芸術の秋アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
1.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/13〜09/19
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●本文
秋。
読書の秋。食欲の秋。スポーツの秋。
そしてもちろん、芸術の秋。
何を以って芸術とするか? 己の内に存在する感情を表現する、これすなわち全てが芸術、アートと呼ばれるものとして異論はないだろう。
「寂しいねえ」
机の上に置かれていた書類に目を通し終えた根田が、誰に聞かせるでもなくぽつりと言った。
「どうしたんですか?」
茶を運んできた耳ざとい事務員が問い返した。独り言を聞かれた気まずさに、根田は照れたように笑う。
「いやね、今月の利用計画を見てたんだけどね」
根田は持っていた書類を元の位置に戻す。
そこには『ひじきホール利用予定・9月』とあった。
ひじきホールは地方の小さな劇場である。利用料金の手頃さと、従業員がみな獣人であるという気安さで、そこそこ利用者は多い。今月も書類の示すとおり、ほとんどの週末は予定が埋まっている。劇団○○の定期こども人形劇、△△楽団の定例コンサート、××教室の秋季発表会、□□婦人会の恒例作品展などなど。どこも毎年利用してくれている、ありがたい常連客だ。
しかし、その「いつもと同じ」が、根田はなんとなく物足りなかった。
「いまどきは流行らないのかねえ」
確か自分がここへ勤め始めたばかりの時期だったろうか、こんな田舎町にも関わらず、毎日のように新規結成されたグループが受付に飛び込んできていたのを思い出す。場所を貸すと、聞いたことも無い音楽や見たことも無いパフォーマンスを力いっぱい披露していて、そのパワーを自分も貰っているようで胸が高鳴ったものだ。時間刻みで貸していたものだから、書類は細かな書き込みで真っ黒だった。
ここ最近、そんな若いグループが結成された話を聞かない。
施設は、毎年同じ客が借りて、毎年同じイベントを繰り返している。
「芸術の秋なんだろう、もっとアートに目覚めた若人が巷にあふれてもいいんじゃないか!?」
「今はネットで発信の時代ですよ。溢れているかもしれませんが、わざわざお金払って劇場を借りて、告知出してお客さんを集めて、なんてしないんでしょうね」
事務員の女の子は、あまり中年男の心情を理解してはくれなかったようだ。
寂しいねえ、ともう一度呟き、書類の整理に戻った彼の脳裏に、ふとある考えがよぎった。
来ないなら、呼べばいい。
根田は、支配人である己の特権を駆使して、利用スケジュールを調節した。
そうして出来上がった、平日の2時間。
この時間を、若いアーティストのために解放すると決めたのだった。
●リプレイ本文
鍵盤の弾かれる軽やかな音楽が鳴り響き、会場の照明はゆっくりと落ちていった。音楽はどんどん大きくなり、それに合わせた歌も聞こえてくる。ステージの上にライトが当てられ、そしてするすると緞帳が昇った。
舞台は、粗末ながらくた小屋を表現した簡素な作りで、中央には少女が二人立っている。先ほどの音楽と歌声は、彼女達、春野幸香(fa5483)とジュディス・アドゥーベ(fa4339)に因るものであった。
しばらくトォテテ、テテテイ、と歌は続いていたが、幸香の手が急に止まった。
「ああ『ミルティ』、またあの部分で声がかすれたわ。もっとこう、お腹の底から声を出さないと」
「ごめんなさい『ミリィ』〜、もう一度、前の小節からお願い出来るかしら?」
どうやら二人は、駆け出しのユニット歌手であるようだ。名前は『Whispers』。成功を夢見て田舎から出てきていくつかステージに立ってはみるものの、未だ夢は遠い。それでもいつか、客を魅了する音楽を奏でたい、そう出来ると信じて今夜も練習を続けていた‥‥。
ひじきホールから依頼が飛び込んできたとき、彼らは一も二もなく飛びついた。情熱を持つ若者が消えたなどというのは支配人の思い違いだ、彼らは何時だって舞台に立ちたい。
