きょうもコロッケアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/23〜08/29

●本文

 ここはとある商店街。
 の、商工会議所。
 月に1度ある、商店主たちの会議が今日も開かれていた。
「じゃあ8月は、例年通り、中央広場でのサマーフェスティバル、ということで」
 これはもう、毎年恒例になっている。
 子ども達に夏休み最後の思い出を、という名目で、8月の下旬に合わせてお祭りをするのだ。本来の目的は倉庫に残った夏物を『最終セール』と称して処分することなのだが、それは聞かなかったことにしておこう。
「ライブショーの人手は、集まってるのかな?」
「それはもう。歌でもダンスでもトークでも、なんでも出来る人たちに声を掛けましたから」
 芸能人に知り合いの多い楽器店の店長がVサインを出して言った。祭りを盛り上げるために、すでに根回しをしていたらしい。
 サマーフェスティバルは、朝の10時から、夜の10時頃まで(もちろんプログラムは入れ替わるが)ぶっ通しで行われる。だから人数も演目も多い方がいいに決まっている。そして店長が声を掛けた彼らは、快く応じてくれたという。
「それじゃ、フェスティバルの成功のために、皆さん頑張りましょう。一人でも多くのお客さんが来てくれるように」
 商会長がそう締めて、会議は終了した。
 とはいえ、気のおけない店主達、そこからは誰もすぐに帰ったりせず、世間話に突入する。
「最近、景気はどうよ」
「いやー。まったくだねぇ」
「それにしても、夜だってのに暑いね。祭りの前にバテちゃうよ」
 初老の男は、会議の間に飲んでいた麦茶の、最後の一口を飲み干す。
「敏夫さんは毎日、揚げ油の前だもんな。そりゃ暑気当たりもするだろう」
 『敏夫さん』はコロッケ屋の亭主である。毎日毎日、50年以上変わらない味のじゃがいものコロッケを、作っては揚げ、作っては揚げを繰り返している。
 ここで敏夫のコロッケ屋『男爵亭』について少し説明しておこう。敏夫で2代目になるコロッケ屋は、先代から全く変わらないコロッケを毎日近所中の食卓に提供している。種類は、タマネギと挽肉を炒めたものが入っている1種類だけ。敏夫曰く「これしか作り方を知らない」とのことで、違う味のものを作ったことはない。
 値段は、時代に応じて若干の値上がりはあったが、しかし今でも、300円もあれば立派な夕餉の一品となってしまうほど手軽な価格だ。
 もちろん、1個からでも買えるから、学校帰りのお腹を空かせた学生達のおやつにされることもある。
「わしも歳かなあ、すぐ疲れやすくなってなあ」
 敏夫は大げさに、肩をこきこきと鳴らす。
「ちゅうわけで、商会長。わし、祭りの間、店は閉めときまワ」
 やはり祭りとなれば人が集まり、男爵亭も他のファストフード店と同様、若干忙しくなる。だから去年まではこの期間中、いつもよりたくさんのコロッケを準備していたのだが、その準備が年々辛くなってくる。だから思い切って、今年は閉めておくことにしたのだ。
「一人だとな、どうしても数が作れンからな」
「ありゃぁ、それは残念。養生してくださいな」
 敏夫には失礼な話だが、毎日変わり映えのしないコロッケ、祭りの雰囲気を足しも引きもしない。それに当日は、たこ焼きやクレープなど、ファストフードの屋台はいろいろ出るのだから、お客さんは不自由しないはずだ。
 残念ではあるが、コロッケファンの一人として、ここで敏夫に無理はしてほしくない。ゆっくり休んで、また祭りの後から営業を再開してくれればいい。

 だが、商会長も、他の商店主達も、男爵亭の亭主すらも知らなかった。
 男爵屋のコロッケファンは、彼らだけではないと言うことを。

●今回の参加者

 fa0513 津野雪加(20歳・♀・牛)
 fa0585 畑下 雀(14歳・♀・小鳥)
 fa2132 あずさ&お兄さん(14歳・♂・ハムスター)
 fa2772 仙道 愛歌(16歳・♀・狐)
 fa3393 堀川陽菜(16歳・♀・狐)
 fa3863 豊田そあら(21歳・♀・犬)
 fa4354 沢渡霧江(25歳・♀・狼)
 fa4371 雅楽川 陽向(15歳・♀・犬)

