歌姫の声を取り戻してアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
氷邑
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
3.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
12/06〜12/10
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●本文
ウィスパーボイスが好評で『癒しの歌姫』と呼ばれている19歳のアイドル歌手、遠間由樹。
1stアルバムの売れ行きも上々で、今後の活動も好調、と思われたが‥。
由樹は、声が出せなくなった。
「実は、こういうことがありまして‥」
彼女のマネージャー、石元総の話によると、由樹が作詞したアルバムのタイトルにもなっている『愛に染めて』の歌詞の一部が、演歌界の女帝・砺波ハル子が自分の代表曲『大河ながし』の歌詞と酷似していると由樹を訴えたのだ。
「私、盗用なんてしていません! その曲が砺波さんのヒット曲であることは知っていますが、意識して歌詞を書いたわけではありません!」
「おだまり! この曲は、今でも年末歌番組で歌われているのよ。誰もが知っているのよ。それでも、この曲の歌詞を知らないなんて言えるのかしら?」
女帝と謳われているものの、ヒット曲は『大河ながし』を含めて数曲しかない。年末歌番組に出場しているというが、近年に出した曲か、ヒット曲の使いまわしである。
「そうですが‥でも、この歌詞は私が初めて自分で考えたものなんです。自分の思いを素直に伝えたものなんです。それだけは信じてください!」
ハル子が由樹の頬を平手打ちにし胸倉を掴もうとしたが、寸でのところで石元が止めた。
「申し訳ございません、砺波先生。この件は、後ほど改めて‥」
不服そうなハル子であったが、その場を立ち去った。
それから数日後、由樹の公式サイトの掲示板が荒らされ、ブログのコメントにも歌詞盗作事件の話が。更には大手匿名掲示板で問題にもなり、マスコミも騒ぎ出した。ハル子、あるいは盗用問題を知ったファンの仕業だろう。マスコミは毎日のように由樹が住んでいるマンションの玄関前で粘っている。ドアを叩く音、チャイムが鳴り響く。
「そのようなこともあり、精神的ショックを受けた由樹は心を閉ざし‥声を出せなくなりました‥」
石元は、問題となった部分の歌詞のコピーを手渡した。酷似しているとされているのはメインともなるサビの部分だ。
『愛に染めて』
果てない夢を 流れ止まらぬ川に流して
思いを詰めた言葉を 鬼灯に入れて 愛に染めて
私の思いを どうか伝えて‥ お願い
『大河ながし』
果てしなき夢を 止まらぬ大河に流し
私の思いを詰めた鬼灯に入れ 愛の色に染めて
私の思いを伝えておくれ 伝えておくれ
「どうか‥どうか由樹に歌う自信、いえ、わずかでも構いませんから声だけでも取り戻してあげてください。お願いします、皆さん!」
石元は深々と頭を下げ、協力を要請した。
「今、由樹は身の安全を考え、私のアパートで匿っています。テレビ、ラジオ、パソコン、新聞、女性週刊誌の類は彼女に一切見せていませんが‥それでも、由樹はまだ怯えているんです‥」
歌姫の声を再び聞きたい。それが彼の願いだった。
●リプレイ本文
●集いし者達
遠間由樹の『愛に染めて』、砺波ハル子の『大河ながし』の全歌詞をコピーしたものを、マネージャーの石元総が事務所に集まった8人に手渡す。
「こりゃ、真似したと思われても仕方ないわね」
「表現が似てしまうのは、物書きしていると出てくるさ。ただ、今回はお相手が悪かったかね? 以前取材した時―と言っても覚えちゃいないだろうが―は、もっと感情豊かだったよな。自分の思いを「表現しちゃ駄目」という強迫観念になっちまってるのかねぇ?」
乾 くるみ(fa3860)意見に、高遠・聖(fa4135)が付け加えるように意見を述べる。
「こういう問題はそう珍しくはないことだけど、まだ若い彼女には、ショックが大きかったのかな。偶然の盗作自体はある程度仕方のないことですが、その後のお互いの対応がまずかったのでは」
