ラストワルツをもう一度アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 葉月十一
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 2.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/30〜06/08

●本文

 あの人に――もう一度‥‥。

 緩やかに死の訪れを待つだけとなった一人の老女。戦後の動乱を女手一つで生き抜くため、その生涯は波乱に満ちていた。
 裕福な家庭に生まれ、蝶よ花よと育てられた彼女。欲しいものはなんでも与えられ、まさに幸福の絶頂であった。
 が、それも年頃になった頃に一変する。
 家の没落――屋敷は抵当に入れられ、着の身着のままに追われた。相次ぐ両親の死。頼る親類縁者もなく、それまでの生活が全て一転した。
 だが、どん底に突き落とされようと彼女は絶望しなかった。生来の負けん気の強さからか、それから彼女は死に物狂いで働いたのだ。機転の良さも手伝って、結果として彼女は数々の成功を収めた。
 そうして得た巨万の富。
 だが、彼女はどこか淋しさを覚えていた。そんな心の空洞を埋めるかのごとく、彼女は数多くの恋を繰り返した。
 富を得た彼女に近寄ってくる男は多い。当然その事を解った上で、彼女は男たちの間を渡り歩く――まるで自分の中にある飢えを満たすかのように。
 そうして訪れた人生の終着点。
 彼女が手にしたものは――豪奢なお屋敷。
 有り余る莫大な財産。
 自分を囲む多くの召使い。
 けれど、彼女は独りだった。
 結婚話がなかった訳ではない。何人もの男たちが彼女に求婚したにも関わらず、彼女は決して応えなかった。
 その理由を彼女自身、一番よく知っている。
 彼女が求めたのはたった一人。その想いを口にするのは、胸に秘めたたった一つ。幼い頃に出会った――運命だと思った人。
 父親に連れられた館でのパーティ。大人達ばかりのそれは、彼女にとってはひどくつまらなく、半分いじけた気持ちで庭を散策していた時のこと。
 出会ったのは、花壇を世話していた少年。着ている物は立派だからきっとこの屋敷の子なのだろうと思いながら、手を泥だらけにしている姿に彼女は目が離せなくなった。
 それから少年に誘われるまま、彼女もまた花壇の世話を始めた。最初はなかなかうまくいかなかったものが徐々に出来始めると、思いのほか楽しくなって最後には夢中になっていた。手が泥だらけになっているにも関わらず。
 その後、パーティのラストに流れてきたワルツに、少年は泥だらけの手のまま彼女に差し出してきた。思わず笑ってしまったが、彼女もまた構わずに泥だらけの手でそれを受け取った。
 まだ幼かった二人。
 だけど、胸に沸き起こる想いは本物だった。
 目蓋を閉じれば、思い返すのはいつもその風景。泥だらけのまま二人で踊ったワルツ。
 その後、二度と二人はワルツを踊る事はなかった。
 彼女の身には没落の影。彼の身には赤い紙の誘い。そして、彼は――再びこの地を踏むことはなかった。
 そして今。
 彼女に身に訪れる緩やかな死の眠り。遠のく意識がその死期を悟らせる。
 閉じる目蓋。
 もう一度開いた時、彼女は思わず目を疑う。
 そこに立っていたのは、彼。それも出会った時の幼い少年の姿で。
 驚く彼女に構わず彼は彼女の手を取った。そして気付く。自分もまた、彼と出会った時の少女の姿だということに。
 手を取り、流れてくる音楽に合わせて二人は踊る。
 それは死の淵に佇む彼女の最後の夢か。或いは天より降りた魂が見せた奇跡か。
 そんなことはどうでもよく。
 ただ、彼女はそれをかみ締める。もう一度――逢えた事の喜びを。

■■■ 主な配役 ■■■
・彼女(少女時代/女性時代/老女時代):おっとりした外見に似合わず、かなり勝気な性格。負けん気の強さと機転の良さで困難な時期を乗り越えてきた。
・彼(少年時代のみ?):とある資産家の次男。終戦間際に南方への出兵で行方不明となる。
・彼女に求婚する男性達:いずれも名のある資産家や著名な人物が多い。
他、多数。
舞台背景:戦中・戦後の動乱期〜現在まで。

●今回の参加者

 fa0103 シグフォード・黒銀(21歳・♂・竜)
 fa0308 藍晶・紫蘭(25歳・♀・一角獣)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1200 姫月・リオン(17歳・♀・蝙蝠)
 fa1390 アンリ・バシュメット(17歳・♀・狐)
 fa1742 スティグマ(23歳・♂・狐)
 fa3662 白狐・レオナ(25歳・♀・狐)
 fa3801 魔士駆馬(15歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文

