【GMN】悔恨〜西安攻防アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
葉月十一
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芸能 |
フリー
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3.6万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/12〜08/16
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●本文
●最後の電話
――トゥルルル‥‥トゥルルル‥‥。
その日、何度目かになる電話のコールの音。
薄暗い部屋の中で、ただその音をじっと押し黙ったまま須崎・渉は聞いていた。片手に持つグラスを僅かに傾け、琥珀の液体の中で氷が融ける様を見つめながら。
ちらりと見た時計は、夜の十二時近い。
まだ夜も明けきってないだろうに、と日本との時差を考えた自分に気付き、チッと軽く舌打ちする。
腹が立つったらない。
電話の向こうの相手を容易に想像した自分にも、忘れないようにと何度も連絡を寄越す相手にも。
いまだ音は止まない。
いつもこの辺りでこちらが根負けすることも、きっと向こうには分かっているのだろう。それでも渉は、結局今日も同じように受話器を取った。
「――HELLO?」
『渉か?』
「‥‥他に誰が出るってんだ、この電話に」
『ははっ、そうだな』
聞こえてくるのは、いつもの軽口だ。ワザとらしく溜息をついたところで、向こうは何も気にはしない。
その後、何度か当たり障りのない会話をしたところで、急に受話器の向こうが押し黙った――それもいつも通りだ。
そうして、聞こえてくるのは決まりきった文句。
『なあ。そろそろ帰って来ないか? もう一度‥‥』
「何度も言わせるな。俺はもう二度と、バンドを組むつもりはない」
断る言葉も、同じ文言だ。
そして、この話はここで終わりだ。そう、いつもならそうだった筈――だが、この日は違った。
『あ、あのさ。今度オレ、中国へ新曲のプロモ撮影に行くんだ』
「‥‥」
『それでな、その時のバックミュージックをお前に』
「――断る」
続けようとした言葉を、渉は即座に断ち切った。これ以上の関わりは持ちたくない、と言わんばかりの強い口調で。
受話器の向こうで息を飲む気配を感じる。
さすがに言い過ぎたか、と思っていると、すぐにいつもの軽口が聞こえてきた。
『わ、悪ぃな。やっぱ、さすがに図々しかったよな。天下の須崎渉に無償で手伝わせようなんてな』
「‥‥馬鹿、俺はそんな大したモノじゃあ」
『いやいや、謙遜すんなって。今じゃあすっかり有名プロデューサーだしな』
あはは、と笑い飛ばす相手に、渉はやはり居心地に悪さを感じた。
昔からの顔見知り‥‥いや、顔見知りどころの騒ぎじゃない、何しろかつてのバンド仲間――更に言えば幼馴染みと言える相手にそんな風に言われるのは、やはりどこか苦痛だ。
『んじゃ、明日早くから出発だからな。今日はこれで寝るわ』
「‥‥もう」
かけてくるな。
その一言を口にしようと逡巡する間に、相手はさっさと電話を切っていた。
おそらく向こうも、渉が何を言いたいのか解っているだろう。だからこそ、決定的な言葉を聞くより早く、彼は電話を切るのだ、と想像する。
「――‥‥馬鹿、が」
それは誰に対しての言葉か。
考えるよりも早く、彼はグラスの中の液体を一気に喉へ流し込んだ。
それが最後の連絡になることなど、夢にも思いもせずに。
●鳴らない電話
一週間後。
その一報は、相手のマネージャーから入った。
「――どういうことだ?」
『だから、連絡が取れないんですよ。現地入りしたスタッフや、他のメンバーにも』
「おい。まさか危険な場所へ行ったんじゃないだろうな?」
『そんな事ありません! だって、きちんと安全だって事を確認したから、今回のロケが許可下りたんですから!』
受話器から聞こえるヒステリックな声に思わず顰め面になりつつも、渉は一週間前の会話を思い出す。
まさか、あれがあいつと話した最期になるのか――?
