奈落佳人〜歪〜アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 氷邑
芸能 4Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 17.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/03〜04/07

●本文

「奈落佳人って知ってる?」

 午前4時44分44秒に、奈落佳人なる人物が現れ、恋の怨みを晴らしてくれる。
 中高生の間で広まり、今では老若男女問わず知られている都市伝説であるが、その噂は本当だった。


 花屋の店員である僕は、毎週水曜日、入院している幼馴染みのために花束を買いに来る萌ちゃんという子に好意を抱いている。
 僕が用意した花束を、とても嬉しそうに笑って受け取る彼女は天使のようだ。
 最新カタログを手渡した時に「いつもありがとうございます」という彼女の声は愛らしい。
 幼馴染みを思う優しい彼女に、僕の「好意」は「恋心」に切り替わったのは早かった。
 萌ちゃん、僕はキミのためなら何でもするよ‥‥。
 
 萌ちゃんのことがもっと知りたくて彼女の後をつけると、幼馴染みが入院している病院に着いた。幼馴染みがどんな相手か知りたくて、病室まで後をつけた。
 病室をノックして、萌ちゃんが幼馴染みの名前を告げた時、ショックを受けた。

「貴雪、元気?」

 たかゆき? ということは‥‥幼馴染みは男なのか!
 こいつが萌ちゃんを独占していたのか! 許せない!
 萌ちゃんは‥‥萌ちゃんは僕だけのものだ!!
 この瞬間、僕の萌ちゃんに対する思いは「恋心」から「独占欲」へと変わった。
 それ以降、萌ちゃんのことをもっと知りたくて、彼女の家に忍び込み、萌ちゃんの部屋から卒業アルバムと手帳を盗み出した。手帳から、萌ちゃんの幅広い交友関係が窺える。そこには、貴雪が入院している病院の電話番号も書かれていた。
 萌ちゃんの携帯メールアドレスは、カタログ配布の際にうまいこと入手できている。

 彼女の嗜好、友人関係を知り尽くした今、僕は彼女に尽くせる。
 僕の愛の深さ、教えてあげるよ‥‥!


 満月の光に照らされている東屋。
 そこの中央にある水鏡で様子を窺っているのは、仙女風の衣装を身に纏い、憂いの表情の美女、奈落佳人。その傍らには、中華風甲冑を身に纏った古風な口調の武将・蒼嵐がいる。
 ターグァ(大兄)とニューアル(小妹)は、水鏡を覗き込んで
「どっちが奈落送りするのかなー?」
「どっちかなー?」
 とはしゃいでいる。
「佳人殿はどう思われる? 花屋の店員が佳人殿に依頼されるとお思いか」
「そうかもしれませんが‥‥別の者が私を呼ぶでしょう‥‥」
 奈落佳人が水鏡に触れると、波紋が花屋の店員の姿を歪めた。


「以上が、今回の『奈落佳人』の粗筋です。今回は、ターゲットの視点での演出にしてみました」
 脚本を書いた輪島珠洲は、監督にそう説明した。
「ターゲット視点とは、キミとしては珍しいな。たまには、こういうのもいいだろう。今回は、依頼人が指定されていないな。可能性は、萌か貴雪のどっちかだろうな。それとも‥‥第三者を考えているのかい?」
「それは、出演者の一任に任せます」
 今回は、依頼人を誰にするかを出演者に決めてもらおうということになっている。
「わかった、キミのその案に賭けよう」
「ありがとうございます」

 珠洲の賭けは、どうなるのだろう‥‥。

<登場人物>
奈落佳人:恋の怨みの相手を奈落送りにする謎の女性。
蒼嵐:佳人の部下でかつては名を馳せた武将。古風な口調。佳人を「殿」付けで呼ぶ。
ターグァ(大兄):佳人の部下で、双子の兄。子供っぽい口調。佳人を「ちゃん」付けで呼ぶ。
ニューアル(小妹):佳人の部下で、双子の妹。口調や佳人の呼び方はターグァと同じ。

