舞台挨拶危機一髪アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
葉月十一
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/23〜10/27
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●本文
「‥‥ウソ‥‥ここ、どこ?」
目の前に広がる見知らぬ風景に、少年は呆然と呟いた。
何度も目をゴシゴシと擦ってみるものの、見える景色に変化があるわけがない。次第にこみ上がってくる焦りと不安。
チラリ、とロータリーにあった時計を見れば、もうまもなく上映時間が近付いている。
「どうしよう‥‥遅刻だよ」
こんなことなら昨夜は早く寝るんだった。
そう後悔したところで後の祭り。
先日まで少年は、映画の撮影で昼も夜も働きどおりだった。文字通り睡眠時間を削り、頑張ったのだ。それもこれも、主役に抜擢されて嬉しかったから。
だからこそ映画のクランクアップ後のプロモーションにも精力的に活動したのだ。そのため、少年の疲労はかなりのもので、だからこそ昨日は一日オフをもらっていた。
それなのに。
「初日の舞台挨拶に遅れちゃ、シャレになんないよ‥‥」
思わず頭を抱え込む少年。
そんな彼に、行き交う人達は訝しげな視線を送る。
車で迎えに行くというマネージャーの言葉を断って、一人で電車に乗った自分。乗ったはいいが、うっかり寝すぎてしまって目的の駅をはるかに通り過ぎてしまった。
気付いた時は既に遅く、慌てて降りたのはいいけれど、そこは一度も来たことがない見知らぬ土地。
「‥‥どう、しよう」
普段、芸能界という大人社会で活動し、言動も多少大人びているとはいえまだまだ子供の十二歳の少年にとって、見知らぬ場所での不安と約束を破ってしまったという焦燥はかなり大きい。
その時、不意に携帯の着信音が鳴った。
いつでも連絡が付くように、とマネージャーが持たせた物だ。
「もしもし?」
「あ、一哉君! いったい何処にいるの?!」
ボタンを押した途端、耳元に響くマネージャーの声。
「マ、マネージャー‥‥僕、迷子になっちゃった‥‥」
「――わかったわ。すぐに迎えに行くから、じっとして待ってるのよ」
彼女は携帯に向かってそう叫ぶと、次にスタッフの方を振り向いた。
そこには、今回の舞台挨拶に駆けつけた共演者や監督、その他何人かのスタッフが皆、固唾を飲んで見守っている。
「一哉君、どうでした?」
スタッフの一人が彼女に尋ねる。
「それが、どこか知らない駅で降りちゃったみたいなのよ。おかげで少し混乱しちゃってて」
心配そうに呟く。
もう間もなく映画が公開される。舞台挨拶はそれが終わってからだから、まだ多少の猶予はある。それに他にも挨拶をする共演者がいるから、一番最後に回してもらえればもう少し時間は稼げるはずだ。
「ねえお願い! なんとかあの子を探して、連れてきてくれないからしら?」
彼女はそう言って、スタッフ達に頭を下げた。
●リプレイ本文
●楽屋控室
「随分と慌しいですね。一体何が‥‥?」
花束を抱えたまま、私――空野 澄音(fa0789)はどこか騒然とした控室を眺めていた。
一体何があったのかしら? あ、あのスタッフの人に聞いてみようかな。
え、主役の一哉君が来ていないんですか? 大変、それじゃあ舞台挨拶に間に合わないのでは。
その時、大きな声を上げる女性が姿を現した。
どうやらマネージャー君みたいですね。
「あの‥‥私でよかったら、一哉君を探すの、お手伝いしましょうか?」
「あらあら、大変ですわね」
声に振り向いたら、オペラ歌手のChizuru(fa1737)君がいた。そういえば、この映画の主題歌って彼女が歌ってましたから。
彼女もやっぱり心配してるみたいですね。あんまりそうは見えないですけど。
「一哉君を楽しみにしているファンの為にも、早くいらして下さらないと」
とりあえず今いる人達で、って事で早速一哉君を迎えに行きますね。ええっと、大体どの線路を使ったのかを確認してもらっていいですか?
