台頭潰しと呼ばれる理由アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 はんた。
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 難しい
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/03〜06/10

●本文

 高岸礼子は女優であり、また歌手でもある。芸能人としての序列は中堅と言ったところ。
 顔が利くようになりつつある‥‥と同時に油断できない位置だ。浮き沈みの激しいこの業界、勢いある若手や同じような芸風の同期に人気を奪われ、うだつが上がらなくなる中堅の話など、聞かない話ではない。
 なので彼女は出る杭を打つ。出そうな杭も打つ。直接『口』撃することもあれば、あらぬ噂を流したり、もしくは公私にわたる嫌がらせ。
 ほどなくして高岸には一部から『台頭潰し』などという二つ目の名を囁かれる様にもなる。しかしそれがカメラの外でとどまってさえいれば、彼女にとってそれは瑣末な問題。それに、彼女がしたという証拠を残さなければ所詮ウワサ止まりの話題なのだ。


「最近、大活躍だね。礼子さん」
 銀髪の男は嘘くさい笑顔を表面に張って賛辞を述べる。私は彼よりももっと自然な笑顔で頷きながらそれを受け取る。
 午後のカフェテラス。呼ばれて来てみれば、なんてことのない雑談だった。
「どうもありがとう。今のドラマも視聴者に好評みたいで、安心してい――」
「あ、ドラマにおける礼子さんの活躍じゃなくて」
 ヒトの話を途中で切る失礼に、私は危うく眉間に皺を寄せるところだった。
 目の前の男の名前はレビン・武村。くっちゃべりながら人の弱みに付け入り、言いたいこと言って視聴者からウケを狙うタレント。きっと親から碌な教育を受けていないのだろう。
 乏しいユーモアを補うために、自分のために、他人を貶める‥‥そんな陳腐な芸風でも最近伸びを見せ、ついにはドラマにも出るようになってきた。ゆえに絶好の叩き時だった。ゴシップが大好物のカメラ小僧や週刊誌社へあることないこと広めて、彼のドラマのスタッフの悪評を蔓延させ、つい先日めでたく彼のデヴュー作は中途打ち切りとなった。テーマソングを歌うのも気に入らない小娘だったので、あれはまさに一石二鳥だった。
 そんな負け犬の侮辱に眉一つ動かさない私は、女優の鑑と言える。才色兼備‥‥本当に私を生んだ親には感謝している。
「あら、じゃあ何――」
「台頭潰し」
 馬鹿は、空気を読まないから困る。
「随分と唐突な話の振り方ね」
 音無く紅茶をすする私の面から、微笑が崩れることは無かった。

 上品に‥‥いや、上品を装って、高岸礼子は紅茶を嚥下した。
 余裕のある相手というのは、良い。今と『その後』との表情の差が、素晴らしく愉快な事になるからだ。
「ナンセンスよ。妙な噂を持ち出したりしちゃあ」
 あくまでシラを切るつもり‥‥上等じゃあないか。
「噂? じゃあ、こんな事実は如何かな?」
 礼子の目尻の、微妙な動きを確認してから、私はもったいぶる様にして、己の胸ポケットに指を当てた。
 私の胸ポケットから裏向きの写真がゆっくりと出てくる。その一葉は、出現の速度とは打って変わって、機敏な動作で彼女の方を向く。
 写真‥‥カメラを持った男性と共に映っている女性の名は、高岸礼子と言う。
「それ、何よ!」
「おっと。これは大事にしまっておこう」
 身を乗り出した高岸礼子に、一瞬だけ晒した後、写真は再び胸ポケットへと収められる。
「攻撃は最大の防御‥‥とは言うものの、攻撃する相手を見極めるべきだったね」


