潜入調査員募集中アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 1Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/21〜09/25

●本文

「演技力に自信はあるかい?」
 その依頼主は聞いてきた。
 通行人が振り返る程度の華は欲しい、しかしテレビやネットで顔が売れている超有名人では困る、そして潜入調査員だと気付れないように振る舞える人物、そういう理由で彼らは集められた。
 目の前にいるサングラスをかけた依頼人は、ここで名は明かせないがとある有名なルポライター、ということにしておこう。彼は今、メイド喫茶『A(仮名)』の実態を追っている。
 Aは、大手企業が出資している飲食チェーン店のひとつで、他の事業は何ら問題はない。けれど、このメイド喫茶だけが、良からぬ噂で満ちているのだ。
 風俗店のようなサービスを行っている、違法品の売買をしている、恐喝、暴行、その他数え上げればきりがない。
「じゃあ、面の割れている貴方に代わって、従業員なり客なり、何らかの方法で店内に入り、その噂が本当かどうか調べればいいのですか?」
 詳細を聞いていた一人が尋ねた。
「確かに、それも頼みたいことの一つだ。が、もう一つ、こちらも頼みたい」
 依頼主は鞄から雑誌の切り抜きを取りだした。ビジネス誌で、『活気ある事業』なんて見出しが付いた記事がある。
 Aの店舗と中年男の写真が載ってあり、顔写真の下には『Aオーナー・柳静夫』と書かれていた。
「これは僕の考えだが、Aの腐敗は、この柳ひとりの指示によるものだ。柳自身が噂通りの行動をしているなら、その証拠を押さえてもらいたい。そうだな、このカメラとレコーダーを預けておこう、高性能だからな、ポケットに入れていてもしっかり録れるよ」
 そう言って依頼主は、調査に必要な道具を一通り机の上に並べた。あげくには記入済みの履歴書まで。
「全部の証拠は必要ない、どれか一つでいいんだ。一つあれば十分なんだからな、無茶して怪我するようなことはしないでくれよ」

**********
参考:
●現在の従業員数(オーナー以外全てアルバイト)
 オーナー兼店長・1人
 ホールスタッフ・10人
 調理師・1人
 調理補助・2人
●営業時間15:00〜翌2:00
●座席数・25
●駐車場・なし

●今回の参加者

 fa2529 常盤 躑躅(37歳・♂・パンダ)
 fa2614 鶸・檜皮(36歳・♂・鷹)
 fa3411 渡会 飛鳥(17歳・♀・兎)
 fa4487 音楽家(13歳・♂・竜)
 fa4874 長束 八尋(18歳・♂・竜)
 fa5471 加波保利美(21歳・♀・蝙蝠)
 fa5556 (21歳・♀・犬)
 fa5662 月詠・月夜(16歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

 顔も名前も売れていません!
 コンパニオンできるぐらいの器量はあるかも知れないけど、でもその程度です!
 知ってますか? 自分は声優なんですよ。でもそっちの仕事は全然来ないんです、仕事しなきゃ、ゴハンが食べられないじゃないですか。
 履歴書に目を通している店長の柳に、加波保利美(fa5471)は自嘲気味に訴える。元々この依頼は『売れていない』役者という条件があった。確かに自分は適任であろう、が、こうして再確認してみると、何とも悲しいものがある。
「こっちの子は? あんたも声優?」
 柳は、利美の話にさして興味も持たず、彼女の隣に座っている『渡辺 逢香』に視線をやった。
「いいえ。学生です」
 『逢香』と名乗る渡会 飛鳥(fa3411)は、そ知らぬ顔で否定した。嘘はついていない、自分は声優ではなくモデルだ。しかし目の前の男は自分のことを欠片も知らない、それはそれでやっぱり落胆せざるをえない。
 柳は、形式的な質問を何の感情もなくいくつか聞くと、事務所の奥に向かって乱暴に誰かを呼んだ。
「おい!」
「は、はいッ!!」
 すぐさま返事がかえってきて、慌ただしい足音と共にドアが開いた。
「遅い」
「すみませんッ」
 ちっとも遅くはないのに、まるで自分が全て悪いとでも言わんばかりに、身を縮めて頭を下げる。『木村 結』と名札を着けたメイドは、怯えたように柳を見上げ、次の指示を待っていた。
 飛鳥は知っていた、彼女の本当の名前は『虹(fa5556)』だと。
「木村、この子らに更衣室を案内しろ、あとシフト作れ、レジの使い方教えとけ、俺にコーヒー持ってこい」
「はいッ」
 早口で捲し立てる柳の指示に一つずつ素直な返事をする結。仕事とは関係ない雑用を押しつけられているのに、店長の機嫌を損ねないような返事をするのが精一杯でそれに気付いていないようにも見える。
 柳が出て行ったのを確認して虹は、ぺろりと舌を出した。
「行儀が悪いですわよ、結さん!」
 油断した虹に気合いを入れ直す声が響く。いつの間にか背後に立っていたのは、月詠・月夜(fa5662)、いや名札は『十六夜 月野』とある。月野は右手を眼鏡の蔓に、左手をその肘に添え、やや脚を開き気味にして直立し、そして鋭くこちらを睨んでいた。
「更衣室はこちらですわ、さっさと動いて頂けません? もうすぐ開店で忙しいんですから」
 吐き捨てるように言うと、ハイヒールの踵をかつかつと鳴らし、さっさと通路に出てしまった。
「‥‥なりきってるねえ‥‥」
 3人は拍手を贈らざるを得なかった。
「ところで月夜さん」
「ここでは月野って呼びなさいよね」
「ごめんなさい。で、月野さん、店内の様子はどうでした?」
 飛鳥たちより数日早く、月夜は入店していた。そしてこっそり、依頼主のいう『違法品』が店内に無いかと探っていたのだが。さすがにそんなものが(あったとして)店内に無造作に放置されていることはなかった。防犯装置のことや金庫の位置などは調べられたのだが‥‥。
「この店、忙しいのよ。なかなかフロアを抜けられなくてね」

