拝火教――失われた真実中東・アフリカ

種類 ショート
担当 葉月十一
芸能 1Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 難しい
報酬 6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/14〜10/16

●本文

●聖典『アヴェスター』
『――かつて、二人の若者がいた。
 獣の脈動を内に秘めた彼らは、幼い頃から仲がよく、互いに強くなろうと切磋琢磨し続けた。
 だが、次第に二人の間で僅かな亀裂が生じる。強くなろうとする思いを同じくしながら、彼らはその根底を違えていたから。
 一人は、自分以外を守るために強さを求め。
 一人は、自分自身の為に強さを求めた。
 やがて、二人は対立を始める。
 それは自分自身の為に強さを求める若者の一方的な別離であった。何故ならば、誰かを守ろうと強さを求めた若者にとって、もう一人の存在も守るべき者であったのだから。
 そして悲劇は――が、異形の力を刻んだ事から始まった――


 ――――彼の死をもって、『それ』は無事にもう一人の彼によって封じられた。
 だが、彼の命もまた尽きようとしているのに私は気付く。
 私にとっても、二人はどちらも大切な幼馴染みだったのだから。
 だから、私は約束しよう。
 彼の最後の命とも言うべき焔を、決して絶やす事のないように‥‥後の世にまで語り続けよう。
 燃え盛る炎こそが、至高であり、純粋にこの地を護る標であることを――『カドゥケウス』の名に於いて。

                     ――ザラスシュトラ』

●伝承と真実
「‥‥まさか、これって‥‥」
 WEA中東支部の一室。
 目の前に広げられた数々の羊皮紙。
 それは、先日ペルセポリス遺跡の地下にて発見された『アヴェスター』と呼ばれる聖典だ。永く失われていたとされるその拝火教の経典を前に、WEAにて拝火教を研究している彼女は、驚愕するのを禁じえなかった。
 虫食いが酷かったものの、その大部分を読み取る事は出来る。
 そこに書かれていたのは、拝火教の教義そのものではなく、それが出来るまでに至った経緯の真実であった。
「ザラスシュトラ‥‥これって開祖のゾロアスターの事よね。まさか彼が『カドゥケウス』の一員だったなんて」
 だが、そう考えれば各地に置かれている拝火教の祭壇そのものがオーパーツである説明がつく。
 そしてその祭壇がもたらす意味――それこそが、今の彼女にとって一番重要なポイントだった。
「‥‥炎による封印‥‥ううん、むしろ点在する祭壇の方は、結界に近い意味よね。一番最後の砦を護る為に‥‥」
 ぶつぶつと、言葉に呟くことで頭の中を整理していく。
 光と闇‥‥。
 対立する二人の獣人‥‥。
 刻まれた異形の力‥‥。
 起きた悲劇‥‥。
 それらが意味する事とは――そこまで思考を巡らせたところで、断ち切るように電話の電子音が鳴り響く。
「――もう、なによ。‥‥もしもし? ああ、貴方か。どうしたの? ――え、見つかったの?」
 驚く彼女に、電話の向こうの相手は淡々と告げる。
『‥‥ええ。無事に『彼』の身柄を確保したわ。どうやらプロダクションの社長と落ち合うつもりで、各地を転々としていたようね』
「え? でも、待って。確か『彼』のプロダクションは‥‥」
 言いかけて、思わず言葉を飲み込む。
 相手が言うプロダクションは、『彼』が行方不明になってからすぐに倒産してしまった筈だ。そして社長の方もそれ以来姿を消していると聞く。
 それは、つまり。
『そういうこと、のようね』
 彼女が言いたかった事を、電話の相手はすぐに悟る。向こうでも容易に想像出来たらしい。
『とにかくこちらはすぐに帰るから‥‥え、なに、どうし――きゃあぁぁっ!?』
「え?! ちょ、ちょっと? どうしたの?」
『‥‥‥‥』
「もしもし! もしもし!!」
 突然電話口から聞こえた悲鳴。
 慌てて叫ぶ彼女の声に、だが聞こえてくるのは無情な砂嵐の音。そして――グシャ、と耳障りな音と同時に通話が切れ、ツーツーと電子音を繰り返した。
 途端、青ざめる彼女。
「もしかして‥‥!」
 すぐさま電話の相手がいた場所を確認するよう要請をし――数時間後、最悪の報告を受けることとなる。
 その町は、大きな何かに襲われたようで、建物のあちこちが破壊の限りをし尽くされていた。
 住人もその殆どが巻き込まれるように死亡し、唯一生き残った者らの証言では、数メートルもある巨大な獣だったらしいが、詳細は不明。加えて、死体の山の中に彼女に電話をかけてきた相手の姿を確認する。更に――『彼』の遺体はどこにも発見されなかったという。
 何故なら。
「――獣は、一人の青年を追うようにして町から出て行ったそうよ。結果として町はメチャクチャ、そこにあった『祭壇』も完全に破壊されてて、火も消えていたわ」
 集められた獣人達を前に、彼女はそこまでを告げて嘆息した。
「NWの狙いがどちらなのか分からない。でも、『彼』はきっと次の祭壇がある町へ向かった筈だわ」
 それは確信というよりも、要望である気持ちの方が強い。
 地図の上で彼女が指差したのは、村と呼んでもいいほどのこじんまりした町だ。何故、と問う視線に気付くと、先の現場から一番近い『まだ祭壇が無事な町』だから、と彼女は答える。
「もう、あまり猶予はないの。既に残ってる『祭壇』も、確認出来るだけで片手の指で足りるわ。だから一刻も早く『彼』を――須崎さんの友人の保護を、そしてNWの殲滅を‥‥お願い!」