渡された携帯の番号を確認して、私達はすぐに推定駅へと向かった。
「とりあえずその周辺から探しますね。連絡係はChizuru君と空間君でいいですか?」
まさかこんなことになるとは、思ってもいませんでしたわ。
「早く見つかるといいのですが‥‥あまり動かないでいてくれると助かるのですけど」
今頃、うまく捜索に行った人達と合流してくれてればいいのですが。
ふう、と溜息を一つ。
目を落とした携帯電話には、まだ誰からの連絡もない。時間もそれほど経っていないから仕方ないとはいえ、さすがに心配だ。
「‥‥まだでしょうか?」
「MIDOH(fa1126)さんに車を貸しましたから、もうすぐ連絡が来ますわよ」
マネージャーの焦る気持ちもわからないではない。
だが。
「大丈夫。後は信じて待つだけです」
そう、わたくしに出来るのはこの程度しかありませんけど、何事もどっしりと構えていればいいのですよ。
後は皆さんの頑張りを信じるだけですから。
「あの、Chizuruさん。出番ですけど、よろしいですか?」
スタッフの呼ぶ声に、私はええ、と微笑み返した。
わたくしに出来ること――歌を歌って、時間を稼ぐこと。空間 明衣(fa0341)さんも舞台で司会を頑張っているのですから、わたくしも頑張らなくては。
「――それでは、今回の映画の主題歌を歌っていただきましたオペラ歌手のChizuruさんの登場です!」
名前を呼ばれ、わたくしは舞台上への第一歩を踏み出した。
●舞台上
Chizuruさんの歌が終わった後、そのまま映画の上映が始まった。
「ふう、なんとか時間の方は稼げましたね」
「そうね」
うう、今でも心臓がバクバクしてます。その点、オペラ歌手のChizuruさんはそれなりに場数は踏んでるみたいで、見た目平気な顔をしてますね。
なんとか司会を役として演じてみましたけど、本当に大丈夫だったのか心配ですよ。
「女優としての舞台度胸もまだまだね」
その辺は、いくら経験を積んでも積み足りないという感じでしょうね。フリートークも事前に決めてたとはいえ、少しとちってしまいましたし。
一応、大丈夫とは言ってくれましたが‥‥と、落ち込んでいられませんね。
携帯の着信音に、あたしは急いで受話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あ、俺。月岡優斗(fa0984)だけど。今、一哉が降りた駅付近に到着したぜ。とりあえずこの辺一帯を探してみるよ』
「確か‥‥駅の近くには公園がありますよね。その辺りにいるよう、マネージャーさんが指示したみたいです」
『了解』
電話が切れると同時に、あたしは肩の力をおもいっきり抜いた。
●行方
「ったく‥‥見つけたら一発チョップだな、チョップ!」
自転車を漕ぎながら、つい出てくるのは軽い愚痴。
たまたま見に行った映画でこんなことに巻き込まれるなんてついてないよな。別に興味なんかなかったんだけどさ、いやマジで‥‥っ。
そりゃ、俺だっていつかはこういうスクリーンで主役ってのを張ってみたいとは思うぜ。
とはいってもさ、こんなに沢山の人に迷惑はかけたくないよな。やっぱ、そういうのはキチンとしとかないと。
「でも‥‥俺もいつか探される側になりてー」
やべっ、声に出しちまったじゃん。
慌てて周囲を見回して、人がいないことを確認する。
焦ったぁー。んなの、人に聞かれたら恥ずかしいじゃん。
ああ、もう、そんなことより一哉のヤツだよ、一哉のヤツ。ホント、いったいどこにいったんだよ。公園の方にも姿がなかったし、あんまりウロウロしてるとマジ騒ぎになるって。結構売れてるヤツだから、顔だって知られてるしな。
「‥‥ん? あれって‥‥」
ふと目をやった方に見える二つの人影。
少し泣きじゃくってるのって‥‥確か同じ子役の小鳥遊 つばさ(fa0394)じゃん。んで、その隣にいるのは――一哉じゃん!