「確かにネットは便利だよ、演る方も観る方も時間の制約を受けないしね」
ダミアン・カルマ(fa2544)は言った。けれど、すぐに否定した。
「でも、それだけじゃ寂しいよ。やはり本番に賭ける演者の熱意をダイレクトに受け止められるのは、生の舞台だけだ」
お客さんの直接の反応も届くから、と付け加える。その通り、舞台の上と客席と、別の位置に在る者が時間を共有し、いつしか一つとなる。その感動はライブだからこそ味わえるものだと支配人も常々思っている。
「ありがとう、僕たちに機会を与えてくれて」
「何を言う、嬉しいのは私の方だ」
支配人は子供のような顔になって、ダミアンの差し出した右手を握った。
彼らは急な依頼だったにもかかわらず、丁寧なポスターを作り、細やかなパンフレットを刷り上げ、予想していた以上の観客を集めたのだ。『セロ弾きのゴーシュ』という有名な童話を下敷きにし、歌ありダンスありのミュージカルに作り直したという創作劇は、集まった観客達の受け入れやすい演目だった。
「さあ、本番だよ!!」
‥‥Whispersの練習は続く。だが、同じ場所を繰り返しても繰り返しても何も変わらない。少し休もう、と二人が椅子に座り込んだその時だ。ドアがトントン叩かれる音がする。
「誰かしら?」
ミリィがドアを開けると、耳と尻尾をぴくぴくと動かす、子ギツネのフォルテ(fa5112)がひょいと覗き込んだ。
「まあ、可愛らしいお客さん。どうぞ」
と、招き入れようとしたら。
「こんちぃーす」
馴れ馴れしい挨拶をして、ニョキッと緑色のものが子ギツネを押しのけて入ってきた。それは顔まで緑色のドーランをべっとり塗って、木の姿になった琥竜(fa2850)だった。
木が歩いて登場した、という場面に客が目を丸くしたのを確かめて、更に畳みかけるように琥竜は台詞を続ける。
「よぅ、ミルティちゃん。歌の練習は進んでるか? そら、おいらに成った実でも食べて元気だしなって」
と、木は頭の上にある赤い実を三つ四つもぎ取って、それで器用にひょいひょいジャグリングを始めた。どんどんスピードを上げて数を増やし、フォルテと一緒にキャッチボールさながらに実を踊らせると、歓声と拍手が起こる。
いい頃合いでそれを止めて木は、片手に持った実の一つをミルティにようやく渡した。
「食べる気にはなれないわ、放っておいて」
「そうカリカリしなさんな、体に悪いぜ。そうだ、気分を変えて他の曲をやってみな、聞いていてやっからよ」
ふんぞり返って偉そうなことを言う木に、ミリィはちょっと悪戯をしたくなったようだ。木に気取られないよう、客席に向かって『耳を塞げ』というジェスチャーをすると、もう一度キーボードの前に立ち、10本の指を思い切りそれにぶつけた。
ジャーンと、雷が落ちたかのような音が出た。それで木は驚いて尻餅を付き、子ギツネは窓から逃げようとする。
「ほら、あなたが聞きたかったのはこんな曲かしら?」
「うわあ、止めてくれ、耳が壊れちまう」
しばらくそんな風に音をかき鳴らしていると、天井の方からバタン、と違う音がした。
「ああ、うるさい!!」
騒音にやられたコウモリが、ふらりふらりと落ちてきたのだった。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫、じゃないよ。なんなんだ、この乱暴な演奏は」
コウモリの翼を持った日向葵(fa5475)は、大げさに耳をさすりながらミリィと彼女のキーボードを睨み付けた。
「さっきから聞いていれば、ちっとも魂のこもっていない音ばっかりがなり立てて!」
目鼻立ちの鋭いコウモリは、黒い羽を機嫌悪そうにバタバタさせて、二人にそう言い放った。
「がなってるって!?」
「だってそうだろう、歌は歌で、魂のこもっていない、上っ面だけの音。ひとに聞かせられる歌じゃないって、宣伝しているのと同じだよ」
痛いところを突かれて、ミルティは動揺する。構わず、コウモリはまくし立てる。
「それにキーボードも。その歌に強引に合わせようとするから、聞いているだけで辛そうだ。ちっとも楽しくないってのが丸わかりだね」