一瞬、全身の血の気が引いた。思わずよろめきかけたが、慌てて壁に手をついて身体を支える。
電話の向こうでは、今にも泣きそうな声が延々と続く。
さすがにうんざりしつつも、今は相手を落ち着ける方が先決だ。
「とにかく。連絡が途切れた場所を教えてくれ。こっちからでも何か情報がないか探ってみる」
『あ、ありがとう須崎君。ええっとね、中国の西安だったかな。近くはないけど、ナントカって遺跡があるって話てたわ』
「‥‥始皇帝陵のことか?」
『そうそう。でね、撮影の合間に行ってみたい、とか言ってたのよ』
「確かあそこは、まだ封鎖されていた筈だが」
『そうなのよ。だから余計に心配で』
「心配するな。そうそうくたばるようなタマじゃねえよ、あいつは」
涙ぐむ声にそうやって慰めの言葉をかけ、何か分かったら連絡する、と言い残して渉は電話を切った。
はあ、と息を継いだ直後。
再び電話が鳴り響く。
これ以上なんだ、と急いで受話器を取った彼の耳に聞こえてきたのは。
『須崎くん、いたのね。ちょうどよかったわ』
「‥‥あんたか」
それは、顔なじみのWEA職員の声。
その、いつになく緊迫した雰囲気に渉は眉根を寄せる。
『急いで応援に行ってほしいところがあるの。まだ詳細は分からないんだけど、ヤツらの動いた気配があるの』
彼女の言うヤツらとは、自分達獣人の天敵であるNWだ。
だが、中東支部担当である彼女が、何故中国支部にことに口を出す? そんな疑問が沈黙となって彼女に伝わったのか、電話の向こうから小さな溜息が聞こえた。
『‥‥あまり無関係、とも言えないのよ。以前からあなたに調べてもらってる件も含めてね』
言葉を濁す相手に、渉はそれ以上の追及をしなかった。
所詮、自分は一介のミュージシャンに過ぎない。あまり深入りするつもりもなかった。
『それでね、現地の話だけど。既に何人も行方不明者が出てるらしいわ。この前も、日本から来た撮影隊が消息を断ったみたいね』
「なに?」
思わず強い声を上げる渉。
彼女が口にした撮影隊というのは、まさか‥‥。
「場所はどこだ?」
突然の激しい口調に驚きながらも、彼女が口にした場所は。
「――――西安よ」
●リプレイ本文
●西安に向けて
一路、撮影隊を装った車が走る。
西安へ向けて
「もうすぐ着きますよ」
「ありがと。私達を降ろしたら、あなたは急いで身を隠してね」
運転席に座るWEAの職員に向かって、泉 彩佳(fa1890)はお礼と忠告を述べる。彼女の言葉に職員は素直に頷いた。
車も職員も、ともに彼女が渉を通してWEAへ強引に頼んだものだ。自分達獣人の変身経緯を見せない為という理由が一つ。
そしてもう一つは、車中で話し合いを円滑に進める為だ。
「それにしても無様なものだな、私たちも。以前から何も進展なく、同じ事を繰り返しているとは」
嘆息にも似た呟きを口にしたのは、アクション俳優として有名なシヴェル・マクスウェル(fa0898)だ。
一瞬、場が沈黙する。彼女の言葉は、誰しもが思っていたことだからだ。
「NW流出‥‥ホントどーなってんだろうなぁ」
呆れたような佐渡川ススム(fa3134)に、天音(fa0204)はただ冷静に言葉を返す。
「とはいえ、泣き言を言っても始まりはせん。拙者らに出来る事をするだけじゃ。時に――行方不明者はこれで全部か?」
「ああ」
答える渉の顔色が僅かに曇る。
彼女らの前に並べられたのは、ここ一週間で行方不明となった者達の顔写真。WEAが掴んでいるだけの情報なので、実際はもっと多い可能性が高い。そして、その写真の中には、彼の友人も入っているのだ。
何かを言いかけた彩佳だったが、彼の心情を慮って唇を閉ざす。
代わりにススムが話を持ちかけた。
「探してみれば?」
「――は?」
「だから、そのNWに襲われたかもしれない友達だよ。俺らはNWを探して退治する。そのついでに行方不明のミュージシャンが見つかれば万々歳じゃん」
一見軽口に聞こえそうだが、内容は至極まともな意見だった。注目が彼に集まる中、今回渉と行動する彩佳と各務 神無(fa3392)に向かって、こっそりとウィンクしてみる。
よろしく頼む、そんなアピールのつもりだが、どうやらうまく伝わったようだ。
とはいえ、神無自身はススムほど楽観していない。銜えたままだった煙草を指に取り、僅かな溜息とともに紫煙を吐き出す。
「‥‥最悪の想定と相応の覚悟だけは、しておいた方がいいよ」
「わかって、いる」
(「須崎さんも、中東で何度かNWに遭遇しているとアヤから聞いてたけど」)
その真摯な表情に、彼女もそのつもりならばと気を引き締めた。
そんな現状を改めて認識した因幡 眠兎(fa4300)が、思わずポツリと言葉を洩らす。
「今回の仕事、思っている以上に厄介かもしれないね」
「中国も色々と怖いねー」
呟く叢雲 颯雪(fa4554)だが、科白ほど怖がっている様子はない。
レースドライバーである彼女にとって、危険とは常に隣り合わせにあるもので、あくまで彼女の中での日常に過ぎない。だからこそいつも無茶に前線へ突っ込むのを、知人達に何度も注意されている。
何度も一緒に仕事をしたことのある神保原・輝璃(fa5387)も、それを知っていたためもはや何も言う気はない。
「所詮俺が言ったところで、無理なんだろうな。それなら――」
二人で無茶して派手にいくってのはどうだ?
