憂慮抱える詩人アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
はんた。
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芸能 |
フリー
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/06〜03/12
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●本文
「お疲れ様でした」
彼女は収録を終えると、笑顔で周りのスタッフ達に頭を下げていた。
「はい、お疲れー」
そんな彼女の愛嬌に、周囲の反応も上々であった。
彼女の名前は向井真衣。シンガーソングライターである真衣は恒常的にリリースしつつ、バラエティ番組等にもたびたび出演していている。
「お疲れ様でした」
礼をわきまえた性格と穏やかな人柄から、周囲との大きな衝突もなく彼女は今日に至った。
「お疲れ様。‥‥それにしても貴方って、本当に噂通りの雑食振りね」
とすれば、今日が彼女にとって、芸能界ではじめての具体的な『悪意』との際会ということになる。
先輩芸能人となる女優からは、動揺する真衣をお構いない無しに言葉が続いた。
「え‥‥」
「ある時は歌手。ある時はタレント。でも、結局貴方は何がしたいのかしら? 全然『向井真衣』という人間が何なのか、見えてこないわ」
「わ、私は――」
歌う事も、詩を書く事も、人前で話す事も、どれもどれも好きなだけ―そう言おうとするも、女優の方は、真衣が意見を言い終える事を許さない。
「詰まるところッ」
彼女は、真衣の言葉を切る。
「面白おかしく、プロデューサー達に踊らされているだけじゃないかしら?」
彼女は、性悪の女性を演じさせたらきっと適任だろう。そう、十分に感じさせる声色だった。
「この前出した歌もそうよね。ロックほど熱いわけでもなければ、バラードほどの哀愁も無い‥‥あ、まぁ、これはお客に媚びながらもアイドルにも作曲家にもなれない貴方には相応しいかしら。カメラの前でも、女優にもコメディアンにもなれていない‥‥ホント思いつく全てが中途半端。まぁ、貴方はそういう運命なのかもね。そうだったら、運命って本当に残酷」
嘲笑交じりのそれを、鼻で笑いながら無視出来るほど、真衣は場馴れしていなかった。彼女が視界から消えても、真衣は彼女に言われた事が頭から離れなかった。
『中途半端』
真衣自身、まだ自分が最高ではない事は重々心得ている。でもそれはあくまでも発展途上、いつかは一流になれると思っていた。でも、実際どうだろうか。今の自分で、本当に大丈夫なのだろうか。一流という頂にたどり着くためには、歩むべき道を一本に見据えた方がいいのだろうか。
「真衣ちゃん真衣ちゃん」
振り返ったら、そこには知合いの脚本家がいた。ビールっ腹の大男は、ソワソワしならがら言う。彼は巨躯を誇るも、そんな口上のせいで威厳は無い。
「あーいうのあまり気にしない方がいいよ。あの人、活躍しだした年下に対して、いつもあんな感じなんだ。多岐にわたって活躍している人は、沢山いるし‥‥、それより、今度のライブ、頑張ってね」
「‥‥と、いう事で向井のライブの演奏者の募集を告知してくれ」
「了解ッス。あれ、そういえばこのライブ、機材運びとかの雑務担当の募集もまだでしたよね」
「ああ、そのライブの演奏者、雑務兼任という事も、追記しておいてくれ」
「なんで、演奏者の方々も雑用に使っちゃうんスか〜?」
「‥‥大人の事情だ」
「‥‥資金の工面、いつもお疲れ様ッス。苦労の程お察し致すッス」
●リプレイ本文
「あー、危なーい!」
「はい? あ――」
縞榮(fa2174)の声は一足遅く、演壇から、一人のシンガーソングライターとマイクスタンドがセットになって落下した。
落下音の方向に顔を向け椎葉・千万里(fa1465)が、呟く。
「あちゃ〜、えらい大きな音したけど、大丈夫やろか?」