●楽屋裏――脚本・演出
「‥‥出来ました」
 完成された原稿を前に、私はようやく一息をついた。
 与えられた雛形を元にどのようなドラマ展開を見せるのか。
 構成作家としての自分の腕の見せ所です、と張り切ったまではよかったが、多少出演者が偏ってしまったのが悩みどころでした。
 特にクライマックス前のシーン。主人公の老女が横たわる場面だが、生憎と今回の出演者の中に適齢の女性がいなかったのだ。
 それでもなんとか工夫を凝らし、晩年を表現出来るような演出を考え出した時は、思わず笑みが零れたものですね。
「多少難しかったですが、この演出でなんとか表現出来ると思います。後は、他の皆さんの頑張りに期待です」
 安堵とともに眠気が襲ってきた私は、自らの大きな胸を枕にするように眠りに就いた。

●プロローグ――幸福の記憶
「‥‥え? 君は?」
 突然手を伸ばされ、僕は驚いて顔を上げた。そこには誰の目にも可憐な少女の姿。
「何をしていらっしゃるの?」
 泥だらけの自分に遠慮なく近付いてくる彼女は、どこか好奇の目で僕を見ていた。そんなにこの姿が珍しいんだろうか‥‥うん、珍しいんだろうなあ。
 苦笑しつつ、僕は作業の続きを始めた。
「花をね‥‥」
「え?」
「花を育ててたんだ」
「お花、ですか?」
「うん。こうして土を掘り返して‥‥」
 言いながら、彼女の視線が僕の手元を向いている事に気付く。その意味を理解した僕は、その提案を口にしてみた。
「やってみる?」
 てっきり断るだろうと思ってた。
 だけど。
「ええ、やってみたいわ」
 そう言った彼女に、僕は少なからず驚きを隠せなかった。だってどこから見ても深窓の令嬢みたいな雰囲気なのに、すすんで泥だらけになろうだなんて。
 次男として生まれて両親の期待もなく、同年代の友達もいなかった僕にとって、彼女との出会いは衝撃的だったよ。
「それなら‥‥はい、このスコップでここを掘り起こしてみて」
「ええ」
 僕が教えるとおりに土をいじる彼女。僕たちはあっという間に泥だらけになっていった。
 そうして楽しい時間はあっという間に過ぎ、僕らは再会を約束してその日はお別れをした。これっきりもう二度と――会えなくなる事も知らずに。



 横たわるベッドの中。
 覆うカーテンの向こうで私は横たわっている。
 目を閉じて、蘇るのは――遠い日の記憶たち‥‥。

●シーン1――没落
「な、なつめさん?」
 あたしの言葉に驚く姫子。
 それほど驚かなくても。別におかしなことを言った覚えはありませんのに。
「ですから、お父様が姫子さんとはこれ以上会うな、ですって。だって姫子さんの御実家は、すでに抵当に入ってらっしゃるのでしょう?」
「え、ええ。でも‥‥その‥‥」
「ご両親もお亡くなりになって可哀相とは思いますが、やはりここはケジメをつけなくてはね。上流でなくなったあなたとこれ以上お会いしては、下々の者に示しがつかないでしょう?」
 おかしな姫子さんね。
 もうあたしとあなたとでは、身分が違うのだから当然の事ですのに。どうしてそこまで驚いているのかしら。
 そういえば、以前パーティで泥だらけで踊ってらっしゃいましたよね。ああいう事をしているのだから、こういう事態になってしまうのではなくて?
「では姫子さん、ごきげんよう」
 いつも以上に優雅にあたしは微笑むことにした。
 あたし、あなたの事とても気に入っていましたのよ。ですから、早く元の地位まで戻っていらっしゃい。
 その時は、またお友達でいましょうね。

●シーン2――流転
 あの日、私は全てを失った。
 裕福な家。優しかった両親。そして――

「‥‥どうした? 何を考えている?」
「ん、別に‥‥ちょっと昔の事をね」
 グラスを片手に少し傾けてながら、私は隣の男性の肩にしなだれかかった。
 名前も知らない、ただ自分に言い寄ってきた男。いつしか私は、そんな男達の間を何人も渡り歩いていた。
「なんだ、昔の男か?」
「馬鹿ね。違うわよ」
 そう、違うわ。恋仲だった訳じゃない。
 何もかも失ったあの日、あの人は何も言わずに出征してしまい――そして帰って来なかった。荒れ果てた花壇に残されていたのは、あの日世話をした花が一輪。
 きっかけはそれが最初――気付けば、私が興した商売はかつてと同じような資産をこの手にしていた。
 今身に着けているのは、あの当時でも買えないような真っ白なドレスに高価なアクセサリー。
「ちっ、少し妬けるな。なあ、今は俺といるんだぜ?」
「だったら‥‥夢中にさせてみなさいよ」
 生きる為に身につけた処世術。私は妖艶に微笑みながら、そっと手を重ねた。こうすれば、相手がその気になるのを知っているから。
「私に合うかどうか、貴方を試させて頂戴?」
 ゆっくりと下りてくる唇。男の腕の力が強くなったのを感じる。
 そして、私は目を閉じた。
 あの日の少女は、もうどこにもいない。
 だから、過去の事は思い出させないで。決して――昔には戻れないのだから‥‥。

