拝火教――焔の真理中東・アフリカ

種類 ショート
担当 葉月十一
芸能 1Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 3.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/05〜09/09

●本文

●逃走する者
 ――ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥。

 男は、走る。
 焦燥に顔を歪め、苦痛に息を喘いでもなお足を止めることなく、ただ前へとひた走った。否、男にとって立ち止まる事こそが恐怖だった。
 男の後ろには追いかける影もなく、気配すらない。
 それでも刻み込まれた衝撃は、その背から自分を狙う幻影を脳裏に過ぎらせる。

 ――くっ‥‥な、なんで‥‥なんで、こんな事に‥‥!

 最初はただの観光のつもりだった。
 スタッフの誰かが近くに世界遺産の遺跡があると言った。その言葉に、自分が所属する社長から言われたことを思い出したんだ――面白いものが見れるぞ、そう言ったのを。

 ――面白いのってなんだろうな?
 ――なんだろうな。ま、行けばわかるさ。
 ――おーい、道はこっちで合ってるよな?
 ――なんかこっから先、行き止まりらしいぜ。向こう、回ってみるか。

 そうして道を外れた時、何かカチッと音がして――惨劇が大挙として押し寄せてきた。

 殆ど反射的に男は走った。
 後ろで聞こえる絶叫から耳を塞ぎ、行く手を遮る甲殻の手足を振り払い、ただその場から‥‥街から‥‥国から‥‥逃げることしか頭になかった。
 罪悪感は‥‥後から後から湧き上がる。
 それでも男は足を止めない。

 ――これから、俺は‥‥どう、すれば‥‥。

 男に行く当てなどない。
 ただ、男が辿った行程は、奇しくも『絹の道』と称される行路であったのは、果たして偶然だったのか――。

●調査する者
「――お願い出来るかしら?」
 場所は中東支部の一室。
 呼び出しを受けた渉の前で、彼女はどこか思い詰めた表情でそう切り出した。
 彼女の依頼とは、WEA管理下にある遺跡の一つ――ペルセポリス遺跡の一角にある祭壇の地下を調査して欲しいとのことだった。
 およそ一年前。
 日本から要請のあった映画撮影の為、その場所への下見を許可した事があった。その結果、祭壇と思しき柱の足元に地下へと続く通路が発見されたのだ。巧妙に隠されたその入り口は、反対側に炎を灯す事で開く仕掛けになっていた。
「その後、あんたらが調査したんじゃなかったのか? どうして今更」
「そうね。あの後は少しばたばたしてたので、一時放っておいたの。それで今年に入って何度か調査したけれど、殆どの者が生きて帰って来なかったわ」
 一旦言葉を切った彼女の口元が微妙に歪む。
 それ以上は言葉がなくても理解出来た。
 が、そんな危険な遺跡調査を、今さら急かす理由とはなんなのか。怪訝に思いながらも渉が先を促すと、何度か躊躇した後で彼女は再び説明を続けた。
「以前、死者の塔の外壁から発見された書簡だけど‥‥あれ、どうやら『アヴェスター』の一部だったのよ」
「――失われた経典か?!」
 渉が驚くのも無理はない。
 拝火教の経典である『アヴェスター』は、現存するのは全体の四分の一ほどしかなく、その殆どは失われてしまっている。その一部が出てきたとなれば、世界的発見とも言えるかもしれない。
 だが、それと今回の調査との関連性には、まだ疑問が残る。
 そんな表情が顔に出たのだろう。彼女の口から、もう一つの真実が語られた。
 それは。
「拝火教の祭壇‥‥今まで幾つか見てきたと思うけど。どうやら、その祭壇そのものが『オーパーツ』だったみたいね」
「なに?」
「ずっと炎を燃やし続ける‥‥それだけに特化したもの」
 おそらく創ったのは当時の『カドゥケウス』だろう、と彼女は言う。実際、今回調査する場所にある祭壇も、完全ではないが機能の修復をしたのも彼らだ。
「一度火を灯せば、およそ十時間はどんなことがあろうと燃え続けるようにね。その間は、入り口も開いている状態になるわ」
「つまり‥‥調査に要するのはその時間だけ、ということか」
「ええ。そして――地下空洞の中に、どうやらあるらしいの。その『失われた聖典』が」
 彼女は、そこに今回の真相が書かれているのではないか、と言う。
 炎を奉る教義――決して消えない炎を宿す祭壇。それらが今、次々と壊されていく事件。
 それらの謎を解く鍵――失われた聖典『アヴェスター』。
「‥‥分かった。知り合いに声をかけて、集めてやるよ。その代わり」
「ええ。あなたのご友人の行方‥‥追ってみるわ」
 だから、必ず帰って来なさい。
 立ち去る渉の耳に、そう呟く彼女の声が届く――。