 カフェテラスから出た後、レビンは写真をぐしゃぐしゃにしてコンビニのくずかご入れに放り投げた。
「どうやら上手くいったようで」
「ああ、おかげさまで。ゴシップの件は読み通り、カマかけたら素直に反応したよ」
 コンビニから出てきた女性。レビンのマネージャーだ。
「さすがはレビンさん。名演‥‥いえ、名詐欺師ですか?」
「これは人聞き悪い。自身の合成写真の製作は棚上げかい?」
 全く嬉しそうに唇の端を吊り上げながら言うレビン。先程の写真は、礼子が記者にゴシップを垂れ流している姿を写した証拠写真‥‥などではない。無関係なカメラマンと礼子の姿を一緒にした、よく見ると意図不明の合成写真だ。だが、レビンの言動によって先入観を引き出された礼子には、きっと自分の過去の姿に映っただろう。
「キミにも是非見せてあげたかった。動揺しながら、適当な理由を吐き出しながら席を跡にする彼女の姿を」
「まぁこれで礼子さんがその手の、他者への妨害をしていた事実の確信は持てたとして‥‥これからどうするつもりなんですか? 物質的な証拠は依然としてありませんし」
 言われてレビンは笑顔を一転、閉口して考え込む。これの恨みでまた何かされたら、厄介。彼女には是非『台頭潰し』をやめて頂きたいところ‥‥。
「そういえば、明日からの予定は?」
「ハイ、ばっちりスケジュール組んであります。何かするんだったら自分の余暇を削ってくださいね」
「よし、ここは無償でこーいう厄介事に首を突っ込んでくれる良心的で奇特な人間を探すしかないな」

 台頭潰し:高岸礼子。具体的解決法さえ見えてこない無償の頼み事。この先には、一体何が見える?


「そういえば、レビンさん?」
「何か?」
「らしくないですね。仕返し以外に何か動くなんて。それとも、何か打算しての行動ですか?」
「‥‥まさか、ただの宴会で呼んだのにアソコまで気合いれられちゃあな。何か伝染ったような気分だ」
「?」

●今回の参加者

 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa0470 橘・月兎(32歳・♂・狼)
 fa0607 紅雪(20歳・♀・猫)
 fa0629 トシハキク(18歳・♂・熊)
 fa0824 ベクサー・マカンダル(13歳・♀・鴉)
 fa2847 柊ラキア(25歳・♂・鴉)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa3426 十六夜 勇加理(13歳・♀・竜)

●リプレイ本文

――六月十日‥‥
 急に付き人がついた時から何かおかしいと思った。
 それならあの時の坊やは、とんだタヌキだったというわけ‥‥よくも、まぁ。
「僕は一度終わった人間、既に差し違える覚悟はできています」

 高岸礼子は冷や汗を内心にのみに流し、面(おもて)はそのままに口を開いた。


――六月三日。はじまり、ここから
(「今回は、追い出す者を止める側‥‥か」)
 トシハキク(fa0629)が見上げた空は、初夏にしては爽やかさを感じない。曇り空。まるで己が心境の写しの様な‥‥そんな錯覚さえ覚える。かつて訳有りとは言え新人を排斥する仕事を務めた彼が、何の因果か今は逆の立場にいるのだから。
「トシハキクさん?」
 灰色の心境を察したか、紅雪(fa0607)が心配そうに訊ねる。
「さて、もう月兎達は動いているんだ。俺達もそろそろ行かないとな」
 面を曇らせたままでは始まらない。彼は何でもない様に、振舞った。今はそれが必要だから。
「このままどんどんと才能ある俳優たちが消えていく」
 タイミングは唐突。ベクサー・マカンダル(fa0824)は、ぽつりぽつり、と呟き出した。
「それは、忍び難い事だよね。だから、ここで」
 そうだ。ここで止めなくてはならない。
 トシハキクは空を見上げた。変わらない曇り空。
 それでもここで立ち止まっては、いられないのだ。


――揃い踏み、いざ
 灰色の道を闊歩するは、四人の芸能人。
「月兎さん、アポは?」
 茶髪のプロデューサー。
「ええ抜かりなく」
 隆々とした筋骨をスーツに潜める壮年。
「何はともあれ、まずはマネージャーさんとお話しておく必要がありそうでやんすね」
 独特の口調で話す、赤髪の役者。
「マネージャーさんと仲良くなるのも、今後で役に立つことがあるかもしれないね」
 黒装に物々しいゴーグルを組み合わせている長身の青年。
 彼らもまた、今回の『台頭潰し』を止めるために、この無償依頼を請け負ったメンバーだ。もう一人いるが、彼女は既に別行動中。
 間も無く着いたのは都内某ビル。入り口押し扉を開け、階段を登り‥‥。事務所の前でドアをノックした。
「月兎さんが仰っていた方々ですね。高岸のマネージャー、絹井と申します。どうぞ、こちらへ」
 その男はまるで『台頭潰し』のマネージャーとは思えない程、人のいい笑顔を浮かべながら、一行を事務所に招き入れる。


