寝ずの番アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
12/01〜12/06
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●本文
午前1時頃、侵入者アリの通信が入り、警備会社の社員達は急いで『ひじきホール』へ向かった。
ホールには誰もいない。建物に侵入された形跡もない。だが、裏手に回ると、道具置き場が荒らされていたのが分かった。
ここ数日の道具置き場は混雑していた。来週、全国演劇振興会主催コンクールの予選がある、その準備のために数劇団が道具を置いていたのだ。
道具置き場は簡素なものだ。シャッターのない大きなガレージを想像して貰えばいい。中に入れる道具によってははみ出す物があるので、シャッターの代わりに、伸縮性のあるネットを張っていた。このネットが外されると防犯装置が作動するようになっていたのだ。
被害にあった物は、劇団酔桜(よいざくら)が使うはずだったクリスマスツリー。盗まれたわけではなく、ネットの外に転がされていた。残念なことにプラスチック製の枝のいくつかが折れている。おそらく季節柄、通りがかりの酔っぱらいか誰かが見つけて持ち出そうとしたが、警報が鳴り、ツリーの重さもあって放ったらかしにしたまま逃げたのではないか、ということだった。
報告を受けたホール支配人の根田(ねだ)は、酔桜の代表に事情を説明し、被害届を出すよう勧めた。しかし代表は、盗まれてもおらず、ことが大きくなるのも嫌って、管理責任者の根田に同じツリーを近所のホームセンターで買ってもらうことで話を終えた。
だが、そのわずか2日後だ。
再び、警備会社に通報が入った。
今度は午前3時頃。雨が降っていた。
同じように、道具置き場が荒らされていた。
優勝候補劇団アサシンのセット、ラプンツェルの塔が引っ張り出され、哀れ紙と木で出来た塔は雨に打たれ泥だらけになっていたのだった。
今度こそ警察に、と根田はアサシン団長の大麻(おおあさ)に説明した。だが、大麻の答えはこうだ。
「これは予選の妨害をされているのではないですか? だとすると、犯人は関係者ですよ。騒ぎにしない方がいいんじゃないでしょうか? 塔は作り直せばすむことですから」
大騒ぎにはしたくない、とはいえこのまま第3・第4の被害を出すわけにはいかない。
「せめてものお詫びだ、おたくの道具を作る手伝いをする人を捜すよ。それから、予選の日まで寝ずの番をしよう」
「そうしてくれると助かります。でも根田さんも、年寄りなんだから無理しないでくださいよ」
「誰が年寄りだ、誰が」
●リプレイ本文
ひじきホールは郊外の公会堂らしく、敷地内には広い駐車場と公園のようなフリースペースがある。問題の道具置き場は搬送車が出入りするため、いちだんと広い。銀行や商店ではないのだから、本格的な警報装置は建物にのみ備えられており、閉館後でも外周までは(もちろん閉館の看板を置き、チェーンを張っているのだが)入ろうと思えば入ることが可能だ。
河辺野・一(fa0892)と條本 淳矢(fa1873)は、道具置き場の前に立っていた。手にはホールの見取り図がある。
「道路がすぐそこですね」
「この程度の高さの門なら、人間の姿のままで越えられるでしょう」
2人は犯人がどこからきて、どこを通って逃げたのかを調べようとしていた。警備会社が、通報後、現場に到着するには7,8分かかると言っていた。
「淳矢さん、貴方がもし犯人なら、どう動きますか?」
「そうですね。ここから入り、ネットを外し、中のものを外へ運ぶ‥‥あとは雨に任せれば、塔は勝手に壊れますね」
「なるほど、それなら5分とかからないでしょう」
もし盗むのが目的なら、重たいクリスマスツリーや塔を、外の道路まで運ばなければならないが、単に引っ張り出すだけなら、警備員が来る前に悠々と逃げられる。
「犯人は本当に、予選の妨害をしたいのでしょうか。なら、3回目の犯行が‥‥?」
ホール2階の多目的室。
いつもなら事前の利用申し込みが必要なのだが、今回は緊急事態、壊れたラプンツェルの塔と修復道具を置くことを許されている。
「休憩にしない?」
久遠(fa1683)が声をかけた。後ろには大きな盆を持った烏丸烏有(fa1540)。盆の上にはたくさんのおにぎりが乗っていた。
「助かる! お腹空いてきたところだ」
大麻は他の劇団員にも休憩を取るように言い、皆をおにぎりに集めさせた。
「お茶もあるわ。よければ疲労回復のハーブティーも作ったから、食後にでも飲んでみて」
巴星(fa1537)が女性らしい心配りをみせる。
「それで、塔のほうはどうですか?」
「なんとかなりそうだ。雨にうたれても、骨組みは残っていたからな」
おかかおにぎりを頬張りながら、亜真音ひろみ(fa1339)は答えた。手伝いも増えたことだし、このまま何事も起こらなければコンクールには十分間に合う。
「何事も起こらなければ、ね」
そう呟いたのはディンゴ・ドラッヘン(fa1886)。ディンゴはガードマンという職業柄なのか、楽観を許していない。犯人がまだ見つかっていない現状で、何を根拠に『何も起こらない』などと言えるのだろうか?
「犯人は誰なんだろうな。大麻君の言うとおり、コンクール関係者なのか?」
と、トシハキク(fa0629)は聞いてみた。
関係者、といってもその数は多い。
参加劇団員、その家族、主催者、イベント告知の広告会社、このホールの従業員‥‥。
「よっ。休憩中?」
そこへ、根田支配人が顔を出した。自分も一緒になって皆の輪に入り、うめぼしおにぎりを掴んだ。
「今、犯人は誰か、って話をしていたところだ」
「犯人ねえ‥‥。恨まれる覚えはないんだけどな。コンクールは毎年恒例で、去年と違うことなんてどこにもないと思うけど」
根田は腕を組んで唸る。コンクールそのものに反対している声を聞いたことがない。参加者の醜聞も知らない。主催サイドにしても、妨害して何の得があるというのか?