 月夜の言ったことは本当だった。喫茶Aは表向きは、雑誌に取材されるほど有名な店だ、そこそこ客が入り忙しい。メイド達がご主人様のアフタヌーンティーを用意すべく、厨房に注文を叩きつける。
「2番テーブル、ケーキセット1つです」
「8番テーブル、いちごパフェとプリンパフェ各1です」
「新入りっ、皿持ってこい!」
「はい、ただいまっ!!」
 厨房長に『新入り』と呼ばれた『岸 啓太』こと長束 八尋(fa4874)は、嫌な顔ひとつ見せず、言われたとおりの食器を台に並べていく。どうやら裏方を仕切っているのは、唯一の調理師であり厨房長の肩書きのあるこの男らしく、八尋は彼の指示を完璧にこなすことで取り入ることに成功した。
「よし、出来たやつからメイドに渡せ」
 今日入ったばかりの新人メイドも、慣れないながらもせっせとフロア業務に精を出す。
「‥‥っと」
 その皿のひとつを運ぼうとした飛鳥を、厨房長は止めた。
「これは俺が運ぶからいい」
 盆に乗っていたのは、カクテルのゴッドファーザーとカシューナッツの小鉢。繊細な盛りつけでも、こぼしそうな量でもない。
「何やあるんですか?」
 後ろで見ていた八尋が、何気無く聞いてみた。が。
「おまえが気にすることじゃねえ」
 穏和だった厨房長の口調が、一瞬変わったように思えた。
 カクテルを受け取ったのは、壮年の男性で、一番古株のメイドが側に付いている。どうやら常連客のようだ。
(あら‥‥? あれって、メニューに載ってたかしら‥‥?)
 飛鳥に、小さな疑問が生じた。