○遺跡概要
 ペルセポリス遺跡の一角にある祭壇を模した場所。中央に祭壇と思しき石柱があり、その周囲を円を描く形で石柱が立ち並んでいる。
 入り口は祭壇の足元付近で、大人一人が通るのがやっとの大きさ。ただし地下へと降りれば広大な空洞が広がっていて、その端までの大きさは不明。天井まではおよそ五メートルはあると思われる。
 光が一切ない暗闇で、唯一の灯りは出入り口からのもの。
 数少ない生存者の言から、NWは少なくとも二体以上はいると思われる。その形状は蝙蝠に似ているらしい。

●今回の参加者

 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa2386 御影 瞬華(18歳・♂・鴉)
 fa2670 群青・青磁(40歳・♂・狼)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa3843 神保原和輝(20歳・♀・鴉)
 fa4468 御鏡 炬魄(31歳・♂・鷹)
 fa4773 スラッジ(22歳・♂・蛇)

●リプレイ本文

●暗闇への誘い
 カツン、と誰かの足音が暗闇の中に響く。
 どこまでも続くかのような石造りの回廊の奥、待ち構える闇に誰もが本能的な恐怖を心に抱いた。そんな気持ちを打ち消すように、努めて何でもないことのように呟く燐 ブラックフェンリル(fa1163)。
「なんでこーゆーところにはNWがいるのかなー?」
 別に反応を期待したワケではなかった。
 が、彼女が振り向いた先でヘッドライトに照らされたスラッジ(fa4773)が、自分に向けられたと思って一瞬考え込む。すぐに訂正しようとしたが、それより彼の言葉の方が早かった。
「――ゾロアスター教では、地下は暗黒神の領域だという。その事を考えると、あまり不思議ではないかもしれん」
 いつになく厳しい表情の彼。ここに来る前に立ち寄った生存者の酷く怯えきった様子を思い出したからだ。
「ということは、拝火教の裏に獣人‥‥あるいはNWが特に関わっていた、ということだろうか‥‥?」
 スラッジの言葉を受け、シヴェル・マクスウェル(fa0898)がふと浮かんだ疑問を口にする。
 事実、この遺跡地下への入り口は、『祭壇』という名のオーパーツによって開かれた。そして、各地に点在する『祭壇』も同様のものだという。
「祭壇そのものがオーパーツ、か‥‥」
 普段表情をあまり崩さない神保原和輝(fa3843)の口元が、クスリと僅かに笑みを刻む。
 特殊なオーパーツ、カドゥケウスの技術、そして失われた聖典‥‥そこまで考えて、彼女の心はどこかざわめいた。おそらくこの感情に名を付けるなら、きっと今まで自分が持ち得なかったものだろう。
「‥‥興味をそそられる代物ばかりだな」
「ホント、ワクワクしますよね!」
 目聡く耳にした彼女の呟きに、御影 瞬華(fa2386)が拳を握って興奮を露にした。
 久し振りに訪れた中東で、まさかこんな興味惹かれるものに出会えるなんて、と実は最初からかなりテンションが高かった彼女。
 意気込みは誰にも負けません! とばかりに、どんどんと前へ進んでいく。
「おいおい、あんまり一人で前へ行くんじゃねえぞ」
 そんな彼女を諌めようと、群青・青磁(fa2670)が苦笑交じりに呼び止める。
 振り返れば、彼の被る狼の覆面がライトに照らされて暗闇に浮かび上がった。些かホラーじみた演出に、思わずうっと後ずさりしそうになった瞬華だった。
 が、すぐに彼女は気を取り直す。
「失われた経典‥‥どんなものでしょうね〜」
 思いを巡らせ、子供みたいな表情を浮かべた彼女。
「祭壇そのものがオーパーツなら、その失われた経典と呼ばれる『アヴェスター』も或いは‥‥」
 対する答えに似た台詞を、最後を濁す形で呟いた御鏡 炬魄(fa4468)。
 どんな事を口にしてみたところで、現状では想像の域を出ない。
 彼にとってそれは何の意味も持たない。どんな事実が待っているにせよ、自分から行動を起こす事で真実を垣間見ることが出来るだろう――それが彼自身の信念でもあった。
 隣を歩くDarkUnicorn(fa3622)のコードネームを持つ彼女は、そんな彼の思惑など気にも留めず、また一緒の仕事だという嬉しさを隠すことなく、親密な距離で彼へと寄り添う。
「わしは難しい事はよくわからん。ただ、また炬魄と一緒に出来るだけで幸せなのじゃ♪」
「そうか」
 一言。
 素っ気無く返すも、彼の立ち位置は常の彼女のそばだった。
 そうして――一行が地下へと潜ってどれだけ時間が経過したのか。
 誰かがそんなことを呟き、和輝がちらりと時計を見る。入った時の記憶を思い出し、既に二時間が経とうとしている事を知った。
「このままでは、調査にあまり時間が取られないかも‥‥」
 そう言い掛けた瞬華の目に、突然開けた視界。
 狭い回廊から、広い空洞。
 ざわりと身の毛がよだつのを、全員が感じた。
 彼らは知る。静謐な暗闇が終わり――狂乱な真闇に変わったのを。