●リプレイ本文

「え〜? 男爵亭、休みなの?」
「うっそー。コロッケ、食べようと思ってたのにー」
 サマーフェスティバル当日。シャッターが下ろされ『臨時休業』の貼り紙が出された男爵亭の前に、いつもなら郊外の大型ショッピングモールばかりに出かけている若い子たちが集まり、不満を漏らしていた。
「これだけが楽しみで、わざわざ出てきたのにね」
「どうする、せっかくだから、中央広場、覗いてみる?」
「えー‥‥暑いし、ねぇ」
 男爵亭のコロッケのファンは、何も商店街の住人だけではなかった。昔ながらの素朴な味は、こんなにも人々を惹きつけている。これが目当てで、わざわざこんなちっぽけな商店街の夏祭りに出てきたのだと言っても過言ではない。それが食べられないとなると、もはやここには用事はない。

「‥‥‥‥っていう人たちがいるんですよ!」
 敏夫に直談判をしているのは津野雪加(fa0513)だった。
「私もあなたのコロッケは好きだ。食べられないのはとても残念だな‥‥」
 沢渡霧江(fa4354)もその隣に行儀良く座り、雪加の後押しをする。
「そこでですね、ちょっとだけでいいんです、お願い出来ませんか?」
 雪加の提案はこうだ。
 自分は中央広場でのイベントで、早食い対決をする。その勝負品として、コロッケを提供してもらう。
 だが、それを聞いて敏夫の顔つきが変わった。
「早食い、だと? 最近の若い奴は、すぐ食べ物をオモチャにしたがる!!」
 先代から続く同じ味を守り続けてきたコロッケ職人にとってこれは耐え難い提案だった。おいしく食べてもらうために毎日毎日、体の限界が近くなるほどに作り続けてきたのだ。どうしてそんな提案が飲み込めよう。
 二人はあっさり追い出され、やはり男爵亭のシャッターは、祭りが終わるまで開きそうになかった。
「全然、ダメだったんですね」
 話を聞いた雅楽川 陽向(fa4371)はがっかりした。これほどまで噂になるコロッケはどんなものか、もし作ってもらえたら一つ二つ、摘んでみたかったのに。
「本当に美味しいらしいですね。作り方のコツなんか聞いてみたかったのに」
 堀川陽菜(fa3393)も肩を落としている。
「お年なんだから仕方ないよね。でも‥‥」
 コロッケのことは潔く諦めたあずさ&お兄さん(fa2132)だが、彼らはともかく、来てくれたお客さん達は何と思うだろうか?
「‥‥男爵亭さんだけが‥‥サマーフェスティバルの主役じゃありませんものね‥‥」
 遠慮がちに、しかし核心をついたことを畑下 雀(fa0585)は言った。
 そうだ、サマーフェスティバルは男爵亭だけのものではない。他の店だって魅力的なサービスをしているし、アーケードに並んでいる軽食の屋台はどれも美味しそうだ。
「せっかくデボ子達は呼ばれたんだから‥‥精一杯やりましょう‥‥」
 彼女たちはそのために呼ばれたのだ。コロッケが無いだけで帰ってしまいそうになっているお客さんを、彼女たちのステージで引き留めなくては!
『そうよ、次は誰?』
 中央広場に据え付けてあるスピーカーからそんな声が出てきた。
『みんな、お客さんが待ってるのよ!』
 ステージの上には豊田そあら(fa3863)がいた。今回の祭りの、司会進行役を買って出ていた。浴衣の裾をひらひらさせながら、広いステージのあっちこっちを走り回っている。
『さあ、次は! 次はだあれ?』
「はいっ! 21番。瓦割りやります!」
 仙道 愛歌(fa2772)がステージにあがると、すかさず用意してあった瓦の山が引っ張り出される。
「とぉおおおりゃあああああ!!!」
 ばりばりばりっと派手な音を立てて、瓦はまっぷたつ。
『はーい、次はこの方!』
「22番。リンゴを潰します」
 霧江が続けてステージにあがり、用意してきたリンゴを右手で掴む。
「とぉおおおりゃあああああ!!!」
 ぶしゅっと派手な音を立てて、リンゴは木っ端微塵。
「23番。瓦をもっと割ります!」
「24番。リンゴをもっと潰します!」
 そうして二人が体力自慢で時間を稼いでいる間に、他のメンバーは大あわてでステージ衣装に着替えていた。