●シーン3――求婚
 手を取ってその甲にゆっくりと口付ける。
「姫子さん、会いたかったですよ」
「‥‥お上手ね」
 手馴れた仕種に苦笑する彼女を、僕はいえいえと首を振った。
「貴女に会えるならば、僕はどこにいても飛んでくるつもりですよ」
 歯の浮く科白だとの自覚はある。
 だが、それ以上に彼女は僕にとって価値ある存在だと思っていた。
 なにしろ今目の前にいる女性は、ここ数年で急成長した会社の女実業家だ。将来父の跡を継いで政治家へなる予定の僕にとって、かなり魅力的な事は確かだ。
「先日のお話、考えていただけましたか?」
「なにかしら?」
「僕にとっても、貴女にとっても悪い話ではないと思いますが?」
「別段、私の方は特に困ることはないけど」
「僕の貴女への愛をお疑いですか?」
 以前から申し込んでいた結婚の申し込みを、彼女は決して首を縦に振らなかった。
 何がいけないというのだろうか。
 僕は彼女を愛している。その気持ちに偽りはない。勿論その財力、そして発言力も含めての意味だが、そこに気持ちの偽りはないのに。
「‥‥まあ、急ぎませんよ。いつか貴女が私と一緒になってくれると信じてますから」
「大した自信家ね」
 苦笑を浮かべる姫子さんの手を取って踊りへ誘ってみる。すると、彼女はあっさりと了承してくれた。いやな顔一つ見せずに。
 こういうところがまた魅力に一つだということに彼女は気付いているのだろうか。
 今まで多くの男性を彼女は振ってきたという。当然一筋縄でいくとは思っていないさ。
 が、手強ければ手強い程こちらも燃えるというもの。
「‥‥いつか落として見せますよ」
「お手柔らかにね」
 かわした会話は、流れるワルツの中に消えていった。

●エピローグ――ラストワルツ
 気がつけば、私はベッドの中。
 薄れていく意識が自分の死期を悟らせる。
 結局、私は独りぼっちだったわね。あの人が消えて何もかも失って、ここまでの財を成した事を他人は強いと言ったけど。
 私は強かったわけじゃないわ。ただ、誰かに縋らなければ生きていけなかったから。
 届けられなかったあの人への思いだけが残されて。だから‥‥誰も愛せなかった。
 それももう、これで終わりね。

 ‥‥誰?
 ‥‥私を呼ぶのは、誰? どこか懐かしい‥‥え?

 私は驚いて目を見開く。カーテンの向こうに立っていたのは、あの人の姿。
「‥‥うそ」
 呟いた途端、何故か自分の体が軽く感じた。
 彼が微笑み、私に向かって静かに手を差し出した。あの頃の姿のままで。
 信じられない想いのまま、彼の手に私の手を重ねてみた。
 するとどうだろう。私の指には一片の皺も無く、決して起きれなかった体がゆっくりと起き上がる。
 カーテンの向こう側に立ったのは、あの頃の私――彼と出会った頃の少女の私。
「わたし‥‥」
 ――迎えに来たよ‥‥。
 聞こえてくるワルツのメロディ。
 あの日の舞台だったお屋敷の庭。
 そして、揺れる――あの時のまま咲き誇る花壇の花々。
 夢でもいい。末期が見せた幻でもいい。私はずっと待っていたのだから。
 素直になれなかったあの頃をやり戻すために。消えることのなかった想いを伝えるために。
 くるくると回る私とあなた。
 あなたの笑顔が見れた。だからもうそれだけでいいの――。

●楽屋裏――音楽監修
 スタジオ内で流れる映像を前に、俺は思わずグッときたな。
 まさかここまで感動出来るとはね。要所要所で流れる俺の作ったBGMが演出をマッチしてたのにも、毎日毎日スタッフと缶詰になりながら打ち合わせた甲斐があるというものだ。
「それにしても‥‥やっぱ恥ずかしいもんだな」
 自分の出演シーンを見るたびに、穴があったら入りたい心境だ。
 エキストラとはいえ、しっかり主役に絡んでいる辺りの演技はやはり恥ずかしい。とはいえ、楽しかった事も事実だ。
「お、そろそろ終わりか」
 流れるスローテンポの曲調が、ゆっくりと映像の中に流れてきた。普段はギター一本の俺が、珍しくピアノメインで作った自信作だ。

 少年と少女が踊る。
 幸せそうな笑みを浮かべ、そして――。

●スタッフロール
 出演
 富上姫子:白狐・レオナ(fa3662)
 富上姫子(少女時代):アンリ・バシュメット(fa1390)

 倉崎なつめ:ベス(fa0877)
 少年:姫月・リオン(fa1200)

 求婚する男性:スティグマ(fa1742)、シグフォード・黒銀(fa0103)(特別出演)

 メインテーマ曲:最後の円舞曲

 脚本・演出:藍晶・紫蘭(fa0308)
 音楽監修:シグフォード・黒銀

【完】