吸血鬼と姫君アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 初瀬川梟
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/19〜01/23

●本文

 ドラマティカルライブ。
 一言で説明するなら、ロックのライブコンサートにストーリー性を持たせたもの、といったところか。
 ミュージカルやオペラと違うのは、役者ではなくミュージシャンによって行なわれるということ。
 台詞やナレーションなどはなく、身振り手振りによって演技を行なうわけでもない。
 あるひとつのテーマに沿った歌が次々に紡がれ、ライブ全体を通してひとつのストーリーが出来上がる‥‥それがドラマティカルライブだ。

 その記念すべき第1回の演目は『吸血鬼と姫君』

 あまりにも永い生に退屈しきって、古い洋館で数百年もの眠りについていた吸血鬼。
 それを、屋敷に迷い込んだ少女が目覚めさせてしまう。
 久々に目を覚ました吸血鬼は、少女の血を吸おうとするが‥‥直前で思い直して、やめた。彼はあまりにも退屈していたので、戯れに、その少女を自分の話し相手にしようと考えたのだ。
 眠っている間に様変わりした人間社会の様子は興味深かったけれど、少女の話は、決してものすごく面白いというわけではなかった。
 それでも、吸血鬼は彼女の話に耳を傾けた。
 人に害成す存在である自分に対しても物怖じすることなく、楽しそうに話す少女――そんな彼女に、吸血鬼はいつしか心惹かれていた。
 そして少女のほうも、吸血鬼の話を聞きたがった。
 千年以上もの時を生きる吸血鬼はとても物知りで、少女を飽きさせることがなかった。相手は恐ろしい魔物なのに‥‥何故だか、ちっとも怖いという気がしないのだ。
 古びた洋館で、楽しい時を過ごす2人。
 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
 吸血鬼にとって血は命の水。血を吸わずにいれば次第に体力が衰え、やがては消滅してしまう。
 自分の体が日に日に弱っていることに気付きながらも、吸血鬼は少女の血を‥‥それどころか他の人間たちの血も、吸う気にはなれなくなっていた。そんなことをすれば、きっとこの少女は悲しむ――そう考えると、どうしてもできなかった。
 そこへ、少女の行方をずっと捜していた少年が現れる。
 彼は吸血鬼を見るなり激怒し、急いで少女を吸血鬼から引き離そうとした。
 果たして、彼らの運命は――?

●今回の参加者

 fa0034 紅 勇花(17歳・♀・兎)
 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0258 夜凪・空音(16歳・♀・蝙蝠)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1102 小田切レオン(20歳・♂・狼)
 fa2073 MICHAEL(21歳・♀・猫)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)

●リプレイ本文

 薄暗い森の奥にぽつんと佇む古びた洋館。
 空には赤い月。
 蝙蝠たちが狂ったように飛び回る。
 そんな中、スポットライトが少女――富士川・千春(fa0847)の姿を照らし出した。
 
『黒き森の獣道 紅い月 星々が照らす
 忘却に眠る洋館 野獣が爪研ぎ夜を奏でると おとぎ話は云う』

 アカペラの凛とした歌声。
 ぱっと照明が落とされ、静寂の中、ギィィと重い扉が開く音。
 再び明かりが灯った時には、舞台は洋館の中へと早変わりしていた。
 どことなく畏怖を感じさせるパイプオルガンの旋律が厳かに流れる中、吹き抜けのロビーに衛兵のように立ちはだかるのは、館の主に仕える狼男――小田切レオン(fa1102)。

『飢(かつ)えしは高貴なる闇 花の香りに誘われ 白き繊手で花を摘み取らん
 かくて花は散らされるのか』

 彼の歌に呼応するかのように、階段の上に座る吸血鬼――夜凪・空音(fa0258)へとライトが移る。
 血のように赤い瞳に見据えられ、そのまま時が止まってしまったかのように立ち尽くす少女。

『牙を立てる 口付けのように 今宵重なる鼓動は熱く
 瞳そらせない盗まれた2つの視線 囚われたのは誰?』

 少女の歌声が終わるや否や、薄暗い舞台が一転して眩いばかりのライトに包まれる。
 そして物語の始まりを告げるかのように軽快に鳴り響くドラム。演奏するのは、猫娘に扮した月見里 神楽(fa2122)。そのドラムリードに誘われるように、MICHAEL(fa2073)のギターと早河恭司(fa0124)のベースも加わった。恭司は蝙蝠の羽根のような独特のカットの入った黒いロングコート、MICHAELも黒の衣装でイメージを統一している。
 他の楽器にじゃれつくような元気の良いドラムが、客人の来訪にはしゃぐ猫娘の姿をよく表している。神楽は実際の年齢より幼く見えるので、まさに無邪気な子猫といった感じだ。しかし可愛さを適度に抑えたシックなゴスロリに身を包み、つんとすました様子は、猫特有の優雅さも感じさせる。
 一方、恭司とMICHAELのほうは極力存在感を抑え、吸血鬼にそっと付き従う影といった雰囲気を作り出している。
 狼男と猫娘、そして蝙蝠‥‥魔物たちに囲まれ戸惑っていた少女だが、少しずつ打ち解け、楽しそうにハミングを口ずさみ始めた。
 人と人ならざる者たちとの語らい――落ち着いたテンポのベースと、さざ波のように優しいギター、そして新たに加わった椿(fa2495)のバイオリンが、穏やかな談話の雰囲気を作り出す。
 椅子に座ったまま退屈そうに階下を見下ろしていた吸血鬼も、次第にその光景に心惹かれ、おもむろにギターを爪弾き始めた。

