持ちかけられた。
建物まるごとの除霊である。
元はどこかの製薬会社の動物実験場だったそうだ。コンクリート造りの、どこにでもある2階建ての建造物。周囲は金網で囲っており、『私有地につき立入禁止』の札がある。しかし中は草ぼうぼうで、窓ガラスもいくつか割れている、手入れはここ数年、まったくなされていないのだろう。
「可哀想に‥‥」
屋内も退去の際に忘れられた器材やゴミが散乱している。その部屋の真ん中に立って少女は手を合わせた。いまの羽鷺の目の前に、かつて薬で殺された動物たちの姿が見えたそうだ。
「どう、羽鷺ちゃん。キミの霊感がビンビンくるんじゃない? 楽しみだね、決定的映像が撮れるといいね!」
鈍感とはなんてお幸せなのだろう。
不謹慎にも後ろで騒いでいる彼らは、近所の大学の心霊研究会と映像研究会のメンバーだ。
羽鷺が除霊をすると聞いて、ぜひその現場を記録したいと言ってきたのだ。羽鷺の知らない間に両親が承諾してしまった。何を期待しているのだろう、キツネ憑きになって尻尾でも出せば満足なのか‥‥しかし羽鷺は、そんな腹は微塵も見せず、学生たちの方を振りかえり、無邪気な童女の顔をして微笑む。
下見に来たこの現場は、羽鷺曰く、鳥肌が立つほどの怨念の集まる場所であった。学生のお遊びに乗せられるのはまっぴらだが、ここは早急になんとかしなくてはならない場所なのは事実である。当日は、撮影陣なんかに愛想を振りまく余裕は無いだろう。
「ああ、そうそう。言い忘れていましたわ」
まるでたった今思い出したというふうに羽鷺は、大げさに言う。
「こんな大きな除霊は初めてだから、私、手伝いの人を呼んだのよ。宗派は違いますが、動物霊の専門家なんです」
後半は嘘だ。
羽鷺が呼んだのは、彼女と同じ獣人仲間。
人目を惹きつける彼ら彼女らには、学生たちの注意をそらしてもらおう。そうすればその間に自分は除霊に集中できるというものだ。
「霊能者大集合か、面白いじゃん!」
思ったとおり、食いついてくれた。これで当日はどうにかなるだろう。
と、胸をなでおろして帰宅した羽鷺。
「お帰り。あ、そうそう、来週の除霊な、近所の人も見物したいって言ってたぞー」
「‥‥お、お父さん‥‥、それは、いいって答えたの」
「おう。別にかまわないだろ?」
「‥‥‥‥」
●リプレイ本文
草木も眠る丑三つ時‥‥。
というのが幽霊屋敷には相応しいのだろうが、こんな電気も通っていない廃屋で行動するのに、どうして真夜中を選ばなければならないのか。羽鷺と、彼女の呼んだ霊能者仲間は、太陽がさんさんと照りつける真っ昼間に、それぞれの準備を整えて集合していた。
「おー! 久しっぶりーー!!」
UN(fa2870)と文月 舵(fa2899)の姿を見つけた柊ラキア(fa2847)は、全身で親愛の情を表現し、2人に向かって飛びかかった。
「なんのっ」
突進するラキアの首に腕を絡め、動きを封じるUN。
「おまえはイノシシか」
「ラキちゃん、相変わらずどすなあ」
「あ、あの‥‥お三方は、よく一緒に仕事されるんですか?」
カメラを構えた学生が聞いてきた。
「ええ、うちらだけやおまへん。ほれ、あっちの方らも。こういう仕事は、助け合いやさかいに」
藤元 珠貴(fa2684)と伊集院・まりあ(fa2711)は目が合い、会釈をする。
羽鷺の同業者、ということで呼ばれた彼女たちだが、一緒に仕事をする機会が多いのは嘘ではない。もっとも、一度も会ったことが無くても、十年来の親友のフリをすることだって出来る。そのくらいの演技力は持ち合わせているつもりだ。
「へえ‥‥」
学生の顔がほんのり赤くなった。
緋色の袴をはき、優雅な手つきで玉串を持つ涼しげな立ち姿の巫女。
紺色の修道着をまとい、大きな十字架を首から提げた、銀髪のシスター。
『映像研究会』の記録フィルムに収めるには、なかなか魅力的な被写体ではないか。
羽鷺だってもちろん可愛い部類に入るが、まず格好は普段着だ。もっと、こういう専門的な衣装に着替えてくれればいいのに‥‥この時点でもう、映像研究会の興味は羽鷺ではない美女達に向けられていた。
親友のフリぐらい簡単だ。そしてもちろん、ありもしない霊能力を持っているフリも。
「ここは動物たちの霊が渦巻いておるわい!」
大げさに、尚武(fa4035)は叫んでみせる。
「なんと、おぬし達も一緒に入るとな? ならば清めなければならぬのう!」
言うが早いか尚武は塩を取りだし、見物人に向かって豪快に振りかける。
「きゃーっ、なに?」
塩を浴びせられて面食らっている見物人の前で、今度はマワシ姿になり四股を踏みだす尚武。
「古代より、四股には邪や穢れを払う力があるとされておるのぢゃ!」
などともっともらしいことを言いながら、尚武はあっちでドスン、こっちで塩まき再びドスンと大地を踏む。
「なるほど、そういう謂われがあるんだな!」
