ドミノを立てろ!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
江口梨奈
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/01〜02/08
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●本文
ヤラセ、といっては人聞きの悪い。
その緻密な作業をすべて人の手で行ったのは事実だ。
ただ、『ドミノ愛好会』なる団体が架空のもの、というだけだ。
『白菊文化会館』が開館1周年。その記念イベントとして、すべてのフロアを使う大ドミノ倒しが企画されていた。その数なんと500万ピース。ギネスに挑戦、とも言っている。
40日前からドミノ愛好会達が、朝から晩までドミノを立てている。イベントのために雇われた、ドミノに愛着も何もない集団であるが、きちんと報酬の貰える『仕事』なのだからと、軟禁状態で行われる気の遠くなるような作業にとりくんでいた。
記念式典に公開される、作業風景の映像も順調に撮影が進んでいる。ドミノ愛好家達はカメラを向けられると、笑顔をこれでもかと振りまき、仲間と肩を組み、時々失敗してみせたりして、それなりの映像を作っていた。
そうしてギネス記録に間もなく到達しようとした、その時だ‥‥。
「きゃー、地震よ」
「いやあああ、倒れる、倒れるっ!」
「あたしのナイアガラが! 仕掛けタワーが!! 1週間かけたゴッホのひまわりが!!!」
「やってられっかよ!!」
軟禁生活。体力も限界になったところに、ゼロからやり直し宣告。
もともと最初から熱意も団結もなかったドミノ愛好会はドミノのように崩壊した。
「金なんかいらねェ、あと1週間で500万なんて無理に決まってる!」
イベントのために揃いで作ったTシャツを脱ぎ捨て、彼らは去っていった。
記念式典まであと7日。
いまさら「じゃあやめましょう」とはいかない。
『ドミノ愛好会』急遽、募集!
とにかく全力でドミノを並べてくれる人募集。今回は会場を完全シャットアウトして一般人の目を避けるので、獣化してもらって一向に構わない。
ただし、時々『制作中のシーン』を撮影する。映像映えするように、完成に喜び、失敗に泣き、仲間達と喧嘩してみたり、合宿でカレーを作ったりすること。
この際、ギネス記録樹立かどうかは関係ない。
白菊文化会館一周年記念式典が無事終われば、それで全ては丸く収まるのだ。
●リプレイ本文
白菊文化会館一周年記念式典は大きなものだった。入場整理券が前日から配られ、地元ケーブルテレビも新聞社も取材に来ていた。当日には開始と共に花火が打ち上げられる。好天にも恵まれた。会場は大賑わいだ。
しかし、客達は皆、ざわめきながらも緊張していた。
スロープ状になっている2階までの通路が客席だ。彼らの見下ろす、いつもなら書道や絵画の作品が展示されている1階フロアには、今日はずらりとドミノが立てられていたのだ。自分たちが騒いでこれらを倒しはしまいか、それで体を強張らせている。
まもなく、前方に据え付けられたステージの上に、揃いのTシャツを着た集団と、背広姿の男性が2人現れた。背広の1人はこの館の館長である。
『皆様、本日はお越し下さいましてありがとうございます‥‥』
スピーカー越しに、館長の挨拶。そして隣の背広姿の司会者にマイクが移り、今日のイベントの説明と、そのイベントに参加した8人の紹介と続く。
『いろいろ、大変だったでしょう』
『はい。途中で地震が起こったり、思うように行かなかったり。しかし、出来上がってみればそんな苦労は忘れました』
『それでは、この作品が出来上がるまでのドキュメントを見て頂きましょう』
会場が暗くなり、ステージ後ろのスクリーンにプロジェクターが映像を流し始めた‥‥。
