珠洲のお見舞いアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 氷邑
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 なし
参加人数 6人
サポート 0人
期間 09/07〜09/11

●本文

 過労、ストレスによる胃痛で入院していた輪島珠洲だったが、現在は自宅療養をしている。
 無事退院できたものの、ドクターストップにより仕事は止められている。

 というより‥‥仕事ができなくなってしまったのだ。

 その理由は、うつ病による自信喪失。
 これまで珠洲が手がけてきた作品の中には、視聴者によるクレームが数件あった。
 仕事に対しては人一倍自分に厳しい珠洲にとっては、ショックなことであったが、それに負けることなく、更に仕事に取り組んだ。
 次回作である二時間ドラマの脚本製作最中、ストレスによる胃痛で救急車で病院に運ばれた。

「どうして、そこまで無理したんですか?」
「私は、手がけてきた作品に全てを注いできたんです。どうしてでも書きたかったテーマだったので‥‥」
 ヒューマンドキュメンタリーを得意としている珠洲は、うつ病をテーマにした作品を手がけていた。
 リアリティを追求するため、病院に取材に行ったり、実際に患者の体験談を聞いたりしたのだが、一部の患者から「差別」と蔑まれた。

『自分は、何のために仕事をしてきたのかしら‥‥』

 自宅に籠もりながら、珠洲はそのことばかり考えていた。

 以前、珠洲脚本の映画に出演した役者のひとりが、彼女を見舞いたいと友人である映画監督に申し出た。
「輪島くんだが、今は精神的に落ち着いている状態だが‥‥少しでもストレスを感じると、胃に負担がかかるから注意してくれ。それが守れるなら、会いに行ってやってくれ。それと、励ましは今の彼女には禁物だから気をつけるように」

 輪島珠洲の見舞いに来てくれる役者は、何人来るのだろうか‥‥。

●今回の参加者

 fa0467 橘・朔耶(20歳・♀・虎)
 fa0472 クッキー(8歳・♂・猫)
 fa0588 ディノ・ストラーダ(21歳・♂・狼)
 fa0595 エルティナ(16歳・♀・蝙蝠)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa5030 ルナティア(17歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

●お見舞いへ
 脚本家、輪島珠洲の友人である映画監督と共に珠洲宅に向かうのは6名。
 いずれも、彼女は脚本を手がけた作品の出演者達だ。
 監督の移動用のワゴンの中で、出演者達は珠洲にどう接するかを考えていた。
「くぅ、新しく来た監督さんにずっと女の子に間違われたのね? 女装なんて全然してなかったのに‥‥」
「あたしは、輪島さんが入院されてる時のコメディ佳人は雰囲気違うし、キャラ設定間違われて悲しかった‥‥」
 クッキー(fa0472)と 美森翡翠(fa1521)の気持ちはわからなくもないが、それは本人に対して言わないほうが良いことである。
「二人とも、そのこと、輪島さんの前で言うなよ? 気持ちはわかるけど、彼女は今、デリケートな状態なんだ」
「わかってるのね、朔しゃん」
 メンバーの中で最も親しい間柄である橘・朔耶(fa0467)が、クッキーと美森に念を押す。
「それに関しては、スタッフ入れ替えでバタバタしていた時だったからねぇ。輪島君がいれば、けっこうまとまっていたんだけど‥‥」
 申し訳なさそうに謝る監督。
「それにしても、すごいお土産の量だな」
  ディノ・ストラーダ(fa0588)が、後部座席の荷物を見て言う。
 橘の土産である焼き菓子、パッションフラワーのハーブティーの紅茶葉、数枚の写真を携帯サイズのアルバムが入った箱、クッキーの母お手製カップケーキ人数分、美森が持ってきた食材、普通の鍋に蒸し器にホットプレートに土鍋に卵焼き機に愛用の包丁、エルティナ(fa0595)、 ルナティア(fa5030)姉妹お手製のプリンが入った箱が崩れないように置かれている。
「そういうキミこそ、そのバラは何?」
 監督にそう言われ、ディノは崩れないよう抱えている白い薔薇の花束を照れながら持っている。
「輪島女史へのプレゼントさ」
「あんた、噂どおりの気障男だな。話なんだけど‥‥俺は、今飼っている犬を飼う前に長年飼っていた飼い犬を亡くした時の話をしようと思う。あの時は‥‥悲しくて、何事にも集中できなかったよ‥‥」
「ペットロス症候群、だね?」
「ああ‥‥」
 監督は、これ以上聞くのは酷だと何も聞かなかった。