いたたたた、と腰をさすっている彼女の目の前に、手。
「いくら前に置くからって、そのまま歩いて行ってステージから落ちるなんて。ここはドリフじゃないんだから」
「すいませんっ、ちょっとボーっとしていました。あ、ありがとうございます、どうもっ」
苦笑しながらの小桧山・秋怜(fa0371)の手だった。差し出されたそれを握って彼女は立ち上がる。
「大丈夫ッスかぁ〜? 主役が怪我とかしちゃあシャレになんねーッスよー」
ステージ後方から声が聞こえてきた。旺天(fa0336)は、自分のドラムの位置を調整しながら、言ってくると、それに彼女は後ろ髪をかきながら応える。
「主役なんて、そんなそんな‥‥。あ、そういえば今回のライブ、私の持ち歌はあなたのジャンルに添えないかもしれないけど、どうかヨロシクお願いしますね」
旺天は自分自身、ぼちぼち知名度上がってきたのかと思うと、持ち前のテンションが波に乗ってきた。
「ま、専門外をやってみることも偶には必要ッスね。どんなジャンルもきっちりこなしてこそプロッスから。ま、こぉの旺天君にお任せッスよ!」
どこからともなく取り出したスティックを両手に構え、勇む旺天は既に臨戦態勢・準備OK! さすが、「ドラムを叩く事程楽しいことは他に無い」と豪語する男。
(「どんなジャンルもキッチリこなしてこそ、プロ‥‥」)
「それじゃあ、早速リハ入ろうか。みんな位置付いてーっ」
「あ、はいはいっ」
旺天の言葉を噛み締めていた彼女だったが、榮の言葉が耳に入ると、俯いていた面を上げて位置につく。
「‥‥‥‥」
しかし、如鳳(fa2722)は他スタッフと照明の打ち合わせをしつつも見逃していなかった。彼女の、暗鬱翳る表情を。
(「杞憂に終わればいいんじゃが‥‥のう」)
これは、そんな憂慮抱えるシンガーソングライター・向井真衣のライヴまでの数日間のお話。
リハーサルを終える。初日なのだからまぁ、こんなものだろう。‥‥なんて思うのは素人だけだ。
真っ先にそれに気付いたのはリュティス(fa1518)だった。真衣を注目のアーティストとしていたリュティスには、先程の真衣の歌は、別の人間のそれにすら聞こえたのだ。
(「パートもリズムも間違っていない。でも何か‥‥何か違う」)
(「どこか無難にすませている風に感じるのは、俺だけか?」)
旺天をはじめとして、他のメンバーも感じる、確かな違和感。
「本調子ではないようだけど、大丈夫?」
アマラ・クラフト(fa2492)が問うも、真衣は苦笑いしながら、別段問題視しないような事を言う。
「え、えーっとですね、‥‥今日は何だか、喉の調子よくないみたいです。あ、でも、明日になれば大丈夫そうです。それじゃあ、明日のリハーサルも宜しくお願いします」
しかし、その苦笑もどこかぎこちないモノ。
(「何か悩み事でもある‥‥かな、これは」)
そう思うと、寒河江 薫(fa2239)はその日のリハーサル後から、彼女の知人を巡る事になる。結果を先に言ってしまえば薫、アマラは、そこで彼女の悩みを知る脚本家に会い、原因を知る事になるのだが。
初日を過ぎても真衣から満足のいく歌声が出ることはなかった。焦燥感だけが、募る。果たしてこの調子で本番までに間に合うのか‥‥。
「本当に‥‥大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもしれないですけど‥‥、大丈夫です。本番も、何とかしてみせます」
煮え切らない真衣の態度に、アマラが先に業を煮やした。
「‥‥中途半端ね‥‥人は誰でも完全ではないわ‥‥でも、今の真衣さんは『中途半端』以下‥‥そんな中でライブを開いたって成功しない」
責めるようなアマラの口調に真衣は、返す言葉が無い。図星だからだ。
「貴女は何のために詩を創り歌を歌うの?」
「‥‥アマラさんは、何のためですか?」
やっとの思いで搾り出した言葉は返答にもならない、滑稽な程『中途半端』なものだった。真衣の胸中に、自己嫌悪が淀む。
