天使を空に還すにはアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 0.4万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/15〜08/21

●本文

『私は、誰かを救っても良いのでしょうか?』
『私は、誰かを幸せにしても良いのでしょうか?』
 ―――それを願っても、良いのでしょうか?


 自分にも人を幸せにする事ができると教えられた時、叶 希望の世界は変わった。
 幸せをただ願うだけではなく、人に頼るだけではなく、自分の歌が、人に幸せを与えるのだ。
 歌が上手いと褒められるより、誰かが幸せな気持ちになってくれる方が嬉しかった。
『全ての人に幸福を』
 希望は本気で願っていた。言葉は違えど、思想は違えど、歌ならば―――それができると信じていた。
 しかし、その幻想(願い)は、『あの日』、目の前で砕け散った。
 自分のせいで、もっとも身近な人が傷ついた。
 恐カッタ。
 自分の歌は、人を傷付ける事もできると解ってしまった。
 怖カッタ。
 歌う事が‥‥‥自分の歌が、誰かを傷付けてしまう事が。
 コワカッタ。
 自分の歌では、全ての人を幸せにする事ができないと言うその現実。

 思い出すのは―――あの、赤い紅い朱い景色‥‥‥。


「確かにまだ話す事はできませんが、前回の説得以来、光学迷彩は使わなくなりましたし、よく物思いに耽るようにベランダから外を眺めたりしているんです。塞ぎ込んでいた心が、少しずつですが前を向き始めているんです」
 デスクに両手を付き熱の入った弁を振るう夢浦 賢檎を気にも留めずに、デスクに座る都玄馬 名鍼は手元の冊子に視線を落とし、溜息を吐く。冊子には『叶 希望復活コンサート(検案)』と書かれている。
「涙と苦悩に塗れながら、それでも人々の幸せを願い再び舞い上がる天使。良い宣伝になると思ったのだけれどねぇ‥‥」
 現在売り出し中の歌手、叶 希望が熱狂的なファンに襲われ、声が出せなくなった。塞ぎ込む希望を復帰させる為、人を雇い説得を試みるも、結果は失敗。少しは改善されたようだが、それだけだ。
 名鍼は冊子をデスク横のシュレッダーに突っ込む。シュレッダーがバリバリと音を立て、冊子を噛み砕いていく。
「無駄な時間と費用と労力を使ってしまったわ」と希望を説得できなかった事よりも、『そんな事』に時間と費用と労力を使ってしまった自分の浅はかさを悔やんで、名鍼は奥歯を噛む。
 そんな名鍼に縋る様な思いで、賢檎は懇願する。
「お願いします、時間を下さい! 必ず彼女を説得して見せます!」
「そうね‥‥。希望ちゃんは賢檎君が自らスカウトしてきた娘だから、賢檎君の気持ちも解らないではないわ」
 名鍼の言葉に、賢檎の顔がぱっと明るくなる。
 その顔を見て、名鍼もにっこりと微笑み返し、
「だから‥‥気分転換の意味も込めて、賢檎君には一週間、休暇を上げましょう」
「え?」
「その後、賢檎君には別の娘を担当してもらうわ」
「待って下さいチーフ!」
「待ちません。何処の世界に、いつまでも出勤してこない社員を雇い続ける会社が存在すると言うのかしら? 希望ちゃんだけが、うちの部署のアーティスではないのよ?」
 それを言われると、賢檎は二の句が次げない。自分の言っている事が我儘だと気付かない程、賢檎も馬鹿ではない。
 黙り込んだ賢檎に名鍼は、
「折角の休暇なのだから、何処かに出かけるなり、部屋でボーっとして過ごすなり、貴方の好きに使いなさい」


 部屋を退出し、廊下を歩く賢檎の胸の内は、悔しさで一杯だった。
 希望をこの世界に引き込んだのは自分だ。こんな事になったのも、自分の責任だと言える。
 このままでは終われない。終わらせてはいけない。
 賢檎は意を決すると、携帯電話を取り出した。
「折角の休暇なんですから、僕の好きに使わせてもらいます‥‥」