そう続けようとした彼の言葉に、神無の声が割って入る。
「颯雪」
名を呼ばれ、思わず身を正す。
思い当たる節が幾つもある颯雪にとって、彼女の言葉は姉のように心に響く。
「神無姉」
「無茶はしないでって前にも言ったけど、今回の仕事、十分気をつけてね」
そう言って、神無は颯雪と同じ班を組むススムと輝璃に視線を向ける。
それを受けて二人は小さく頷いた。
「まあ、任せておけ」
「同じく」
そして――車は西安へと到着する。
●西安攻防
車から出るなり、彼らは三班に別れて行動を開始した。
未だ厳戒令の敷かれている街に、人の気配は殆どない。時同じ頃、他の獣人達が遺跡方面の封鎖を行っている為、NWそのものも今のところ見当たらなかった。
「どうだ? いたか?」
「‥‥いや、見つからんのう」
地上から大声を張り上げるシヴェルに対し、ゆっくりと降下してきた天音が僅かに首を振る。
「撮影隊の方も空から確認してみたんじゃが、見える範囲にはいないようじゃ」
「そうか」
NWが街へ姿を見せていないということは、他の獣人達の封鎖作戦がうまくいっている証だ。が、やはり撮影隊の手掛り一つでも今は欲しいところ。
そんな安堵と落胆といった二つの感情が入り混じった溜息を、シヴィルはゆっくりと吐き出した。
「こちらも今の所異常はないよ。やっぱり郊外の‥‥始皇帝陵の方へ探しに行ったほうが」
報告の途中で、眠兎は思わず口を閉ざす。
携帯していたアナログ時計が淡く光ったのを、彼女は見逃さなかった。
「――いた!」
緊張が三人に走る。
すぐにでも戦闘態勢を整えたいところだが、街中ではあまりにも人目に対して不都合だ。今までの調査時の姿も、見つからなかったのはあくまでも幸運に過ぎない。
「一旦退くよッ!」
眠兎の耳は、その時点で相手の動きを素早く捉えている。耳障りな足音が近付くのを、おぞましさとともに聞き取った。
だから彼女は、その場を急いで後にすることとした。。他の二人も同様の直感が働いたようで、眠兎の後を追いかけるように続く。
街中での戦闘は極力避けたい。
自分達の能力を存分に使う意味でも、三人は街の郊外へと急いだ。
‥‥視界に収めたNWを、輝璃は神速の速さで蹴り上げた。そのまま吹き飛ばされたNWを彼は両手に持つデュアルブレードで容赦なく断罪した。
殆ど相手に声を出さず、彼は一気に止めを刺した。
「これで終わり、ってワケにはいかなさそうだな」
振り返った彼の目線の先、新手のNWが姿を見せる。
彩佳から知友心話で届いた連絡により、街の捜索途中だった輝璃達三人はすぐさま郊外へと向かった。途中何も邪魔はなく、西安の街を抜けて別班と合流しかけた時、彼らの進路を塞ぐように立ちはだかったのは、グロテスクな虫に擬態したNW。
が、それを輝璃の持つ両手剣、そしてシヴェルの鋭く伸びた爪が道を切り開いていく。今もトドメを刺す形でNWのコアに向かって、振動する爪が一閃した。
「疾っ!!」
そんな二人の後ろを、颯雪が銃を構える形で追いかける。
本当ならば前線へ突っ込んでいきたかった。そのつもりで飛び出そうとしたところを、ススムによって止められたのだ。
その時の忠告を思い出し、彼女はくすりと小さな笑みを刻む。
『――一人で全部やろうとしなくていいんだぜ? 君は銃が扱える。俺や輝璃さんは前に出て戦える。飛ぶNWには俺等手が出ないし、その時は頼りにしてるぜ』
適材適所。
その言葉に、颯雪は自分が射撃が得意であることを今更のように思い出した。
だから彼女は納得して今の位置に立つ。そして、上空を飛ぶNWへと狙いを定めた。
「颯雪!」
「任せて」
引鉄を引く。銃声は消音器に消える。
