treat!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
10.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/31〜11/06
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●本文
路地に、数人の足音があるのが聞こえる。がやがやとした話し声も。隣家のチャイムが鳴った。
「‥‥‥オア・トリート!」
よく聞こえないが、そんなふうなことを言っている。きっと幼稚園か保育所のイベントで、ハロウィンを祝って近所中を回っているのだろうな、とその主婦は考えた。この様子だときっとこの家にも来るだろう。はて、お菓子はうちにあっただろうか。彼女は台所を捜すことにする。
案の定、我が家のチャイムも鳴らされた。モニターには、画面いっぱいにオオカミやらカラスやら、やけにリアルなお面を付けた顔があった。ああ、やっぱりハロウィンの仮装だったんだ、と思いながら主婦は、徳用アソート詰め合わせを抱えて玄関へ向かう。
そして咳払いをひとつ。子ども達の仮装に、うまく驚くふりが出来るだろうか、やや緊張しながら、ドアを開けた。
「トリート・オア・トリート!!」
「‥‥‥‥は?」
腰が抜けそうだった。
目の前にいたのは、可愛らしい幼稚園児ではない。おそらく青年といっていい集団が、動物のお面を被って玄関前に並んでいたのだ。
「トリート・オア・トリート!!」
言っている言葉も意味が分からない。ええと、ハロウィンの挨拶はこれじゃない、確か‥‥。
と、彼女が正しい答えを導こうとするのを許さないかのように、犬の面を着けた男が前に出て、大黒天かサンタクロースが持つような袋に手を突っ込み、そこから何か掴みだした。
「トリート・オア・トリート!!」
主婦の頭から、ばらばらとお菓子が振りまかれた。
「な‥‥なんなの!!!???」
呆気にとられて動けない彼女を尻目に、謎の集団は隣の家へと向かっていった。
誰にも知られていないことであったが、これはパフォーマンス集団『ケモノ道(どう)』の、劇場を離れた新しい試みであった。
「トリート・オア・トリート!!」
お菓子をくれなきゃ、お菓子をやるぞ!
動物の仮装をして(もっとも、獣人なのだからこちらのほうも本来の姿なのだが)、近所中を回り、お菓子をばらまいていく。
ゲリラ的に始めたこのパフォーマンス。まずこの近所の個人宅はあらかた回り終えた。次は範囲をもっと広げ、例えば幼稚園、保育所、老人ホーム、そういったところにも突撃しようと考えている。
ただ、それには人手が足りない。
彼らのパフォーマンスに同調し、一緒にお菓子をばらまいてくれる協力者があるといいのだが‥‥。
●リプレイ本文
「トリート・オア・トリート!」
この言葉に全く意味はない。勢いだけで言っているようなものだ。言われた方は訳も分からず、唖然として、ケモノ道(どう)の術にすっかりはまって、頭からお菓子が降り注ぐのを黙って受け入れるしかなかった。
「変なパフォーマンスをしている集団の話は聞いていたが、まさか手伝いを募集していたとはな!」
カメラマンの高遠・聖(fa4135)はケモノ道を取材するつもりでリーダーの話を聞き、面白そうな計画が存在することをそこで知った。これから幼稚園や保育所といった施設を攻め込むと言うのだ、子ども達はさぞビックリして、そして大喜びするだろう。
「各方面の許可はとってあるの? まだなら、ゆかが行ってくるけど?」
武越ゆか(fa3306)がそこを心配しているが、いくら傍若無人なパフォーマンス集団とはいえ、ゆか達助っ人を呼びつけておいてそこまで無責任ではない。
「予定していた幼稚園、保育所、老人ホームには連絡を入れているけど、そこ以外のとこへ行くつもりなら教えてくれ、連絡しておくから」
と、ケモノ道リーダーは言った。
「病院の小児科を加えてくれ」
「聖くんは病院‥‥と。了解」
「予定していた老人ホームって?」
「これが地図のコピーと、向こうの担当者の名刺。楽しみに待ってるってよ」
「幼稚園は何カ所あるの? 早くよい子達と遊びたいですニャ☆」
リーダーの説明がもどかしいと言わんばかりに、ルージュ・シャトン(fa3605)はコピーを欲しがった。
「慌てるなって。ほら、地図。ここも『早く来てくれ』って急かしてたぞ」
「早速行ってきますですニャ☆ りすちゃん、早く行くですニャ〜☆」
「あっ、あっ、そんなに急かさないでくださいでぃす〜」
張り切るルージュに引っ張られるように、縞りす(fa0115)が後に付いていく。
「幼稚園はあの2人‥‥っと、コドモだな、誰か手ェ空いてたら、付き添ってくれないか?」
「じゃあ、私でよろしければ」
凜音(fa0769)も幼稚園班になった。二人の後を追いかけて走る。
「保育所はわしだ!」
ぬっと立ち上がり、マサイアス・アドゥーベ(fa3957)はリーダーから地図を受け取ろうとした。
「‥‥マサイアスさん、が?」
2メートル近い大男を見上げて、リーダーが唾を飲む。
「おう、そうだ。これが用意していた仮装。頭を貫通しているように見える釘、これを作るのには苦労したのだ」
フランケンシュタインの怪人を象った仮装らしいが、これで保育所へ、つまり小さい子供のいるところへ行くのだろうか?
