水中ケモノ道アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 江口梨奈
芸能 フリー
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 12/28〜01/03

●本文

 流れてくる『白鳥の湖』。
 華麗に舞う乙女達。
 だが、ここは劇場のステージではない。
 『珠乃水族館』の、大水槽の中だ。

 芸をするアシカや珍しいシャチがいるわけでもない、ごくごく普通の、いや、普通以下の水族館。入り口をくぐってすぐの水槽も、ウミガメがのんびり泳いでいるだけである。
 この水槽が、年に一度だけ、注目を浴びる。
 
 パフォーマンス集団『ケモノ道(どう)』
 リーダーの犬田犬男をはじめ、皆が動物の手足を纏っているのが特徴だ。
 彼らはとにかく、変わったパフォーマンスを好む。ある時は屋内舞台で花火を打ち上げ、ある時は逆さまの人間を筆代わりに巨大油絵を描き、ある時は炎をあげるバスから脱出を試みた。
 ケモノ道が4年前から始めたのが、この『年越し寒中水泳』だ。
 水族館の、屋上から繋がる、水深6メートルのこの大水槽。ヒーターなど入っていない。そこで彼らはひたすら泳ぐ。このプールの中でクリスマスも大晦日も正月も迎える。
 4年目ともなると、噂も広がり、彼らのパフォーマンス目的の人が集まり出す。
 だからケモノ道も、もっと派手に演じようとする。
 去年よりも華麗に!
 去年よりも深く!
 去年よりも過酷に!

 だが。
 男達は限界だった。
 1週間の耐久寒中水泳。
 青ざめる唇。
 沈みゆく戦友。
 足りなくなる豚汁。
 観客は増える。けれど、ケモノ達は立ち上がれない。

 君はまだ戦えるか?
 君は水中で年を越せるか?

●今回の参加者

 fa0427 チェダー千田(37歳・♂・リス)
 fa0826 雨堂 零慈(20歳・♂・竜)
 fa0829 烏丸りん(20歳・♀・鴉)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa1267 もりゅー・べじたぶる(27歳・♂・パンダ)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa1690 日向 美羽(24歳・♀・牛)
 fa2044 蘇芳蒼緋(23歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文

 『温泉』。
この言葉が常に参加者の口から呪詛のように漏れ続けていた。
「この仕事が終わったら皆で温泉だ」
「1週間乗り切ったら温泉だ」
「私も温泉に行きたいです」
「終わったら温泉、温泉、温泉‥‥‥‥」
 ここは寒風吹きすさぶ、コンクリートの屋上。周囲のスカスカのフェンスは風を一条も塞き止めはしない。その上、目の前の水槽から立ち上ってくる冷気。皆の言葉は、自らを奮い立たせる自己暗示なのか。
「温泉、温泉、お仕事です頑張りましょう。ご褒美が待ってるんだから前向きに‥‥って、なれるかーー!!」
 何て思おうが言い聞かせようが、寒いものは寒い。波打つ灰色の水面を恨めしそうに睨む烏丸りん(fa0829)。
「大丈夫ニャ、海に比べたらぜんぜん温かいニャ! では、僕は行く!」
 ケモノ道メンバーの猫山が、新春だからと真っ赤な振り袖姿で現れた。彼と一緒に泳ぐのは蘇芳蒼緋(fa2044)。こちらは普通の水着姿である。
「蒼緋クン、来るとき着ていた和服は着ニャいのかい?」
「え? あれは普段着だから‥‥」
「着て欲しいニャ」
 と、勝手に蒼緋の荷物を開け、着物を取り出す猫山。強引に着せ、有無を言わせずそのまま引きずるようにプールの中へ。
『あけましておめでとうございます〜。新春一発目は、書き初めでございます』
 プールの外では、ぬくぬくとした格好の犬田が、マイク片手に解説をしている。水中で二人は正座の形で浮き、ホワイトボードにペンで書き初めもどきを始めた。だが、袖が水流に乗ってあちこちふわふわ動くものだから、なんともやりにくい。書いている途中に息が切れて水面に戻り、また引き返して正座。水を吸って重たくなった着物を着て浮上・沈下を繰り返すものだから、後半にはどんどん動きが鈍くなる。
 ようやく蒼緋の書き終えた文字は、『日々精進』。なかなかの達筆で、観客が拍手を寄越した。
 一方、猫山は震える字で『寒い』とだけ。客はドッと笑った。
 その反応を見て満足する二人。ツカミの成功を確信して、浮上。
「お疲れさまでした。豚汁の追加ありますよ、こっちで飲んで下さい」
 日向 美羽(fa1690)が手招きをする。屋上の簡易テントの中はいいニオイと湯気がいっぱい。だが蒼緋たちは水槽から出ようにも、着物の重さで出られない。
「‥‥どうしたんですか? 豚汁お嫌いでしたら、キムチ鍋も用意できますよ」
 必死で首を左右に振る猫山。
「なるほどッ、未だまだパフォーマンスの途中。肉体は常に舞台の中にということだな! お二人のその根性、引き継がせて貰うッ! 2番、もりゅー、行きます!」
 もりゅー・べじたぶる(fa1267)はとっておきの栄養ドリンクの栓をぱきぱき開き、一気に飲み干した。そして、水槽の縁から中へ飛び込んだ。大胆なフォーム。大きなしぶきが上がった。
 「豚汁飲みたい」の小さな声をかき消してしまう、大きなしぶきが。