●これまでの情報
○拝火教
 光と闇の対立を掲げた現存する宗教の原典とも目される宗教。
 『アフラ・マズタ』と『アンラ・マンユ』の二神の伝承が現在にも伝えられてきているが‥‥。

○祭壇
 拝火教信者の居る町や村には必ず存在し、信者達はこの祭壇の炎を拝する形を取っている。
 実は祭壇そのものが『オーパーツ』であり、灯る炎は決して消えない効果を持ち、何かを封印、或いは保護する効果があると推測される。

○アヴェスター
 失われたとされる拝火教の聖典。
 その内容は拝火教に纏わる神話的なものだとされていたが、先日発見された物からは、別の真実が記されていた。

○須崎渉の友人(名前未定)
 先の西安の事件に何らかの関わりがある獣人。
 現在は逃亡中であり、彼の行く先々でNWが現れるという現象が起こっている。彼自身が何を知って、何から逃げているのか。

○社長
 須崎の友人が所属していたプロダクションの社長。
 プロダクションの倒産と同時に姿を消す。詳細不明。

●今回の参加者

 fa0204 天音(24歳・♀・鷹)
 fa0640 湯ノ花 ゆくる(14歳・♀・蝙蝠)
 fa0761 夏姫・シュトラウス(16歳・♀・虎)
 fa1674 飛呂氏(39歳・♂・竜)
 fa2670 群青・青磁(40歳・♂・狼)
 fa2830 七枷・伏姫(18歳・♀・狼)
 fa4773 スラッジ(22歳・♂・蛇)
 fa5689 幹谷 奈津美(23歳・♀・竜)

●リプレイ本文

●油断
 眼下に広がる町を眺めながら、上空を翼で旋回する天音(fa0204)。
 どんな些細な動きも見逃さないようにと、彼女は懸命に目を凝らす。時折町に近付く影を見かけるが、今の所不穏な気配は見当たらない。
「まだじゃろうか?」
 小さな呟きは、風に乗って消える。
 彼女は気付かなかった。人の目に触れぬよう高度を上げて捜索しているつもりだったが、自分のような獣人が目を凝らせば町の様子が見えるように、彼女もまた別の誰かに見られているということに。
 遮蔽物のない空――それは格好の的。
「――あれは?!」
 天音が注視したのは、町の外れ。
 砂塵とともに巨大な影が町へと向かうのを確認する。すぐさまトランシーバーを取り出して連絡しようとした。
「もしもし、NWが現れました。場所は――ぇ‥‥」
 衝撃が彼女の胸を打つ。そこに広がるのは真っ赤な血。
 力を失くした身体がグラリと傾く。
 まるで他人事のように落下する自分を感じ、トランシーバーから流れる仲間の声を遠くに聞きながら、天音の意識はそこで途絶えた。

