雨濡れる紫陽花園からアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 極楽寺遊丸
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 不明
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/04〜07/06

●本文

 梅雨に入って間もない季節。
 まとわりつく湿度は鬱陶しく、人にとっては体調を崩し不快極まりないと思う時期ではあるが、草木にとっては最良の時。
 シトシトと落ちる雨を少しでも多く受けようとグンと枝を伸ばす。そのおかげか雨を受けた葉は青々と茂り、目にも鮮やかな緑色を発し、梅雨を謳歌してくる。
 空がもたらしてくれる恩を草木は忘れない。恵みへの報いは灰色に霞み味気ない公園を鞠を思わす色鮮やかな紫陽花と、匂い立つ白い山梔子の花で彩りと香りを加え、少しでも人が梅雨を楽しんでくれるようにと配慮していた――
 なんてここはひとつ考え方を一転し、この時期に咲く花と一緒に雨降る梅雨を楽しんでみるのも一興といえようか?


■しとしと降る雨の中、紫陽花見物に参加してくださる方を募集致します。
 散策には少々、不都合な天気ですけれど、雨に打たれる紫陽花はそれは華やかで美しいモノ。
 場所は局に近い都内の植物園。
 その昔、江戸時代に御薬園として造られたという日本で尤も古く由緒正しい場所です。
 広大な敷地は雑木林や小さな山。そして大小様々な池や神社があり、ここでは世界あちこちに咲く花が植えられ季節に合わせ楽しむ事が出来、美しい日本庭園は青々と茂る草木で見頃を迎えてます。
 ここでのんびりと散策や俳句や唄を捻るのもヨシ、雨音を聞きながら、東屋で昼寝や読書を楽しむのもヨシ。
 和み気分で過ごしてみてはいかがですか?

■用意されているモノと注意事項
 皆さんに和を楽しんで頂きたいため、水ようかんや葛きりといったこの季節に良く合う和菓子とお茶を用意してあります。
 前回の梅見同様に騒ぎ賑わう事が少ないお花見である為、お酒等を飲んでも構いませんが控えめにお願いします。
 また食べ物を持ち込む際は、節度を弁えゴミ等はお持ち帰りでお願いします。
 ではゆったりと雨の中に咲く花と和の趣におつき合い下さい。

●今回の参加者

 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa1463 姫乃 唯(15歳・♀・小鳥)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa2837 明石 丹(26歳・♂・狼)
 fa3092 阿野次 のもじ(15歳・♀・猫)
 fa3887 千音鈴(22歳・♀・犬)
 fa5874 アルヴァ・エコーズ(23歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文


 普段から朝のニュース番組での天気予報やドラマロケなどに使われる都内TV局に近い植物園。
 前回の梅花見のように今日も館長の計らいで、局に勤める方のみの貸し切りとなっていた。
 見上げる空は、厚い雲に覆われた梅雨空。今にも雨が降り出しそうだ。
 通常なら溜め息もの。しかし参加する人々は嬉しげだ。何故ならメインとなる花は雨の中の方が一層美しく映える紫陽花だから。
 誰もがこっそり心の中で雨が降るのを待つという、少々変わったものとなっていた――。

 朝一番に園に入った都路帆乃香(fa1013)と、日本での花見は初めてというアルヴァ・エコーズ(fa5874)は互いの歩調で朝靄が残る紫陽花園を散策していた。
 数メーター先を行く都路は時折、気に入った景色や構図を見つけてはデジカメのシャッターを切る。その際、着物風浴衣の袖が露に掛からないよう自然な動きで反対の手を添え避けていた。やはり年齢より幼く見られがちであるが、ちゃんと婦女の心得は身に付けているよう。流石である。
 ともあれ画像の出来映えを確認しては、納得したように微笑み足を進める。
 そんな彼女の後ろを歩くアルヴァは大和撫子な彼女の仕草に写真撮影を願い出た。
「こんにちは。綺麗な着物だな‥‥。国の友人や家族に見せたいんだ。一枚撮らせて貰ってもいいか?」
「まぁ‥‥私で宜しければ、喜んで」
 ぶっきらぼうに話すアルヴァだが決して悪気など無い。都路は快く了解し、はにかんだ笑顔を彼の構えるレンズに向けた。
 カシャ。
 素敵な一枚がアルヴァのデジカメに収まった。故郷・ニュージーランドへ送る良い写真が出来たと彼は満足顔。都路に礼を言うと分かれ道の一方に進み、整えられた日本庭園を見て歩く。
 都路は彼とは別の道を選び、紫陽花の陰にあるこぢんまりとした神社の方へ下駄を鳴らし進んだ。
「良い機会ですからお参りしましょう」
 思いの他小さい社であるが、都路は作法に習い一礼をすると茶色い瞳を眼鏡越しに上げ垂れる帯を揺すり、二つお辞儀に手を二回叩く。そしてお祈り。
 正しい参拝を行う彼女の願いを神様は、きちんと聞いてくれるだろう。その証拠に傍にあったおみくじを引くと『大吉』と書かれた細長い紙を当てた。
「わぁ、嬉しいです。えーっと‥‥」
 満面の笑顔で黙読する都路。内容はそっと胸の内にしまっておくようである。