「‥‥私は寝ずに考えた詩にのせて演奏して歌う‥‥その歌で客を沸かせた時がすごく嬉しい‥‥それが私の歌う理由‥‥」
その場の面々が荒事への発展を危惧した‥‥、
「――中途半端、かぁ。俺も弱いくせに中東行ってサバイバルしたり泥棒退治してきたりしたよ。全然バイオリニストじゃない」
そんな時に聞こえてきたのは、薫の声。顎に指を這わせ、思い出すようにして呟く彼。確かにそんなバイオリニストは、おるまい。
「‥‥時間だ。さぁ撤収撤収。明日こそ、気持ち切り替えていこう。日数が残っていないわけじゃないしさ」
榮の声が全体に言い渡る。演奏者最年長と言う事で、彼がまとめ役を買って出るシーンも多々見受けられた。
無言のまま、機材を整理する面々。
俯き加減の真衣が、薫の横を通り過ぎようとした‥‥、
「でも、やった事に無駄は無いよ」
その時、聞こえてきた。思わず、彼の方に振り返る。
「何一つね」
薫のそれは呟き程度の声量であるにも関わらず、真衣の胸に、強く打つものを感じさせるのだった。
「向井さんって音楽嫌いなんスか?」
廊下ですれ違いざま、旺天は、過ぎるほど腹蔵なく言葉をかけてきた。「え」と動揺を漏らす真衣に、旺天は続けた。
「だって好きな事やってる時って一番輝くはずなのに、つまらなそうつーか心ココに在らずって感じだから。そんなんでライブやっても誰も楽しめねースよ。何かあったんスか?」
何をやっても楽しかった。詩を綴り、歌い、そして時にはカメラに笑顔で向かい、様々な人と言葉を交わす。そう、楽しかった‥‥なのになんで。今は、それをいつもどおりに表現できる自分じゃないのだろう。
先輩の言葉が、リピートされる。それが、苦しい。自分だけではとても処置できそうにない。
「実は‥‥」
だから、それを思わず漏らしてしまった。
「要するに、意地悪な年増に色々言われて落ち込んでいるというわけかのう」
「ん‥‥まぁ、そんなところかな。知り合いがたまたま現場に居合わせたみたいで‥‥」
「そうか、どうりで‥‥ねぇ」
真衣不調の原因を、コッソリ薫から聞き当てた如鳳。傍には榮等、他の仲間もいる。メンタルケアのため、年長コンビは何やら画策中の様子。
(「向井さん、自分でもおぼろげに不安に思うとったとこを突かれたからショックが大きかったんやろか。落ち込みのホンマの原因は、向井さんの心の中に元々あった迷いなんやないかな‥‥って、本人の前ではさすがに言えへんけど」)
千万里も心配する。迷いや不安に支配されると、人は往々にして視野が狭くなる。
「‥‥やっぱり、真衣さんに何かあったんですか?」
リュティスや秋怜も、不安そうな面持ちになって近づいてきた。
「うむ。まぁ先ほど旺天が向かっていたようじゃし、彼女自身立ち直れる精神力は持っておろうが‥‥念のため、一手打っておこうかのう」
「は? なんすかそれ。そんなことで落ち込んでたんスか?」
聞き終えると旺天は、その内容を即座に一蹴した。
(「‥‥この人は、『強い』んだなぁ」)
「一流になるには道を一本にしなきゃなんて、回り見りゃそうじゃないことは判るっしょ。俺っちだってドラムは何より好きな事っスけど、でも歌も好きだから歌ったりするッスよ? それに関しては誰にも文句言わせねーし」
「そこで、文句言わせねーしっ! ですよ? ちょ、あれには不覚にも燃えちゃいましたね〜ぇ」
「お嬢ちゃん、飲みすぎは明日に響くぞい‥‥」
「大丈夫ですっ、全然飲みすぎていません。むしろほろ酔いです」
(「いや、明らかに酔っているよね)
へべれけな真衣。その小洒落たバーに彼女を誘ったのは如鳳。榮も同伴している。
あまりにも真衣のペースが早かったので抑える隙がなかったが、まぁ、彼女自身どうやらアルコールには強い様子だし、大丈夫だろう。‥‥多分。
「私もそんな風に言えるくらい、強くなれたらなぁ」
「なれるさ」
「お世辞は時には人を傷つけるんですよぉ?」
「お世辞じゃないさ。真衣さんくらい聡い人なら、近いうちに‥‥ね」
「そーですかー? だといいんですけどねぇ」
笑いながら榮と言葉を交わす真衣。笑い上戸なのだろうか?