【補足】
※この依頼は『飛べない天使』の後日談です。
・塞ぎこんでいる希望を説得し、仕事へ早期復帰させる事が今回の依頼内容です。
・希望はプロダクションが用意したマンションで一人暮らしをしています。
・希望はマンションの自室に閉じ篭っています。食料は賢檎が補給しています。
・希望は事件のショックで一時的に声が出なくなっています。
・今回は事務所経由の依頼ではないので報酬派少なめ。また、賢檎自身も表立ってサポートする事ができません。
・事件の犯人は、既に捕まっています。

■叶 希望(かのう のぞみ)
現在売り出し中の歌手。元来引っ込み思案な性格だが、歌う事で誰かを幸せに出来るならば、と歌手としての活動を続けている。小鳥の獣人。
■夢浦 賢檎(ゆめうら けんご)
希望のマネージャー。事件の際希望を庇い、腕に怪我を負っている。
■都玄馬 名鍼(とぐろめ なはり)
希望の直属の上司。悪い人ではないが、良い人でもない。

●今回の参加者

 fa0160 アジ・テネブラ(17歳・♀・竜)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa2772 仙道 愛歌(16歳・♀・狐)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa3672 美笑(16歳・♀・竜)
 fa3849 クーリン(12歳・♂・犬)
 fa4220 シン・アオイ(17歳・♀・竜)

●リプレイ本文

 マンションの一室。
 今、希望の前には『三人の少女』が立っている。三人の事は、前もって夢浦 賢檎から休暇を取る間の代理と連絡を受けている。一人は以前に面識のある『少女』だが、あとの二人は初対面だ。
「私希望さんの友達になりたいけど、ダメかな?」
 簡単な自己紹介を終えるなり、美笑(fa3672)が希望に詰め寄ってきた。急な申し出に困惑する希望に構わず、
「後、此処に泊めて欲しいんだけど、良い?」と尋ねる美笑。
 その勢いに押され、戸惑う様に一歩下がる希望を見て、アジ・テネブラ(fa0160)が美笑の肩に手を添え、制する。
 アジは「私達、賢檎さんから貴女の身の回りのお世話を任されているの」と前置きをしてから、
「貴女のお世話をするという事なんだけど、貴女さえ良ければ、一緒に暮らしても構わないかな?」
「大丈夫だよ希望。姉ちゃんも美笑も悪い人じゃないからさ。俺が保障する」
 以前に面識のあるクーリン(fa3849)の言葉と、折角来てくれた相手に申し訳ないと言う気持ちから、希望は三人に了承の意味を込めた肯きを返した。


●下準備
 別のマンション。
 夢浦 賢檎の部屋。
 机の上に置かれた二つの段ボール箱を見た伊達 斎(fa1414)が、
「これで全部ですか?」と視線を賢檎へ移す。
「これでも無理をしたんですよ?」
 賢檎が表立ってサポートできない以上、多くの荷物を社外に持ち出すのは難しい。
「休暇中に纏めておきたい資料がある、と言って持ち出せたのがこれだけです」
「まぁ、仕方なかろう。それでも、これだけの量に目を通すとなると、骨が折れるのぉ‥‥」
 段ボール箱にぎっしりと詰まった手紙を見て、シン・アオイ(fa4220)がげんなりとした表情になる。
「文脈から、ファンの希望ちゃんに対する熱い思いを読み取れるかが問題よね」
 大曽根カノン(fa1431)はダンボールの中から一通の封筒を取り出して苦笑を浮かべた。
 ただ読むだけならまだしも、この中から特に熱意のあるもの、心の底から希望を応援しているものを選び出さなければならない。
 伊達は前回同様、希望にファンレターを届けるつもりでいる。また、スモーキー巻(fa3211)はファンレターに書かれたメッセージを元に、曲を作るつもりらしい。因みに、仙道 愛歌(fa2772)の演劇云々と言う案は、速攻で却下されている。
「賢檎さんにも後程希望さんへの想いを聞かせてもらいます。歌に組み込みたいので」
 巻は賢檎にも曲作りへの協力を要請。
「はい、わかりました。でも、それって手紙と被りませんか?」
 賢檎が疑問を口にする。と言うのも、歌詞でメッセージを伝えるというのは判る。ファンレターを見せてメッセージを伝えると言うのも判る。だが、歌がファンレターの内容を参考にするのなら、そこに込められるメッセージは同じものだ。別に被ってはダメと言うわけでは無いが、少々クドイ気がしたのだ。
「確かに、あまりクドイようだと説得の効果が半減しますし、賢檎さんが良いと思う方を選んで頂いても構いません」と斎。
 賢檎もそれに納得し、この会話は一先ず終了。全員でファンレターの閲覧を開始する。
 作業を行いながらカノンは、
「歌うことに対して疑問か‥‥。その辺を元通りにするのは難しいわね‥‥」と呟きを洩らした。