●珠洲宅到着
 見舞い客を出迎えてくれた珠洲の表情は、思っていた以上に顔色が良かった。
「皆さん、お忙しい中来てくれてありがとうございます」
 遠慮がちに上がりこもうとする中、臆することなく珠洲に接する人物がひとり。
「お久しぶりですね、輪島さん。『付喪神奇譚』でお世話になりましたディノです。覚えていらっしゃいますか?」
「は、はい‥‥」
 唐突にバラの花束を差し出されたので、珠洲はどう対応すればいいのか困っている。
「あ、コレは今撮影中の映画の衣装じゃなくて、俺の私服なんです。赤が好きなんですよ」
 彼の当たり役である某映画の主人公そのままの私服姿をアピールするディノはまだ話し足りないようだったが、橘に「続きは中に入ってからな」と止められた。
 
 珠洲宅に着いたのは、正午丁度だった。
「お昼ご飯に丁度良い時間ですね。輪島さん、お台所借りても良いですか? お料理を作りたいんです」
「いいですけど‥‥翡翠さん一人で大丈夫?」
 大丈夫です! と胸を張る美森は、クッキーとディノに手伝って貰い、材料と調理器具を運び出して準備に取り掛かった。
「輪島さん、好き嫌いありますか?」
「私自身好き嫌いはないですが、刺激が強いものと脂もの、消化が悪いものは止められているんです‥‥」
 珠洲の好みを聞き終えた美森は、胃痛で入院していたと聞いたので、母から教わったスープを作り始めた。鍋は水を一杯張り、その中にキャベツ、人参、玉葱をみじん切りに切ったものを入れコトコトと煮込む。これで、野菜の甘みが十分出る美味しいスープの出来上がり。
 スープを煮込んでいる間に茶碗蒸し、お粥を作る。お粥は土鍋に入れ、母が漬けた梅干を乗せた。

 一時間後、美森が腕によりをかけて作った料理が完成。
「いただきまーす!」
 リビングに、賑やかな声が響く。一人暮らしの珠洲にとって、他人のこの言葉を聞くのは何年振りだろうか。
「‥‥輪島さん、お味はいかがですか?」
 スープを口にした珠洲に、恐る恐る感想を聞く美森に
「美味しいです。ありがとうございます」
 ぎこちないながらも、微笑を浮かべて喜ぶ珠洲。
 それを見た見舞い客達は、少し元気を取り戻してくれたと一安心。

●楽しい一時
「翡翠は休んでな、後片付けは俺らがやるから」
 賑やかな昼食後、橘、エルティナ、ルナティアが後片付けを始めた。
 ディノは珠洲を楽しませようと、普段見せないお茶目な雰囲気で和やかに談笑するが、映画の撮影時間が迫ってきたため退席。
「輪島さん、俺は貴女の作品が大好きです。また一緒にお仕事したいのですが、宜しいですか?」
「はい、喜んで」
 それを聞いた後、ディノは片膝をつき珠洲の手の甲にキスし、珠洲宅を後にした。

 その後も、珠洲との歓談は続く。
「スズしゃん、これ、ママお手製のカップケーキなのね。おやつに皆で食べよう」
 ニッコリ笑って、珠洲に手渡すクッキー。
「私たちは、マンゴープリンを作ってきました」
 保冷剤を入れた箱を、二人仲良く差し出すエルティナとルナティア。
「あたしのホットケーキを忘れないでほしいな。トッピングも色々ありますよ。バターに蜂蜜は基本でしょ? メープルシロップ、イチゴにフルーツ缶、生クリームにチョコペンに‥‥」
 皆で楽しくトッピングして食べたい、と楽しむ美森。
「輪島さん、どうぞ。熱いから気をつけてね」
 橘はそう言うと、テーブルにハーブティーを淹れたティーカップを置いた。ハーブの良い香りは、心を落ち着かせる効果がある。