 都路と入れ違いに、揃いで仕立てた絽の着物がよく似合う一組の男女が現れた。
「紫陽花や梔子はお土産に出来ないから、せめて写真を彼のお土産にするわ。巽、傘持っててね!」
 千音鈴(fa3887)は有無を言わせない笑顔で、重箱を包む風呂敷を手にしている星野・巽(fa1359)に畳んだ傘を渡し、デジカメのシャッターを切っていく。
 その間、待つ星野は、
「彼の為に一生懸命写真を撮る姿、微笑ましいですね〜。そうやっていると可愛らしいんですがね」
 細心の注意を払い呟く。が、しっかりと千音鈴の耳に届いていたらしい。彼女は薄緑無地の着物と清楚に結い上げた頭を星野の方へ向け、
「何か言ったかしら? ‥‥まぁいいわ。彼と紫陽花デートが出来ずに残念。それは巽も同じよね。私のささやかな願望‥‥片手に恋人、もう片手にイイ男の願い叶わず‥‥だし。でも今回はイイ男だけで勘弁してあげる。巽の顔は好みだもの。次に行きましょう。まだまだ写真を撮らないとね。彼に見せてあげるんですの。その時は巽も一緒にね? けど本当一緒に来たかった」
 随分と欲張りな願望を言いのける千音鈴に星野は笑みを零し、慰めに似た言葉を掛ける。
「俺も三人で花見をしたかったですが、仕事だっていうから仕方がないですよ。けど、ちーの言う通り写真や話を楽しみにしてるだろうから、沢山撮しましょう」
 この場においても二人の頭にあるのは愛おしい恋人の事ばかりのよう。
 二人がどれだけ想っているのか計る事は難しいが、それよりも本来なら恋敵という立場の二人が仲良く花見に来ているという些か不思議な関係である。尤も彼らが納得の上なら良い話であるが。
「雨が落ちて来る前に、もう少しだけ写真を撮り、東屋の方へ行きましょう。お弁当を広げてゆっくりなんてどうです?」
「賛成! リクに応えてくれた巽のお弁当、楽しみだわ。あぁ、いっけない参拝を忘れるところだったわ」
 空を見上げた星野は、今にも雨が降りそうな様子に休憩を提案。彼の大切な人に風邪を引かせてしまっては申し訳が立たないからだ。
 星野の気遣いに頷いた千音鈴は彼の手を引き参拝‥‥彼の繁栄とともに三人の幸せを祈る。ここで彼と二人と思わなかった自分に笑い声を小さく上げた。
「‥‥どうしたんです、一人で笑って?」
「何でもないわ。巽もきっと私と同じお願いかしらって思っただけ」
 訝しげな星野に千音鈴は胸の内でひっそりと『紫陽花の八重咲く如く弥つ代にを いませわが背子見つつ思はぬ』という紫陽花を季語にした万葉集の一句を思い出す。きっとこの気持ちは星野も一緒のはずであろう。