花屋(僕):今回のターゲット。萌にストーカー行為をし、歪んだ愛情表現をする。
萌:幼馴染みである貴雪のために、僕がバイトしている花屋に花束を買いに来る少女。
貴雪:萌の幼馴染み。病気で長いこと入院生活をしている。

※その他の配役の設定はお任せします。
※花屋(僕)の名前は、その役を演じる役者が考えてください。

●今回の参加者

 fa0467 橘・朔耶(20歳・♀・虎)
 fa0595 エルティナ(16歳・♀・蝙蝠)
 fa0612 ヴォルフェ(28歳・♂・狼)
 fa1420 神楽坂 紫翠(25歳・♂・鴉)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa1890 泉 彩佳(15歳・♀・竜)
 fa4079 志祭 迅(26歳・♂・鴉)
 fa5030 ルナティア(17歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

 セーラー服にお下げ髪のストーリーテラー(美森翡翠(fa1521))が、薄闇の下校風景の中を歩きながら奈落佳人について話し出した。
「午前4時44分44秒に奈落佳人なる人物が現れ、恋の怨みを晴らしてくれる。 良く知られている都市伝説‥‥と思われていますが、この噂、本当なんですよ。本日は、そのうち一つに絡んだ話です。そのお話を、これから皆さんに始めようと思います」
 ストーリーテラーが礼儀正しくお辞儀をすると、場面はアンティークな雰囲気を醸し出している洒落た外装の花屋の前に変わった。


「こんにちわ」
 決まった日に必ず花屋に花束を買いに来る少女、萌(泉 彩佳(fa1890))が元気良く来店した。
「いらっしゃいませ。今日はどの花にしますか?」
 花屋の店員、森崎滋(神楽坂 紫翠(fa1420))は、優しい笑顔で萌にどのような花束にするか訊ねた。
「今日は、色とりどりの花でお願いします。今日もお兄さんのお任せでいいよね?」
 萌に「お兄さん」と呼ばれ、慕われている滋は、何種類か花を選んでは、自分の納得がいくまで花束を作る。
「今日も可愛いね‥‥。僕は、君のためなら何でもするよ‥‥」
 そう呟いた後、萌に薄い空色のビニールに包まれ、赤いリボンを根元に結んだ花束を、花が痛まないようにそっと手渡した。
「今日は、新種の白いバラが入荷されたから追加してみたよ。どうかな?」
「ありがとうございます。お兄さんの花束、幼馴染みがとても喜んでくれるので私も嬉しくなっちゃうんです」
 笑顔で喜んでくれる萌の表情を見るのが、滋はとても好きだった。
「それじゃ、失礼します。またお願いしますね」
「今日の花束も、幼馴染みに喜んでもらえると僕も嬉しいよ」
 滋は、幼馴染みを思う萌に好意を抱いていたが、それはいつしか恋心に切り替わった。
(「僕は‥‥キミのためなら何でもするよ‥‥」)

「どうやら、今回の奈落送りの対象は彼のようですね」
 ストーリーテラーは、一瞬顔つきが変わった花屋を見てそう言った。


 萌のことをもっと知りたいという探究心に駆られた滋は、自分だとバレないよう念入りに変装し、萌を尾行した。入院している幼馴染みが、どんな人物も気になるからだ。萌と同じくらいの年頃の女の子かもしれないが、男という可能性もあると睨んでの行動である。
 病院に着いた‥‥までは良かったが、何号室に入院しているかまではわからない。困っていたその時、萌がエレベーターに乗り込んだので滋も後に続いて乗った。萌は、5階のボタンを押した。
(「5階は‥‥外科か」)
 5階に着くと、萌は迷うことなく東病棟のほうへと進んだ。たどり着いたのは、504号室。
 萌が軽く病室のドアをノックした後、病室に入った。
「貴雪、元気?」
 幼馴染みの名前を呼ぶ萌の声に、滋はショックを受けた。
 病室のドアを少し開け、萌と貴雪が楽しそうに話している場面を見た。ベッドを囲う薄いグリーンのカーテンに邪魔され、貴雪の顔は窺うことはできなかったが。
「貴雪、もう桜の季節だよ。早く起きないと見れなくなっちゃうよ。思い出すよね‥‥小学校の入学式から、いつも一緒だったよね‥‥」