●ざわめく闇
「――来る」
 警告、と同時に前へと飛び出したシヴェル。淡く光った腕時計が、近付くNWの存在を報せている。
 が、殆ど急速接近するそれに、彼女は対処する間もなく咄嗟に上げた腕に激痛が走った。
「ッ!」
「あそこ!」
 そのまま逃げるように飛ぶ影を、燐のヘッドライトが追尾する。
 蝙蝠に似た肢体は、腹部に当たる部位から甲殻に覆われた足が幾本も生えていた。すぐさま瞬華の銃が狙いを定め、その咆哮が闇を一閃する。ぐらりとバランスを崩した隙を突き、スラッジの斧が文字通り真っ二つに切り裂いた。
「‥‥大丈夫かの?」
「ああ、平気だ」
 ヒノトが放つ光に癒され、シヴェルは軽く頷く。
「‥‥だが、あまり安堵していられる状況ではないな」
 鎌を身構える炬魄が、次の敵襲を予期して身構える。同じように身構える和輝も、暗視ゴーグルを通じて幾つも飛び交う影を確認していた。
 あれらが全てNWとは限らない。
 中には普通の蝙蝠もいるだろう。
 だが。
「区別するまでもねぇ! 近付く奴らは全部撃つ!!」
 意気込む青磁自身、先程NWを一体倒したばかりだ。
 囮として使った腕から血が流れるのも構わず、彼は好戦的に笑みを浮かべた。
「どっちにしても連中に構ってる時間が惜しい」
「同感だな」
 スラッジの言葉に頷く炬魄。
 自分達の目的は、あくまでも『アヴェスター』の発見・回収だ。
「残り時間もある以上、ゆっくり遊んでもいられないからな。‥‥一点突破を図るだけだ」
 厳しい視線を仲間に向けた和輝の提案に、全員がしっかりと頷いた。

 ――時間は、刻一刻と過ぎる。
 暗闇の中、ライトの灯りだけを頼りに彼らは進んだ。
 殊更慎重の姿勢で、あくまでも自分達を襲ってくるNWに対してだけ、その実力を行使した。中には普通の蝙蝠もいたようだが、今の彼らにそれらを構う余裕はない。
 が、一頻り空洞の中を歩き回るが、調査の方は遅々として進まなかった。
 理由は、当初の予定を大幅に越えた広さがあったことだ。闇が続く中、進めど進めどその端に辿り着かない。回廊の時は存在した壁伝いに歩けばよかったのだろうが、誰もその事を念頭に置いていなかった。
「なんだか‥‥ホントに広い、です‥‥」
 溜息混じりの声を吐き出す瞬華。
 調査に張り切っていた彼女だが、さすがに数時間ぶっ続けでの行動に疲労を隠せないようだ。それは他のメンバーも同様で、特に獣化しているとはいえ元からの体力が低い和輝や炬魄なども、平静を装う中にも疲れが見え隠れしている。
「‥‥ひょっとすると」
「ん、なんじゃ?」
 呟きに気付き、炬魄に聞き返すヒノト。
 それに対し、彼は些か言い難そうな表情を浮かべる。
「いや、まさかと思うが。ここの広さは上の遺跡と同じものなのか、と」
「上の遺跡? ――まさか丸ごとじゃと?」
 二人の会話は、当然他のメンバーにも聞こえた。
 誰もがお互いに顔を見合わせる。仮に上の遺跡――ペルセポリスそのものの大きさがこの地下にも広がっているとしたら。
 到底十時間程度で調べ切れるものではない。
「‥‥仕方ない。皆、少し離れていてくれ。ちょっと暗がりに慣れた目にはキツいだろうが」
 これならば、少しは遠くが見通せる筈だ。
 そう続けた直後、シヴェルの身体が眩いほどの光を放ち始めた。暗闇の中で突如放たれた光源は、直視し難い輝きをもって闇を切り裂いていく。
「時間がない、今のうちに!」
 叫ぶ彼女に触発されたように、他のメンバーは闇の晴れた空洞内を見渡す。
 そして。
「あ、あれ!」
 瞬華と和輝が同時に叫ぶ。
 二人は、同じように広げた翼で高速飛行で飛び立つ。彼女らの後を、ヒノトが俊足で追いかける。闇に隠されたそれは、強烈な光の下で彼女達の前にその姿を現した。
 当然ながら、白日の下に晒されたのはNWの方も同じで。
「おっと、ここは通さねぇぞ!!」
 NWの前に立ち塞がる青磁。彼も含めてその場に留まった者達は、シヴェルに群がろうとする輩を相手に迎撃に務めるのだった。