 館長に挨拶を済ませ園へ入った明石 丹(fa2837)。彼が数メーター歩いたところで茶色の目に飛び込んできたのは、瑞々しさを放ち佇む紫陽花達。
 白や青、赤に紅紫と艶やかな色を纏う花達は、今にも雨を零しそうな重い空を慰めるように彩っている。
 明石は見蕩れゆったりと足を進めていくと、黒い着物姿で紫陽花や他の花を真剣に眺める巻 長治(fa2021)と会った。
 彼は手帳を片手に、植物について明記されている札のメモ取りをしているようだ。
「こんにちは。随分と熱心なんですね」
「えぇ、仕事の癖なんですけれど。どうも仕事を忘れ楽しもうと思っているのですが難しいですね。ここまで来ると職業病のようです」
 明石の問いに巻は眼鏡の奥で照れたように笑う。
 彼はここ数日ハードな仕事が続いたため、英気を養う目的で参加したのだが、つい普段の癖でメモ取りしてしまうよう。
 尤も巻に話し掛けた明石も似たようなところがある。
 先日ライヴで歌った紫陽花をモチーフにした曲を知らぬ間に口ずさんでいたのだ。ま、それはヨシとして。
「花言葉は移り気でしだっけ‥‥。僕にはそんな風には見えないなぁ。小さい頃はでっかい花って思ってたけど、小花の集まりだって解ると余計にね。空に枝葉を伸ばし花を咲かせるどの植物も一途だと思う。移り気は梅雨空のように思えるなぁ」
「確かにそうですね‥‥」
 どちらが誘うでなく歩きだす。っと、そこに紫陽花園から可愛らしい声が聞こえた。
「そう花言葉は移り気。他には辛抱強い愛情や元気な女性とかね」
 声は聞こえど姿が見えず。巻と明石は不思議そうな顔で視線を合わせる。しかしよく目を凝らし見れば、まるごとあじさいを着用した姫乃 唯(fa1463)が座っていた。
 彼女は悪戯成功とばかりに、お茶目な笑みを二人に投げる。
「あたしにしたら紫陽花というと華やかな西洋紫陽花のイメージだけど、結構種類があるんだよね。地味だけど額紫陽花も素朴で素敵。星紫陽花とか探せばあるのかなぁ。こういう植物のある場所って落ち着くよね」
 人懐っこく話しながら、姫乃はいそいそと着ぐるみを脱ぎだす。またも驚き視線を逸らす男性二人。だがきちんと浴衣を着用していたようだ。隠していた下駄を穿くと茂みから出てきた。
「えぇ、そうですね。普段、こういう天気の日はてるてる坊主にちゃんとお願いしたいところだけれど、紫陽花の花見となると逆さに向けてお願いしたい気がします。彼らが雨を呼んでくれば草花も青々として綺麗に映えますし、色取り取りに開く傘の花も見られますしね」
「あたしも逆さまてるてるさんと同じで、雨は結構好きだったりして。この時期の雨って雰囲気あるよね? でもお布団が干せなかったりお洗濯物が乾かなかったりで困るけどっ」
 強い心拍数を隠すように話を進める明石。流石は歌手だけあって情緒的な表現だ。応える姫乃はやはり女子。生活が少し滲む。
 そんな二人の会話を巻は、ただ耳を傾けていた。彼は会う機会の少ない人々との交流や興味深い話を聞ける良い好機だと感じていた。その通り、明石や姫乃の話は興味深く楽しいモノばかり。聞きながら頭に入れていく彼の前に、がささっと乱雑な音が響き、躍り出たのは着物が濡れるのを構わず、大股で番傘を振り回す阿野次 のもじ(fa3092)。どうも渡世人の真似をしているよう。
 立ち竦む三人の前で足を開き中腰の恰好を取り、右手を前に出すと、
「お控えなすって! 問われて名乗るも、おこがましいが、生まれは東の都、初めて野に放たれたのは去年の初春。今ではちょっとは名の知れた野に咲く花でござんす。姓は阿野次、名はのもじ。あわせていっちゃんとぁ私の事だ!」
 紺と水色を基調とした紫陽花の柄の入った着物。それに合わせレース素材の帯やトンボ玉の帯留め、楚々としたオ・ト・ナ的涼しげ感を醸し出させようと努力をしたマネージャーさんの苦労が、あっさりと撥ね退けられる。
 目が点の三人を阿野次は一切気にせず、口上を終えると着物の乱れを正し笑む。
「シトシトと降りる雨音も一声あれば、サウザントなサウンド。題名のつかない音楽会。サイコーv」
 そう、彼女の言う通り開いた番傘の上を踊る雨。空から落ちる粒が奏でる音には言いしれない心地よさがある。姫乃や巻は傘を広げ阿野次と同様に音の響きを聞く。明石は巻の傘へ入れて貰い共に雨が織りなす不協和音を楽しみながら、東屋へ足を進めた。


