着流しカウンセラー 弐アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 氷邑
芸能 5Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 32.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/10〜04/14

●本文

 老舗の呉服店『かどくら』の4代目店主、門鞍将司。
 彼は呉服店店主の他に、カウンセラーというひとつの顔がある。
 着流しをラフに着こなしていることから、その筋の業界では『着流しカウンセラー』と称されている。

 うららかな金曜日の午前中、教師らしき男性と、オレンジのパーカーのフードで顔を隠した少年、いや、少女が『かどくら』を訪れた。
「すみません、竹科です。予約より早くきてしまってすみません‥‥」
 竹科と名乗った来談者は、時間より40分以上も早く来た。
 一般的に、心の問題を相談に来る来談者は「自分が心の病だと認めたくない」と遅刻やすっぽかしも少なくないが、竹科のように、極端に早く来る来談者は「家族の問題を一刻も早く」という心理が多い。

 今回の来談者は、竹科の妹、亜矢。某都立高校一年生の16歳。
「これを見てください」
 健治は嫌がる亜矢の左腕を掴むと、パーカーの裾をまくり、腕を見せた。
「‥‥!」
 門鞍と助手の関口恭介は、驚きの表情を隠せなかった。
 そこには‥‥浅いもの、深いものを含めて相当の傷跡があった。
「リスカ‥‥ですか‥‥」
 落ち着きを取り戻した門鞍は、二人にリスカの説明をした。
 リスカは『リストカット』と呼ばれる慢性的に手首を切る等の自傷行為を繰り返す症候群のことだ。腕の場合は『アムカ(アームカット)』という言い方もされている。『プチリスカ』と自称したファッション感覚でリスカする若者もいるが、これも立派な病気である。これにかかった人間は、自傷行為と共に向精神薬を大量摂取していることが多い。
「亜矢は‥‥学校で酷いいじめに遭っているんです。最近になり、亜矢からそれを聞きました。私達には両親がいないので、私が親代わりなんです。以前はどんなに疲れても亜矢の話を聞いていたのですが、数年前から、出張やら残業が多くなり、話も聞けず、かまってもやれませんでした‥‥」
 学校でのいじめ、孤独感から亜矢はリスカを始めたのではないかと竹科は話した。
「リスカは何度もこの目で見てきましたが‥‥ここまで痛々しいものを見るのは初めてです」

 亜矢の左手を取り、門鞍は辛そうな表情をした。
「亜矢さん、あなたは自殺する気は微塵もないはず。リスカする人は、死ぬためではなく、生き延びるために切っているんです。生きているのか、死んでいるのかわからないような気分だから、血を流すことで生を確認しているんですよね? 私には聞こえます。あなたの『助けて!』という悲痛な叫び声が」
 自分も協力するから、少しずつでもリスカをやめましょうと亜矢を諭す門鞍。

 亜矢を心の闇から救うべく、門鞍と関口は行動を開始した。


「以上が『着流しカウンセラー』の第二話のあらすじです。今回ですが‥‥リスカという痛々しいテーマにしていますが、これは命に関わることなんです! 私はこの作品を通じて、命の大切さを観客に知ってほしいんです!」
 脚本を書いた輪島珠洲は、力強く監督に説明した。
「無意味に若者が、自ら命を絶つのは問題だな。わかった、今回はこれでいこう。キミの訴えたいことがどこまで観客に通じるかは、役者次第になるがな」
 わかっています、と監督に頭を下げながら言う珠洲は、その場を後にした。

<登場人物>
門鞍将司:主人公。呉服屋『かどくら』の4代目店主にしてカウンセラー。
関口恭介:将司の親友で助手。『かどくら』の営業。
      その立場を活かし、主に情報収集活動を行っている。
竹科亜矢:来談者。酷いいじめが原因で幾度と無くリストカットを繰り返している少女。
亜矢の兄:両親が早くに他界したため、亜矢の両親代わりとなっている。多忙気味。

※亜矢の兄の名前は、その役を演じる役者が考えてください。
※その他の配役はお任せします。

●今回の参加者

 fa0669 志羽・武流(21歳・♂・鷹)
 fa2605 結城丈治(36歳・♂・蛇)
 fa3623 蒼流 凪(19歳・♀・蝙蝠)
 fa4079 志祭 迅(26歳・♂・鴉)
 fa4371 雅楽川 陽向(15歳・♀・犬)
 fa4614 各務聖(15歳・♀・鷹)
 fa5625 雫紅石(21歳・♂・ハムスター)
 fa5627 鬼門彩華(16歳・♀・鷹)

●リプレイ本文

 多忙な兄は時間を作り、妹の竹科亜矢(各務聖(fa4614))を連れて来たまでは良かったが、会社から携帯に電話があり、亜矢を残し会社に向かった。兄が忙しいことを知っている亜矢は、精一杯の微笑で見送った。
「こんにちは、私がカウンセラーの門鞍とです。宜しくお願いします」
 穏やかに挨拶するのは呉服店『かどくら』の店主で、カウンセラーでもある門鞍将司(志羽・武流(fa0669))。仕事の最中だったので、鼠色の和服に黒い紐でたすきがけという姿のままだ。亜矢に優しく接するよう努めたが、心を開く様子は無い。
 助手の関口恭介(志祭 迅(fa4079))がお茶を差し出すと、亜矢は少し怯えた。
 怖い顔に見えるのか‥‥と項垂れる恭介。