『壊れた時計が 再び時を刻み始める
 灰色に凍てついた世界に彩(いろ)を取り戻すため
 奏でておくれ 物語を』

 応えるように歌を奏でる少女。
 猫娘は嬉しそうに少女の紡ぐ物語に耳を傾け、狼男と蝙蝠は静かにその様子を見守る。
 やがて吸血鬼も立ち上がり、ゆっくりと階段を降りて語らいの輪へと加わった。

『無限に続く時間の中 私の瞳に命が映る
 星は輝き流れ 草木は育み朽ちゆく
 私の命は終わらず 虚しい時間は永遠に続く

 まるで氷の中に咲く花
 決して枯れることのない 冷たい偽りの永遠』

 永き時を生き続ける吸血鬼の孤独と虚しさを、空音は小柄な体からは想像もつかないほどの豊かな歌声で歌い上げてゆく。彼女の得意とする真摯に感情を込めた歌い方は、まさにこの場面に相応しい。
 どことなく諦めの色が滲む物悲しいメロディー。けれども絶望の淵から一筋の救いの光を求めるように、歌はその先へと続く。

『聞かせて欲しい この虚ろな私の心を満たして欲しい
 有限だが満たされた 君の命の響きを』

『あなたが望むなら 終わらない物語を紡ごう
 無限の闇に閉ざされた命に ぬくもりの灯がともるように』

 少女と吸血鬼の声が美しくも切ないハーモニーを織り成す。
 その余韻が完全に消える前に、舞台はまた闇に包まれた。そして吸血鬼の姿だけが闇の中に浮かび上がるが‥‥いつの間にか、吸血鬼は2人に増えていた。1人は今まで通り空音、もう1人は紅 勇花(fa0034)だ。
 短い銀髪に赤い瞳という容姿、それに背格好もほぼ同じのため、遠目に見るとまるで双子のように瓜二つに見える。衣装も同じようなデザインだが、その色だけがはっきりと違っていた。

『乾き細りゆく身体、映る焔の消えゆく瞳』
『心に陽は灯り 我を照らす』
『この身欲するは紅、生命の‥‥鮮血』
『しかし 魂は既に満ち足りて』
『されど心は厭う、生きゆく為の簒奪を』
『魂は望む、愛しき人の未来を』
『清らかなる花の顔(かんばせ)思うたびに‥‥』

 少女との出会いによって空虚な永遠から解放された吸血鬼。しかし彼は、人の血を啜らねば生きてはゆけない魔物‥‥。所詮は相容れぬ定め。
 白い衣装を纏う空音は喜びを、黒い衣装を纏う勇花は悲しみを、それぞれ対照的に紡ぐ。

『涸れ朽ち果てるはこの身が先か、心が先か
 胸に落とした一滴‥‥捨てたくはない』

 白と黒。希望と絶望。
 そのふたつが交わり、重なる。
 そして――白の空音が闇の中に着え、黒の勇花だけが残った。
 まるで今後の展開を暗示するかのように。

『降り注ぐ月光はただ哀しく 闇と花の宿命を見守る
 永遠の闇の世界をこれからも共に生きるのだと 疑いもしなかった』

 苦悩する吸血鬼を遠くから見守るのは、彼に忠誠を誓い、ずっと傍に仕えてきた狼男。
 彼もまた悩み、戸惑っていた。主と少女は急速に惹かれ合い、今までそこにあったはずの自分の居場所が忽然と失われてしまったようで‥‥。そんな不安と焦燥を、レオンは持ち前のパワフルな歌声で叩き付けるように表現する。

『交わる事許されぬ2つが1つになる時 闇の世界は終りを告げる
 壊れてしまえば良い! そんな世界など
 消えてしまえば良い! こんな体など
 ただ、側に居られるだけで良かった