 東屋の一つで星野特製のお重弁当を頬張る千音鈴。本日の献立は、焼き梅と枝豆のご飯、カリカリ梅の炊き込みご飯を小さく俵型に握ったものを筆頭に爽やかな木の芽の香りがするサワラの木の芽みそ焼きや鳥の梅酒焼き、オクラの梅肉和えにおひたし、だし巻卵とコールスローのトマト詰めサラダなど。星野が腕によりを掛けた品ばかり。勿論、傷みやすい時期を配慮して保冷剤の他、殺菌効果のある梅を食材に選び、サッパリとした物を並べた。
「ん〜美味しい。お礼にお抹茶を点ててあげる」
 箸を進める千音鈴に星野は手ふきを進めたり冷茶を出したりと細かな気配り。千音鈴が心で思う通り逆転している事に間違いないが、しかしこれもアリだろう。


 杉皮で葺いた屋根に落ちる雨音を聞きながら、都路は台本を読んでいた。が、湿度から来る睡魔に誘われ船を漕いでいる。
 そんな彼女を横目にアルヴァは京都で一目惚れして購入した番傘を手に垣根越しから、隣の棟へ入る。後に明石に巻そして姫乃と阿野次も続く。
 傘を畳み、部屋に上がった彼らに和菓子と淹れたてのお茶が振る舞われる。
 明石はさっそく葛きりを口に運ぶ。美麗な顔にやんわり笑みを乗せ幸せそうだ。
 アルヴァも彼らの見様見真似で菓子と茶を口にした。しかし抹茶の苦さに驚き白いシャツに吹き出しそうになる。眉間に皺を寄せながらも、
「‥‥初紫陽花に初日本庭園、そして初和菓子と初抹茶‥‥見事に初だらけだ。日本というのは奥が深い国だな‥‥」
 巻が渡してくれた懐紙を使いながら呟く。
「ほんと深いよね。あたしの中には半分しかその血が流れてないけど、ここは何故か懐かしい感じがするです。遺伝子の記憶っていうのかな? こういう時は日本人で良かったなーと思ったりしてっ」
 アルヴァの言葉に頷く姫乃。ハーフの彼女になんとなく解るようだ。
 二人の会話を聞きながら阿野次は優美な手つきで茶を嗜む。無論、作法通り正座をしてだ。大人しい彼女に些か不安を覚えつつも皆、会話と雨音を楽しんでいった。


 夕刻。雨が止んで真っ赤な夕日が落ちる中、濡れた土の匂いに混じり梔子の甘い香りが漂ってくる。
「梔子の良い香りがしますね。あまり花に詳しくない僕でも匂いで解る数少ない花だよ。名の由来は実が熟しても口を開かないから、口無しなんだって。日本語って色っぽいなあ。花はブーケにも使われるそうですね。いつかお世話になりたいなぁ」
「本当に甘い良い香りですね。因みに花言葉は『私は幸せです』だそうです。良い言葉ですね‥‥いやはや結局、自分は仕事も含めてこれが自然体のようです。口で言うのは簡単ですが、なかなか仕事を忘れるというのは難しいようです」
 取り出した手帳に記していた花言葉を披露する巻。
 やはり仕事を忘れられずにいた自分に苦笑いを浮かべつつもそれなりに収穫の多い休暇になったらしい。
 そこで夕刻を知らせる鐘の音。姫乃は大きく伸びをして隣で大人しく外を眺めている阿野次に声を掛ける。
「のんびりしたねぇ。そろそろお終いみたいだよ。帰ろうか?」
「私はもう少し雨に濡れ輝く石の景観と風流で静けさを頂いてます。段々和の心を嗜める年になったのかと嬉しくも思う今日この頃‥‥暫くしてから赴きますのでお先にどうぞ」
 優雅に断りを入れる阿野次。そう? じゃぁっとばかりに皆立ち上がり、東屋を後にする。
 もう隣の棟でのんびりと花を楽しんでいた千音鈴と星野の姿もない。
 いるのはもう一つ向こうの東屋で夕日を眺め俳句を捻っている都路だけ。
「紫陽花の 花色映える 夕景色‥‥。実際に考えてみると全然思い浮かびませんねぇ」
 ふぅっと溜め息をつきながらも英気を養い明日の仕事を備えた彼女は園を後にした。
 夕日に照らされしっとりとした風に揺れる紫陽花の花見。誰もが各々のゆったりとした時間を楽しんだよう。殆どの人が居なくなった園の中で絶叫とのたうち回りる音が響いた。
「だ〜あ、足が痺れたぁぁぁ」
 紫陽花の葉の上からそれを聞いた蝸牛は、吃驚したように殻に身を潜めた。