「ホラ、ぼさっとしてないで」
 忙しない様子で諸作業に明け暮れる十六夜 勇加理(fa3426)。明け暮れさせる声の主が『台頭潰し』、高岸礼子。
 勇加理は彼女の付き人として今、同じ撮影現場にいる。今までの彼女の芸能活動は前職を芸風に押し出していた風もなく、それほど知名度も高く無い事も手伝ってすんなり付き人と相成った。前職がかなり特殊であったため、そのままだと怪しまれる‥‥というのも勿論あるが。
 とにかく、付き人となれば相当身近な位置から礼子の情報を得ることが出来るであろう。
「もう何してるのよ、全く。こんな様子なら、まだまだ見習いね」
 勇加理が求める結果と、その手段は適正だった。が、それに至る過程の想定が希薄であるため、なかなか思うようにその立場を活かせない。有力な情報を得るには、まだ幾らか時間がかかりそうだ。


「ええ。それではこちらから、高岸さんのスケジュールに合わせますので。ご協力感謝します」
 頷きながら橘・月兎(fa0470)はメモを取り終えると、ボールペンを胸ポケットに収める。
「僕高岸さんの声大好きだから会いたいんです! 一応これでも、歌手の端くれだから」
「なるほど。それで今度のボイストレーニングを一緒に、という事ですか」
 柊ラキア(fa2847)の口上は、まるではしゃぐ子供のそれだった。普段は服と同じ色の腹を持つ彼だが、今の心境は如何なのだろうか?
「あっしも行くですけど、高岸さんの嫌いなタイプって、どんな人っすかねぇ」
「嫌いな人ですか? なんでまた‥‥」
「あ、事前に知っておいて、それをしないようにすれば、失礼な事せずに済むかと思いやして」
「ああ成る程。そうですねぇ、彼女はまず時間に厳しいですね。それと、話を途中で切られるのも非常に嫌がります。あと、無駄にしつこい人を嫌ったり、と‥‥」
 一旦そこで区切った絹井に、伝ノ助(fa0430)は訝しがって首を傾げる。
「彼女について、色々噂は聞いていると思いますけど‥‥日常では、母親想いな優しい面もあったりするんですよ」
「へぇ、それは意外でや‥‥い、いえいえ! へぇー、そうでやんすか。それだったら、高岸さんのお母さんへの悪口なんかは、もうタブー中のタブーでやんすね」
「ええ、その通りっ。ホント、一度彼女怒らせたら、タチ悪いんですよ。相当根に持って! 私なんて、まだ――」
 聞きながら伝の助とラキアは、礼子に嫌われて囮役になるべく、彼女の嫌いそうな事を頭に入れていく。
 でも、流石に親の悪口は言えないかな‥‥とも思いながら。
 そうして聞き終えた二人は、しっかり礼をすると共に、次のボイストレーニングの際に宜しくお願いする旨を伝える。
 去り際、元気に手を振るラキアに微笑で手を振り返す絹井。どこか、陰りのある笑顔で。
「彼女が、甘んじて台頭潰しと呼ばれる理由が、わかりますか‥‥?」
 誰もいない空間に言の葉を響かせる。なんと虚しい行為か‥‥絹井は思いつつ、事務作業の待つ机に戻った。


「折角生まれ持ったそれが輝く事無く費えるなんて、勿体無いと思う」
「なるほどなるほど。確かにそうですね〜。それは本当に、忍びない」
「出来るなら‥‥手を貸して欲しいんです」