「輪島さん、私が作曲した『着流しカウンセラー』のイメージ曲を聞いてください」
 ルナティアはバイオリンをケースから取り出すと、一呼吸置いて弾き始めた。
 演奏で現場を賑やかしく盛り上げるのは得意な彼女ならではの慰め方だった。穏やかで、緩やかな曲調は、主人公の人柄を表しているようだった。
「とても素敵な曲ですね。宜しければ‥‥次回作に起用して宜しいですか?」
「そう言っていただけて光栄です」
「では、次は私とルナの合奏をお楽しみください」
 エルティナとルナティアは、『奈落佳人』の主題歌『夜想花』を合奏しながら歌いだした。
 双子ならではの、息がピッタリの合奏と歌に、皆は盛大な拍手を送った。

●闇の中の光明
 歓談が一段落した頃を見計らい、橘は持参したアルバムを広げ、珠洲に一枚の写真を見せた。そこには、黒い犬を抱き締める彼女が写っていた。
「こいつは、俺が可愛がっていた犬‥‥だった」
 だった、ということで、今はこの世にいないことを悟った珠洲。
「俺の体験談だから、今から話すことは、気にする必要も無ければ黙って話を聞く必要もないんだけどね‥‥」
 長年可愛がっていた犬を失ったことにより、橘は自室に引き篭もり、泣き暮らすだけの日々を過ごしたことがあった。
「酷い奴には『そんなに犬の死が悲しいなら、代わりに‥‥』とか言われたりもしたよ。そんな奴らにはわからないんだよ、大切なものを失った辛さ、悲しみが‥‥」
 明るく、勝気な橘が沈んだが、それはほんの一瞬。
「くぅも、そのこと知っているのね。パパやお姉ちゃんから聞いたから。嫌がらせを受けたってのは、今、朔ちゃんから初めて聞いたのね‥‥」
 明るく振る舞っていたクッキーだったが、耐え切れなくなったのか泣き出してしまった。
「辛いお話聞いて、悲しくなったのね‥‥」
 珠洲が差し出してくれたハンカチで、クッキーは涙を拭き始めた。

 それから少し経った頃、電話が鳴った。
「はい、輪島です。はい、はい‥‥」
 神妙な表情で対応する珠洲を、見舞い客達は静かに見守っていた。
 
 話を終え、電話を切った珠洲は、真剣な表情で話を切り出した。
「皆さん、今日は私を元気付けようとしてお見舞いにきてくださってありがとうございました。今の電話は、私が入院していた病院からです。私‥‥明日から精神病棟に入院することになりました」
 自宅療養は、精神病棟のベッド空きを待つためでもあったのだ。
 精神科の入院は、普通の病棟と比べてすぐに出来るものではない。それだけ、病室の数が少ないのが現状だ。
 入院には、拒食、拒薬、自殺の恐れが強い患者を入院させる強制入院と、本人の意思による任意入院の二通りがある。
 珠洲の場合は任意入院だ。落ち着いた環境で療養したいという本人の意思による。

 これ以上の長居は無用、と判断した見舞い客達は、それぞれ帰宅することに。
「輪島さん、暗闇の中で目を閉じていたら何も見える事はないけど、暗闇の中にだって必ず光はあるんだよ。俺は貴女の、どんな事も隠したりしないで直球で当たっていく作品は好きです。俺はまた、貴女の作品に出演したいです」
「くぅも!」
「あたしも!」
 橘に続き、クッキーと美森も出演意志を表明。
「私は、何も知らずに書かれた綺麗な話よりも、真実の内容が出来ている話の方が好きです」
「私もエルと同じ意見です。そんな話の曲を、いつか手がけたいです」
 エルティナとルナティナの言葉に感極まったのか、珠洲は涙を流した。

 泣かないで、と橘は珠洲の肩にそっと手を添えた。
「いつまでも、あなたが復帰するのを待っていますよ‥‥」
 その意見は、見舞い客全員の願いでもあった。