「幼馴染みは男だと‥‥? 許さない! 萌ちゃんは僕だけのものだ!」
 怒り狂った滋は、その後、萌の家に直行し、誰もいないことを確認すると侵入した。
 萌の住所は、何度も尾行したうえでようやく突き止めた。誰もいないことを確認すると、迷うこと一階にある萌の部屋の窓際に直行した。萌の部屋の位置も、綿密に調べて突き止めた。幸いなことに、窓の鍵はかかっていなかった。窓のサッシに手を置き、部屋に侵入した。泥で汚すのは悪いと、スニーカーは脱ぎ捨てた。
「ああ‥‥ここが萌ちゃんの部屋なのか‥‥」
 恋焦がれる少女のような恍惚な笑みを浮かべて滋は一瞬の幸せに酔いしれたが、本来の目的を思い出し、手帳やアルバムといった交友関係が記されているものを探し出した。真っ先に目に付いたのは本棚だった。女の子らしく、恋愛関係の小説、漫画単行本、アイドルの写真集等が収納されていた。本棚の下には、アルバムがあった。幼稚園、小学校、中学校の順に並んでいる。滋は卒園アルバムを手に取ると、パラパラと捲って萌の写真を探し始めた。見つかった幼稚園時代の萌の写真の下には、子供の字で「しょうらいのゆめはおよめさん」と書いてあった。
「萌ちゃんは、お嫁さんになるのが夢なんだね。僕のお嫁さんになりたいんだね‥‥」
 萌のことを少し理解した滋は、萌に尽くすことで自分の愛の深さを教えてようとしていた。歪な愛情表現とも気付かずに。

 その夜、滋は夜間病棟から病院内に侵入し、ナースステーション前を上手くやりすごして貴雪の病室へと向かった。
 貴雪の身体には生命維持装置、口には酸素供給マスクがつけられていた。誰も病室に来ないことを確認した滋は、生命維持装置の電源を切り、貴雪を医療事故に見せかけて殺害した。

 同時刻。
 白い仙女風衣装を纏い、長い髪で左右異なる色合いの瞳を隠している美女、奈落佳人(橘・朔耶(fa0467))は、東屋の中央にある水鏡で滋の様子を窺っていた。
 萌へのストーカー行為を始めようとしたこと、植物状態である貴雪の医療機器を細工し、医療事故に見せかけて罪無き貴雪の命を奪った事を滋と、眠るように死んだ貴雪を哀れむように、悲しげな表情で水鏡を見ていた。


 明後日、雨が降りしきる中、貴雪の葬儀が行われた。萌をはじめとする友人、クラスメート等、多くの参列者に見送られながら貴雪は最後の旅路に向かった。霊柩車の助手席に座り貴雪の遺影を手にしているのは、10歳以上年齢の離れた兄、弘雪(志祭 迅(fa4079))。早くに両親を亡くしたので、貴雪の父親代わりも努めた。そんな弘雪の表情はやつれ果てていた。治療費を稼ぐ為に昼夜問わず働き詰め、時間を作っては貴雪の見舞いに行ったことによる過労による。萌と話すことは、疲れを見せないよう明るく振舞い、萌を励ましていた。
 萌は、葬儀中に涙ひとつ見せず気丈に振舞う弘雪をどう慰めて良いのかわからなかった。貴雪の突然死のショック、自分のふがいなさに泣くことしかできなかった。
 その様子を、葬儀の場の寺の前にて見ていた滋は、誰にも気付かれないようにニヤリと笑い、その場を離れた。
「邪魔者は消えた。これで、萌ちゃんは僕だけのものになる‥‥フフフ‥‥」
 後は、萌に自分の気持ちを打ち明けるだけになった。