 供に在る事を許されない闇と花
 闇は花を枯らし 花は闇を渇かせる』

 狼男の魂の叫びを、演奏が狂おしく彩る。ギターは唸る風の如く、ドラムは轟く雷鳴の如く、ベースは地を打つ雨の如く――さながら嵐だ。
 果たしてこの後、どのような定めが待ち受けているのだろう‥‥? 悲劇の予感を漂わせたまま、物語はいよいよ終局に向けて加速していった。
 舞台は吸血鬼の館から、再び森の中へ。
 黒コートを脱ぎ捨て少年らしい皮ジャケット姿へと変わった恭司が、いなくなった少女の行方を捜し、MICHAELと共に彷徨い歩く場面だ。
 囁くように小さく小刻みに響くベースが、少女が見つからず焦る少年の心を表している。
 そこへ、哀れな2人を慰めるように甘く響く声。

『清けし花が散りゆかん 闇の腕に囚われて』

 木陰から姿を現すのは椿。中世の貴族を思わせるクラシカルな衣装に身を包み、背には萌黄色の翼。
 少年たちを洋館へと導く森の小鳥――けれど、その翼は人の目を欺くための偽り。真の姿は、闇の如き漆黒の翼を持つ悪魔。優しげな微笑の下には狂気と混沌が隠されている。

『進め誘い導く声に 背徳の楽園を打砕くは汝
 闇の刃を阻むは汝
 可憐な花が無慈悲に手折られる前に
 その手で どうか救いを』

 悪魔の囁きとも知らず、小鳥の言葉に従い洋館を目指す少年たち。
 その姿を見て、悪魔は妖艶に笑う。
 残酷な本性が明らかになると同時に、勢いよくドラムが打ち鳴らされた。そして曲は一気にテンポと激しさを増し、ライトは悪魔の姿だけを煌々と照らし出す。

『月影揺らし現る魔性 欺瞞・虚飾・失望こそ恍惚
 儚き祈りに縋る夜に呪いあれ
 踊れ 踊れ 愚かなるマリオネット
 踊り続け芳しく散れ 虚無を孕み無残に綺麗に』

 悪魔の歌声が終わると同時に、再びドラムの轟き。
 そして悪魔の姿は闇に溶け、代わりに少年たち――そして館の中へとライトが当たった。
 少女に寄り添うように立つ吸血鬼。その光景を目の当たりにした少年は衝撃を受け、それを表すかのように、演奏もいよいよ勢いを増す。
 責め立てるようなベースのリズムに、うねるように大きく起伏を繰り返すギターの旋律。怒り、嘆き‥‥音の渦となって響き渡る激情。それはすべてを呑み込んでしまうほど強く苛烈だが、少女は少年の怒りを否定する。

『暖めたい 孤独に凍えた魂を
 守りたい 悲しみに震える心を
 もう戻らない懐かしい日々
 けれど迷わない ただ信じた道を往くだけ』

『永き時の果てに ようやく見つけた真実の花
 今、永遠の本当の意味を知る もう怖れはしない』

 少女の揺るぎない決意と、吸血鬼の偽りなき想いを感じ取り、少年は一気に失意の底に沈んでしまった。それと共に曲も勢いを失い、ゆったりとしたものへと変わる。どこか物淋しさを感じさせる間奏は、そのまま流れるようにクライマックスへと繋がってゆく。
 
『交わる血の契り 2つが1つになる命 闇の世界は生まれ変わる』
『時の鎖の断ち切れた今、2人を隔て分かつものは無し』

 人と魔物。背徳の契り。
 しかし、月の光を思わせる青白いライトに照らし出され、2人の姿は神々しささえ感じさせる。パイプオルガンの荘厳な調べが、その雰囲気をよりいっそう引き立てていた。

『降り注ぐ月光はただ優しく 揺り籠を青白く包む
 胸に落ちた契りの紅い華 一片(ひとひら)涸れ朽ち果てることなく美しいままで』

 重なり合う2人の声と心。
 そして、ふっとすべての楽器の音が消える。

『旅立てる地は夢想の楽園、かくて2人は永遠となった‥‥』

 夢見るような吸血鬼のアカペラ。
 その余韻を残したまま、ゆっくりと照明が落ちていった。



 やがてしばらくして、またゆっくりと照明が灯る。
 美しい花々にうずもれた棺。
 狼男は、傍らで2人の眠りを守り続ける。
 キーボードが切ない旋律を情緒豊かに奏で、ギターとベースがそっと華を添えた。

『愛と言う名の永遠を手に入れた恋人達 何者も2人の眠りを妨げる事は許され無い
 護り続けよう 恋人達の永遠を 例えこの身が朽ちたとしても
 捧げ続けよう 恋人達に美しき花を 決して絶やす事の無い様に』

 想いを込めて鎮魂のバラードを紡ぐ狼男。
 その歌声に合わせ、はらはらと純白の花びらが舞い散る。それは雪のようでもあり、羽根のようでもあった。
 レオンはそっと手を伸ばし、すべてを覆い尽くす白い欠片を手に掴み取った。
 そして静かに歌う。

『かくて2人は永遠となった‥‥』