依頼を受けた8人の獣人が会館に集まって最初に見たものは、無惨にも崩れて床に散らばったドミノ片だった。
「完成直前に地震やなんて、やっぱり悪いことはできへんもんやなぁ」
「しっ」
ゼフィリア(fa2648)が不用意なことを口走るので、月居ヤエル(fa2680)が慌てて口を塞ぐ。すぐ隣にいた館長が渋い顔をしたので、ヤエルは笑ってごまかしてみた。
「前の連中は、片付けもせずに帰ったのか?」
T3(fa2577)は呆れたように言った。ドミノ、仕掛けの補助具、設計図、果ては汗の臭いの残るタオルや飲みかけのドリンク、そんなものが放ったらかしにされていたのだ。
「これが、イベントのために作ったTシャツだね」
それらに紛れていた黄色のシャツを、月舘 茨(fa0476)は2本の指でつまみ上げた。
「撮影の時には、それを着るとするか」
今から新しいのを発注する暇はない、とUN(fa2870)の意見だ。
「大きなものばっかりですの、あたしにはサイズが合わないです」
落ちていたのはどれも大人向け、ちっちゃな美森翡翠(fa1521)が着ると、まるでワンピーススカートのようだが、それも仕方ない。なんとかアレンジして着こなすことにする。
「それじゃ、さっさと片付けして‥‥」
明石 丹(fa2837)が腕まくりをすると、急に一二三四(fa0085)は「待って!」と声を上げた。
「なに? びっくりするじゃない」
「先に、この場面を撮影しましょう。『地震というハプニングに呆然とする愛好会』、この図ですよ!」
「なるほど!!」
全員が賛成した。地震があったことは付近の住人なら皆が知っている、この大きな事件を記録しないでおくべきか!
「着替えたらさっそく全員に並んでくださーい」
イベント会社から預かっているカメラを二三四は構え、指示を出す。
「スタート!」
皆は銘々、そこへへたり込んだり涙を流してみたり、思いついた『落胆ぶり』を披露する。
「めためたになったですの‥‥」
「せ、せっかく作ったドミノが‥‥」
どんよりじっとり、時にはみっともなく鼻をすすってみたりして、悲しいシーンを作っていく。そこへ、バンッという音が入った。
「泣くなっ!」
カメラがスピードを付けて向きを変えると、そこには壁を拳で思いっきり殴った茨。
「倒れたんなら、また立てりゃいいだろうが。ドミノは倒れる宿命‥‥なら、あたしらは立てるまでだろ!」
そう言って茨は、じゃらじゃらとドミノを集めだした。さっきまで泣いていた皆も、後に続くように倒れたピースの回収を始めた。
「‥‥はい、オッケーです!」
「よし、じゃあ急いでここを片付けるぞ!!」
カメラを停止させたと同時に、全員は獣の力を完全に解放して、ものすごい勢いで片付けを始めた。
ドミノ制作は順調に進んでいく。このままのペースが続けば、式典には十分まにあうだろう。
『白菊記念会館』の名にちなんで、二種類の菊の図案がモチーフに選ばれた。日本画壇の長老、横山大観の描いた清楚な白菊と、印象派の巨匠、クロード・モネの描いた華やかに咲き乱れる菊。そしてもう一つ、『祝一周年』の文字。この3つを主な目玉として、それぞれの担当に分かれて作り続けられた。
その、大観白菊のコーナーで、突然怒声が響いた。
「絵のイメージが変わるじゃないの!」
「いや、派手な演出は必要ない!」
ヤエルと丹の二人が、激しい口論を始めたのだ。日本画らしく、巻いた掛け軸が広げられるような演出を考えるヤエルと、派手な仕掛けは避けて清楚さを全面に出そうと主張する丹。どちらの言い分も正しいので、お互い一歩もひこうとしない。
「あ、あの、喧嘩はダメですの‥‥」
「翡翠さんは黙ってて!」
「あう、あう‥‥」
「黙ってろって言うんだから、放っておけ」