「51番。歌! はい、手拍子よろしく!」
 真っ先に着替え終わった陽向は元気よくステージに飛び出した。
 曲目は『夏の約束』。
「♪消さないで思い 泣かないで涙 語るべき言葉 紡いでく未来‥‥」
 まだ新人の陽向だが、その初々しさが逆にこのしっとりした曲にあっている。顔はまだまだ世間に知られていないが、歌の勉強をしているシンガーなのだ。フルコーラス終わる頃には本当の歓声が上がってくる。
「52番。次はこの曲です!!」
 その盛り上がりを壊さないために、間髪入れず雀がステージを替わった。今度は先ほどとは違うアップテンポの、明るい曲。
「♪Chu! Chu! Chu! Chu! トマトの気持ち‥‥」
 普段の大人しい雰囲気の雀からは想像付かないほど、元気にステージの端から端まで使って動き回る。
「♪Chu! Chu! Chu!‥‥」
「♪ちゅっちゅっちゅ!!!」
 2番に入った頃には早速歌詞を覚えた客が一緒に歌い出すほどだった。

『次は? 次はだあれ?』
「はいっ! 68番。あずさ&お兄さんですヨロシク〜」
 朝から夜まで、少ない人数で交代しながらぶっとおしのステージだ。だが、まだまだいける。あずさはいくつも用意していた腹話術漫才のネタからひとつを選ぶ。
(あずさ)「夏休みも終わりだね。みんな、宿題終わってる?」
(お兄さん)「今日のこのフェスティバルのことなんか、日記に書いたらいいよ」
(あずさ)「それはいいけど、7月のことなんか忘れててね」
(お兄さん)「いつから書いてないんだよ」
(あずさ)「ちょっと待ってね、思い出すから‥‥7月29日。時は戦国嵐の時代」
(お兄さん)「あずさ。それ、遡りすぎ!」
 炎天下にさらされながらも、客は誰一人帰ろうとしなかった。次から次へと繰り広げられる様々なステージに釘付けになり、一緒に歌い、笑い、驚き、踊る。中央広場は最後の夏の思い出を作るべく、誰も彼もが熱狂していた。

『は〜い、それではもうそろそろ夕食の時間ね。ここでお知らせ。○○スーパーでお総菜半額。△△鮮魚店でタイムサービス‥‥』
 一応、商店街のイベントなのだから、商店街の宣伝もお願いしたい。この告知時間は、出演者達も小休止である。
『それにしても、今日は男爵亭さんがお休みで残念だったわね』
 そあらがそう言うと、客席のあちこちがざわめいた。皆、同じことを思っていたのだろう。
「手に入ったら、やってみたいことがあったんですけどね」
 雪加がそあらの話に乗る。
『何を?』
「コロッケパンですよ。揚げたてあつあつのコロッケをソースにくぐらせて、切れ目を入れた軽くトーストしたコッペパンに挟むんです。衣のカリカリッとしたところと、ソースが染みこんで柔らかくなったパンとのハーモニーがなんともいえませんね」
「それを言うなら、私にも言わせて下さい!」
 雪加のマイクを受け取って、次は陽菜だ。
「私はクリームコロッケ派でして‥‥。しっかりしたきつね色の衣にナイフをさくっと入れると、そこからとろとろで熱々のベシャメルソースが現れてミルクの優しい匂いが一気にあふれ出す、あれがたまらなく好きなんです〜☆」
「至高の香りですよね〜」
「でも家で作ると、上手にできないんですよね。すぐに爆発しますし」
「タネを冷やすといいそうですよ。手の体温で溶けてくるから、それにも注意して」
「味にこだわるなら、油にも一工夫だよ」
 あずさが乗り出してマイクを受け取る。
「市販のサラダ油じゃなくて、ラードや牛脂を使うと味がぜんぜん違うよ。家庭じゃさすがにそこまでマネできないけど、でも新しい油を使うのが鉄則! 使い回しの古い油じゃ、衣が全然美味しくないから」
 皆が銘々に、それぞれの好みのコロッケについて侃々諤々。

 ステージの上にいる彼女たちは気付いていただろうか。
 午前中からの演目で、人を集めに集め、その彼らの前でコロッケの素晴らしさを啓蒙する。
 そして時間は、ちょうど夕食時。
 客が1人、また1人減っていく。

 それからしばらく商店街では。
 八百屋ではジャガイモとタマネギが。
 肉屋では合い挽き肉やラードが。
 パン屋ではパン粉やコッペパンが。
 惣菜屋で、コンビニで、コロッケ弁当がそれぞれ売り切れ続出だったという。
 もちろん、男爵亭でも。