拝火教――沈黙する塔中東・アフリカ

種類 ショート
担当 葉月十一
芸能 フリー
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/25〜06/28

●本文

 中東――イランのほぼ中央に位置する都市ヤズド。
 現在、この街にはゾロアスター教に関する幾つもの寺院があることでも知られ、その多くは観光施設としても見学出来るようになっている。
 そして、ヤズドの町外れ――南東へ向かった場所には、かつて教徒達が鳥葬として使っていた塔が残されていた。無論、二十一世紀の現代ではその風習は廃止され、今では観光地として解放されている――――。

 ――そう前置きがあった後、WEA中東支部に集められた面々に向かい、支部の人間は重々しく言葉を綴った。
 曰く。
「塔を管理していた者からの連絡が、三日前より途絶えたのよ」
 ざわり、と大気が揺れる。
 彼女はそんなざわめきを気にも留めず、説明を続けた。
 最後の連絡は三日前、塔の壁面から奇妙な書面を発見した、との報告があった。当然WEA側はこちらの指示があるまで現状維持のまま待機しておくよう伝えたのだが。
「それきり、管理者との連絡が取れなくなった、ということよ。自宅は判っているからそちらへも確認してみたけど、ここ数日帰って来てないみたいね」
 そこまで話して、彼女は一旦言葉を切った。
 場を沈黙が支配する。
 WEAが管理していたということは、万一の事があるかもしれない場所なのだ。とはいえ、すでに観光地としても解放していた事から、当然警戒レベルはかなり下の方だったと言える。
「勿論、管理者は獣人だったわ。でも、あまり手練でもなかったから‥‥」
 最悪の事態を考えておいた方がいいだろう。
「連絡を受けた段階で、観光客がそちらへ行かないよう手配はしたの。でも、既に何人かの観光客の行方不明の報が入ってるわ。ひょっとしたら」
「――相手は人型、かもしれないと?」
「ええ。一先ずヤズドに一人、現地の人間を手配したから、あとは彼に従ってちょうだい」
「彼?」
「多分あなた達も知ってる有名人――――須崎さんよ」
 何故彼が? と誰もが疑問を浮かべる中、彼女はいとも簡単に答えた。
「ちょうどその街の寺院を訪れるスケジュールだったみたいね。まあ、いつも大概な要求を受けていることだし、この際協力してもらいましょうか」
 そう言ってにこりと笑った彼女を見て、集まった者達は須崎に対して少なからず同情を禁じえなかった。

●今回の参加者

 fa0154 風羽シン(27歳・♂・鷹)
 fa2196 リーゼロッテ・ルーヴェ(16歳・♀・猫)
 fa3453 天目一個(26歳・♀・熊)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa4611 ブラウネ・スターン(24歳・♀・豹)
 fa5167 悠闇・ワルプルギス(22歳・♀・蝙蝠)
 fa5662 月詠・月夜(16歳・♀・小鳥)
 fa5833 桐島 勇吾(24歳・♂・狼)