「紅雪さん、どうだった?」
「そうですね。やはり‥‥と言った所でしょうか。探せば探す分だけ出てくるみたいです。靴の中に画鋲なんていう典型的なものから、ゴシップや根も葉もない噂の流布‥‥」
「そっちもか。調べたら、直接口撃を受けたシンガーソングライターなんてのもいたな」
 本当に、きりがない。台頭潰しの被害を聞き集めていた紅雪とトシハキクは、その量に半ばうんざりとしていた。
 まさしく芸能界の影の部分。‥‥昼過ぎの専業主婦達が好みそうな話題だ。
「これでラキア達も上手くいけば、相当スモーキーさんの助けになれるんじゃないかな」
「そうですね、後は‥‥」
 情報を武器にする相手。ならば対抗に必要な要素も、情報。
 そう思って、被害者本人の元まで行ってかき集めたこの数日間は、どうやら無駄ではなかったようだ。
(「あとは、大物芸能人にアポイントメントを取る事が出来れば‥‥」)
 紅雪が思いを馳せていたその時だった。
「――! ベクサーさん、その人‥‥何処で?」
「さっき、廊下でたまたま会ったの、うん。本当に運が良かったんだ、運が」
「なんだか、込み入った話があると聞きました。立ち話もなんでしょうし、少し席を移しましょうか」
 運の良かった(?)ベクサーと一緒にいるのはバラエティの大御所‥‥しのはんた、その人だった。

「ええ、彼女の噂は聞いています。あまり、耳障りのいい話ではない様ですが」
「しのさん。お願いがありますが、宜しいでしょうか?」
「内容によっては、聞きかねますよ。私くらいの歳になると、無闇矢鱈に動ける立場でもないので」
「ええ、動かない様にしてください」
「‥‥今、何と?」
「調べによれば、高岸さんには恐らくバックが存在します。しのさんも、『そしてそのバックも動かないで頂けますか?』暫くの間で構いませんので」
「なるほ、ど」
「恐れ入りますが‥‥、どうか」
「それ位なら、お安い御用ですよ。それじゃ、『傍観』してますので。‥‥頑張ってください」


「もう、何よこのコ!」
「わーい、本物の高岸さんだー! 今日は宜しくお願いしますね〜」
「いいから、離れてっ。全く、そこの貴方ッ。お友達の面倒くらいしっかり――」
「はいはいラキアさん、そろそろ始まるでやんすよ。あ、どうもこんにちは、普段は役者やってる伝ノ助でやんす。今日はどうか宜しくお願いするっす」
「‥‥えぇ。こちらこそ、宜しく」
 顔には表さないものの、明らかに怒りのオーラを背景にしている礼子。後方では絹井がオロオロとしていた。月兎が「素直な子なので許してやってください」と詫びて、何とかこと無きを得たようだが‥‥。
 そして間も無くしてボイストレーニングが始まった。
 ところが良きか悪きか、その場では取立て礼子からは別段何もなかった。数人という、人の目を気にしてか。
「それじゃ高岸さん、機会があったらまたご一緒しようね〜」
「ええ、そうね。機会があったら、ね」
 礼子は端正な顔立ちに疲れさえ浮かべて、ぞんざいにラキアに応じていた。
「高岸さん高岸さん」
「‥‥もう、今度は何?」
 疲労感を漂わせながら、礼子は伝ノ助の方へ向く。
「これからの高岸さんはどんな女優、もしくは歌手を目指していくつもりっすか?」
 本当に何気ない、しかしながら純粋で‥‥窮極的な問い。すぐにそれを言い出せるものだと思っていたが、
「私は‥‥」
 礼子の口から、明確な返答がなかなか出てこない。
(「‥‥私は」)
 後ろで、何やら絹井と月兎が話しているのが見える。
「私は、恒常的な芸能活動をこなせる芸能人を目指している。‥‥これで、宜しいかしら?」

「なるほど、それであんな、嫌われるような事を」
「ここまで話せば、もうお分かり頂けると思います。ご協力願えませんか?」
 二人。話すは絹井と月兎。
「確かに私自身、高岸の行為を快く思っているわけではありません。しかし‥‥」
「そういえば、人情的な性格で知られる絹井さんが何故、台頭潰しを黙認しているのですか? せめてそれからでも、ご説明頂きたいのですが」
 暫く黙り込んでいた絹井であったが、やがて口を開く。そして月兎は知る事となる。彼女に関する情報を。
 そして、『理由』を。