「魔女もお供しようかのう」
と、エキドナ(fa4716)も席を立った。彼女の仮装は魔女。昔話に出てくるような、長いマントで全身を隠している。
「ほっほっほ。子供達の驚く顔が楽しみじゃて」
怪人と魔女は保育所に向かった。
「‥‥えーと、じゃあ、あすかさんと、ゆかさんが」
「老人ホームですね。任せて下さい。こんな仮装で大丈夫ですか?」
美角あすか(fa0155)が老人ホームの担当となった。白い牛の雰囲気を出して、アクセントにミルク瓶の型をしたペンダントを付けている。
「それじゃ、行ってきます。ケモノ道さん達も、頑張って下さいね!」
幼稚園では保育士達がお化け達の到着を待ちわびていた。リスと、一角獣と、ネコがお菓子袋を抱えて職員室に入ってきたときは、思わず黄色い悲鳴をあげてしまうほどに。
「やぁ〜ん、可愛い! 本物の尻尾みたい!」
「耳が動くの? よく出来てる〜!!」
保育士達は3人を取り囲んで揉みくちゃにする。
「あの、もしあまりにリアルすぎて子ども達を脅かすようでしたら、もっと控えますが」
凛音が言うと、保育士はぶんぶんと首を横に振った。
「全然ッ! 今時の子は少々のことじゃ驚きませんよ。ぜひその麗しい格好のままでどうぞ」
麗しい、とはよく言ったもので。今の凛音は貴族紳士のよう。長い髪を後ろで一つに束ねて、額からは淡い青の角が生えている。りすの尻尾を遠慮無くなで回していた保母たちも、凛音には潤んだ目を向けるばかりであった。
「ほらっ、凛音さん、お許しも出たんだから早く行くですニャ☆」
ルージュは、すでに協力者達の手によってお遊戯室に集められた園児達の元へ向かう。ドアの向こうでは、何も知らない園児たちが、素知らぬ顔の保育士の演奏で歌を歌っている。
「トりート・オア・トリート!!」
ガラッとドアを開けて、3人は中へ飛び込んだ。
とたんに、子ども達がから嬌声があがった。可愛らしい動物姿の人たちが現れて、これから何かをしようというのだ、興味を向けないはずがない。
「悪戯ばかりする子には何もないですニャ☆ でも良い子にはこうですニャ☆」
持っていた袋に手を突っ込み、掴んだ菓子をばらまく、ばらまく!!