なんだよ、あいつ。
迷子になったとか言って、ひょっとしてナンパしてたのか? とりあえず声かけてみっか。
「おーい!」
「ほ、ホントに怖かったよ〜一哉くんがいてくれてよかったぁ」
「大丈夫?」
思わず一哉くんにしがみついたら、心配そうに顔を覗かれて、慌てて涙ぐんでいたのをぐっと堪えてみた。
ホントに一哉くんに会えるまで、すっごく不安だったんだから。せっかく一哉くんの舞台挨拶に一人で行こうとして、まさか見知らぬ駅で降りちゃうなんて。
でも、まさかこんなところで一哉くんに会えるなんて、夢にも思わなかったな。
「うん、実は僕も迷子になっちゃったんだよね」
「え?」
ど、どうしよう。
ひょっとして一哉くんも不安なのかな? あたしが一方的に声かけちゃって、ていうかそもそもあたしの方は一方的に一哉くんを知ってるだけなのに。
そう思ったら、また涙ぐみそうになっちゃった。
でも、そんなあたしの涙を、彼はぐいっと指で拭いてくれたの。
「大丈夫、心配ないよ。もうすぐ誰かがこっちに迎えに来てくれる筈だから」
や、やだ、どうしよう。
一哉くんだって不安なのに、あたしの方に気を使ってもらっちゃって‥‥なんだろう、いつか彼と一緒に仕事したいな。いつかあたしが立派な女優さんになった時にでも。
ドキドキする胸と一緒に彼の袖をギュッと掴む。
「あ、あの‥‥」
「――あ、来たみたいだよ」
途端、あたし達の目の前に車が勢いよく止まった。
思わずビックリしたあたしに構わず、運転席から顔を覗かせたのは、最近売り出し中の歌手のMIDOHさんだった。
「待たせたね」
●移動
「さて、急ぐからね。しっかり掴まってな」
「安全運転にしろよ」
久遠・望月(fa0094)に冷静に突っ込まれ、あたしは思わず解ってる、と怒鳴り返した。
まったく、そんなこと解ってるよ。こんなことでスピード違反して捕まったら、よけい遅刻してしまうからね。飛ばしてたのは昔の話さ。もうとっくに足を洗ったからね。
思わず過去を思い出し、苦笑を零す。
ふと、隣から一哉の不安そうな視線を感じて、あたしは安心させるように笑みを浮かべた。
「なーに、心配するんじゃないよ。きちんと間に合わせてあげるから」
乱暴に頭を掻き回してやると、あたしは思いっきりアクセルを踏んだ。
おっと、一応安全運転だよ。とりあえず来る時に信号やルートの方は確認しておいたから、最短時間でいけるとは思うんだけど、問題は都内の渋滞だね。
確か、久遠も言ってたっけ。
「渋滞を考えると、電車の方がいいんじゃねーか?」
「確かにそうだけどさ、行けるところまで頑張るだけだね」
最終手段としては、半獣化して飛んでいくことも考えてるけどね。確か覆面もあった筈だから、なんとかなるんじゃないの。
ともあれ、あたしは車をすり抜けるようにハンドルを切った。
「やっぱり地下鉄の方がよかったか」
「大丈夫ですよ。ほら、もうすぐそこですから」
思わず溜息ついた俺に、一哉が元気付けるように返事する。目深に被った帽子で顔を隠してるとはいえ、やはり一流の子役というのは出ているオーラが違うんだな。
さっきから周囲の視線が、こっちを見てると感じるのは気のせいじゃない。
小鳥遊や月岡といった他の子役が連れ立ってるおかげで、なんとか親子連れとか家族連れを装うことが出来たのはいいが‥‥やっぱり時間の問題じゃん。
「なるべく急ごうぜ。もうすぐ映画上映も終わるって、山田から連絡が来たぜ」
確かマネージャー志望の山田夏侯惇(fa1780)だったっけ、あの子。
「そうだぜ、急ごう一哉」
「一哉くん、大丈夫?」
「あ、はい。わかりました」
時計をチラッと見れば本当にあと少しだった。
車を降りたのは正解だったじゃん。後は、向こうでなんか待ってるような演出をするって話だし、とにかく急いで向かうか。
礼儀正しい返事をした一哉を小脇に抱え、俺達は目的の映画館へダッシュで駆け出した。
●舞台挨拶
「みんなー遅くなってゴメンね〜」
舞台に現れた一哉の姿に、会場がワッと歓声に沸く。
その様子を眺めながら、僕はホッと一息ついた。
「なんとか間に合って良かったです。ふー‥‥安心したところで、喉が渇きました」
「はい、お茶です。今回はお疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます」
澄音さんが差し出されたお茶を丁寧に受け取って、こくりと一口口に含む。
うーん、渇いた喉に気持ちいいですね。今日は色々と電話で喋り続けましたから、本当に疲れました。まさか、たまたま見に来た映画でこんなハプニングが起きるなんて。
手の中にある三台の携帯。
備えあれば憂いなし、でしょうか。こんなところで役に立つとは、思いもしませんでしたが。まあ、マネージャー志望の僕にとっては、とても良い経験でしたけどね。
こういうことを勉強するのも、いつか立派なマネージャーになるための修行ですね。他の皆さんとも少し交流が持てて、それも今後の大事なお付き合いになりますよね。
さて、それではそろそろ失礼しましょうか。
背後で挨拶する一哉少年の声を聞きながら、僕はゆっくりとその場を後にした。
「――今日は、この映画を見に来てくれて本当にありがとうございました。また、この映画を作るために尽力してくれた数々のスタッフ、そして今日、色々とご迷惑をおかけしながらも助けて下さった皆さんには、本当に感謝しています。どうもありがとうございました――」