着流しカウンセラーアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 氷邑
芸能 5Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 32.2万円
参加人数 7人
サポート 0人
期間 03/04〜03/08

●本文

 老舗の呉服店『かどくら』の4代目店主、門鞍将司。
 彼は呉服店店主の他に、もうひとつの顔がある。

「いらっしゃいませ」
 高校生くらいの少女と、母親らしき中年女性が店を訪れた。
「先日、お嬢様の振袖の件でご相談されに来た阪下様ですね。どうぞ、こちらへ」
 店員に「ここはまかせたよ」と言うと、将司は二人を連れて二階へと上がった。
「あの、店主のお客様ですけど、何か様子が‥‥」
「将司が『店主』から『先生』に変わるのよ」
 新人店員にそう言う、先代店主の彼の母。

 彼のもうひとつの顔は、病んだ心を持つ『客』を持て成すカウンセラーだ。
 着流しをラフに着こなしていることから、その筋の業界では『着流しカウンセラー』と称されている。

「摂食障害ですか‥‥」
 来談者は名門のお嬢様学校に通っている阪下ナツキ、17歳。
 彼女の腕や足は筋張っているうえ、頬もこけている。かなりの摂食障害であることは一目瞭然だ。
 助手の関口恭介が差し出したお茶を一口飲んでから、ナツキの側につきっきりの母親が事の次第を話し始めた。恭介も将司同様『かどくら』に勤務しながらカウンセラーをしているひとりだ。
「はい‥‥。急に暴飲暴食を始めたと思ったら、トイレで食べたものを無理やり吐き出すんです。吐き出したら、また食べ物を口に詰め込むんです。いくら言ってもやめてくれなくて、昨夜も冷蔵庫の中を食い散らかすこの子を主人と一緒に引きはがそうとしたのですが、逆に突き飛ばされてしまいました」
 ナツキは、幼い頃から親の言うことをよく聞くおとなしい子だったが、最近になって突如別人のように奇行に走るようになったという。その理由は両親も心当たりが無いとのこと。
「精神科に通っていることが知れたら、この子の将来に関わります。お願いします、一刻も早く治してください!」
 頭を下げて頼む母親。
「お母さん、顔を上げてください。精神病というものは、現代では大半の人が持っているものなんです。それと、心の病は体の病とは違って治療には時間がかかるものだということをご理解ください」
 はあ‥‥母親は渋い顔で返事をする。
 精神病に偏見を持たれるのは毎度のことなので、将司自身は気にもとめていない。
「ナツキさん、どうして食べ物を食べることが義務になっているのかな? 恋人に振られたとか?」
 ナツキは、俯いたまま黙っている。
「この子に恋人なんていません。この子の生活はいつも確認してるんですから」
「じゃあ、クラスメートか、好きになった男の子に体型についてからかわれたとか?」
「先生。この子は立派に他の子と仲良くしています。私もPTAの役員として、学校生活についてご父兄や教職員の方と連絡をしています」
 結局、将司が何を聞いても、少女ではなく母親の方が答える始末だった。
「お母さん、申し訳ありませんが、次回からはナツキさん一人でここへ来るようお願いします」
 そう申し出た将司に、途端母親の顔色が変わった。
「先生。何を言ってますの? この子は私がついていないと駄目なんです」
「しかし、誰かの目があると話しにくいこともあるんです」
「先生はこの子が親に言えないような隠し事があると? 私はこの子のことは何でも知っています。何か質問があるのなら私に聞いてください!」
「失礼ですが、私は精神科医とは違いますが幾人もの患者を診てきたカウンセラーです。カウンセラーとしてナツキさんと一対一で対話をすることが娘さんの病気を治すために必要だと判断しました。お母さん、あなたは娘さんの病気を早く治したいとは思わないのですか」
 将司の強い口調に、母親は渋々「わかりました」と返事をした。

「関口、悪いがおまえにも手伝ってもらう。いいか?」
「何を水臭いことを。わかってるよ、門鞍」
 高校時代からの同級生ということもあり、二人は互いをフォローし合うほどの仲だ。
「じゃ、俺は彼女の同級生とか、近所とか調査してみる。営業担当の俺なら怪しまれないだろう」

 着流しカウンセラー門鞍将司と関口恭介、ナツキの摂食障害との戦いが始まろうとしていた。

<登場人物>
門鞍将司:呉服店『かどくら』の4代目店主にしてカウンセラー。
      着流しカウンセラーの異名を持つ。
関口恭介:将司の友人であり助手。『かどくら』の営業担当でもある。
阪下ナツキ:摂食障害の高校生。親に言えない秘密を抱えている。
ナツキの母:娘を大事にしている良き母親。

※上記以外のキャスト(クラスメート、ご近所等)は各自で考えてください。
※ナツキの摂食障害の理由は、ナツキ役と母親役が相談して考えてください。

●今回の参加者

 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa2044 蘇芳蒼緋(23歳・♂・一角獣)
 fa2481 喜田川光(37歳・♂・狸)
 fa3411 渡会 飛鳥(17歳・♀・兎)
 fa4961 真紅櫻(16歳・♀・猫)
 fa5196 羽生丹(17歳・♂・一角獣)
 fa5541 白楽鈴(25歳・♀・狐)

