水の都の映画祭ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
葉月十一
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
2.5万円
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参加人数 |
6人
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サポート |
0人
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期間 |
08/30〜09/09
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●本文
その一報が飛び込んで来た時、一哉は別の仕事の打ち合わせ中だった。
かなり押している仕事だったため、本来ならばそちらを優先しなければならなかったのだが、その内容があまりにもセンセーショナルだったため、断ることが出来ない状況である。
また一哉自身、かなり乗り気だった。
「マネージャー、それホント?」
『ええ、そうみたいよ。今年の初めに撮影した映画が、どうも今月末に行われる国際映画祭の招待作品として、急遽上映されることが決定したのよ』
水の都ヴェネチア――そこで毎年行われる映画祭は、世界三大の国際映画祭として広く名を知られている。そこで上映されるということは、その映画に携わる役者として大きな喜びでもある。
子役とはいえ、将来は一人前の役者を目指す一哉も、いずれは‥‥という思いがあったからこそ、今回の招待には是が非でも行きたいと主張する。
さらに続くマネージャーの言葉が、彼の気持ちに拍車をかけた。
『本当は監督や、別の俳優の方が出る予定だったみたいなのよ。けど、現地入りした途端、事故に巻き込まれてね‥‥』
「それじゃあ僕、一人で?」
『勿論一人じゃないわ、取材のスタッフとも一緒よ。それに他の役者さんにも今、スケジュールの都合がつくかどうか打診中だから、今からでも都合がついた出演者には一緒に行ってもらうつもりよ』
一人じゃない、と聞いて少しガッカリする。
子供だと思って心配されてるんだ、と思った反面、やはり初めての海外旅行に少しだけワクワクする一哉。
ちょうど今は夏休みの時期。
生憎と仕事で殆ど潰れてしまってる現状だからこそ、この機会に少し楽しみたいなという気持ちも否めない。
「うん、わかった。じゃあ、スタッフの人達とは空港で待ち合わせ?」
『そうなるかしら。ホントに一人でも大丈夫? 私もついて行きたいんだけど、ちょうど別の仕事が入ったのよね』
「平気だよ。それじゃあ、一度事務所のほうへ顔を出すね」
『ええ、頼んだわ』
――そこで一旦、彼女は受話器を置いた。
ふう、と一息つく。
今、ヨーロッパには色々と危険な噂が彼女の耳に入っている。実のところ、監督達が巻き込まれた事故というのも、少しきな臭いという噂だ。
そんなところへ、いくらしっかりしているとはいえ子供である一哉を一人で行かせていいものだろうか。そんな心配がマネージャーの胸に過ぎる。
そんな心配げな表情のまま振り返った先には――事前に彼女によって集められた者たちがいた。
「‥‥集まってもらって悪かったわね。あの子は一人でも平気っていうんだけれど、今のヨーロッパの情勢がね」
マネージャーとしての彼女の立場を思えば、その心配はもっともだろう。
「貴方たちには一哉と一緒に映画祭へ行って、そこであの子を守って欲しいの。勿論、立場は取材スタッフでも役者でも何でも構わないわ。ただ、あの子を守ってる事は内緒にしてね」
そして、当然のごとく、訪れる危機には万難を排して欲しい。
彼女はそう言って深く頭を下げた。
●リプレイ本文
●控え
「うーん、こっちの服なんかどうかな?」
そう言って、あたしは手持ちの服から見栄えのするスーツを取り出した。事前にサイズは測っておいたからピッタシだと思うんだけど、やっぱりこういうのはキチンと試着してみないとね。
「え、いいよ。別に普通の服でも」
