我らに愛と練習場所をアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/24〜10/30

●本文

 高橋楽器店の店長、高橋進は悩んでいた。
 この店舗は地下1階、地上2階、コンクリート剥き出しの古いビルだ。確かに薄汚れている。しかし建て直しをするほどの築年数ではない。それなのにオーナーの鈴木は、老朽化を理由に取り壊しを言い出したのだ。もちろん、他に店舗を用意してくれると言うが、味気ないファッションビルの1テナントとしてだという。
「おたくの売上じゃ、そのくらいで十分だろ? 店頭にグランドピアノなんて置く必要はないじゃろう。売れ筋のギターをショーウィンドウに並べれば華やかじゃないか」
 痛いところを突かれる。確かに、楽器を売るだけなら、新しい店舗は十分な広さだ。
 だが、高橋が今のビルにこだわるには理由がある。

 それは、地下1階の防音フロア。
 前の借り主だった人が改装し、離れる際に全ての機材を中古ではあるが残したままにしていたのだ。
 ここならなんでもできる。
 インディーズバンド達のレコーディングも。
 タップダンサーの猛特訓も。
 公演を控えた劇団の通し稽古も。
 暴れようが大声を上げようが、丈夫な建材と防音設備がしっかり守ってくれている。
 そして高橋は、ここへ集まる若人達を何人も見守っていた。
 何年も通い続けている者もいる。
 ここから始まって有名になった者もいる。
 小さな空間だ。だが、そこに詰まっている思い出は大きい。

「この地下を必要としている子たちがいるんですよ」
「そんなに盛況しているようには見えんがなあ。あんな贅沢な作りじゃ、あんた、使用料よりも光熱費の方が高いんじゃないか?」
「ぐっ‥‥いえ、そんなことは」
 図星である。だが、それを引き替えにしても、彼はこの地下フロアを提供し続けてやりたいと思った。
「まあ、ともかく来月ぐらいには結論を出してもらわんとな」
 鈴木はそう言い残して去っていった。
 あとに残った高橋は考えていた。
 どうすれば、鈴木にこの地下フロアの大切さを伝えられるか?
 あの若人達の熱意を、どうすれば伝えられるか?

●今回の参加者

 fa0365 死堕天(22歳・♂・竜)
 fa0371 小桧山・秋怜(17歳・♀・小鳥)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa0711 ルナフィア・ハートネス(18歳・♀・竜)
 fa0964 Laura(18歳・♀・小鳥)
 fa1236 不破響夜(18歳・♀・狼)
 fa1518 リュティス(14歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

 ここは大都会じゃない。夜になれば商店街のシャッターは降り、アーケードの中も空っぽになる。ときどき、そこに座り込んで自作の曲を奏でる者達と出会うことがある。
「こんばんは」
 小桧山・秋怜(fa0371)とリュティス(fa1518)が、彼らの一人に声をかけた。
「皆さん、こんな店があるのをご存じですか?」
 リュティスは持っていたチラシを渡す。そこに書かれていたのは、高橋楽器店の名前。設備の整った地下フロアの説明がある。
「ああ、知ってるよ。よく行くし」
「この店が、無くなろうとしてるんだよ、それは知ってた?」
「何だって!?」
 男達は初耳だという。そしてショックが隠しきれないようだ。彼らもまた、高橋楽器店を愛するひとりなのだ。
「残したいと思うなら、来週から、駅前広場に集まって下さい‥‥」

 高橋店長の呼びかけに集まってくれた同士は8人。彼らを連れて高橋は、地下防音フロアへ招き入れた。
「うわあ」
 そこは汚れた外見からは想像も付かない、ぴかぴかの空間だったのだ。
「初めてなのか?」
 驚いているルナフィア・ハートネス(fa0711)に、不破響夜(fa1236)は聞いた。彼は上階にギターの弦を買いに何度か訪れており、ここを覗いたこともある。
「あーあーあー。‥‥すごいですね、妙な反響がありません。ここでなら良いレコーディングができるんでしょうね」
 ルナフィアは四方の壁に向かって声を出してみた。普通の場所で録音しようとすれば声のエコーがかかり思うように録れないものだが、さすが楽器店の店長は、音のことをよく知っている。
「二人とも、打ち合わせをするから来なよ」
 床に直に座って筆記具を広げている篠田裕貴(fa0441)、その周りに皆も円になって座り込んだ。
「店長、オーナーは相変わらずなのかな?」
「ああ、あのタヌキ親父め。獣人でもないクセに」
 吐き捨てるように高橋は言う。が、その顔は笑っている。
 彼はこれから始まる逆襲を心から喜んでいたのだ。

 街頭ライブと、署名運動。
 
 話が大きくなっている。嫌いではない。いや、むしろ楽しい。こうして打ち合わせをしている今も、まるで文化祭前日のようなときめきを感じるのだ。
「それじゃ、ライブは正午からってことで‥‥」
 最後のスケジュール確認をする死堕天(fa0365)。
「許可は? 間に合ったの?」
「それは俺がぬかりなく」
 高橋は親指を立ててウインクする。
「あとは天気だな。雨が降ったらやっかいだな」
 そう言って鳥羽京一郎(fa0443)は立ち上がると、操作室に置いてあったラジオを持ってきた。適当なチャンネルに合わせ、ニュースを捜す。
「‥‥あ。そこで」
 あるチャンネルに重なったのに気付いてLaura(fa0964)が止めた。
「? 天気予報、してないぞ?」
「よければしばらく聞いていてくれませんか? そろそろ時間だと思いますので」
「まあ、いいけど」
 ニュースの時間ではないし、無音の中で打ち合わせをするのも寂しいので、しばらくそうして点けっぱなしにしていた。
 しばらくして。番組はハガキの読まれるコーナーに変わる。
『‥‥次のお便り‥‥「思い出の地下フロアが消えようとしています。護りたい人、駅前広場に集まって」だそうです。高橋楽器店‥‥ああ、ここは○×町のお店ですよね。私も残って欲しいと思います。ではリクエスト‥‥』

