拝火教――命の灯火中東・アフリカ
種類 |
ショート
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担当 |
葉月十一
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
3.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/24〜07/27
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●本文
街の灯は消え、夜の帳が降りてくる。
月明かりが頼りの路地裏を、一つの影がまるでそれすら避けるように歩いていた。否、覚束ない足取りは、もはやふらついていると言っていいだろう。
影に、すでに自身の意思はない。
ただ衝動にも似た本能だけが、その身体を動かしているに過ぎない。
とうに時間は経ちすぎている。このままではいずれ――。
「もし? どうなされました?」
突然かけられた声に、影はぐるりと首を回す。
月明かりを背に、そこには男が一人立っていた。こちらを心配そうな表情で覗き込んでいる。
が、それにとって男の方などどうでもよかった。
近付いてくる足音。身体を起こそうと伸ばした右腕。その反対側に大事そうに抱えている一冊の本――それだけが重要。
「何か?」
身を起こしたことで、男は僅かに首を傾げる。
構わず、それは腕を伸ばし――男の持つ本を掴んだ、途端。その身体は糸が切れた人形のようにどさりと地面へ倒れた。
「ちょっと、どうなさいました? しっかりして下さい――ヒッ!?」
男が触れたその身体は、酷く冷たかった。既に人の体温はなく、よく見れば身体のあちこちに裂傷のようなものが残っている。
その時になって、男はようやく悟ったのだ。
「‥‥ま、まさか‥‥し、死んでる‥‥!」
――それは、ヤズドの街で起きたとある日の出来事。
市街にて発見された遺体は、先日より行方不明になっている旅行者のものと判明した。その一報は、数日遅れでWEA本部へも届けられた。
現在警察側は、その第一発見者の男の取調べを行っている。男はゾロアスター教の修道士であり、現在ヤズドの寺院に務めている。周囲の評判も上々で、真面目な好青年だとの話だ。
本部側では、その発見された遺体がNWに取り付かれていた人間であると把握しているが、それを一般の警察へ情報開示するわけにはいかない。
とはいえ、このままでは無関係の人間が無実の罪を着せられることになるかもしれない。
本部もなんとか上層部を説得するように動いているが、多少の時間がかかる。その間、事態は悪くなる可能性の方が高い。
「‥‥と、言うわけだ。なんとかお前らの力を貸して欲しい」
WEAからの要請で集まった獣人達に向かって、須崎渉は説明を繰り返した。
「――で、何をすればいいんだ?」
その問いに、彼はいとも簡単に答えた。
「確率から見て、十中八九、その男が持っていた本にNWは潜んでいる筈だ。現在それは、警察の保管庫にしまわれている。そいつを盗み出して、WEA本部へ届けること。それが今回の依頼だ」
「は?!」
「その証拠さえあれば、本部も警察上層部を説得出来るし、男の身柄も解放される。それが本部の見解だが、まあ俺もそう思うぜ」
まるで買い物してきてくれ、というような簡単な口調だが、表情はまるで笑っていない。真剣そのものだ。
「おそらく二、三日が山場だろう。準備は出来るだけこちらで用意する。他の人間が感染する前に、その本を確保することだ」
仮に感染者が出た場合、その時点で始末をしても構わない。
彼は静かにそう告げた。僅かに苦痛めいた表情を浮かべて。
●リプレイ本文
●事前調査
「あの、すいません。落し物したんですが」
昼間のまだ明るいうちに警察がある建物を訪れたベルシード(fa0190)。
落し物をした、と適当に理由をつけてやってきた彼女を待っていたのは、受付に姿を見せた警官の、矢継ぎ早に投げかける質問の数々。
曰く、どこから来た、何を落とした、どんな所へ行った、等々。
「え、えっとね。僕、日本から来たタレントで‥‥」
しろどもどろになりつつも、パスポートを見せて何とかその場を切り抜ける。その後、トイレに行くと誤魔化してその場を離れた彼女は、人目がなくなるなり小さな溜息をついた。
「ふぅ、焦ったよ。まさかあんなに根掘り葉掘り聞かれるなんてね」
そのままベルシードが歩く廊下は、例の保管庫へと続く道。
月詠・月夜(fa5662)がWEA経由で用意した署内の見取り図を脳裏に描き、視線の端々で部屋の位置や逃走経路などを確認していく。
「‥‥と、やっぱここから先はムリだね」
怖そうな顔をした男が二人、それ以上の進入を防ぐ位置に立っていた。すぐに身を隠したから、こっちには気付いてなさそうだが。
(「無理は禁物だよね」)
そう彼女は冷静に判断し、何食わぬ顔で元来た廊下を引き返した。
――ちょうど同じ頃。
建物を外から観察する視線があった。覆面レスラーとして名高い夏姫・シュトラウス(fa0761)だ。
「‥‥やはりこの経路からが、目的の場所まで一番近いですね」
手に持つ双眼鏡、もう片手には見取り図を携え、彼女は真剣に観察する。当然周囲の気配には極力気を使い、誰にも見られぬよう細心の注意を払いながら。
その時、彼女の隣に一つの影が立つ。
ハッと振り向きかけ‥‥すぐに仲間の一人だと気付き、夏姫はホッと安堵した。