 貴雪の葬儀が終わり、萌が家に帰ったのは夕方5時頃だった。萌の母は、娘の気持ちが痛いほどわかっているのでそっとしようと決めていたので、何も言わなかった。
「貴雪‥‥どうして‥‥?」
 部屋に入るなり、萌はベッドに突っ伏して泣き崩れた。

 葬儀の翌日、静まり返った弘雪、貴雪兄弟の家に電話のコール音が鳴り響く。一睡もしていない弘雪は、かったるそうに受話器を手にしたが、相手が貴雪の担当医と知ると一気に目が覚めた。主治医は、貴雪の生命維持装置は何者かの手により壊されたという医療事故の真相を語った。
「そ‥‥そんな馬鹿な!!」
 その件に関しては、病院側の落ち度がありますので‥‥という担当医の声は、弘雪には届いていなかった。
 その日から、萌の周辺に異変が起こった。
 自室の窓が割られて誰かが侵入した形跡があり、物の配置が微妙に変わっている、アルバムが無くなった、携帯メールに「キミが好きだよ」と羅列されたメールが頻繁に送信されたり、誰かに尾行されたりと。


 ある日、萌は中学時代の友人の家に遊びに行こうとしたが、住所を忘れてしまった。机の机の引き出しを開けて、友人のことを記した手帳を取り出そうとしたが、どういうわけか無くなっていた。
(「誰かに盗まれた‥‥!?」)
 混乱していたその時、玄関のチャイムが鳴った。インターフォンで誰か確認したら、弘雪だとわかったので萌は玄関のドアを開けた。
「すまない、急に来て。萌ちゃんに‥‥」
 弘雪の話を遮るかのように。萌は手帳が無くなっていることを話した。
「お兄ちゃん、中学校の入学祝いにって私と貴雪に色違いの手帳買ってくれたよね。その手帳‥‥無くしちゃったみたいなの。そっちの家に置いてないかな‥‥?」
 貴雪の医療ミスは人為的に行われたものだ、ということを伝えに来た弘雪だったが、大切な手帳を無くして動揺している萌を落ち着かせることに。
「わかった。帰ったら、家の中を探してみるよ。見つかったら萌ちゃんの携帯に連絡するから」
「ありがとう、お兄ちゃん。あ、お話中断させてごめんなさい。何か用?」
「萌ちゃん、どうしてるのかな‥‥と思って、様子を見に来ただけだ。少し元気が出たようなんで安心したよ。それじゃ」
 弘雪は振り返り、自分を見送っている萌に軽く手を振った。

 家路に向かう途中、弘雪は誰かとぶつかった。誰かが何かを落としたので、それを拾って渡そうとしたが
(「これは‥‥萌ちゃんの手帳」)
 裏表紙を見て、萌のものだとすぐわかった。
 黒のサインペンで「萌」と書かれているが、それは貴雪が書いたものだ。兄である弘雪が、弟の字を見間違えるはずがない。
 弘雪はすぐぶつかった人物に手帳を手渡そうとしたが、相手は瞬時に手帳をひったくった時に何かがヒラリと舞い落ちた。相手はそれに気付くことなく逃げるように走っていった。
 舞い落ちた何かに気付いた弘雪は、それを拾った。
「これは‥‥」
 折りたたまれているので広げて見ると、それは、ある花屋の新聞折り込み広告だった。店名を見て、萌が貴雪のために花束を買っている花屋だと判明。
 花屋が店員の誰かが怪しいと睨んだ弘雪は、翌日から萌の周辺調査と、怪しまれない程度に花屋前の張り込みを始めた。
(「店員の誰かが、萌ちゃんにしつこく付きまとい、邪魔者になった貴雪を殺害したのが事実なら‥‥俺は、俺はそいつを絶対に許さない!」)