「ダメダメ、折角の晴れ舞台なんだから。こういうのはキチンとしないと駄目なのよ」
少し照れて困惑する一哉くん。
大丈夫、こういうのは任せてよ。仮にもスタイリストとして同行したんだから、これぐらいはやらないとね。
「ほら、似合ってるわよ」
「うん、なかなかお似合いやで」
独特の関西弁で褒める蕪木ラシェイル熊三郎萌(fa4042)さんが、一哉くんの写真を撮る。本職もカメラマンって話みたいだから、こういう控え室での風景を撮るのはお手のものよね。
遠目で一哉くんの姿も確認し、あたしはうんと頷く。
似合ってる、さすがあたし。
「会場まではまだ時間ありますから、お弁当でもどうですか?」
「そうね。ちょっとぐらいは大丈夫かな」
寸沢嵐 野原(fa4061)さんが配るお弁当を、あたしたちは受け取った。
チラリと一哉くんを見れば、お腹が空いていたのか目を輝かせている。
この辺はまだまだ子供かな。本当は衣装のまま、あんまり食事は好ましくないんだけどね。とりあえずあたしたちも腹ごしらえしようかしら。だって今回の仕事は長丁場になりそうだしね。
あたしは初めてのヴェネチアを楽しみにしつつ、割り箸を割った。
●ささやかな攻防
「あ、僕ちょっとトイレに」
そう言って抜け出そうとした一哉君の後を追うように、俺の足も同じ方へ踏み出した。
不思議そうに振り返る彼に、ただ無愛想に返す。
「トイレか‥‥奇遇だな。ちょうど俺も行きたいと思っていたところだ」
納得したのか、そのまま一緒にトイレへと向かう。
その間、俺は周囲の様子を注意深く見張る。いつ、どんな輩に、襲われるとも限らないからな。用心に越したことはない。
時折、取材の記者達に混じって見知った顔が目に付く。志羽・明流(fa3237)――今回の依頼の仲間だ。
俺に気付くと、その視線で合図を送ってきた。それはどこか切羽詰った様子だ。
なるほど、厄介な存在が現れたのか。
その真意を正確に察すると、一哉君のほうに振り向いた。
「すまんが先に行っててくれ。少し連絡しなくてはならないことを思い出した」
「うん、わかった」
「すぐに行く」
トイレに向かうのにその科白は些か奇妙だったが、彼は不審に思わなかったようだ。
俺は彼がトイレに入るのを見届けると、明流の後を追って物陰へと場所を移した。そこでは既に仲間の一人である孤神絆(fa4341)が、警棒を振り回してNWと奮闘していた。
「か弱き一般美人記者に何すんだテメェ!」
そう怒鳴る彼女だが、目にする勇ましさは到底‥‥。
「か弱い、ね」
苦笑じみた呟きをこぼし、飛羽針撃の準備を始めた。狙うのは――コア。
「‥‥ああ、こっちは大丈夫や。そっちも気ぃつけてや」
携帯電話への連絡は、絆さんからやった。
どうやら、またNWを見つけたらしいんやが、なんとか片は付いたらしい。
「どうした?」
小さく尋ねる鶸・檜皮(fa2614)さんに、僕はさっきまでの内容を伝えた。
なんやここ数日、NWがあちこちで見つかってるんや。まあ小物らしゅうて、なんとかなっとるからいいんやが、えらい気味悪ぃなあ。
明流さんに取材を受ける一哉くんを遠目に眺めながら、僕は決意も新たに気を引き締めた。
「一哉くんには、僕が指一本たりとも触れさせんさかい」
いざとなったら僕自身が防弾チョッキの代わりになるんや。
そんな事を思ってたら、檜皮さんがいきなり僕の頭を叩いてきた。
「な、なにするんや」
「あまり無茶な事を考えるな。何のために仲間がいると思ってるんだ」
今回の同行者の中、最年長である彼の言葉は確かに重い。それは経験からくるんやろうけど、僕にはそれぐらいしか出来へんから。
折角半獣化しとるんや。少しは僕も頑張れるとこ、見せなぁいかん。
「一哉くん、はいこっち見て笑ってや」
カメラを構えると、インタビューを受けていた一哉くんは顔を向ける。その瞬間を逃さず、僕は素早くシャッターを押した。
大丈夫、その笑顔、ちゃんと守ったるからな。
「記者の弧神絆っつんだ、よろしくな少年」
そう言って挨拶したのが、映画祭の初日。その間、取材と称して何度か会い、それなりに親交も深めてきた。
が、さすがにこう度々だと向こうも怪しむよなあ。
現に今目の前にいる一哉は、いぶかしげな目で私を見ている。
「なんだ少年。お前あれか、自意識過剰とか言われた事あるんだろ?」