「もう、脅かさないで下さい」
「悪ぃ」
彼女の抗議に苦笑するのは、役者であるグリモア(fa4713)だ。
「どうだ? いい具合の場所は見つかったか?」
今回、彼の車を逃走用として使用予定だ。
そのため、なるべく近場に置いておける場所が必要である。彼自身、周辺の地理を頭に叩き込んでおこうと、さっきまでこの辺りをうろうろしていたのだ。
「二、三ヶ所、めぼしい処は見つけました。後は皆さんとの相談ですね」
「そうか。そろそろ日も暮れる。一旦、みんなと合流しよう」
「はい」
そして――集まったのは、渉が提供したホテルの一室。
「それでは、決行は今日の真夜中に」
「そうだな。その方が人も少ないだろう」
仲間の情報を取り纏めていた月夜の提案を、神保原・輝璃(fa5387)が静かに同意する。
彼自身も色々と調査をしていたが、やはり昼間ではあまりにも人目が多過ぎると感じた。それならば、人の動きがまばらで見つかりやすいという危険もあるが、人目が少ないほうが無難だろうと判断したのだ。
当初、それは誰もが同じ事を考えていた。
結果として彼女がそれを口にしたことで、改めて全員の中で作戦の一環として認知されたようだ。
「やれやれ。警察に侵入して書物を奪還してこい、とは‥‥なんとも犯罪めいた事だ」
ベイル・アスト(fa5757)が洩らした小さな呟きも、それは誰もが心に思っていたことの代弁。むしろ犯罪であることは確実だ。
「どちらにしても、私ではあまり役に立ちそうありませんから。嘘の通報に関しては、こちらにお任せ下さい」
そう言って、にこりと笑うパトリシア(fa3800)。
胸に手をしっかり当てる彼女に向かって、潜入班を志願したリーゼロッテ・ルーヴェ(fa2196)の明るい声が返る。
「大丈夫、私達に任せてよね!」
元気のいい声が一室の響く。朝から必死で彼女が準備したのは、靴底にゴムを当てて足音を出ないようにしたりとか、完全獣化した顔を隠す布や帽子だ。
その後、幾つもの情報をお互いに刷り合わせる談義が続く。
内部の見取り図を頭に叩き込む者。周辺を警戒する場所を確認する者。必要な物品を逐一チェックしていく者など、そうして瞬く間に時間は過ぎていき。
「では――始めましょうか」
月夜のその一言を合図に、彼らは一斉に部屋を飛び出した。
●真夜中の突入
それは、けたたましいベルの音から始まった。
時刻は真夜中。
一斉に鳴り出した電話が告げたのは、パトリシア達からの偽の通報。それまでの静寂とは一転して、警察署内で人の動きが慌しくなる。
何人もの人間が出入りする様子を、月夜達は物陰に身を潜めながらじっと見つめていた。
「上手くいってるみたいですね」
「まあ、そうでなければ困るがな。折角の演技が台無しだ」
「確かにね」
頼まれて演技した事を思い出し、苦笑するグリモアにベルシードが同意する。そのときの事を思い出したのか、夏姫は今更ながらに頬を紅くした。
そして、今一度グリモアは警察のある建物に視線を向ける。
「――どうやらだいぶ人が出払ったみたいだ」
呼吸感知によって感じる数が大分減った事を彼は告げる。
ならば、タイミングは今しかない。突入班達はそれぞれ視線で合図すると、皆一様に頷く。
「じゃあ、ここお願いね」
「悪ぃな。車の方、頼む」
「あ、はい」
リーゼロッテのかけた声に、夏姫が頷く。グリモアのいう車とは、逃走用にと持ってきた彼の車の事だ。
万一のための連絡を携帯ですることを伝えると、彼らは素早く建物の中に駆け込んでいった。
――足音が近付いてくる。
「ベイルさん、こっちです」
「なんだ? さすがに偽の通報だけでなく、一つぐらいは本気の警察沙汰があったほうが」
「ダメですよ。私達、タレントなんですよ!」
余裕でそんなことを呟くベイルに対し、パトリシアが本気で怒鳴る。
「おい、連中が来たぞ。静かにしておけ」
身を潜める輝璃の声に、彼女は慌てて口を噤む。やれやれ、と苦笑するベイルは冗談だというように軽く肩を竦めた。
そのまま、三人は闇に紛れるように街中へ消える。
ほぼ入れ違うようにして、偽の通報で呼ばれた警官達がその場に到着した。
「これが鍵だね」
ほぼ一瞬で移動したリーゼロッテは、目の前の鍵束を素早く掴むと、また元来た廊下を同じように引き返した。
一瞬誰もいなかったのですぐさま周囲を見渡すと、輪郭がずれる形で月夜が姿を見せる。
ホッとする彼女だが、あまり息つく暇はない。
「人の気配は?」
「今の所はこっちにはない。保管庫までは無人のようだ」
グリモアの答えに、彼らはすぐさま次の行動へ移った。身を潜めながら、だが素早く目的の場所へ向かって走る。
そして、目的の場所へと辿り着いた彼ら。扉の向こうに潜む脅威を思って僅かに逡巡したが、彼らはすぐに室内へと突入した。
素早く例の書物を探そうと目を走らせる中、ベルシードが目的の本を発見する。事前に聞いておいた本の外見と一致するのは、一冊しかなかったからだ。
「本の種類とか聞いておいて良かったよ」
「どうやらまだ感染はしてないようですね」
改めてホッとする月夜は、その本を用意しておいた鞄の中に仕舞い込んだ。
これで暫くは大丈夫だろう。今、この場にいるのは獣人だけ。安易に感染することはない筈だ。
その間に、グリモアが陽動のタイミングを報せる連絡をしていた。
「目的は達したんだ。とっととこんな場所とはおさらばだ」
ニヤッと笑う彼のタイミングに従い、彼らはその場を一気に脱出した。