 亜矢が話し出すまで待っていたその時
「将ちゃん、遊びに来たわよ♪ そちらはお客様?」
 カウンセリング中にも関わらず引き戸を開けたのは、幼馴染みで『かどくら』の近くで美容室を営んでいる加藤誠(雫紅石(fa5625))。本名より「マリ」と呼ばれるのを好むオカマ美容師で、将司とは幼馴染みなので彼を「将ちゃん」と呼ぶ。
「マリさん、遊びに来てくれるのは結構ですが、今は接客中ですよ」
 将司は、彼を「マリさん」と呼んでいる。
「よ、よう」
 誠が来るなり、恭介は焦った。
 将司と恭介は高校時代からの友人だが、誠は高校が違っていた。将司の家に遊びに来ていた恭介を紹介してもらってから、誠は恭介に惚れた。恭介が焦ったのは、それ以来、誠が自分に好意を寄せているのを知ったからだ。
「マリちゃんのお茶、用意してくるな」
 恭介は、そそくさとカウンセリング室を後にした。
「ここに来たのはね、今お店に来たおばさん(将司の母)から聞いたの。はい、これ。私手作りのお菓子。甘いものを食べるとリラックスするでしょ?」
 誠が女性と思っている亜矢は、彼が来た事で少し緊張が解れたようだ。
「はじめまして、私は加藤誠。「マリちゃん」って呼んでね」
 茶目っ気たっぷりウィンクで自己紹介をする誠に、亜矢は自己紹介をした。


 誠のお菓子の効果のおかげか、亜矢は少しずつ自分のことを話し始めた。
「私、いじめに遭っているんです‥‥」
 涙ぐみながらも、勇気を搾り出すかのように亜矢は話を続ける。
 
 校長の一人娘でスポーツ万能、成績優秀なクラスメートの黒崎さやか(鬼門彩華(fa5627))がいじめグループのリーダーだ。亜矢の学用品全てに悪口を書く、トイレに閉じ込め、上からバケツに入った水を被せる等、何かと理由をつけて亜矢に陰湿ないじめを繰り返していた。副担任の柴崎典子(蒼流 凪(fa3623))は、それを知っているにも関わらず傍観。
 それでも学校に通っていたのは、友人の中林千歳(雅楽川 陽向(fa4371))がいるからだ。亜矢がいじめられるのを見ては注意し、庇ってくれる千歳だが、彼女が部活中、帰宅後等でいない時はまたいじめられる。
「そんなことがあったのね‥‥辛かったでしょう」
 誠が、亜矢の手を両手で包み込むように取る。
 これ以上話を続けさせるのは危険と判断した将司は、カウンセリングを終了した。
「今日はこれでおしまいです。今度の予約ですが、何時にしますか?」
 将司がそう言うと、亜矢は土曜日の午前中を指定した。

 その夜、亜矢は悪夢にうなされていた。
「ククク‥‥」
 担任の越中慎太郎(結城丈治(fa2605))は、下卑た笑いを浮かべて亜矢を体育倉庫に無理矢理連れ込み、さやか達に強要されて万引きしようとしたところを何事も無かったようにした自分に感謝しろと恩を着せ、必死に堪えている亜矢の身体を触る。

「きゃああああ!!」

 悲鳴と同時に、亜矢はベッドから飛び起きた。額からは、冷や汗が流れ出ている。
「私‥‥私‥‥」
 他者を思いやる余り思いを溜め込み易い亜矢は、ペン立てからカッターを取ると左腕を躊躇うことなく切った。そのことで、自分は生きてるんだと実感。
 リストカットは繰り返していると慢性的貧血により心臓が肥大し、弁に穴があく場合もあるので放っておくと命に関わる。

 翌日、将司は恭介に竹科家の家庭事情の情報収集を頼んだ。
「わかった、俺に任せておけ」
 協力を快く引き受けてくれた恭介を、将司は『かどくら』前で見送った。
 
 竹科家の住所が書かれたメモを頼りに、恭介はご近所から情報を得ようとしている。
 丁度良い具合に、竹科家の右隣に住む中年女性が帰宅したので、恭介は営業活動のついでに、差しさわりのない会話をしながら竹科兄妹について訊ねた。

「俺だ。隣に住む主婦から、兄妹の情報を得た。両親は七年前に他界、兄妹仲はそれ以前から良かったそうだ。亜矢ちゃんは礼儀正しく、挨拶も必ずする良い子だと聞いたが、最近、顔色が優れないそうだ」
「ありがとう」
「いいってことよ」
 僅かではあるが、亜矢の情報入手に成功した。