そう言って、頭をぐしゃぐしゃ撫でて誤魔化してもみたが、あんまり効果はないみたいだね。とはいえ、危ない目に合わせないってのと守ってる事を悟らせないってのは依頼の根本なんだぜ。
さて、どうするか。
「お姉さん、ひょっとして――」
「おっと、オネーサンを口説こうとしてくれるのは嬉しいけどね。ちょぉっと用事が出来ちゃったみたいなんだよね」
「え?」
バイブにしておいた携帯がポケットの中で振動する。仲間からの連絡だ。
その事を伝える為、私は一哉の隣にいた味鋺味美(fa1774)と野原に目で合図を送った。
彼に見えないように頷く二人を確認し、私は彼と同じ高さの目線までしゃがむと、ニタリと笑顔を浮かべる。
「と、言うわけでオネーサンはもう行くね。映画祭、頑張んなよ」
「じゃあ一哉くん、あたし達も行こうか。もうすぐ上映時間だよ」
「次は向こうの会場へ向かいますから、急いだ方がいいですね」
二人の誘導のもと、彼は挨拶もそこそこにその場から立ち去った。当然現場とは反対の方向だ。
「さーて、こっちのお仕事も頑張ろうかね」
バッグに忍ばせたメリケンサックを嵌めながら、私は意気揚々と指示された現場へと向かった。
●終幕
「そう、こっちは終わったよ。そっちは‥‥ああ、そうなんだ。わかった、じゃあまた後で」
「向こうはどうだ?」
俺が電話を切ると同時に、檜皮さんが話しかけてきた。
「別段、何事もないみたいだよ。無事、映画祭の方ももうすぐ終わるって」
「そうか」
安堵する声が力なく聞こえたけど、そりゃ無理もないよな。いくら力が弱いとはいえ、相手はNWだ。それがひっきりなしに現れたんじゃ、休み暇もないよね。
俺も雑誌記者として、一哉くんを守るためにあちこち見張ってたけど、その頻度に結構驚いた。NWがこんなに大量発生してるなんて。
「ひょっとしたら例の遺跡が関係してんじゃねーか?」
戻ってきた絆さんが言う遺跡とは、最近発見されたオリンポスの遺跡群。今はWEAの監視下にあるみたいだけど、その中で何か起こってるらしい、ってのは俺も噂で聞いた事がある。
確かに、このヴェネチアはそこから近いから、何があってもおかしくはないんだろうけど。
「どっちにせよ、なんやきつかったわー」
ツナギ姿のラスカルさんがヘトヘトといった調子で地面にへばる。
俺は、彼が目の前に飛び出してきたことの方がハラハラしたけど、本人はいたって気楽な様子だ。
「あーもう映画祭終わるんやなあ、僕も見たかったや〜」
「ま、一先ず依頼は終わりだな」
「そうだね」
「それじゃ、依頼人のマネさんに土産でも買っていくか」
「あ、それいいね。俺もお土産買って帰ろうかな」
そんな彼を尻目に、僕と絆さんはさっそくお土産を検討し始めた。気がつけば、檜皮さんはもう姿がない。帰っちゃったのかな。
さーて、お土産何がいいかな〜。
「――味美さん、向こうのほう終わったようです」
「ホント? こっちもそろそろ終わりみたいよ」
明流さんからの連絡を受けて報告すると、味美さんの言うように映画祭の方もクライマックスを迎えようとしていた。
一哉さんが出ている映画は、今回のノミネートには含まれていない。
だから、特に賞を貰う事はなかったけれど、目の前で沸き起こる幾つもの拍手と喝采を聞いて、どうやら少し興奮気味みたい。子役とはいえ役者ですから、やっぱりこういう賞は欲しいのでしょうね。
「今度は、あそこに立てるといいですね」
そっと囁くと、彼は一瞬キョトンとなり、だけど次の瞬間、真剣な眼差しで力強く頷いた。
「うん。僕もいつか――あそこに立ちたい」
言った後で照れる彼。
なんだか見ていて微笑ましいですね。
「大丈夫、一哉くんならきっと出来るよ」
隣から味美の励まし。
私もそう思ったから、彼の手をぐっと握る。
「まだまだ駆け出しの私が言うのもおこがましいですけど、きっと一哉さんなら出来ると思います」
今回の映画祭参加も、彼は一生懸命でした。
それは、今回取材で撮影した映像がキチンと残していますから。何事もなく無事に終えて、本当にホッとしています。
「これから僕、今まで以上に頑張るね」
「ええ、応援してます」
「あたしも!」
私たち二人の声援を受けて、まだ少年の彼は照れたような笑みを見せた。