付喪神奇譚 〜音〜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
氷邑
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや易
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報酬 |
7.5万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/31〜04/04
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●本文
音楽療法士の私にとって、「音楽」は癒しといっても過言ではない。
澄んだ音色は、心を洗い流す。
美しい音色は、感動を与える。
オルゴールは、懐かしさを感じさせる。
私は、音楽で感動を与えるより、音楽で人の心を癒したかった。
その決心は揺らぐことなく、私は音大卒業後、音楽療法士の専門学校に進学して本格的に学び、音楽療法士の資格を得た。
現在は、大きな屋敷で祖母と二人暮らしをしている。祖父は私が高校生の頃に亡くなり、両親は、現在外国で音楽活動をしている。
「今日も、音楽で人を癒せましたか?」
と穏やかに微笑む祖母に「はい」と私は答えた。
音楽は、感情が表に出せなくても自己表現ができる唯一の手段だ。
私が奏でるピアノのメロディに合わせ、歌ったり、タンバリンを叩いて楽しそうにしている人々を見るのが好きだ。
「今は亡きお祖父様も、楽器が器用に弾きこなせたならあなたと同じ道を歩んでいたでしょうね‥‥」
ティーカップを手にした祖母は、少し悲しげな目をしていた。
真夜中、用足しを済ませた私は、グランドピアノがあるちょっとした音楽室と化している楽器部屋の前を通りがかった。楽器部屋、と言っても、何一つ楽器を弾きこなすことができないのに、購入しては私に演奏させた祖父の形見が置いてあるような場所である。そんな楽器達を不憫に思った私は、時々念入りに手入れし、弾いたりしている。
そんな誰もいないはずの真っ暗な部屋から、数人の声が聞こえる。老若男女、様々な声がひとつのメロディを奏でているように。
ドアの隙間から、私は誰かいるのかと様子を窺った。
「ボク、あの人大好き! ボクを大切にしてくれるし、上手に弾きこなすし!」
「私は、あの人のしなやかな指が好きですね。あの指で弾かれると、幸福を感じるんです」
「おいらは、あまり構ってもらえないな。大太鼓って、地味なのかなぁ‥‥」
そぉっと覗いたつもりだったが、うっかりドアを開けてしまった。声がしていたはずなのに、楽器部屋には誰もいなかった。
ま、まさか‥‥お化け!?
「お化けとは失礼ですね」
いつの間にか、私の目の前には黒いモーニングを着た男性が立っていた。
彼の後ろには、豪華なフリルのドレスを着た少女と、小太り気味な少年がいた。
「あなた達は一体‥‥」
唖然とする私に、彼らは声を揃えてこう言った。
『楽器の付喪神』
と。
付喪神って‥‥百年経った古い物がなる妖怪という話じゃなかったかな?
「あなたも話に加わりませんか? あ‥‥自己紹介がまだでした。私はピアノの付喪神で「奏」と申します。あなたのお祖父がつけてくださった名前です」
奏は、そう言って私の手を取り会話に誘う。
付喪神達との会話、という貴重な体験を、この後、私はするのであった。
●
「今回は音楽路線か」
脚本を読み終えた監督は、輪島珠洲にそう言った。
珠洲は、ヒーリングミュージックホリックでもある。
「観客も楽しめそうなモノが撮れそうだな。楽しみにしているよ」
「はい」
<登場人物>
私:広い屋敷で祖母と二人暮らしをしている音楽療法士(性別不問)
<楽器の付喪神達>
奏:グランドピアノの付喪神。丁寧な口調の紳士。一人称「私」。
少女:バイオリンの付喪神。見た目はお嬢様だが、言葉遣いはボーイッシュ。
一人称「ボク」。女装が可能であれば少年でも可。
小太り気味の少年:大太鼓の付喪神。自分に自信を持てない引っ込み思案な子。
一人称「おいら」。
※祖母、その他の付喪神達の設定はお任せします。
●リプレイ本文
●序曲
はじめまして、私は音楽療法士の桜(ヒノエ カンナ(fa5480))といいます。
付喪神、というものをご存知でですか?