 数日後、開店のため店のシャッターを開けた男に、噂話が好きそうな中年女性が話しかけた。
「おはよう、滋さん。最近ご機嫌なようだけど‥‥彼女でも出来たのかしら?」
「そのまさかです」
 中年女性は、しつこく滋に彼女の話を聞いた。彼女は、自分の為に毎日花束を買いに来てくれて、そのうち好意を抱くようになったという。そして、長年付き合っていた彼と別れ、勇気を出して自分に告白したという。
「その彼ですが‥‥最近、亡くなったそうです。彼女も、元彼とはいえショックを受けていたので、落ち着くまで慰めてあげました」
(「その話は、萌ちゃんと貴雪のことじゃないか!」)
 いてもたってもいられなくなった弘雪は、滋に問い詰めた。
「その話は嘘だ! そいつの話はでっちあげに決まっている!」
「藪から棒に何を‥‥。何か証拠でもあるんですか? あるのなら見せてください」
 弘雪はジャケットのポケットから、花屋の折り込み広告を取り出して見せた。
「これは、おまえが落としたものだろう? それと、一緒に落とした手帳だが、あれは俺が妹みたいに可愛がっている萌って子のものだ。不法侵入のうえ、盗みまでするとは最低の奴だな!」
 このことを警察に訴えてやると怒る弘雪に、滋はそんなものは証拠にならないと言い返した。運が悪い事に、その場にいた中年女性は噂話が大好きで、花屋の近所に住んでいたということもあり、その日のうちに花屋周辺でこの一件はあっという間に広まった。


「もう駄目だ‥‥誰も信じちゃくれない‥‥」
 絶望に叩きのめされた弘雪の耳に、近づいてくる女子高生達の話が入った。
 その話は、午前4時44分44秒に現れ、怨みを晴らしてくれるという「奈落佳人」なる人物の噂だった。その話を聞いた弘雪は迷信だと思ったが、小さく聞こえる話の続きでは、行方不明な人がいるのは、奈落佳人が相手を奈落送りにしたためとあった。
(「それが本当なら、貴雪の怨みを晴らし、萌ちゃんを助けることができるかもしれなない」)

 東屋にある水鏡でその様子を窺っているのは、双子の兄妹、ターグァ((エルティナ(fa0595))とニューアル(ルナティア(fa5030))。
『きっと、すぐに佳人ちゃんを呼ぶことになるよ♪』
 弘雪の様子を、クスクス笑いながら無邪気に見ているターグァとニューアル。
 
 午前4時44分44秒、弘雪は聞いた話の通りに奈落佳人を呼び出した。
「死んだ弟が守りたかった子の為に‥‥来てくれ、奈落佳人!」
 その声と同時に、姿見が光り、眩しさがおさまると同時に一人の女性の姿が。
「私を呼んだのは貴方ですね。亡き弟さんの恋の怨みを晴らしたいのですか?」
 力強く頷く弘雪。
「誰も信じてくれない以上、俺はあんたに頼むしかないんだ! そのためなら、俺は命を捨てても構わない!」
「わかりました‥‥。依頼を引き受ける代わりに、貴方には代償を支払ってもらいます」
 奈落佳人が要求した代償は「恋愛成就不可」だった。
「それでも構わない! 萌ちゃんを守れるのなら!」
「では、これを貴方に」
 奈落佳人は、金色の鈴のついた根付を弘雪に手渡すと
「この鈴を鳴らせば依頼は成立し、貴方の憎い存在を奈落へ送る事になります」
 説明を終えると、奈落佳人の姿は霧のように消えた。

「佳人と契約を結べるのは生者のみです。しかし、恨みを持っているであろう死者の代理という形でしたら、奈落佳人は依頼を受けることもあります。彼らの証言があるかどうかは謎ですが」
 ストーリーテラーが指を差しながら言う「彼」とは、弘雪と、彼の背後に立つ死装束の貴雪のことだ。