T3は「やれやれ」と溜息をつく。地震でゼロからやり直しになって、誰もが気が立っているのだろう、付き合いきれないと言わんばかりだ。
「そうやで、喧嘩するほど仲がええ、いうてな。放っとけって」
ゼフィリアも同じく、我関せずというふうに、黙々とモネの菊を組み立てていく。
と、口論をしていた二人、興奮したのか動きが大きくなった。そしてその足が、ゼフィリアを押したのだ。
「ああっ!!」
手元が狂い、ドミノが倒れていく。すぐにストッパーにひっかかり大事には至らなかったが、一歩間違えば惨事再び、というところだ。
「この、大馬鹿ヤロウがっっ!!」
ついにUNの喝が飛んだ。
「喧嘩するなら勝手にしろ、でも他の仲間に迷惑をかけるのは許さない!」
UNは最年長と言うこともあり、この場ではリーダーとなっている。だからといって偉ぶることはなかったが、今は違う。それまで穏和だったUNに叱られ、二人はしゅんとなってしまった。
「口じゃなく、手ぇ動かせっ!」
確かにそうだ。喧嘩などしている暇はない。
二人は作業に戻った。しばらく、ピリピリした雰囲気が残っている。だが、それも作品の完成と共に消えていった。
「‥‥ごめん」
「こっちこそ、ごめん‥‥」
完成したとき、ヤエルと丹は、それぞれ自分の非を詫び、がっちりと握手を交わす。なるほどゼフィリアの言うとおりなのだろう。
「‥‥はい、バッチリです。すごくよかったですー」
二三四が手を挙げて、撮影終了を告げる。
芝居とはいえ喧嘩は気分のいいものではない、誰もがほっとした顔になって、お互いの名演技を讃えた。
式典直前。全員がここで寝泊まりしていた。元々単なる文化会館、宿泊施設があるわけはない。毛布を持ち込み、長椅子を並べ、体を丸めて眠っている。3度の食事はコンビニ弁当だ。
給湯室に人影があった。
狭いながらも一通り調理器具が揃っているそこで、一人茨がせっせとジャガイモの皮を剥いているのだ。
ぐたぐた、くつくつ。出来上がったのは合宿の定番、カレーライス。
「うわあ、おいしそう」
出来合いのコンビニ弁当にはない、手作りの温かさ。疲労の重なって殺伐としたところにこの匂いは嬉しかった。
「いただきまーす」
車座になり、カレーを頬張る。紙皿だし、プラスチックのスプーンだが、やっぱりおいしい。皆が食べているその間も、カメラはずっと回っていた。
「だいぶ映像、出来た?」
「そうですね。完成に喜ぶシーンが少ないでしょうか?」
二三四がカメラのテープを入れ替える。
「じゃあ、モネがもうちょっとでできるから‥‥」
T3がその方向へ移動しようとした。
なんということだろう、不注意にもその爪先が、ラインの一つに当たってしまったのだ!
「‥‥‥‥!!」
声も出ない。
もしストッパーが無ければ、全部倒れていたことだろう。
「‥‥心臓が止まるかと思った‥‥」
演出でもなんでもなく、本当の失敗だ。最後まで集中しなくてはいけない、実はこの依頼は、大変な仕事だったのだと改めて思い知らされた。
「おっと、完成に喜ぶシーンやったな? ほな、バク転でもいっちょやろうか?」
目の前で仲間の失敗を見ていながら、呑気にゼフィリアは言った。止めておいた方が良い、9割完成したドミノの前で、徹夜続きの人間が行うバク転などは。
上映された映像はかなり脚色が加えられている。良心が痛まないと言えば嘘になる。上映が終わり、割れんばかりの拍手が響いたときには笑顔も引きつってしまった。
『さあ、館長に最後のストッパーを外して貰いましょう』
獣人達の心境など構わず、司会者はイベントを進めていく。
『3.2.1‥‥スタート!!』
イベントは大成功だった。
館長も面目を保てたし、来てくれたお客さんは感動し、喜んでくれた。倒れた数はもしかしたらギネス記録だったかもしれない。
でも、2回とやりたくない仕事だ。
「今日はゆっくり休もうね」
布団が恋しかった。