早速始まった除霊式に、心霊研究会はカメラを回す。そんな彼らにまで塩をかける。かけられた学生達は、なぜか喜んでいる。
「なあに、アレ〜」
「うわー。絶対ウソよねぇ」
うさんくさいお清めに、ギャラリーは失笑するが、そう言いながらも彼女たちは尚武の一挙手一投足から目を離そうとはしていない。
目的の第一段階は成功、というところか。
建物は元々薬の研究室、ということで、無機質な真四角の部屋がいくつも続いている。羽鷺が言うには、一番怨念が残っているのは飼育室であり、そこを重点的に清めたいらしい。
「ふうん、こちらに強い力を感じる‥‥」
振り子をかざして進んでいたZebra(fa3503)は、飼育室とはまったく別の方角を指して言った。
「それの揺れで分かるんですか?」
興味深そうに学生が覗き込むので、Zebraはわざと、揺れを大きくさせる。
「‥‥反応が激しい。近いぞ」
それを聞いてカメラを構えていた連中は色めき立つ。
「この部屋は‥‥実験室、だな」
言いながら霊能者達は、ギャラリーは、実験室にぞろぞろと入っていった。
羽鷺はひとり、こっそり飼育室に残って己の使命を果たそうとした。
「なるほど、な‥‥」
意味ありげにUNは、部屋をぐるりと見回し、ある一点を凝視してつぶやいてみた。まるで「なにか」がそこに見えるかのように。
「何が見えたんですか!?」
「あれは‥‥そうだな、舵、分かるか?」
呼ばれて舵も、同じ方角を見る。
「せやね、‥‥苦しんではる‥‥『痛い』『痛い』言うてる‥‥可哀想に‥‥」
しおらしく、舵は涙を流し、空に向かって手を合わせた。
「だから、何が見えたんですか!!?」
「黒い、おおきな獣が‥‥」
と、その時だ。
ラキアとZebraが突然、呻きながら倒れ込んだ。
「ぐっ、苦しいっ!!」
暴れる二人を力自慢の尚武が押さえるが、抵抗は止まらない。他の霊能者達の手も借りて、押さえ込もうとする。
するとその勢いで、Zebraの帽子が取れてしまった。
「あっ!!?」
ギャラリーは見た!
Zebraの頭に、毛むくじゃらの獣の耳が生えていたのを!
「きゃああああ!!!」
「カメラ! おい、カメラ!」
「うわあっ!」
カメラを向けようとした学生に、暴れるラキアが体ごとぶつかってきた。うっかりカメラを落としそうになる。
ラキアは起きあがると、まるで全身を炎に包まれた暴れ馬さながらに、奇声を上げながらギャラリーの中へ突っ込んでいく。
「きゃあああ!」
「いやあああ!!」
「たすけてえええ!!!」
きっと冷静に見れば、あまりにもわざとらしくて、間の抜けた降霊風景であったことだろう。しかし、群衆というものは、一人でもパニック状態になるとそれが伝播していく。思惑通り、人々は逃げまどい、ひどい者は腰を抜かして泣き出す始末。
「霊障が現れたって??」
心霊研究会はそんな中で果敢にも、その現場を映像に捉えようとするが、霊能者達がZebraの周りに壁を作っているのでよく見えない。次に見たときには、もうそこに獣の黒い耳などありはしなかった。
「消えたわ。ウソよ、あたし確かに見たもの!」
「本物なの? 本物の霊がいるの??」
騒ぎが収まった今も、誰も彼もが困惑している。
羽鷺のことを思い出している者は、一人もいなかった。
ようやく皆が落ち着いたのは、珠貴の神楽が始まってからだった。
一通りの除霊を済ませ、霊に取り憑かれた仲間の正気を取り戻させた後、珠貴は空間を清めようと、神に捧げる舞を始めたのだった。
あんなに騒いでいた見物人達も、静かにそれを見守っている。
しんしんと奏でていた鈴の音がゆっくりと消えると、これで全ての儀式は終了だ。
「修行中の身ですので、お見苦しい点もあったかと思いますが‥‥」
珠貴がゆっくりと頭を下がると、盛大な拍手が返ってきた。
「そちらは上手くいきました?」
人はばらばらといなくなり、廃屋に残ったのは羽鷺たち霊能者だけとなった。まりあは慣れないツインテールを解き、ざらざらぶら下げていた飾りを外し、本来の姿に戻った。
「おかげさまで。ありがとうございました」
どうやら羽鷺も、無事に全てを終えたようだ。
「すまんなあ、わいら、好き勝手に暴れて、罰当たりやったやろうなあ」
よくよく考えれば、霊を一番愚弄していたのは今回の自分たちではなかっだろうか、と尚武は心配になってくる。
「そんなことないですよ」
羽鷺は言った。
「皆さんの気持ち、動物たちもみんな分かってくれていましたから」
皆、この建物の事情を知り、動物たちに同情し、憐れんでくれた。その気持は、きちんと届いている。動物たちは感謝していた、羽鷺ははっきりと、その思いを聞いた。
「困った事があらはったら、またいつでも呼んでおくれやす」
もっとも、『霊能ミュージシャン』て噂が立つのは困るけどね、と舵は最後に付け足した。