●リプレイ本文


 関口恭介(蘇芳蒼緋(fa2044))は、来談者の情報収集に奔走していた。カウンセリングを行うには来談者自身を知る必要があるのだが、当人が何も話さないので営業を兼ねた調査を行っている。
「ご近所の評判は悪く無し、と。次は来談者が通う学校にでも‥‥」
 その時、恭介の携帯のメール着信音が鳴った。誰からだ、と思い見ると

『兄貴♪ サボってると、門鞍さんに言いつけちゃうぞ〜』

 とあった。恭介の妹、純(渡会 飛鳥(fa3411))からだった。
「純、そこにいるのはわかってる。出て来い」
 電柱の陰に隠れていた純を、恭介は呼び出した。
「ちぇ、バレちゃった。何してるの? 教えて!」
 純がどうしてでも知りたがるので、恭介は仕方なく調査している来談者のことを話した。本来、守秘義務というものがあるのだが‥‥。
「ボクも手伝う! 兄貴や門鞍さんだと、どうしても入り込めない部分ってあるでしょ?」
 正直言うと、恭介はお嬢様学校に入る気にはなれなかったので、純の協力申し出には有難いと思った。
 妹が調査の協力をする、ということを、現在カウンセリング中であろう門鞍本人に伝えようと恭介は携帯をかけた。


「ありがとうございました」
 反物を選び終えた上品な婦人を見送るのは、粋でしなやかな呉服店『かどくら』の4代目店主にしてカウンセラーの門鞍将司(仁和 環(fa0597)) 。
 その直後、彼の携帯が鳴った。
「はい、門鞍‥‥関口か。何かわかったのか?」
「実は‥‥」
 少し間を置き
「門鞍さん? 純でーす! 私も今回の調査、お手伝いさせてください」
「あ、ああ‥‥助かるよ。お願いしようかな?」
「ありがとう♪」
 妹に甘いあいつらしいな、と思い、苦笑する将司であった。


 その日の夜、将司の元に相談しに来た阪下梢(白楽鈴(fa5541))は、娘のナツキ(真紅櫻(fa4961))とリビングで話し合っていた。
 父の春雄(喜田川光(fa2481))は、仕事が精一杯で娘にあまり関心が持てず、教育は妻の梢に任せている状態。そんな春雄が今考えていることはというと、今度の週末は何をしようかと考えている。
 娘より趣味が大事、という駄目な父親だが、梢からナツキがカウンセリングを受けたと知った途端「本当にナツキのためなのか?」と口を挟むもうとしたが、仕事で家庭を顧みない夫に、梢は家庭の事に口を出す事を許さない。
「仕事、仕事で家庭に関心も無いのに、口を出さないで下さい。ナツキちゃんの為ですもの」
 梢の言葉に、黙って首を縦に振るナツキ。


 翌日、娘を心配して『かどくら』に来た梢を、恭介は得意の営業スマイル全開で言葉巧みに追い返した。
「おや? ご来店はお嬢様のみとお伺いしてますが、どうかなさいましたか?」
「私は‥‥ナツキちゃんが一人でここまで来れるかどうか様子を見に来ただけで‥‥」
「ご自慢のお嬢さんは、お一人では外出できないような方なんですか? 違うとおっしゃるならどうぞお引取り下さい。当店のお客様として来られたのでしたら歓迎しますが」
 恭介の言葉にぐうの音も出ない梢は、無言で走って『かどくら』を去った。

「いらっしゃい、ナツキちゃん」
 カウンセリングに訪れたナツキに、恭介は気さくに声をかけた。
 ナツキは初めて『かどくら』に来た時同様、顔色は悪く、極端までに痩け、指には吐きダコができている。かつては綺麗だったと思われる髪と肌には艶が全く無い。
 そんなナツキに、将司が労いの言葉と、ここが自由に語り、行動出来る場所だと認識させるよう気さくに会話を始める。
「お茶でも飲みながらお喋りでもしましょうか。私に付き合うも、店内を好きに見るもナツキさんの自由ですよ」
 門鞍のカウンセリングに最初は戸惑い、最初に内は他の大人に対するよう良い子を演じるナツキだったが、将司の巧みな嗜好に関する質問や選択が必要な会話を織り交ぜ、徐々に意思表示出来るような会話に、次第に心を開いた。
「今日は梅羊羹と桃ケーキがありますが、どちらにします? 遠慮無く食べてもいいんですよ。ここでは、食べても吐いても構いませんから」
 遠慮がちに、ナツキは桃ケーキを頼んだ。
「あ、お菓子の事は内緒に‥‥お母様の分足りませんから」
 と茶目っ気たっぷりに言う将司に、ナツキはぎこちない笑みを浮かべた。
 話を続けているうちに、次第に打ち解けるナツキは、将司は絵本作家になりたいという将来の夢を話した。
「素敵な夢ですね。応援しますよ」
 大人しく、自己主張が殆どない「都合のいい子」「とくに印象に残らない子」というナツキのイメージは、少しずつ崩れていった。
 そして、過食嘔吐は、親に言いたい事を隠す為と相談できるような相手を求める欲求を埋める為に行ったことを将司に告げた。