百年の時を経て妖怪化したものなのですが、私が出会ったのは、まだ百年も経過していない楽器の付喪神でした。
今宵は、私が付喪神達と過ごした事をお話しましょう。
●第一楽章
桜が用足しを済ませ、自室に戻ろうと楽器部屋の前を通りがかった時。
誰もいないはずの楽器部屋から、数人の声が聞こえたので桜は様子をこっそり窺うことにしたのだが、うっかりドアを開けてしまった。
(「え‥‥!?」)
桜が驚くと、誰かが肩をポンと叩いた。
「どうかなさいましたか?」
丁寧な言葉遣いで声をかけたのは、黒いモーニングを着た男性だった。
「驚かせてしまったようですね、レディ。はじめまして、私は奏(志羽・武流(fa0669))と申します」
礼儀正しく挨拶した奏に、桜は緊張しながら自己紹介をした。
立ち話も何ですから、と奏は桜の手を取り楽器部屋までエスコートした。男性にエスコートされるのは初めての桜はとても緊張し、顔が赤くなった。
奏は、私は他の楽器の付喪神達に桜を紹介した。
始めに自己紹介をしたのは、雅楽器のひとつ「笙」の付喪神で、右手に持っている金色の扇を広げて口元に当て、鳳凰が描かれた白のチャイナ服を着た女性。
「わたくしは美鳳(シヅル・ナタス(fa2459))。宜しくお願い致しますわ」
美鳳は、プライドが高く意地っ張りのお嬢様タイプのようだ。
「わたくしの出番、増やしていただけないかしら? 他の楽器達にも決して劣らないはずですわよ。手入れが行き届いている点は評価しても宜しいのですが」
そっぽを向き少し頬を赤らめ、捻くれた言い方で桜に普段の行き届いた手入れの礼を言う美鳳。
「ごめんなさい、美鳳さん。あまりあなたを構ってあげられないから、そのお詫びとして手入れは怠っていません。そのことを理解してくださいませんか?」
「わかっていますわ。この美貌がその証拠でしてよ」
「ボクは弦(パイロ・シルヴァン(fa1772))、 バイオリンの付喪神だよ!」
ボク、と言っているが、金髪青目、フリルを多用したピンクのドレス、はねた髪が可愛らしい少女だ。
「僕は鈴(カナン 澪野(fa3319))。桜ちゃん、小さい頃に僕のことをタンタンって叩いて遊んでたの覚えてる?」
明るい口調で自己紹介をするのは、欧州の民族衣装を身に纏った元気一杯な少年。桜が幼い頃に父親に買ってもらって以来、良く叩いて遊んでいたタンバリンの付喪神だ。
「ええ、覚えています。鈴くんに会えて嬉しいです」
大喜びではしゃぐ鈴を見て、桜はタンバリンを叩いていた少女時代を思い出した。鈴が動くたび、シャラン、と鈴の音が鳴る。
「先程も名乗りましたが、私は奏と申します。グランドピアノの付喪神です。楽器達の中では最も古く、ピアノを弾けないあなたのお祖父様に愛されていました。他の楽器達も、皆、お祖父様に可愛がっていただいたのですよ」
奏は。祖父の楽器達に対する愛情の深さを桜に話した。
「皆さんは‥‥お祖父様に愛されていたのですね‥‥」
感動のあまり泣き出した桜の涙を、奏は温かい手でそっと拭った。
●第二楽章
(「これで全員なのかしら?」)
桜がそう思った時、誰かが部屋の隅っこにいることに気付いた。
そこにいたのは、大きな体格で小太りな唐草模様の着物に黄色い帯、下駄履きという座敷童子のような格好の少年だった。
「全然構ってもらえないから寂しいなぁ‥‥。大太鼓って人気ないのかなぁ‥‥? 皆はいいなぁ‥‥」
膝を抱えながら泣いている少年を見つけた桜は、明るい笑顔で自己紹介を始めた。
「お、おいら‥‥太助(志羽翔流(fa0422)) ってんだ‥‥」
太助は、泣きそうになるのを堪えて自己紹介をした。今にも泣きそうな太助の頭を撫で、桜は宥めた。
「泣きそうな顔しないで、太助くん。あなたの元気な音はね、皆に勇気をくれるのよ。だから元気出して」
「本当‥‥?」
ええ、と微笑む桜に「ありがとう、桜お姉ちゃん」と太助はぎごちなく微笑んだ。
「奏さんはいいなぁ、桜ちゃんに愛されて‥‥」
グランドピアノの付喪神である奏を羨ましがっている鈴に
「鈴くん、君の兄弟は音楽療法でたくさん活躍しているのよ。明後日の仕事に、鈴くんを連れていってあげるわ」
桜が、鈴を優しく元気づける。
「桜様はお優しいのですね。鈴くん、キミは私と違い、桜様と共に行動ができるのですよ」
グランドピアノは重量があるので運搬は重労働になるが、タンバリンは持ち歩ける。
「じゃあ、僕、桜ちゃんと一緒にお出かけできるんだね? それと‥‥ひとつお願いがあるの。僕、今度は桜ちゃんの子供に使って貰いたいな♪」