●リプレイ本文

●僅かな不断の隙間
 乾いた風が熱気とともに砂塵を運ぶ。
 じっとりと嫌な汗が滲むのを手の甲で拭いながら、風羽シン(fa0154)は視界の中で石組みの塔を確認した。
「‥‥あれか」
 まるで陽炎のように浮かぶ、かつて死者を捧げてきた双つの塔。その呼び名の通り、周囲の一切が沈黙して彼らを出迎えている。誰もが慎重さの中で小さく息を呑んだ。
 シンの呟きに応える形で、リーゼロッテ・ルーヴェ(fa2196)がスッと指を差す。
「どうやらあそこが入り口のようだね」
 彼女が示したのは、申し訳程度に開いた入り口だ。
 子供一人通るのがやっとというその大きさは、遠目からでは中まで覗く事は難しい。ぽっかりと浮かぶ暗闇は、まるで獲物を待つ罠のように自分達を待ち構えている。
 誰もが思わず身震いする。
「まあ、さっさと片付けて、いっぱいやりたいところね」
 沈黙する空気を払拭するかのように愚痴を零したのは、酒好きを自称する天目一個(fa3453)だ。
 別にふざけたつもりはない。彼女自身、緊張する自分を鼓舞する意味もあったが、態と呟く事で仲間達に広がる堅さを和らげる意図もあった。
 もっとも、その呟き自体は本音そのものであったが。
 思惑通り、張り詰めた空気がざわっと緩む。シンも苦笑するとともに、改めて集まった仲間達に問うた。
「それでどっちから入る?」
 一瞬、誰もが顔を見合わせる。
「えーっと‥‥」
「どっちって」
 ここまで来る途中に行った事前の打ち合わせでは、NWの危険性から集団で動く方針までを決めた。
 だが、二つある塔のうち、どちらから調査するかまでの意思統一は決めていなかった。最初から塔は二つあるというWEAの情報提示があったにも関わらず、だ。
 ここまで慌しく駆けつけてきた、という理由もある。それでも、やはり一度は意見を擦り合わせておくべきだっただろう。
 そんな逡巡する仲間達を横目に、DarkUnicorn(fa3622)と名乗るヒノトがさほど問題でもないとばかりに提案する。
「右、左と順番に入ればいいんじゃないのか?」
「‥‥その根拠は?」
「別に。適当じゃ」
「ヒメったら‥‥」
 あっけらかんと答える彼女に、友人の月詠・月夜(fa5662)が思わず苦笑する。さすがに根拠もなく動くのはマズイだろう、と誰もが思い至る。
 来る途中で見せてもらった内部の図を脳裏に思い描くリーゼロッテも、死角の多さに行動を決める事への二の足を踏む。
 すると、それまでじっと考え込んでいた一個が、不意に顔を上げて渉の方を向く。
「一つ、いいかしら?」
「ああ。なんだ?」
「そもそもの事件の発端‥‥奇妙なものを発見した壁がある塔はどちらの方かしら?」
「たしか右側の筈だ。後から作られた塔、と聞いているが」
「それなら‥‥やっぱり右から調査した方がよさそうね」
 渉の答えに、彼女はあっさりと判断した。発見された物がNWになんらか関わりあるものならば、感染した存在はそちらにいる可能性が高い。
 そう説明されれば、皆納得するしかない。
 更に一個の提案を後押しする証言が一つ」
「‥‥探りを入れただけだけど、右の塔には確かに何かが存在してるわ」
 いつの間にか半獣化していたブラウネ・スターン(fa4611)。
 呼吸する存在を探っていた彼女の知覚は、右の塔に何かがいるのを捕らえていた。それがどのような生物かまでは把握出来ないが、少なくとも無人の筈の塔の中で何かが待ち構えている事は確実のようだ。
 彼女の言葉を受けて、彼らは右側の塔から調査する事を決める。
「月夜、おぬし傷の方は‥‥」
 いざ出発の段になり、ヒノトが月夜を振り向く。
 先の戦闘での傷を癒したとはいえ、まだ本調子ではない筈だ。とはいえ、必要以上の心配は彼女の為にならない事も承知している。
 その心情を察した月夜は、心配ないと言うようににっこりと笑みを見せた。
「私と須崎さんはここから監視してますから。できれば、こっちに出て来ちゃう前に片付けちゃって下さいね」
 どことなく有無を言わせぬ雰囲気に、ヒノトは小さく溜息をつく。心配をかけまいとする月夜の気持ちが分かるだけに、それは少し淋しい気もした。
 が、彼女はすぐに気持ちを切り替える。
 これから自分達を待ち構えているのは、天敵でもある『夜を徘徊するモノ』。
「気をつけろよ。俺自身は単なる案内役だから、これ以上はお前らの仕事だ。なにしろWEAへの連絡もあるからな。最悪‥‥これ以上の犠牲者を増やすなよ」
 見送る渉の言葉に、彼らは真顔で強く頷いた。