スモーキー巻(fa3211)は、この件を「偶然に起きた事件」と捉えている。
「ちょっと似てる‥‥かな? サビ部分を並べたからそうなった感じもしますが」
春雨サラダ(fa3516)は、サビだけが偶然似ていると感じ取った。
「由樹嬢の部屋はどうなっている? 食料の補給もない、ガス・電気・水道のメーターが回ってないだと、すぐにバレるぜ」
高遠の意見は尤もである。
「バレたら緊急入院説をそれとなく言い出せるよう俺が準備はしておくが、ウィークリーマンションを借りて、万一の時には連中の目をそっちに向けた方がいいかもな」
マスコミの目を由樹のマンションから、別の場所に逸らす方針は悪くない。
「総様、由樹様は医師の診断を受けたのですか?」
「マスコミに知られると事態が悪化しますので行っていません」
ショックの原因は様々と考えたミッシェル(fa4658)。今回の事件がきっかけで精神的プレッシャーが、極度の緊張状態にあるのではないかと。
「私は由樹様の傍近くで緩和させることにします」
「石元さん、例のものは用意できましたか?」
「これですね」
谷渡 初音(fa1628)は、二人の出身地や歌手になる迄の音楽環境、過去の醜聞のスクラップに至る迄を石元に頼んで調べてもらったのだ。それを二部コピーし、その一枚を手にした。
「まず、私が由樹さんのところに行くわ。終わったら連絡するわ」
石元を付き添わせ、谷渡は彼のアパートに向かった。
●失意の歌姫
アパートのフローリングの床に膝を抱え、由樹はじっと座っていた。
「こんにちは、由樹さん」
返事は無いが、構わずコピーしたものを由樹に見せた。
「これにあなたと砺波先生の経歴が書かれているわ。砺波先生は、貴女と違いヒット曲を出すまで苦労されているわ。砺波先生には、歌しかないの。過去の栄光に縋ってしか生きられないの。だから、あの人を理解してあげて」
砺波先生のアルバムよ、聞いてみてと言った後、携帯で仲間に連絡し、アパートを去った。連絡するのは、大勢でアパートを訪れるのを怪しまれないようにするための対策だ。
谷渡から連絡を受け、アパートを訪れたのは烏丸りん(fa0829)。
チャイムを鳴らした後、荷物を抱えて上がりこむ。挨拶をするが、由樹は何の反応も示さない。
「引きこもるのは精神的な傷の回復には良いかもしれませんが、感受性が鈍くなりかねないですよ」
来る前に、由樹の負担にならない範囲で化粧品を含む『女の子の必須アイテム』の調達、最近世に出た音楽やファッションの情報の収拾を行っていた。烏丸自身、職業柄知識があるので、それを活かして化粧品、基礎化粧品で由樹の容姿を損なわないためのアイテムを重点的に買って来た。これらは必要経費で落ちている。音楽に関してはCDを購入し、ファッションについては専門誌の必要部分のみを切り抜いてファイルにまとめた。
最新CDをかけ、烏丸は顔の手入れ、ブラッシングをして由樹の容姿を整える。
「歌手は歌いたくて歌いたくて仕方がない生き物ですから、暫く休めば必ず声は戻りますよ」
烏丸の呼びかけに、由樹は少し反応したように見えた。
「私の役目はこれまで。次の人に連絡しましょう」
●交渉と情報収集
谷渡は、演歌喉自慢でハル子に声を貰った事を口実とし、銀座一流店の菓子折を土産に乾と共に、事前にアポを取り、ハル子が所属するプロダクション事務所に向かっていた。あまり好まないカチッとしたスーツ姿の乾の肩書きは「弦楽奏者」となっている。
「ごめんください。砺波先生、いらっしゃいますか」
事務所の社員が、二人をハル子の元へ案内する。
軽い挨拶をした後、谷渡は表をハル子に見せた。
「お二人の支持年代層をご覧下さい。遠間さんと先生の年齢層、見事に分かれてますでしょ? 音楽市場のオピニオンリーダーは‥‥前者ですわ。ここ数年歌合戦以外のメディア露出はおありですか?」
不機嫌になるハル子をよそに、乾が話し出す。
「俳句の世界でも「盗句」といって、類似作品が出ることは稀ではないそうです。全国的な句会の会長さんですら過去発表された作品に似たような句を書いてしまう事もあるとか。今時の若者が、口も聞けなくなる程ショックを受ける、なんて事態は本当に「盗んだ」のであれば、有り得ない話だと思うのです。先生ほどの御方が自らの手で未来の音楽への夢を握り潰そうとするなんて‥」