気付かれることなく、弾丸がその動きを止めた。落下してくるそれを待っていた輝璃が、一気に急所を切り裂いた。
「さすがだな」
「まあね〜」
褒められると嫌な気はしない。
だけど。
(「私はね、神無姉みたいになりたいの――」)
彼女のあくなき挑戦は、まだ当分は諦めていなかった。
郊外で合流した三班は、集まってきたNW達に対して懸命に抗戦した。地を這う蟲には鋭い刃をもって薙ぎ払い、上空を飛ぶ虫には射撃によって地へと落とす。
そんな中、翼による飛翔でNWと対峙していた彩佳は、不意に視界に映った光景に一瞬愕然となる。
動きを止めた彼女の隙を突き、NWの凶刃が迫る。
ハッと我に返るが、既に遅い。怪我を覚悟した直後、樹を駆け上がった神無によってそのNWは分断された。
「アヤ、何をぼうっとしてるの? 空中戦は任せているのだから、しっかりやってもらわないと困るわね」
「あ、ごめんなさい。ちょっと変な光景が見えたので‥‥」
今の彼女の視界は、かなりの範囲を見渡す事が出来た。但し、透すのではなく、あくまでも見える場所にあるものだけ。
その力が今彼女に見せたのは、NWが現れてきた方向――つまりかつてNWがいた場所。
「あの‥‥神無さん、付いてきてくれるかな? 出来たら須崎さんにも」
神無の視線がちらりと戦闘中の仲間を見る。すでに大部分は倒され、残すのも一体だけのようだ。
それなら、一旦離れても問題はないだろう。
「‥‥そうね、構わないわ」
「何が、あった?」
覚悟を、と言った神無の言葉が渉の脳裏を過ぎる。少し青ざめた表情の彩佳を見て、最悪の状況を彼は脳裏に思い描いた。
その様子が痛々しく、それでも真相を知るために彼女はさっき見た光景がある場所へと向かう。後に続くのは神無と渉。
そこは入り組んだ街路の一角。おそらくあまり人も通らないだろうと思われる荒涼とした場所。
そこで彼女らが見つけたのは、無残に殺された獣人達の姿。着ている服装から現地住人が多い中、 そのうちの何人かは行方不明になった撮影隊の面々だった。
勿論、必死で抵抗したのだろう。周囲にはNWに取り付かれていただろう幾つもの死骸が散乱していた。
「‥‥ひどい」
「これがNWと私達獣人との間の現実ね」
憤る彩佳に比べて淡々と語る神無だが、その表情にはやるせなさが浮かんでいる。
それから二人は渉の方を振り向く。きっと親友が死んで辛い思いをしてるだろうと思ったから。
だが、彼は驚きとも安堵とも言えぬ奇妙な表情をしていた。
「須崎さん、どうしたの? あの、お友達が亡くなって悲しいのは――」
「‥‥違う。違うんだ」
「何が違う? 行方不明者はここにいるので全員ではないか?」
「‥‥それが」
二人の問いかけに答えようとした矢先、街の周辺を彷徨っていたNWを無事に退治出来た他の仲間達が彩佳達のもとへ合流した。
「ここにいたのか。どうした?」
シヴェルが問いかけると、渉が答えるよりも早く、天音が奇妙なことに気付いた。
「ふむ、これは‥‥須崎殿の友人の姿がいないのう」
「ああ。ここにアイツは――充はいない」
「あぁ? それっていったいどーゆう‥‥」
「わからねえ」
ススムに聞かれるが、渉はただ首を振るだけだ。
しばし沈黙が幕を下ろす。そんな痛い静寂を打ち破るような眠兎の提案。
「ひとまず戻らない? この近辺のNWもあらかた片付けたんだし、一旦WEAに報告しないと」
「そうだな。なんにしろ、今回の分を貰わねえとな」
少し茶化した様子で、輝璃が先ほどの意見を押す。それには颯雪も同意してきた。
「NWの退治がひとまずの仕事なんだよね。それなら一度報告しておこうかな」
――結局、僅かに後ろ髪引かれつつも、彼らは報告のために一旦その場を後にした。