「順番でぃす☆ りす達が一生懸命作ったカボチャのクッキーとパイでぃす☆ たくさんあるから、大丈夫でぃす☆」
「美味しくて甘くてほっぺが落ちるニャ☆ 良い子にだけあげるトリートニャ☆」
元気いっぱいの幼稚園とは違い、こちらはなんとなく沈んでいる。
病院特有の消毒薬とリノリウム材の匂いがして、健康な聖でも滅入ってくる。
「菓子は食べさせてもいいのか?」
「フルーツゼリー? そうですね、その大きさなら大丈夫です」
油脂や砂糖たっぷりの菓子は選べなかった。聖は悩んだ末にゼリーを用意し、これが駄目ならどうしようかと思っていたが、何とか杞憂に終わってくれた。
獣の羽で病院をうろうろするのは憚られる、パーティーグッズとして売っている狼男のマスクを被って聖は病室に入った。
「トリート・オア・トリート」
変な人が入ってきた、と子ども達は身構えた。
「お菓子をくれなきゃ、お菓子をやるぞ」
やっぱりここでも、意味不明の挨拶にきょとんとされる。構わず聖は菓子を渡して回る。
「変なヤツだ、出て行け!」
元気な男の子がいて、狼男に突進してきた。
「敵に果敢に立ち向かう、その勇気に」
そんな子にも菓子を手渡す。
最初は怯えた空気の漂っていた病室も、徐々にそれが和らいでいくのが分かる。
全員の手に菓子が渡った時には、すっかり狼男は人気者だ。
「記念に、みんなで」
聖の職業はカメラマンである。
「トリート・オア・トリート‥‥」
「そんなんじゃ聞こえないわよ。トリート・オア・トリート!!」
あすかが控えめな挨拶をしようとするのとは対照的に、ゆかははちきれんばかりのテンションの高さだった。
ここは老人ホーム。
入居している人らに、そもそもハロウィンなるイベントは通用するのか? 老人達は覗き込んだ牛娘と給仕に、驚くでも嫌悪するでもなく、ただ黙って次の言葉を待っていた。
「トリート・オア・トリート‥‥」
「さっきから何を言ってんだい?」
見かねた女性が、声をかけた。
「『お菓子をどうぞ』って意味の言葉です」
「へえ、お菓子を? 今日はいったい、何の日だい?」
「今宵はハロウィン! トリート・オア・トリート! お菓子をお食べ!! カボチャ達のお祭りよ!」
歌うように言ってゆかは、手製のパンプキンパイを切り分け、配っていく。
「ほう、ハイカラだねえ」
「カボチャは好きだよ」
「私からは、和菓子です」
あすかは老人向けのお菓子ということで、羊羹や最中といった食べやすいものを選んでいた。
そして本当なら、ケモノ道の要望に従って、これらをど派手にぶちまけなければならないのだが。
(「さすがに人生の先輩方に、そんな失礼はできません。ケモノ道さん達も、分かってくれるでしょう」)
体をいたわる挨拶をしながら、あすかは相手の手を握りしめるように渡していった。
保育園に怪物が現れた!
「がおー!!」
巨大な改造人間が、どしんどしんと足音を立てながら突進してくる。
子供達は大泣きする‥‥と思われたが、怪物はまるでロボットのようにぎくしゃくぎくしゃく動くので、それがなんだか滑稽で、子供は遠巻きに、何が起こるのか眺めている。
「トリート・オア・トリート!」
そこに今度は魔女が現れた。ちちんぷいぷい、なんたらかんたら、呪文を唱えて杖を振ると、不思議なことにそれに併せて怪物が踊り出した。
「うわあ、おばちゃん、どうやってるの?」
「おば‥‥!」
こんな格好だから仕方ない、とエキドナは、咳払いをして次なる台詞に移る。
「私は魔女ぢゃ。こう見えてもすごい力を持っておるんぢゃ」
「ウッソだぁ、まじょなんか、いないもん」
期待した反応にエキドナはほくそ笑む。そしてマサイアスに目配せをして、打ち合わせ通り‥‥。
「そりゃっ!」
なんとエキドナは、マサイアスの巨体を持ち上げた!
「うわああっ、すごぉおいい」
頭の血管が切れそうになるのを何とか堪えるエキドナ。
「そうれ、この怪物はもう皆のお友だちぢゃ。秘密の呪文を教えてやる、それを唱えれば良いことが起こるぞ」
子供達の目は輝いている。目の前に怪物と魔女が突然現れて、何か素敵なことが起ころうとしているのだから。
秘密の呪文、それはもちろん。
「トリート・オア・トリート!!」
お菓子の雨だ!
お菓子の雨が降ってきた!!
子供達はあっちできゃあきゃあ、こっちでわあわあと菓子に夢中になっている。その菓子がマサイアスの右手から落とされていると知ると、巨体を木のように登って取ろうとする者までいた。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
しかし、闖入者は退散、という時にも子供達は引き留めてくる。
「『トリート・オア・トリート』だよ。じゅもん、いったよ。もっとあそんでよ」
何とも愛らしい我が儘ではないか。お迎えの時間でさえ無ければ、もっと留まってやるというのに。
「それぞれの場所で、大成功だったみたいだな」
リーダーは結果を聞いて大いに満足していた。彼らも近所中を回り、同じような反応を得られたらしい。
「あの子らが家に帰って、家族に楽しい思い出として話してくれるといいな」
マサイアスは今日出会った子供達の顔を思い出していた。呪文を使ってお菓子が出てきたときのあの嬉しそうな笑顔!
今日のことを家族に話したいのはあの園児達だけではない、自分達だって誰かに伝えたい。
「なんだか、早く帰りたくなってきたな」
「そうだな、じゃあお開きってことで。今日はみんな、ありがとう」
そうして彼らはそれぞれの家路についた。
カボチャの菓子を少しずつ、ポケットに入れて。