「こ、これが噂の『メード喫茶』ですか」
 おそるおそる、といった風にドアを開けて入ってきたのは、気の弱そうな男性。くたびれた吊しのスーツを着て、個性のない色のネクタイを締めている中年‥‥鶸・檜皮(fa2614)は思いつく限りの変装をし、自分の顔を隠すと同時にカモにされそうな風貌を作り、店に入ろうとした。
「なんだ、兄ちゃん。入るのか? 入るならさっさと入ろうぜ!」
 と、後ろから檜皮の背中を遠慮無くばんばん叩く者がいた。常盤 躑躅(fa2529)だ。普段から覆面の彼はそれを脱いでしまえばただのガタイのいいオヤジである。
「1人で入りづらいんだろ? よし、俺が付き合ってやるぜ。この店は可愛いねーちゃんがいっぱいいるからな、入らなきゃソンだぜ」
 檜皮に反論する余地も与えず、躑躅は引きずるように彼を店内に放り込んだ。
「おかえりなさいませ、ご主人様〜☆」
 ピンク色の声が鳴り渡り、数人のメイドがドアの両脇を固めて出迎える。
「なんだ、この店はねーちゃんを選べるのか? じゃあそこの、乳のでかいねーちゃん、頼まぁ」
 店の営業時間帯からも、ここはもう夜の店。躑躅は遠慮することなく下心を見せつけ、本当にそんなサービスがあるのか確かめようとした。指名されたメイドは慣れたもので、鼻歌交じりにテーブルを案内する。
「兄ちゃん、あんたはどの子が好みだ?」
 話を振られて檜皮は困り果て、一番手前にたまたま居た利美を指さした。
「なんだ、あんな男日照りの続いてそうな女が好みか。物好きだな」
 利美は笑顔で聞き流そうとしたが、口角が引きつっているのが自分でも分かった。
(‥‥依頼が終わったら、覚えてなさいよ)
 利美のはらわたが煮えたぎっているのを知ってか知らずか、構わず躑躅は好き勝手に振る舞っている。
 虹が躑躅のテーブルに水を運んできた。
 躑躅は、そこにわざを足を出し、虹を躓かせた。
「あっ‥‥ごめんなさい!!」
 盆のコップが倒れ、躑躅に水がかかる。
「ゴメンナサイじゃないなあ、拭いて貰わないとなあ」
 いやらしく笑いながら、数滴水が飛んだだけの股間を指さす躑躅。打ち合わせ通りの行動とはいえ、やはり動揺する。助けを求めるように周囲の先輩メイドを見るが、皆、知らん顔だ。彼女たちにとってこれは『珍しくもない事態』であるようだ。
 制止が入らないのをいいことに、それからも躑躅は胸を揉んだり尻を撫でたりやりたい放題。
 しかしそれも、そろそろいいだろう。
「ちょっと、貴方」
 月夜が次の作戦に移るべく止めに入る。が、その態度はどう見ても、『止めに入る』よりは『拍車をかける』ふうであった。
「さっきから耳障りなのよ。分かったらその臭い口を閉じて、脂ぎった手をひっこめなさいよ。あんたみたいなキモい動物に触らせる胸なんてここには無いんだからね!」

「なんや、フロアが騒々しおますなあ」
 厨房にも聞こえるほどだ。八尋は、何事かと首を伸ばすと、それと同時に利美が厨房に飛び込んできた。
「あ、あのっ厨房長。月野さんが、お客さんと揉めてるんですけど‥‥」
 しょうがないなあ、と厨房長は溜息をつき、八尋に顎先を向けた。
「おい岸、おまえ喧嘩できるって言ってたな。ちょっとその客、追い出してこい」
 待ってましたと八尋は、『指示に従い』、問題の客の席へ向かった。
 テーブルでは、躑躅と月夜が、演技なのかどうか判断つきかねるほどの険悪さを漂わせていた。その下では、檜皮が鼻血を垂らしてのびている。おそらく二人を止めようとして、逆にやられてしまったのだろう。
 やれやれ、と、八尋は間に割って入り、月夜を庇うようにして、躑躅の前に立つ。
「お客さん、ナメてもろたら困りますえ。ウチかて慈善事業やあらしまへんのや‥‥なあ?」
「ああ? 俺は兄ちゃんの尻なんか興味ないぞ、引っ込んでてもらおうか」
「引っ込むのはそちらやで」

 騒ぎは収まるどころか、ますます大きくなる。埒があかないと、飛鳥は店長に事態を伝えに行った。扉を激しくノックし、返事を待たずに無理矢理開ける。
「店長、岸くんがお客さんと‥‥」
 が、中にいたのは柳ひとりではなかった。来客がいたようだ、無礼を咎めるように、柳は黙って睨め付ける。
 この来客、見覚えが‥‥。飛鳥は記憶を辿る。
 ああ、確か、ゴッドファーザーを頼んだ男。
「厨房長に行くように言え」
 店長は飛鳥を早く追い出すように、短くそれだけ伝えた。飛鳥もまた、自分が何に思い至ったのか気付かれないように、部屋を出て行った。

 依頼終了。
 そして集められた資料は。
 店長の指示で動いた厨房長による暴行の一連音声。アルバイトの調理補助も荷担しているようだが、これもまた、厨房長の指示によるものである。
 何より動かぬ証拠の、躑躅と檜皮の青アザ。ちなみに引っ掻き傷は、仲間の女達に依頼終了後に付けられたものだから証拠にはならない。
 興味深いのは、ゴッドファーザーとカシューナッツ。どうやらこれは、店長と二人きりで会うための鍵となるようだ。いったいそこでは、何を取引しているのやら。
「これで柳も、逃げられないな」
 依頼主は言った。これが明らかになれば、Aはオーナーが代わり、リニューアルとなるだろう。
「それがいいよ。あんなギスギスしたメイド喫茶、何も楽しく無かったからね」
 いつもの格好に戻って虹は、ようやくほっと出来たのだった。