「Lauraー! なに格好いいことやってんだよー!」
「読まれた読まれた、すごーい!」
「あのDJが知ってるって言ったね。実は有名な店なんじゃん店長」
「いやいやいや、地元民にだけだってば」
 テンションが一気に盛り上がる。これで盛り上がらなければ嘘だろう。
「よおおっし、いよいよ明日だ! 明日っから毎日1週間、駅前広場で精一杯の演奏をしようぜ!」
「おーー!!」

 直前までのチラシ配りのおかげか、ラジオの影響なのか、それとも単に会社の昼休みの時間だからなのか、駅前広場にはぽつぽつ人影が見えた。
「チューニングはどう?」
「大丈夫、狂いはないよ」
 死堕天とルナフィアはそれぞれの持つ楽器のチェックをする。もちろん、それでいくつか音が出るので、通行人達は何が始まるのかと興味深そうにこちらを見ている。
「ふふ。路上ライブはいつも一人なので、今日はみなさんと一緒でとても嬉しいです♪」
 Lauraは本当に嬉しいのだろう、終始笑顔で開始の時間を待っている。
 ルナフィアのキーボードが、イントロを奏でた。

『出会った季節は今も過ぎ去り
 思い出だけ残してく
 見えない絆を確認しながら
 今日も眠りにつく‥‥』

 ごく薄い人垣が残っていた。
 すかさず、他のメンバーが、高橋楽器店存続の署名を呼びかけた。
 まだ初日だ、反応がないのは仕方がない。

 次の日は秋怜とリュティスの番だ。
 今日も、昨日と同じぐらいの通行人。少し違うのは、昨日のライブのことを知っている人が何人かいるということか。こちらを指さし、「まただ」などと言っているのが聞こえる。
 人垣のなかに、ある人物が居ないかと二人は捜した。
 その人物とは、ビルオーナーである鈴木。
 実は二人は大胆にも、直談判にいっていたのだ。
「僕たちにはあの練習場所が必要なんだ、残して下さいお願いします!」
「おじさんはお仕事中で忙しいんじゃ、さあ帰った帰った」
 追い出されながらも二人は、ドア越しに訴え続ける。
「駅前広場に来て下さい、私たちの練習の成果を見せますから!」
 ‥‥もしかしたら鈴木がきているかもしれない、それを期待して。姿は見えない。でもどこかで聞いているかもしれない。

『壁の落書き 床のキズ
 いろんな思い出を つめ込んだ部屋
 つらいこともあるけれど
 みんな 包み込んでくれる‥‥』

 地下練習場をイメージして作った曲だ。どこかで聞いていてほしい、思いを知ってもらいたい。
 だが、鈴木はそこにはいなかった。

 裕貴と、京一郎と、響夜の順番になった。
 今回は楽器は使わない、それぞれの声だけが武器だ。
「オペラ歌手の二人と一緒じゃ、緊張するな。足を引っ張ったら、ごめんな」
「引っ張るなんて思ってない」
 素っ気なく返す京一郎だが、優しい言葉である。
 まもなく、時間だ。裕貴は肌身離さず持っているロザリオに触れた。それから、右手の人差し指にキスをし、その手を空に掲げた。彼の祈りだ。うまく歌えますように、と。
 合唱が始まり、3人の重厚な歌声が響くと、人垣から感嘆の声があがる。
 オペラ歌手の、腹から沸き上がる迫力のある声は、この雑踏の中まっすぐに突き抜けた。その中に激しいロックがアクセントを効かして、彼らの歌声はますます膨れてゆく。
 歌が終わると、割れんばかりの拍手がおこった。
「‥‥署名お願いします!」
「我らに愛と練習場所を!」
 若い女の子のグループが駆け寄ってきた。
 それを皮切りに、次々と署名が集まってきた。

 それからもう一度3日間、同じ順番でライブを行う。
 8人がそれぞれ持っていた署名帳は、どれも半分以上名前が書かれていた。十分すぎる量だ。
「さあ、いよいよだ」
 高橋はごくりと唾を飲み、同士と共に鈴木の会社へ向かった。
「失礼します!」

 鈴木は憮然とした顔で、そこに座っていた。
「高橋さんよ、派手なことをしてくれてまあ」
「‥‥‥‥」
「どういう筋書きなんじゃ? 傾いた楽器店、若いパワァが集結して立て直す? 最後は悪徳社長が折れて、メデタシってことか?」
「そういうわけじゃありません」
 反論しようとするが、鈴木はそれを遮る。
「で?」

「で、わしはここでなんて言えば、格好よく締められるんじゃ?」

 タヌキ親父は歯を見せて笑っていた。
「オーナー!!!」
「ああ、いいなあ。まるで人情映画のワンシーンじゃないか。わしにこんなストーリーがふりかかるとはな」
「ありがとうございます。オーナー、ありがとうございます!!」
 高橋楽器店は引き続き同じ場所で営業される。
 利用者は若干増えた。
 時々、鈴木が覗きに来るという。
「こないだの8人は来てないのか?」
 あの街頭ライブを聞かなかったことを、今になって後悔しているそうだ。