●拘束
「――ぃ、おい! どうした? 何があった!?」
「あの‥‥何が‥‥?」
 トランシーバーを片手に怒鳴るスラッジ(fa4773)の姿を見て、湯ノ花 ゆくる(fa0640)の表情が青ざめる。
 が、彼はその声に応えることなく、そのままトランシーバーを切る。一瞬叩き付けたい衝動に駆られたが、仲間の心配げな様子に思いとどまった。
「ヤツが現れたのでござるか?」
 年頃の少女にしては些か時代錯誤な言葉使いの七枷・伏姫(fa2830)が、彼の様子を見てそう確認する。
 ああ、と頷きながら振り向くと、その顔にいつになく厳しい表情を浮かべていた。彼の視線の先には、須崎渉(fz0034)の姿――そして相対するのは、酷くボロボロな状態の青年。
「どうやらあんたを追って、またNWが現れたようだな」
 強い口調に、どうやら自分で思っていた以上の不審を抱えていた事に気付くスラッジ。キツイ眼差しを投げかけると、彼は困惑しつつも顔を俯かせた。
 ゆくるが渉に手渡したサーチペンデュラムによって、友人を探せたまではよかったが、向こうは何を思ってかいっこうに歩み寄ろうとしない。何度保護しに来たと伝えても、彼は渉にすら近付こうとしなかった。
 これでは、スラッジでなくとも不審に思うというもの。
「――スラッジさん‥‥」
 僅かに身構える姿勢を取ったゆくるに、静かに頷き返す。
「悪いが、須崎‥‥あいつの身柄、拘束させてもらうぞ」
「‥‥っ、ま、待て」
「簡単に信用するには、怪しい点が多すぎるからな」
 人死にが出ているんだ、と言外に仄めかせば、さすがの渉もそれ以上止める言葉がない。その隙に合図を送ると、ゆくるが一気に飛び出して青年へと近付く。
 ハッと相手が身構えるよりも早く、彼女の手がその肩を掴む。一瞬で送り込まれた負の波動が彼の肉体を呪縛していく。
 僅かな抵抗も空しく、青年は縄で身柄を拘束された。
「ぐぅっ」
「少し‥‥我慢、して下さい‥‥ね」
「こういう事態だ。冤罪なら幾らでも詫びる。それと」
 刺青のような紋様を探そうと、スラッジが青年の身体に手を伸ばしかけた――その時。
 突如の咆哮。
 同時に伏姫が仲間に向かって叫ぶ。
「みんな?!」
 誰もの視線が注目した先には、猛然と姿を見せた巨大な影。およそ3mは越える体長、長く伸びた鬣を揺らすそれは、紛れもなく『獅子』の姿。低い唸りで大気を震わせながら、こちらに近付いてくる。
 逆刃刀を構える伏姫は、その殺気に満ちた眼光から視線を反らせなかった。僅かでも隙を見せれば、おそらく『獅子』は一気に襲ってくるだろう。
「‥‥嘘から出た誠、か」
「ある意味‥‥正解、でした‥‥」
 事前に町の有力者への説得として用いたハンターの偽装が、どうやら真実になりそうだった。現に街中で先程の咆哮が響いたにも関わらず、人々は家の中にこもって出てくる素振りはない。
 とはいえ、ここで戦闘を始める訳にもいかない。
「殿は拙者が務めるでござる故、早く!」
 伏姫の声に、二人は素早く判断すると、拘束した青年を連れて駆け出した。
「須崎も早く」
「あ、ああ!」
 動き出した彼らに、『獅子』が一息に跳躍する。
 その動きに一瞬驚愕したものの、伏姫がすぐさまその行く手を遮った。決定的な一撃を与える事なく、彼女は牽制しつつ仲間に追いつかれない程度の歩みでその誘導を始めた。

 ――車に乗り込むと、スラッジ一気にアクセルをふかせた。豪快なエンジン音が響く。
 だから、彼らは気付かなかった。
「‥‥やっぱり、こいつらのせいで渉は裏切ったんだな‥‥」
 そう呟いた青年の声に。