 東屋に戻った奈落佳人をひざまづいて出迎えたのは、彼女の部下である蒼嵐(ヴォルフェ(fa0612))。蒼嵐は、帰還した佳人に訊ねた。
「佳人殿、何故あの者の依頼を引き受けたのですか? 怨みを晴らしたいのは、あの者の弟であろう。それをわかっていながら、何故‥‥」
 顔を上げ、奈落佳人の憂いの表情を見た蒼嵐は、それ以上追求するのをやめた。佳人殿のお考えとあらば、それに従うまでと悟ったからだ。
 その時、チリン‥‥と鈴の音が鳴った。
「あの者、早速鈴を鳴らしたか。せっかちな‥‥」
「いきましょう、皆。怨みの相手が殺めた哀れな少年の思いに応えるため‥‥」
 奈落佳人の口から、弘雪の依頼を引き受けた真意が語られた。それを知った蒼嵐は槍を手にし、彼女の傍らに立った。
『奈落送り、奈落送りー♪』
 ターグァとニューアルは、手を叩いて大はしゃぎ。


 翌朝、ターグァとニューアルは花屋を調査している警官の前に現れた。
「ごめんね、警官さん。佳人ちゃんね、彼を生かしておく事さえ許せないんだって!」
「ちょっとだけ休んでいてね! 起きたら何も覚えてないと思うけど…」
 ターグァとニューアルは、息の合った声で歌い、警官を撹乱させた。撹乱された警官は、開店準備をしている滋を呼び出し、貴雪殺害の件で病院から通報があったと告げた。
「僕は何も知らない!」
 逃げ出そうとする滋を警官はものすごい力で羽交い絞めにすると、強引に待機していた覆面パトカーに連行した。それに乗っているのは、私服警官姿の蒼嵐だ。
『警官さん、ご苦労様。お仕事、終わったよ』
 二人は、一仕事終えた警官に子守り歌を聞かせて眠らせた。
『そっちのお兄さんにも眠ってもらうよ』
 覆面パトカーの前に立っている滋に眠らせた。

 目覚めた滋は、奈落佳人と蒼嵐により異世界へと連れてこられた。
「ここは‥‥病院か?」
 周囲を見回していると、突然、身体中に激痛が走る。
「痛い! な、何だこの痛みは!」
 胸を押さえながら、滋は痛みを堪えた。その時になり、自分が死に装束を身に纏っていることに気付いた。
「だ、誰だ!」
 滋に歩み寄ろうとしているのは、女医姿の佳人と、看護師姿の蒼嵐だった。
「お目覚めのようですね」
「先生、この患者は不治の病に侵されています」
 カルテを見ながら、蒼嵐が説明する。
「そうですか‥‥。残りわずかな生命ですが、出来る限りの治療を施しましょう。貴雪くんのように」
 唐突にそう宣言された侵された滋は、言うまでもなく抗議した。講義した。
「貴雪って‥‥誰だよ‥‥? それに‥何故僕が‥‥突然不治の病に‥‥? 死ぬ? この僕が‥‥?」
 元の姿に戻った奈落佳人と蒼嵐は、同情の余地無しとみなし、滋を奈落送りにすることを即決した。

「貴雪という者同様の苦しみを受けても、反省もせず、己の罪を悔いぬとは愚かな‥‥。哀れな奴よ。佳人殿、ご決断を」

「罪なき者達を傷つけ悲しませ、利己を溺れる救い無き愚者よ…奈落へお逝きなさい!」
 奈落送り宣言と同時に、彼女の瞳が赤く光った。
 普段は穏やかで争いごとを好まぬ物静かな奈落佳人だが、正義感が強いため、奈落送りにするしかない悪人は決して許す事をしない。
「‥‥ふん、なるようになるだろう‥‥」
 滋がそう呟くと、辺りは暗闇と化し、ターグァとニューアルの美しい歌声が響き渡る。