 純は、兄・恭介の手伝いと言う名目で、反物の見本帳を手土産にナツキの学校の日舞や茶華道部の友人を訪ねる。この中のどれかにナツキが入部しているはず、と思った純は、交友関係の広さを活用して行動した。
 最初は、美味しいケーキのお店、夏までにダイエットという少女らしい話題をし、自分の学校に摂食障害の子がいると切り出して、ナツキの話が出るように誘導。彼女達の情報で、ナツキは華道部にいることが判明。
 ナツキは今頃、カウンセリングを受けている最中なのでいないので、安心してナツキの情報を得られる。クラスメートの華道部員や顧問から、ナツキの学校での様子や、周囲から見た彼女の家庭の様子を純は聞き出す。
『親しい友人がいない』
『母親が交友関係にもうるさい』
 これが、部員達が述べた意見だった。

 営業という立場を活かしてお得意様な奥様方から阪下家に関する情報を得たあと、恭介は純と弟の小太郎(羽生丹(fa5196))に、店の近くの甘味処で落ち合い、得た情報をまとめようと連絡を入れた。
 その数十分後、二人が甘味処に来て、早速入手した情報を周囲に気取られないよう話し始めた。純は交友の広さ、小太郎は恋愛関係にある友人から様々な情報を手に入れていた。
「助かったよ。純、小太郎、ありがとな」
「どういたしまして、クリームあんみつイチゴ入り奢ってくれてありがとね、おにーちゃん♪」
 ルンルン気分の純に続き、小太郎は携帯で彼女と話しながら去っていった。

 閉店後、将司は恭介が得た情報を聞き出し、ナツキが摂食障害に陥った原因は母親の過干渉による重圧だと推測した。
「そろそろ仕上げといくか。阪下家だが、次の日曜は家族全員いるのか?」
「父親は接待ゴルフ、母親は芝居鑑賞となっているが、夜なら開いているだろう」
 それを聞いた将司は、両親とナツキの三人でカウンセリングに来るよう阪下家のメイドに伝えた。


 日曜日、ナツキは両親に連れ添われ『かどくら』を訪れた。
 ナツキの表情は、カウンセリングの成果もあり、少しずつ表に出てきている。来談当初に比べ、顔色は徐々に良くなり、吐きダコも若干小さくなっている。
「お待ちしてましたよ、阪下さん。そろそろ最終段階に入ろうと思い、ご両親にも来ていただきました」
 将司は、いつになく真剣な表情でカウンセリングを始めた。
「お母さん、あなたはナツキさんの事は何でもわかると仰っていましたが、彼女の嗜好をご存知ですか? ナツキさんの全てを知り尽くしているのでしょうね?」
「ええ、ナツキちゃんのことなら何でも知っていますわ」
 自信を持って答える梢に
「いい加減にしろよ‥‥」
 と恭介が梢に気付かれない程度にボソリと一言。

「ナツキさんの夢はご存知ですか?」
 と将司が聞くと、梢は考え込んでしまった。
 そんな梢に、ナツキは面と向かって初めて自分の意見を述べた。
「お母さん、私、勉強は嫌いじゃない‥‥。でも、私は読んだ人に幸せな気分になってもらえるような絵本を書いてみたいの。絵本作家になるのが私の夢なの!」
 ナツキにとって、生まれて初めての自己主張だった。
「私‥‥間違っていたのでしょうか‥‥」
「お母さん、改めてナツキさんと向き合っては如何でしょう。あなたはナツキさんを大切にされている良いお母さんなのです、これからでも大丈夫。お父さん、毎日一言でも言葉をかけてあげてください。味方の存在を感じるだけで、ナツキさんは強くなれます」
 微笑みながら、将司は助言する。
「ナツキちゃん‥‥そんな夢を持っていたのね。本当のあなたをまずは見つけてから、考えていきましょうね」
「ありがとう、お母さん‥‥」
「お父さんは、今日からナツキを可愛がる。ホワイトデーにデートしよう。クッキーを買ってあげるよ」
 父親は、過剰に反省しながらもナツキに迷惑がられても、可愛がろうと思った。

 帰り際、将司は店にある和小物をナツキ選ばせ、それを贈り物にし、手を振って三人を見送った。
「ところで門鞍、俺の必要経費の件に関してなんだが‥‥」
 恭介が、将司に甘味処代金を請求したが、笑顔で「却下」と即答された。
「なっ、何ーっ?! うぅ‥‥俺の給料が‥‥」

<来談者・阪下ナツキ(17)>
 母親の過保護による摂食障害を患うが、両親との和解により徐々に回復。
 現在は、将来の夢に向かって「自己」の表現を勉強中。


 撮影後。
「白楽くん、キミは過保護な母親という難しい役を見事に演じきった。今後も女優として頑張ってくれ」
 監督の言葉に、嬉しさを隠しきれない白楽だった。
「皆も、「心」という難しいテーマを良く演じてくれた。ありがとう」