●襲撃
「‥‥うむ、そうか。分かった、気をつけるんじゃぞ」
 捜索班からの連絡を受けた飛呂氏(fa1674)は、最後にそう締め括って通信を切った。
「どうでした?」
「うむ。どうやら向こうにNWが現れたようじゃ。上手くこちらに誘導するとは言っておったが」
「そうですか」
 周囲の様子を確認しながら、彼の言葉を聞く夏姫・シュトラウス(fa0761)。
 足場。祭壇の位置。敵が来る方向。どのような攻撃か。頭の中でシミュレートしながら彼女はひとところに留まらず、若い彼女がここまで努力する様子に飛呂氏はふっと苦笑した。
 やはりここは、若い衆のサポートに徹する形で動くがいいじゃろう。
 そんな彼の胸中の呟きなど知らず、夏姫がもう一度足場を確認しようと一歩を踏み出した時、斥候に出ていた幹谷 奈津美(fa5689)が慌てて戻ってくるのが見えた。
「来たよ!」
 その言葉を聞いた二人は、すぐさま鋭敏視覚と双眼鏡で確認する。
 立ち上がる土煙。その前を行くのは、ゆくるの愛車であるランプレッサだ。
 それをスラッジが巧に駆ることで、更に後ろを猛然と迫る獣をかわしていた。よく見れば伏姫の牽制もあり、それが追いつかれない一因ともなっているようだ。
 即座に身構える夏姫。両手にそれぞれの武器を備え、ゆっくりと闇を纏っていく。
 スパイクハンマーを両手に持つ奈津美は、半獣化のままで迫るNWを待つ。自分がどこまでやれるか――不謹慎にもそんなスリルに心が弾むのを、彼女は抑えきれずうっすらと笑みを刻む。

「――もうすぐ‥‥です!」
 フロントガラスの向こう。
 見えた祭壇の姿にゆくるが叫ぶ。そのまま振り返った彼女の視界に映ったのは、振り下ろした『獅子』の脚爪を刀で受け止める伏姫の姿。
 直後、彼女の身体は問答無用で弾き飛ばされた。
「伏姫、さん‥‥!?」
「くっ、駄目か――」
 迫る『獅子』。
 巨大な顎が目前に。
 舌打ちするスラッジ。思わず目を瞑るゆくる。
 後部座席にいた渉は、隣に座る友人の身体を庇うように抱き寄せた。彼のとっさの行動に、青年は驚きつつも笑みを浮かべ。
 直後。

 ――追いつかれる!
 そう考えた瞬間、反射的に『マルスの火』を構えた飛呂氏。
 だが、銃口が火を噴くよりも先に、一台のバイクが『獅子』へと特攻していく。そこに乗っているのは、狼の覆面を被った群青・青磁(fa2670)だ。
「NWの野郎、これでも喰らいやがれ!」
 誰もがあっと驚く中、彼は激突寸前でバイクから跳び上がった。轟音が響き、大破するバイクから洩れたガソリンにあっという間に引火していく。
 一気に炎に包まれた『獅子』。
 だが、その剛毛の表面を僅かに焼いただけで、その動きに支障はなかった。今まで以上に殺気立った眼光が、青磁へと向けられる。臆することなく、彼は全体重を乗せた勢いで日本刀を右目に突き立てた。
 瞬間、咆哮を上げて『獅子』が暴れ始める。大きな体躯が揺さぶるにつれ、彼の身体は勢いよく投げ出された。
「くっ!」
 その拍子に、スピリタス入の水筒が彼の手を離れて宙を舞う。軽く舌打ちしながらも、殆ど反動的にマシンガンの引鉄を引くと、立て続けに鉛球がNWに向けて放たれた。
 チラリと視線を移せば、車は無事難を逃れたようだ。
 効果が薄いとはいえ、足止め程度にはなったようで、ひとまずホッとする青磁。とはいえ、今の現状は自分にとってかなり危険だ。
 単独行動を取らないと決めていたんだがな。
 内心の苦笑を隠し、迫る牙に身構えようとした矢先に後方から銃声が聞こえ、NWの意識がそちらへ逸れる。その隙に彼は急いでその場から脱した。
「やれやれ‥‥あまり突っ込むんじゃないわい」
「悪ぃ」
 飛呂氏の言葉に軽く謝罪する青磁。
 二人と入れ違いにNWへ再接近するのは、二人の少女。
「喰らいなさい!」
「‥‥ジャックポット!」
 自らの力で強化した爪を流れるような動きで攻撃する夏姫。反対に奈津美の方は、素のままの力でハンマーをその顔面へとお見舞いした。彼女が狙ったのは、日本刀が刺さったままの右目側。
 打撃を受けるごとに、NWの動きが激しくなる。
 爪が、牙が、振るう尻尾が、蟲の脚に似た何かが、見境なく振舞われていく。その度に近付くことが困難となり、決定打が与えられずにいた。
「コアは‥‥鬣の‥‥後ろ、です‥‥!」
 車を降りてから、ずっと超音感視で探していたゆくるは、ようやく見つけた場所を大きく叫ぶ。獣人達は右往左往しつつ、だが背後に回るタイミングが掴めずにいた。
 その時、一筋の雷光が空を裂いて『獅子』の首の付け根を貫いた。
 誰もがハッと視線を向ける。
 そこにいたのは、血塗れになりながらも懸命に立つ天音の姿。
「‥‥なんとか間に合った、ようじゃのう」
 僅かに唇を震わし、それでも平然と彼女は笑う。
 NWの動きが僅かに止まった事に気付くと、彼女は「今じゃ」と叫んだ。
 それを呼び水に、大地の中から姿を見せたスラッジ。
「これで‥‥どうだ!」
 冷気を帯びた牙。その周囲に舞う氷の粒が日の光に反射して仄かに煌く。一気に間合いを詰めると、跳躍して一思いにコアへと噛み付いた。
 ピシリ、と音を立ててひび割れるコア。
 が、それでもまだ倒れない『獅子』。
 ここまで来ればもはや消耗戦だ。
 どちらが先に息を尽くか。銃声が、咆哮が、剣戟や轟音と入り混じる形で戦闘は続く‥‥。