『彼の人憎しと 一つ 鈴を鳴らしましょう
 想いを返せと 二つ 重ねて鳴らしましょう
 散り消える涙 三つ 奈落へ流しましょう
 光見ぬ少年に 四つ 歌を聞かせましょう
 人が恋しやと 五つ 重ねて聞かせましょう
 消えてゆく命 六つ 奈落で歌いましょう‥‥』


 滋の魔の手から解放された萌は、いつもの明るさを取り戻した。
「いつもこの曜日にいた店員さん、今日はいないんですか‥‥?」
 いつも優しくしてくれて、花を買う時が楽しみだったから、あの店員さん好きだったのにな‥‥と心の中で呟く萌は、貴雪の見舞いに行く前に買った花とは違う白い花を購入した。
 花屋のアルバイト店員に扮したストーリーテラーは、萌に花束を手渡した。
「ありがとう、あなたが作った花束も綺麗ね」
「そう言っていただけると嬉しいです。この花束ですけど、彼にあげるんですか?」
 一瞬困った表情をした萌だったが
「‥‥うん。遠いところから帰ってくる彼にあげるの」
 そう答えると、代金を支払い終えると花屋を後にした。
 
 花束を持った萌が訪れたのは、貴雪の家だった。
「いらっしゃい、萌ちゃん。待ってたよ」
 弘雪が、優しい笑顔で出迎えてくれた。
「早いもんだな、もう貴雪の49日だなんて‥‥」
 花束を花瓶に生け終えた弘雪は、仏壇の前に飾りながらそう言った時、遠くから鈴の音が聞こえた。
「誰かいるの!?」
「どうしたんだ、萌ちゃん」
 弘雪が萌の視線を辿ると、そこにいたのは‥‥

「た、貴雪‥‥?」
 死んだ弟、貴雪が病院着姿で縁側に立っていた。
 声は発せられることはなかったが、貴雪が『ありがとう‥‥』とお礼を言っているように思えた弘雪と萌だった。その一言を言い終えた貴雪は消えたが、立っていた位置には、金色の小さな鈴が転がっていた。
「萌ちゃん、これはキミが持っていてくれ。貴雪は‥‥まだ萌ちゃんと離れたくないようだから」
 鈴を拾い上げた弘雪は、そう言って萌に鈴を手渡した。
「貴雪‥‥」
 鈴を握りしめながら、萌は弘雪に支えられながら泣いた。

「罪を背負うのは‥‥俺ひとりで十分だ。そうだろう? 貴雪‥‥」
 兄の言葉は、弟に届いただろうか‥‥。

 滋が無断欠勤したことに不審を抱いた花屋の店長は、アパートに管理人立会いのもと、彼のアパートに入った。部屋には、萌のアルバムと手帳が見つかり、携帯メールから萌に送られたメール内容が見つかった。滋の日記には、萌ちゃんの幼馴染みが憎い、という記述があったため、花屋の店長は、滋が貴雪死亡の原因となる医療ミスに関係するもの思い、警察に通報した。
 容疑者である滋の捜査と、医療ミスの捜査は同時に行われるものとなった。


 セーラー服の上からエプロンをつけ、花屋に扮したストーリーテラーは、滋のアパートを見ながら話し始めた。
「萌はこれから先も何も知らないまま過ごして行きます。それが正しいのかどうかは誰にもわかりませんが‥‥。代償を払い、弟を死なせてしまったという罪の意識に苛まれて生きる貴雪の兄、弘雪は、奈落佳人に依頼するに相応しい人だったのでしょう」
 間を置き、ストーリーテラーは再び話し始めた。
「貴方はどうでしょう? 奈落佳人に晴らして欲しい「恋の恨み」がありますか? 代償を支払ってでも、苦痛を与えた相手に復讐できるほど想っている人がいると思いますか‥‥?」
 話終え、立ち去る際にストーリーテラーの鞄から、黒の携帯電話が覗き、ストラップに奈落佳人のものと同じ金の鈴が揺れ、チリン‥‥と余韻を残すかのように鳴った。