「あら、まーくん。パンダさんよ。パンダさんが泳いでるわ」
「わーい、パンダさん」
 水槽の周りには親子連れが人垣を作っていた。愛らしいパンダの姿を一部見せてもりゅーは、子ども達に手を振ってやる。
「よし、ここでダブル可愛い作戦だ。チェダー氏も飛び込むが良い!」
 と、ケモノ道の熊五郎がチェダー千田(fa0427)を焚きつける。
「か、可愛い、の、か?」
 男37歳、可愛いと言われて嬉しいものではない。ぴょこんとした小さなリス耳に、大きなくるくるリス尻尾。でも本体はおっさん。ノープロブレム、黙っていれば分からない。
 そして飛び込み、パンダとリスのダンス。
 浮き上がってきたもりゅーが一言。
「‥‥しょぼん」
 どうせなら水着の女の子と泳ぎたかったさ。おっさんか。おっさんかよ。

 さて、ダンスばかり続いても飽きられてしまう。ここから少しタイプを変えて参りましょう。
『それでは〜。水中カルタ取り大会〜〜!』
 犬田がマイクを握りしめ絶叫する。
『さてさて、ここに用意しました特大カルタ。本来なら、これを水に沈めて取って貰うのですが‥‥』
 大きな絵札が十数枚、何故か犬田の手元にある。
『これをお客さん達に持っていて貰いましょう。水槽の方に向けて下さい。札を読みます、その絵札を持っているお客さんの前に、うちの華麗なケモノ達が寄ってきますからね』
 犬田の演出を少々加え、お客さん参加型にさせてもらった。小さい子達がこぞって絵札を持ちたがる。
 下で準備が出来たとの連絡。屋上で待機するメンバーにも気合いが入る。
 燐 ブラックフェンリル(fa1163)は両手で頬をぱちんと叩く。
「っ征きます!」
 飛び込む燐に続けと、雨堂 零慈(fa0826)と稲森・梢(fa1435)もまた勢いよく飛び込む。
 取り手は多い方がいい、美羽もりんも後を追う。それにケモノ道メンバーも数人。これまでで一番大人数が水槽の中に入って泳ぐのだから、これは壮観だ。カルタ取りの前に、まず軽く泳いで見せる。梢はすらりとした脚を力強く蹴り、りんは艶やかな黒い翼を大きく広げ、燐は精一杯の笑顔を周りに見せた。
『それでは、読みましょう。“犬も歩けば棒に当たる”!』
 水の中では音は聞こえにくいので、実は読み順は予め決めてある。犬田の読み終わりの合図とともに絵札を捜す。“い”の札を持っている子が飛び跳ねて存在をアピールしてくれるので、捜す苦労もそれほどいらない。
 水中のケモノが一斉に、“い”の前に集まった。想像して欲しい、水族館で自分の正面に魚が集まってきたら。思わず声を上げてしまったりしないだろうか? それと同じように子供は声を上げた。綺麗な泳ぐケモノが、自分の目の前に集まってきたのだ。
『集まってきたねー。どれどれ、本当にこれが正解かな? ボク、どの人が一番最初に来たかなあ?』
 犬田はわざと、ゆっくり読み札と絵札の確認を繰り返す。
 零慈が水槽の壁を叩く。
(「早くしろ」)
 それで正解だろう、早くしろ。なんでそんなにゆっくり進行しているんだ?
(「息が、息が!」)
(「‥‥‥‥もがっ」)
 梢は口から大量の泡を出して、慌てて水面を目指した。次々と、他のメンバーも。バタバタと酸素を求めてもがくケモノの姿が滑稽で、客はさきほどまでの感動を忘れて大笑いしていた。
『じゃああの牛お姉ちゃんにまず1ポイントだ。それでは次、“論より証拠”!』
 犬田のいいように踊らされるのも悔しい、今度はもっと息を貯めて、優雅にスムーズに泳ごう。もたもたしてはいられない。
 “ろ”札の前に集まるケモノ達。
 だが、誰もが同じことを考えていたのだ。水中だというのに、勢いが付きすぎている。
(「痛っ‥‥‥‥もがっ」)
 零慈と梢が、真正面からもろに衝突してしまった。ショックで二人の口が全開になり、空気が全部漏れてしまう。
(「ごぼごぼ、がぼがぼ、ごぼがぼが‥‥」)
 またしても札を諦め、必死の形相で浮上する羽目に。誰も指示していないのに、コントのような展開。犬田も予想外のことに顔がゆるんでいた。
「‥‥うう、温泉‥‥、ここで負けては、温泉、が‥‥‥‥」
 がんばれ。あと少しだ。こんな氷地獄のような水ではなく、効能いっぱいの温かな水まであと少し。

 そんなこんなで最終日。
 誰かが倒れても誰かが復帰したりで、とにかくなんとか無事、千秋楽を迎えられる。
「今日が最後ですね」
 チェダーがしみじみと言った。そしてメンバーを労う。誰もが疲れている、濡れている、凍えている。
 が。
 メンバーの中で、ただ一人。初日から今日まで、頬を艶々ピンク色にしている男がいる。
「犬田さん、最終日なんですから、是非ご一緒しましょう」
 全員の目が犬田に注がれた。
 こいつだけが泳いでいない。

『それでは、最後の演目です。ケモノ道リーダー、犬田犬男が全力で泳ぎます!』
 というアナウンスが流れている頃。屋上では皆に手足を捕まれた犬田が、ブランコの要領で振り回されていた。
「いいですかー。いきますよ。いち、にーの、さーーん!!」

 これからいく温泉は、風邪にも効果があればいいのだが。