●失われた聖典
「‥‥これが『アヴェスター』かえ?」
「おそらく」
 そこには、ヒノトが想像していたような本はなく、羊皮紙のような一枚紙が幾つか散らばっているだけだった。
「遺跡に現存する書物は、こんなものですよ」
 軽く口にした瞬華だが、内心はかなり興奮していた。
 ぱっと見だけでも、その年代はかなり古い。その中に果たしてどんな文書が書かれているのか、考えるだけでも楽しさが込み上げてくる。
 が、今はそんなことをしている暇はない。
「早く拾い集めないと」
 時間を気にしながら拾おうとする和輝を、ヒノトが素早く制す。
「待つのじゃ。仮にもここはNWの棲み処と化していた場所、感染しとらんとも限らんからのう」
 そう言うと、彼女は直接触れないようにしながら散らばる紙片を包み込む。包むのに使用するのは、スラッジが用意した無地の布だ。
 他への感染の危険を極力排し、密閉した状態で鞄へと詰め込む。
「それでは‥‥戻りましょう」
 瞬華の言葉を合図に、次第に薄れゆく光の中を彼女らは駆けた。それに気付いた者達も、同様に出口を目指して駆け出していく。
 闇を一時的にでも払拭したおかげで帰る方向を見失くて済んだのは、ある意味幸運か。
 追ってくるNWを振り払いながら彼らは急ぐ。
「もうシツコイなぁ!」
 燐が突き出した槍が追撃の一体を貫く。
 既に時間は一時間を切っている。シヴェルが放った光はとっくに効果が切れ、暗闇が続く回廊を彼らは必死で駆け抜ける。
 連中が諦めただろうとようやく気付いたのは、出入り口の光が見え始めた頃だった。
「‥‥なんとか間に合ったな」
 肩で息つくスラッジ。
 炬魄も同じように息が荒かったが、その腕にヒノトを抱えていたのでは当然か。
「今回見つけた聖典が、どんな神秘を解き明かすのか楽しみですねー」
 考えただけで疲労も吹き飛ぶ瞬華を後目に、燐もまた別の意味でワクワクしていた。それは出入り口で待機している渉のこと。
「行きはバタバタしてたけど、今度こそサイン貰えるかなー駄目かなー」
 そんな彼女が地下から地上へ出て、真っ先に目に飛び込んできたのは傷だらけでボロボロになった渉の姿だった。
「う、そ‥‥須崎さん!」
 急いで駆け寄る燐。
 騒ぎを聞きつけ、他の者達も彼のもとへ集まる。
「‥‥ぅ、く‥‥っ」
 辛うじて意識はあるようで、ヒノトが慌てて回復を施そうとした。
 すぐに周囲を警戒する彼らに、離れた場所にいた一人の青年の姿が目を引いた。こちらも見た目はボロボロのようだが、外傷はなく疲労に近い様子だった。
 ただ一人、以前西安の事件に関わったシヴェルだけが、その青年に心当たりがあった。
「――まさか、須崎の友人どのか?」
 確か名前は、と言い掛けた途端。
「違う! 俺じゃねえ、俺がやったんじゃねえ!」
 彼はそれだけを叫ぶと、すぐさま駆け出してあっという間にその姿が見えなくなってしまった。
 結局、重傷の渉を放っておくわけにもいかず、青年の後を追いかけることもままならぬ状態だった為、彼らはただ茫然と立ち尽くすしかなかった。