●戦いの果て
 予想以上に高い天井に、頭上からの奇襲をも警戒する悠闇・ワルプルギス(fa5167)。狭い入り口を潜り抜けた六人は、一歩一歩注意深く進んで行った。
 塔の内側を螺旋状に登る階段。
 しっかりと造りこまれているとはいえ、歩く度にカランと石の欠片が落ちる音が響くのは心臓に悪い。加えて手すりすらないので、足場そのものは不安定だった。
「そういえば‥‥死体はなかったわねぇ」
 警戒の目を緩めず、悠闇が一人ごちる。
 塔の周辺、そして内部へ入って今まで、死体どころか血痕すら見当たらなかった。
「ひょっとしたら鳥葬みたく、塔のてっぺんに吊るしてんのかもな」
「‥‥笑えんのう、その冗談じゃ」
 軽口を叩くシンの言葉に対し、ヒノトが辛辣に応える。振り向いた彼女の持つヘッドライトに照らされ、思わず乾いた笑みを浮かべるシン。
 そんな二人のやり取りを他所に、先頭を歩く一個がピタリと足を止めた。
「どうしたの?」
 最後尾に立つリーゼロッテが問いかけるが、彼女は答えるよりも早く手に持つ日本刀を静かに身構えた。
 途端、場の空気が変わる。
 その気を感じたかのように他の者達も即座に戦闘態勢を取った。
「案外‥‥当たってたのかもね」
「え?」
「――来るわ」
 呟くと同時に悠闇が素早く後ろへ飛ぶ。それに合わせる形で、先頭を歩いていた一個達も今立つ場所を離れた。
 直後、塔の最上へと続いていた穴から飛び出してきた黒き影。その勢いのまま突き進んできたのは、既に人ではなくなった異形の生命体。
 おそらく観光客だろうその衣服はあちこちが破け、人には有り得ない虫に似た節足が生えている。既にもとの人間としての意識はなく、ただ感じるのは獣人に対しての殺意のみ。
「出やがったなっ!」
 叫ぶシン。
 咄嗟に手にしたデジタルカメラのフラッシュを焚くと、一瞬怯むNW。その隙を見逃さず、彼は退きざまに一撃を加えた。
 思わず蹲るNWを後目に一個の号が飛ぶ。
「一階まで降りるわよ!」
 当初の予定通り、彼らは今まで登っていた階段を全速力で駆け下りていく。
 不安定な足場の階段より、ある程度スペースが取れる一階の方が、多少狭いだろうが戦闘がしやすい筈だ。
「逃げ足にはそれなりに自信があるのじゃ」
 言葉どおり、ヒノトはまるで飛ぶように走る。無論、獣化だけが原因ではなく、俊敏脚足を使った結果だったのだが。
 おかげで一番乗りで一階へ到着した。
「早かったわね」
 そんな彼女へ声をかけてきたのは、一階で待機していたブラウネだ。
「‥‥ふう、もうじきヤツが来るのじゃ」
「解ってる」
 既に獣化済みの彼女の手には、得意とするアーチェリーの弓。僅かに感じる呼気を頼りに、静かに狙いを定めて弦を引いた。
 タイミングは一瞬。
 じっと待つ彼女の前を、仲間が次々と一階へ到着する。彼らは皆、円陣で囲むように散っていき――そうして最後の一人、リーゼロッテが階段を降りた、と同時に姿を見せたNW。
「今じゃ!」
 ヒノトが叫んだ瞬間と、ブラウネが矢を放ったのはほぼ同時。
 防御するタイミングもなく、矢はNWを直撃した。グラリと身体を崩したが、それで完全に倒れた訳じゃない。
「さあ、これでもうお終いよ」
 悠闇の鞭が一瞬NWの腕を拘束する。当然抵抗しようと足掻くが、それよりも早く彼女の方が力を緩めた。バランスを崩した隙を狙い、一個の盛り上がった筋肉の腕で、手に持つ刀で剥き出しのコア目掛けて切り結ぶ。
 瞬間、耳障りな呻き声が塔内に響く。
「耳障りなの、これ以上聞かせないでね」
 相手が気付くより早く、リーゼロッテの姿が間合いに現れる。戸惑いをよそに突き付けたナイフでコアを攻撃する。
 さすがに堅く、ひび割れるものの決定打ではない。
 一旦引いた彼女の攻撃と入れ替わる形で、シンの放った羽根が鋭い針の如くNWの急所に突き刺さった。
 既に死した肉体から血は流れない。僅かに溜まった箇所が滲むだけだ。
 思わず顔を顰めた一個だが、沸き起こる思いを押し殺して腕を振り上げた。
「これで‥‥終わりよ!」
 メリケンサックを付けた拳は、予想以上の威力を伴って――コアを砕いた。

 ‥‥そして戦いは幕を下ろす。


「――お疲れさまでした」
 塔を監視していた月夜の労いの言葉に、ヒノトら六人はようやく終わったのだと息をついた。
 NWを倒した後、リーゼロッテの意見もあり、彼らはもう一度塔の中や外を調べまわった。結局見つかったのは、塔を監視していたWEAのメンバーでもある獣人の死体だけだった。
 渉の説明では、行方不明の観光客がもう一人いるという話だが、もう片方の塔も調べてみたが、やはりNWはおろか死体も見つからなかった。
「何か出ていかなかったのか?」
 ヒノトの疑問に、月夜はただ首を振るばかり。
「須崎さんと少し世間話をしてた程度ですが‥‥気付きませんでした」
 落胆の色を隠せない月夜だが、あまり彼女を責められない部分もある。
 塔へ赴くまでの時間ロスや、やはり二手に別れていた方が‥‥等と誰もが考えていたからだ。
「‥‥まったくヤなもんだねぇ。こっちは後手に回らざるを得ないから、どうしても犠牲者が出ちまう」
 悔しげに舌打ちするシン。
 右の拳で左の掌を叩くポーズは、彼の憤りそのものを表している。
「どちらにしても、犠牲者の供養はしておきましょうよ」
「‥‥そうだな」
 悠闇から手渡された遺品に、渉は少し辛そうに答える。
 ――――沈黙の塔は、火を灯す者もなく、いまや完全に沈黙した。