乾の意見を黙って聞いているハル子。
「次の新曲の詞を遠間さんに依頼し、それをマスコミに公表するというのはどうでしょう? 勿論、コンセプトは先生のお好みで。作曲は大御所にお願いすべきです」
黙っていたハル子だったが「それは面白そうね」と言う。
「今、遠間さんがいる石元マネの住所はこのメモに書いてあります。私の為に一曲書いて頂戴。返事は? と言って頂けませんか?」
わかったわ、と言うと、ハル子は立ち上がって去っていった。
その頃、スモーキーは事前の準備として問題の『愛に染めて』を含む由樹の曲をじっくりと聴きながら、マスコミやネットでの問題の扱われ方についても一通り調べていた。
さしあたってやるべきことは火消しだが、今は何を出してもまずい時間帯なので、基本的には、プラスにできるようになるまで情報を出さない・動きを悟られない方向だ。こちらの動きをマスコミなどに気取られないよう、注意を払う。由樹には知らせないとしても、こちらが知っておく必要はある。
●緩やかな踊り
烏丸から連絡を貰い、次に訪れたのは春雨とラファエロ・フラナガン(fa5035)。ラファエロは、軽めの女装をしてマスコミに気付かれないよう注意している。
春雨にできるのは踊ること。由樹に静かな踊りを見て欲しいと思い、音楽無し、激しい動作無しで静かに舞う。春雨は由樹の心が落ち着くと信じ踊り続けた。
人間が出す音は声だけはない。拍手や足踏みなども立派なリズムだ。そこから、音を出す楽しさを思い出して欲しいと春雨は願う。
「歌詞はハル子さんと似ている様に見える部分があるますが、自分自身の歌を信じているなら、顔を上げて毅然としていればいい。どんなに他人が攻めようが、この歌を作るために培った自分自身の過ごした日々を偽物だったと投げ出してはいけないと思います」
ラファエロの説得に、由樹は耳を傾け、顔を少し上げた。そんな彼女の目に映ったのは、緩やかに踊る春雨の姿だった。踊りが終わると、力ない由樹の拍手が聞こえた。
「思いが通じた‥‥」
喜んだ春雨は、持参した美味しいケーキを用意した。
「心が沈んだ時には甘いものでしょ!」
わずかだが、由樹は落ち着きを取り戻した。
●歌姫の本音
それから少し時間を置いた頃、様子が気になったミッシェルがアパートに来た。
「由樹様の様子はいかがですか?」
「少し落ち着いたみたい」
春雨の言葉に安心するミッシェル。突然やって来ることで新しいストレスになってしまわないか心配だったのだ。それを確認すると、ミッシェルはスモーキーと高遠に連絡うを入れた。
暫くして、二人が石元を連れてアパートにやって来た。
「由樹嬢が少しでも落ち着いたみたいで安心したぜ」
「とはいえ、まだ話ができないかもしれませんがね」
高遠とスモーキーの会話をよそに、石元は急いで由樹の元に向かった。春雨の踊りと、差し入れのケーキで少しは落ち着いたのか、由樹は少しだけ俯き加減になっている。
スモーキーは由樹の肩に手を置き、話し始めた。
「貴女と砺波先生の歌詞が似てしまっていること自体は、貴女も認めているのでしょう? これは十二分に起こりうることです。次からは気をつけるようにすればいいだけですよ」
「事件からこっち、思い切り泣いたことはあるのか? もし無いなら、一度泣いてみるのもいいだろう」
高遠は、小さなオルゴールを取り出すと曲を流し始めた。曲は、由樹のデビュー曲『光に向かう蝶』だ。流行曲のオルゴールを作っている会社を取材した事があったので、ダメ元で探してきたのだ。
「由樹さん。これを見てください。貴女を心配し、待っていてくれるファンのメッセージですよ」
スモーキーが差し出した用紙には、びっしりと由樹を応援、激励するメッセージが書かれていた。
「もう一度歌いたい‥‥作詞したい‥‥」
それを見た由樹は、泣きながら蚊の鳴くような声で呟く。
「由樹、砺波先生が先程うちの事務所にお見えになってね、由樹に作詞を頼みたいとおっしゃった。自分が納得できる歌詞なら、今回の件を許すともね」
「本当に‥‥?」
「ああ」
その言葉が本当だと知った由樹は、石元に縋りつき泣いた。