 予約当日。
 亜矢はカーディガンを着こんで『かどくら』に向かおうとしていた。残念なことに、兄は仕事で同伴できない。兄に付き添ってもらいたかった亜矢は、思い足取りで出かけた。
 もう少しで『かどくら』に到着する頃、亜矢は千歳に出会った。
「亜矢、こんなところで会うなんて偶然だね。最近、厚めで色の濃い服ばかり着てるけど、日焼け対策?」
「そ、そうなの‥‥」
 ぎこちない笑みで、亜矢はそう答えた。
「少し元気になったみたいだから、嬉しいな。最近、部活で亜矢を庇ってあげられなかったから、すごく心配してたんだ」
 学校でのいじめは千歳がいる間は無いが、彼女がいない時は酷くなっている事。そのことは、亜矢は誰にも話していない。
「私、用があるから」
 千歳と別れると、亜矢は走って『かどくら』に向かった。
 亜矢が気になる千歳は、彼女の跡をつけた。しばらくすると、亜矢が呉服屋の前でショートカットの人物と話をしているのを目撃。会話の内容は小さく聞こえる程度だったが、ここにカウンセリングに来たという内容は把握できた。
「いじめのこと、ここで相談してるなんて‥‥。私は友達だよ? どうして私に相談してくれないの?」
 千歳は、亜矢を救えなかったことを悔いた。
「そこのあなた、どうしたの?」
 千歳のことが気になり、声をかけたのは、先ほど亜矢と話していた誠だった。
「あのお店の人ですか? 私の大切な友達がカウンセリングに来たって、先程あなたと話していたようなんですけど」
 誠は、自分は関係者だと言うと千歳は
「亜矢を助けてください! 出来る事なら手伝います!」
「わかったわ‥‥。外で待つのは寒いでしょう? お店の中でお待ちなさいな」
 誠は、千歳を『かどくら』の中へ案内した。
「マリちゃん、将司が待っているわよ。その子はどなた?」
「亜矢ちゃんのお友達の千歳ちゃん。亜矢ちゃんを心配してここに来たの。おばさん、カウンセリングが終わるまで、この子を見てもらえないかしら?」
「ええ、いいわよ。さあ、こちらにどうぞ」
 将司の母に甘え、千歳はソファに座って待たせてもらうことに。

 その頃、二階のカウンセリング室では将司と亜矢が向かい合ったままじっと座っている。
「こんにちは、亜矢ちゃん」
 笑顔でカウンセリング室に来た誠は、淹れ立てのハーブティーが注がれたティーカップをトレイに乗せた恭介と共に入室。恭介は、ぎこちないながらも優しい笑みで、亜矢にティーカップを手渡した。今日は怯えられなかったので、彼は一安心した。
 亜矢は時間をかけ、将司や恭介、誠に励まされ、彼らが自分を助けてくれると信じ、いじめだけでなく、越中のセクハラ行為も話した。
「私‥‥悪い子なんです‥‥」
 そう言うと、ロングTシャツを袖をまくり、生々しい傷跡を見せた。
「あなたは何も悪くない! 亜矢ちゃんは優しすぎるだけなの。だから、他人を傷つけず、自分を傷つけるの」
 亜矢のことを知り、傷跡を見た誠は亜矢をそっと抱きしめた。
「カウンセリングが終わったら、この近くにある『かとう美容室』にいらっしゃい。あたしが直々に傷口隠すボディメイクを教えてあげるわ」
 後は将司に任せ、誠はカウンセリング室を後にした。
「亜矢さん、あなた自身はどうしたいのですか? 生きたいのですか?」
 門鞍にそう問われた亜矢は
「私に生きてる価値はないんです‥‥それでも、生きてていいんですか‥‥?」
 その答えに、優しく微笑みながら頷く将司。
「私‥‥生きたい‥‥」
 それが、苦しんだ末に亜矢が出した結論だった。


 カウンセリングを終え店内を去ろうとした亜矢の元に、ソファで座って待っていた千歳が駆け寄ってきた。
「亜矢、心配したんだよ! 亜矢がいなくなったら、悲しむ人がいるってことを知ってほしい。少なくとも、私や亜矢のお兄さんは涙を流すよ。それくらい、亜矢のこと大事に思ってるんだから!」
「ごめんね、千歳‥‥」
 二人は抱き合って泣きじゃくっているところ、仕事を大急ぎで片付けてきた亜矢の兄が駆けつけた。
「亜矢、お兄さんが来たよ」
 千歳にそう言われ、亜矢は涙を拭い振り返った。
「お兄ちゃんっ!」
 嬉しさのあまり、亜矢は兄に抱きついた。兄は、亜矢のこと何も知らなくてごめん、と泣きながら亜矢を抱きしめた。

 その様子を、将司と恭介は物陰に隠れ、そっと見守っていた。

<来談者・竹科亜矢(16)>
 リストカットは、数回のカウンセリングを行うことで治まるだろう。
 家族、友人の愛があれば大丈夫だと思われる。