――六月十日。
「概ね一週間。こう言うのも何ですが、よく纏まったものです」
「いやいや、形のするのが精一杯だったぜ。役立てばいいんだが」
 トシハキクが纏めた被害報告は、スモーキー巻(fa3211)へ。
「紅雪さんも、助勢の押さえ込み、ありがとうございました」
「それに関してなら、ベクサーさんに言ってください。彼女がしのさんを連れてきてくれたのですから」
「運だよ、運。‥‥本当に。それじゃ、私は結果をここで待っているから。あ、月兎さんがまだか」
「そうね。あとは彼がマネージャーから聞いた情報を‥‥あ、月兎っ」
「すいません、少し遅れました」
 最後に部屋に入ってきた月兎は、何やら小言でスモーキー巻に耳打ちする。
「‥‥それは、本当ですか?」
「ええ。間違いないでしょう」
 僅か、僅かではあるが確実に、聞いたそれから動揺を感じるスモーキー巻。しかし、己が行動に迷いは、無い。
 何があろうと、台頭潰しは許されざる行為なのだ。それを止める。
 如何なる手段を、用いても。


「最近良く男性に声をかけられるんだけど、碌な話を振られていないわ。‥‥単刀直入に言ったらどう?」
「育てる立場として、あなたの『台頭潰し』は見過ごせません。どうか、もう止めにして頂けないか」
 礼子と直接対面するは、プロデューサー・スモーキー巻。情報収集も、後援抑止も、全てはこの時、この対面、この対話の為。メンバーの想いは集約され、今、彼にその全てを背負われている。
 絶対に、首を縦に振らせる。台頭潰しを止める。‥‥止めなくてはならない。彼の胸中を満たす、決意。
「それで、私があっさり快諾すると思って?」
 勿論そうすんなり行くと思うほど、スモーキー巻も浅慮ではない。
「貴女の実力は、簡単に若手に抜かれてしまう程度なのか」
「一流サッカー選手はタックルを受けた際、痛そうに転ぶフリが得意な方もいるってご存知?」「ゴシップを垂らすのは記者の前だけで結構。そちらこそ、単刀直入に言ったらどうです?」
「つまり、自らを高めるのと、貶めるのを両立できるなら『するに越したことは無い』という事よ。そうすれば、より安定してお仕事につけるってものでしょ」
「そんなあなただ‥‥覚悟は既に出来ているわけですか」
「覚悟? 私が何を覚悟するっていうの?」
 面に浮かべる嘲笑の度合いの高いそれを崩さずに話す高岸に、思わず語尾が強くなってしまうスモーキー巻。
「叩けば埃の出ない人間はいない。でも、それは貴女だって例外じゃない」
 集めた情報のお披露目だ。被害の詳細まで纏められたそれらは、まるで一つ一つが一編の物語のようだった。
「‥‥で、それをどうするつもり? 私を追放するつもりなら構わないけど、私だって一人で墜ちるつもりはないわ。そうね、上がり盛りのプロデューサー一人くらいは道連れにできるかしら」
 崩れない嘲笑。
「あなたは何か勘違いをしてるようだ」
 しかし、決意も崩れない。
「僕は一度終わった人間、既に差し違える覚悟はできています」
「へぇ、‥‥そう」
 しかし表情を変えず、それを気にも留めない様な口調のままの礼子。
 スモーキー巻は、もうカードが『コレ』しかない事に気付く。
 致し方、無い。
「もし、そんな屍の上に自分の高額な医療費が賄われていると知ったら、如何思われますかね、あなたのお母様は」
 どこでそれを聞いた、とは聞いてこなかった。そう聞きたそうなのは、明らかな礼子の表情であったが。
「それは‥‥脅しかしら」
「これは『あなたが台頭潰しを止める』、ただそれだけの話なんですよ」


「レビンさん、結局どうなったんですかね?」
「さぁ、本当に止めたかどうかなんて本人しか知らないだろうさ。これから台頭潰しを聞かなくなれば‥‥そういう事なんだろう」