無邪気に桜におねだりする鈴に、桜は苦笑することしか出来なかった。
「皆様、お茶とお菓子はいかが?」
そう言って楽器部屋に入ってきたのは、派手目な振袖を着た付喪神だった。
大正琴というのは、タイプライターのボタンをピアノの音階の配列に並べ、二弦琴(長い板に二本の弦が張ってある琴)に取り付けた琴だ。大正琴の機構を利用しながら弓で弾き、バイオリンやチェロに似た魅力的な音色を奏でることができる「ウィオリラ」という楽器もある。
「琴月(雫紅石(fa5625)) さん、お茶を用意してくれてありがとうございます。私がご用意しようと思っていたのですが‥‥。桜様、彼女、いえ‥‥彼の紹介がまだでしたね」
「彼‥‥!?」
琴月は見目麗しい女性に見えるが、実は男性である。言葉遣いや振る舞いは、女性そのものであるので、付喪神達は皆「女性」として扱っている。桜が驚くのは無理も無い。
「自分で自己紹介するからいいわよ、奏ちゃん。はじめまして、琴月よ。桜ちゃんのお祖母様、梢子ちゃんの持ち物なの。だから、奏ちゃんの後輩で太助ちゃん達よりちょっとだけ先輩になるかしら? 私の名前は、梢子ちゃんが付けてくれたのよ」
桜は、祖母も祖父と同じように大切に扱っている道具に名前をつけているということを初めて知った。
「さあ、お茶とお菓子をどうぞ。心を込めて淹れたお茶が冷めちゃうわ」
付喪神達、桜と祖母の梢子は心から大切な友達と思っている琴月が淹れたお茶は、とても上品な味だった。それに合わせて出したお菓子に、琴月の気遣いが窺える。
●第三楽章
お茶を楽しみながらの会話は、祖母と祖父の思い出話だった。その話をしたのは、祖母と一緒にいる時間が多い月琴だ。
「梢子ちゃんは、私にいつも語りかけてくれたわ。嬉しいことも、悲しいことも、何かある度に。桜ちゃんを誇りに思っていますって。お祖父様とは、演奏会で出会ったのがきっかけでお付き合いしたの。そのうち、お付き合いしているうちに二人は恋に落ち、結婚し、桜ちゃんのお父様が生まれ、成長してお母様と結婚、そして桜ちゃんが生まれたの」
お茶を一口飲んで落ち着けた琴月は、祖母は付喪神達の存在は目に見えずとも、その存在を感じ、普段から自然と声をかけていること、愛用の大正琴である自分に愛着があり、長年共に過ごした家族のように扱ってくれたことを付け加え、祖父と祖母のラブロマンスを長々と話し始めた。
琴月を中心とする他の楽器達が桜と話している様子を、奏はお茶を飲みながらにっこり微笑んで見ていたが、夜明けが近づくのを知ると、皆に「そろそろ時間です」と残念そうに告げた。
えー! と残念がる付喪神もいれば、寂しがる付喪神もいた。
「桜様、私達はそろそろお暇します。付喪神は‥‥真夜中にしか動けない存在なのです。今宵のお茶会、とても楽しかったです」
右手を腹に添え、礼儀正しくお辞儀をする奏に続き、付喪神達は一斉に霧の如く姿を消した。
「また‥‥いつか皆さんに会えますよね‥‥?」
桜は、グランドピアノを見詰めながら再会できることを願った。
翌朝。
「桜さん、何か良い事でもありましたか?」
穏やかで品のある動作でナイフとフォークを使い、背筋をキチンと伸ばして椅子に腰掛けている祖母の梢子(楽子(fa5615))は、嬉しそうな顔をしている桜に尋ねた。
「ええ、とても良い事が。お話しても信じていただけないでしょうが‥‥」
桜は、昨夜出会った付喪神達との会話を話したが、梢子は驚く素振りも見せず、桜の話を穏やかに頷きながら聞いていた。
「それはですね、桜さんがあの子達を大切にしてきたから、姿を見せてくれたのでしょうね。亡き夫も、天国でさぞ喜んでいることでしょう」
楽器を愛する孫を誇りに思った梢子は、いつも以上に優しい微笑みを浮かべた。
付喪神と話して、改めて音楽が好きと実感した桜は、これからも仕事を続けていきたいと梢子に話した。
その気持ちを忘れなければ、また付喪神達に会えるだろう。
●終曲
楽子は、手馴れた手つきで肥満メイクと外見年齢の低下メイクに取り掛かった。
衣装が着物なので、胴回りは綿入れで対応し、頬や首周り、手足等、露出部分は人工皮膚でボリュームアップ。子供らしい柔らかさと張りを出せるよう気をつけながら、顔は幼さを出す為、頬の赤みを強める等の工夫をした。
「これが俺!?」
鏡を見た翔流の驚きを見た兄の武流は、クスリと笑った。
楽子自身は、白髪カツラと人工皮膚マスク、手元の表現にはパテを使用したメイクだった。
パイロは、可愛らしいドレスを楽しんで着ている。
FIN