「何か、犯人にしか分からない理由があるんだろう。だからってみんなを悲しませるのは許せないけどな」
「その通りです。これ以上犯人には何もさせません。コンクールが始まるまで、がんばりましょう」
大切なのは犯人を捕まえることではなく、3回目の事件を起こさせないこと。
アサシンの皆が帰ってしまう夜に備えて、見張り役たちは仮眠を取ることにした。
「まだ道具は置かれているんだな」
「かなり奥に詰めたみたいだけどね」
見回りを始めて何度目かの夜。トシハキクと久遠は予定通りの見回りに出ていた。
ホールの従業員は根田以外帰っている。閉館の案内も出し、駐車場の門も閉めた。外の道はまだ人通りが多いが、中はがらんとしている。
道具置き場は変わらず使われているが、出入り口から離して置かれている。ネットもしっかりロックされて、警報機の電源ランプがチカチカ光っている。
「そろそろ交代しましょう」
淳矢が出てきた。ひろみも一緒だ。
「異常はあった?」
「何もない」
何もなかった。酔桜のクリスマスツリーが壊されてからアサシンの塔が壊される間はたったの2日。同じ事件を起こすなら、そろそろだと思うのだが、その気配がない。まさか自分たちの存在を知られたのか? いや、人を呼んだことは根田と大麻以外知らないはずだ。
「こんな時間に、懐中電灯を持って歩いている私たちは、外から目立つのでしょうか?」
淳矢はふと、外の道路を見る。こちらから通行人がよく見えるように、向こうからもそうなのか。
「油断できませんよ。さあ、行きましょう」
夜警を毎日繰り返すと、いくら睡眠時間を十分にとっていても生体時計が狂ってしまう。
「よく平気ね」
あくびを繰り返す巴星。徹夜には慣れているはずなのに、元来の体力の無さゆえ、耐えきれなくなってくる。
「持久戦には自信があるからな」
一はそう言って笑う。
これは持久戦だ。真冬の夜、誰もいないホールの周りを黙って歩き続ける。犯人が現れるとは限らないし、誰とも遭遇しないまま終わるかもしれない。
「多目的室の電気が消えたわ」
「大麻さんも今から帰るのか」
施錠の確認に行こう、と2人は建物に入る。廊下の途中で大麻達と会い、お互いをねぎらって別れた。
多目的室へいく階段にさしかかったとき、烏有に呼び止められた。
「交代の時間ですよ。代わりましょうか?」
「ここまで来たついでだ、施錠を見てからにしよう」
そう言って階段を上りきる。
「‥‥誰!?」
多目的室の前に、誰か居る。
影は3つ。
アサシンの劇団員か? いや、残っていた者は全員帰った、さっき廊下で確認したから間違いない。
烏有が懐中電灯を向けた。
「‥‥あなた、確か、酔桜の‥‥」
「チッ」
舌打ちが聞こえた。
と、人影はみるみる獣の姿に変わった。熊と、猫と、猿。
熊がこちらへ突進してくる。
巴星たちを強引に突き飛ばし、階段のほうへ逃げようとした。
だが。
そこには烏有のあとを追っていたディンゴがいた。
ちょうど階段の上と下を、挟む形となる。
この騒ぎに気付き、全員が事務所から飛び出してきた。
もう逃げられない。たとえ完全な獣となっていても。
「なんでこんなことをしたのか、正直に言ってくれるか?」
ひろみが聞く。だが、酔桜の3人は黙ったままだ。
「ひろみ様、手ぬるいですよ。どんな理由であれ、このような事をなさる方には、お仕置きが必要です」
ディンゴは右手に握っていた木刀をぶんぶんと振り回す。
「わたくしも手伝おうかしら?」
巴星まで一緒になって木刀を掴む。さきほど突き飛ばされた恨みをはらすかのように。
「まあまあ、落ち着いて」
殺気立つ2人をなだめる久遠。
「どう? 根田支配人も、警察沙汰にはしないつもりだ。だがおまえ達の態度如何によっては‥‥」
ひろみはもう一度そう聞いて、相手の口が開くのを待つ。
「‥‥勝ちたかった」
ようやく、告白を始めた。
劇団アサシンは、今回のコンクールの優勝候補だった。酔桜も決してレベルは低くない。けれど、アサシンがいる限り、全国大会の切符は手に入らない。
そこで妨害を考えた。
まず、自分たちも被害者であるようにみせかけた。すぐに換えの効くクリスマスツリーを壊して、まんまと疑いの目をそらすことに成功した。
しかしアサシンは人を呼んで道具の修理をはじめた。このままでは間に合って参加されてしまう。なのでもう一度‥‥と思ったところで、こうして見つかってしまったわけだ。
翌日、大麻達に犯人が捕まったことを報告した。
「ほっとしましたが‥‥でもまさか、酔桜が」
いいライバルなのに、と溜息をついた。
「それで、あいつらはどうなるんですか?」
「今後一切の全劇コンクール出場禁止だ。もちろん、明日の予選にもね」
正々堂々と挑んでいれば、いつかアサシンを越えることも出来ただろうに。
トシハキクにはそれが残念だった。
予選にはすべての劇団が全力を出して戦って欲しかった。
あんな愚かなことを考えなければ、酔桜も、その劇団の一つであっただろうに。