「なーに、人生は長い。このワインと同じじゃ、齢を重ねればそれだけ円熟する」
舌の上で赤ワインを転がしながら如鳳が言う。
「全ての道で一流を目指す茨の道も、一芸だけに秀でるのもおぬしのいきかたじゃな」
先程のテンションとはうって変わって、真衣は呆けた様にして如鳳の話に聞き入る。
「だが、最後に聞きたいのは、おぬしのファンが、おぬしが何をすれば一番喜ぶか、鍵はその辺にありそうな気がするのじゃが―」
「如鳳さん、横にいるのは眠り姫だよ」
榮に言われ、横を向いてみれば真衣はテーブルを枕にしていた。
「それでは、王子様は責任もって家までお送りするのじゃ」
「どーにも、力仕事は苦手なんだよね」
「‥‥力仕事なんて言うのは、姫に失礼じゃよ」
日は明け、早朝。
真衣は現在タクシー内。目が覚めれば何で自分の家にいるか疑問にも思ったが、時計を見たらそんな事は構っていられなくなった。‥‥とどのつまり、寝坊と言うヤツ。
タクシーから降りて、現地到着。駆け足で控え室に入った。車内である程度は整えたものの、殆どすっぴんの真衣。急いで真衣は鏡と向き合うわけだが、そんな様子なので、作業効率は悪い。
「失礼しまーす」
「ちょ、まだ駄目ですっ。ああ〜駄目ですってばぁ〜‥‥」
「リアルでのアホ毛って、初めて見た」
ノックのあと部屋に入ってきたリュティスと秋怜。重力に反逆している数本の髪を見て思わず苦笑する。
「そんな、気にしなくていいですよ。私は真衣さんのありのままが好きですから」
「そうですか?」
「そうですよ。私、真衣さんのいつもどんなお仕事でも楽しそうに頑張ってる姿が大好きです。
いつか『向井真衣feat.DreamGarden』なんてお仕事が一緒にできるようになったらいいな、って思っているくらい、真衣さんは私が目標にしている1人なんですから」
照れながら言うリュティス。真衣はそんな彼女を見て、こんな身近に自分の支持者がいたことに、正直驚いていた。
「なんか元気ないみたいだけど、真衣さんが思っている以上に、『向井真衣』を好きな人はいるよ。それで良いんじゃないかな? って僕は思うんだ。何かひとつでも良いから『大切な人』が喜んでもらえるのがやっぱり嬉しいから、さ。ハイ」
秋怜から投げ渡されたのは缶コーヒーと、CDだった。
「僕らのポップスユニット、『DreamGarden』の中の、オススメの一曲さ。良かったらこれ聞いてみてよ。少しでも元気になってくれたらいいなって思ってさ。じゃ、先に行っているよ」
「‥‥ありがとうございます。あっ、私も髪整えたらすぐ行きますから!」
秋怜は微笑みながら「そんなに慌てなくてもいいから」と言い残して、リュティスと一緒に退室する。あの二人は一体どんな歌を歌っているのだろう、と気にもなったが、まず今は今日のリハーサル。聴きたい気持ちを抑え、リハーサル現場に向かった。
いつもは一番先にステージに上がっていたので、真衣は気付かなかった。
照明、音響機材、舞台装飾‥‥ひとたび外からステージを見てみれば、多くの人間が、ここまでしてくれていたのだ。自分のために。
眺めていた真衣の横から千万里がひょこっと顔を出す。
「舞台、エエ感じに仕上がっとりますよ。向井さんがきれいに、カッコように見えるようにって、スタッフさん皆で作らはったんですよね!」
「感謝しなきゃ駄目ですね。‥‥それに、応えなきゃ、駄目ですよね!」
これはもう、真衣一人の問題ではないのだ。
(「私の歌を待ってくれている人がいる」)
これはもう、悩んでいる暇はない。そう、真衣は気付いた。
「年下が生意気言ってすみません‥‥ライブ、成功させましょう! 来て下さるファンのために‥‥」
「こちらこそ今までうじうじしていてすいませんでした!」
ステージに上がると、アマラが先日の件について謝罪してきた。真衣はその謝罪を謝罪で返す。
「‥‥じゃ、真衣さん。早速いってみようか。今日の最初は、真衣さんの今一番歌いたい曲で‥‥で、いいよね?」
皆が頷いた後に、リハーサルが始まる。朝一発目のそれで、いきなり文句無しの声が真衣から出た時は、さすがに一同、驚くのだった。
そうして数日リハーサルを重ねたものだから、当日のライブは勿論成功だった。
特に、ツーバスやバイオリンの二重奏など、普段の真衣の楽曲には用いられない物とのコラボレーションは来た観客を驚かせ、また、喜ばせる事が出来たようだ。
観客も、演奏者達も、皆満足そうな顔で帰路に着く。
そして無事に終わったライブから帰って、現在‥‥真衣は自宅で作詞中。
部屋を包むBGMは、『DreamGarden』の中の、オススメの一曲。