それからもコウモリは、舞台の上をあっちこっち歩き回り、二人の曲のあら探しばかりをする。半獣化の姿を上手く生かした、見事な悪役ぶりだ。
と、怒りを隠しきれないふうの表情になったミリィが、激しく床を鳴らして立ち上がる。
「もう沢山だわ、みんな出て行って」
さあ出て行け、と思い切り扉を開けると、その勢いで扉は外れ、ガシャンと派手な音を立てて壊れてしまった。
「ええ、こんなところじゃゆっくり眠れないから失礼するよ」
吐き捨てて、コウモリはいなくなった。木も、子キツネもいなくなった。後には、砕けた扉の破片が転がっていた。
しん、となったステージ。
ミリィは所在なさそうに、キーボードに手をかけた。ポン、ポン、といくつか音を出してみるが、ミルティはそれに合わせて歌う気にもなれない。静かに、キーボードの音が弾かれる。
観客は、舞台上手の方で何かが動くのを見つけた。
そこでは白い耳が見えたり隠れたりを繰り返していた。
兎の衣装を着けた諫早 清見(fa1478)が、部屋の中を覗き込んでいたのだった。楽しそうな音が聞こえてきたから一緒に踊っていたのに、木たちが入って騒々しくなって、それきり音楽は止まってしまった。またこうして流れてきたから、また踊りたいのに、しかし『音』は『音楽』になってくれない。
中に入ろうか、止そうかと兎が戸惑っているうちに、二人は気配に気付いて振り返る。
「聞いていたの?」
兎は頷く。
「この曲の、どこがいいの?」
ミリィはさっきコウモリにさんざん貶された曲を頭から弾いてみた。兎は、ようやく音楽が流れたことを心底嬉しそうに飛び跳ねた。
「ふふ、楽しそうね」
兎のダンスを見て、ミルティは少し元気になったようだ。気を取り直して歌ってみる。
するとどうだろう。
今度は窓の向こうから、ミルティの歌に合わせて「うおぉぉおん」と遠吠えが聞こえてきたではないか。
『遠吠え』? いや、そうではない。これは歌だ。獣が、一緒に歌い出したのだ。
「わんっ」
遠吠えの主、虹(fa5556)は犬の尻尾を振りながら登場し、先ほどよりも更に大きく、力強い声で「うぉぉんっ!」と吼えた。
ミルティが歌うと、犬もそれに負けじと吼える。
「そうじゃないわ、ここはもっと、お腹の底から声を出すんですよ〜」
「うぉおんっ!」
「そうそう、そこでもっと歌詞の意味を考えて‥‥」
教えながらミルティはハッとした。
これはまるで、自分が普段からミリィに言われていることではないか。
犬は気付かず、言われたことを素直に表現してみる。さっきよりも何倍も伸びやかにな声で吼える。
ミルティも歌う。自信を持って。
二人の声が上手く混ざってハーモニーを奏でると、兎はますます喜んでステップを踏む。
曲は、あの何度もつっかえた、難しい音程の所にさしかかった。ミルティは夢中だった。何度も失敗したところだということを忘れていた。
「ミルティ! 出来たじゃない!!」
ミリィは演奏の手を止めた。
とたんに犬は、寂しそうに「くぅん」と唸った。
兎も同じだ。途中で終わったステップの脚に自分で絡んで転びそうになる。
「うぉおおおん、うぉんっ!!」
もう一度弾け、と言っているのだろう、犬はミリィの方をじっと見て、鼻をふんふん鳴らしている。
「‥‥そうね、上手いか下手かなんて、関係なかったのよね」
兎はただ踊りたいだけだ。
犬はただ歌いたいだけだ。
ミリィはどうしたい? 弾きたい。
ミルティはどうしたい? 歌いたい。
Whispersの音楽を感じたいという、たった二人の小さな友人のために奏でたい。
音楽が紡がれる。
今の心をそのまま表して。
それはこの物語が始まった時とは比べものにならないほど、柔らかく、優しく、美しいものだった。
いつの間にか犬も、兎も、木も、子ギツネも、そしてコウモリも舞台に出てきて、歌い出した。
音楽は最高潮を迎え、客席から大きな拍手が巻き起こった。
舞台は、始まったときと同じように、ゆっくりと緞帳が降りて終了した。
カーテンコール。
1人ずつ前に出て、ぼんやり照明が点いて軽くなった客席を見回し、お辞儀をして下がる。
そこで彼らは、一番後ろの壁際に立っていた支配人が、上気した顔で懸命な拍手を贈っていたのを見つけたのだった。