●崩壊
 ――戦場を離れた夏姫は、祭壇付近に身を隠す渉と青年のもとへ。その後を追った伏姫もまた祭壇へと向かう。
 どうやら、二人とも奇妙な胸騒ぎが気になったらしい。
 そして彼女達は、渉と青年の言い争いを聞くこととなる。
「――どういう意味だ?」
 訝しげな渉。
 それに対し、青年は酷く荒れた声を上げる。
「やっぱりそうか。アイツらのせいで、お前はオレを裏切ったんだな」
「おい、一体なんのはなし――」
「やっぱり社長の言うとおりだ。渉、お前は‥‥連中に騙されてるんだ」
「いい加減にしろ。一体何が言いたいんだ!」
 怒気のこもる声に、返ってきたのはどこか渇いた笑い声。
「‥‥力さえあれば‥‥力があれば、お前を取り戻せるんだな」
 何かがおかしい。
 青年の言動に、夏姫と伏姫はそう感じて顔を見合わせる。何か事実とは違う何かを吹き込まれてるような、どこか暗示にかかっているような、そんな感じがした。
 それは渉も同じく気付いたみたいで、彼が一歩詰め寄ろうとしたその時、青年はポケットから何かを取り出した。
 それは――。
「力を手に入れて‥‥お前を取り戻してやるよ、渉」
「お前――――」
 そして、彼はスイッチを押した。それは――NWを呼ぶオーパーツ。
 その瞬間、倒れる寸前だったNWが最後の力を振り絞るようにして猛然と祭壇へと向かいだした。驚愕に目を瞠る獣人達。すでに体力が尽きかけていた彼らに、その猛攻を止める手立てがない。
 NWの動向に気付いた夏姫と伏姫が咄嗟に立ち塞がろうとするも、それは激流の前の木の葉に等しく。
「きゃぁぁっ!」
「くっ?!」
 二人を容易く吹き飛ばし、祭壇目掛けて突進した『獅子』。
 轟く激震とともに祭壇が砕け――そこでNWは力尽きて、地面へと沈んだ。後には大量に飛び散った破片が雨霰のように降り注ぐ。
 渉がハッと振り向くと、既にそこに青年の姿はない。
「――――光流ッ!!」
 友の名が、虚しいリフレインとなって渇いた風に消えていく‥‥。

 渉の連絡を受け、WEAに無事保護された獣人達。惜しむらくは、作戦を密に立てられなかった事が個々の動向に影響したと思われた。
 そして、彼らの回復を待ってWEAの研究者の彼女が告げたのは、絶望にも等しい事実。
「――もう祭壇は、一つしか残っていないわ」
 時同じくして、他の町の祭壇も破壊されたと彼女は言う。その結果、最後の砦が剥き出しの状態になってしまった、と。
「ヤズドの寺院‥‥そこが落ちれば、封印が解けてしまうの‥‥」
 ペルセポリス遺跡地下に眠る魔竜――ダハーカと呼ばれたナイトウォーカーが、再び闇の主を得てしまうかもしれない。

 『アンラ・マンユ』が生み出した魔竜『ダハーカ』。
 残す封印は――あと、一つ‥‥。