●天使の休日
 部屋に響く歌声。
 突き抜けるようなハイトーンボイスは、クーリンのものだ。
 クーリンは偶には希望も聞かせる側から聞く側になってもいいんじゃないか、と考えている。だから、クーリンはマンションを訪れて以来、暇を見つけては希望に歌を歌い、聞かせている。それらは自身の歌であったり、希望が歌った歌であったり、他のアーティストの歌であったりと種類を選ばず様々だ。歌う歌は何でも良い。歌を聴く事で、希望の気持ちを少しでも癒す事ができれば、それで良い。
「―――どうだった? 俺の歌」
 歌い終えたクーリンが、希望に問と、希望はスケッチブックにペンを走らせ、
『とても素敵な歌でした』
 歓声代わりの言葉を書いてクーリンに見せる。
 それを見てクーリンは、
「‥‥ねぇ、希望は皆に幸せになって欲しいから歌ってたんだよね。‥‥その皆の中に、自分は入ってなかったの?」
 それはクーリンの希望に対する疑問であり、問かけだった。
「俺ね、皆が幸せになるなら、そこに希望もいないといけないと思うんだ。他の皆が幸せになっても、希望が幸せじゃなかったら駄目だと思う」
 希望はクーリンの問いに答える代わりに、スケッチブックに文字を書く。
『皆に幸せなってもらう事が、私の幸せです』
 その返事を見て、困った顔になるクーリンに代わり、アジが希望の頭を撫でる。くすぐったそうに眼を細める希望に微笑みながら、
(「ファンを幸せにする事が自身の幸せ、その考えが思考のループを生んでいるのね‥‥」)
 アジは考え、言葉を選び、語りかける。
「希望さんが唄を歌う理由‥‥聞いたけど、私も似たような感じ。誰かの力になりたい‥‥少しでも心を癒せるようにってね? 私もそれを信じている‥‥。希望さんは歌で誰かを幸せに出来るって言ってたよね? でも、今は貴女に幸せになって欲しいと願うから―――」
 アジは「だから‥‥」と前置きし、
「私の歌を聴いてくれないかな?」

『 It is you that held out a hand to me who shut a heart――― 』

 アジが歌う唄は、メロディー重視の英詞の唄。バラードのようなゆったりした曲。『幸せと再起』を想い、祈る歌を聴きながら、希望の目は見果てぬ夢を見るように、遠い景色を見つめていた。


 昼食を済ませて一息ついた頃、美笑が家庭用のダンスゲームを持ってきた。
「ずっと部屋にいるのは身体に悪いと思って」と説明しつつ、手早くゲームにテレビに接続していく。その際に美笑は、小学生くらいの時に自分が今の希望と同じように引き籠っていた事、そんな時に親戚の姉がダンスゲームを勧めてきた事を話した。
「―――それで元気を貰って、今の私がいるんだけど‥‥その恩返しなのかな。私がこの仕事続けられるのは。私の歌で誰かを元気づけられたらいいなって。希望さんもそうでしょ?」
 肯く希望に、美笑も笑顔と肯きを返す。
「よし、セット完了」
 接続を完了した美笑が希望にゲームを進めるが、希望は『運動音痴だから』と首を振る。が、
「運動不足で太っちゃうよ?」と言う美笑の一言に、悲壮感漂う表情を浮かべ、恐々といった様子で床に敷かれたゲーム用マットの上に立った。
 そして、ゲーム開始。
「おお〜」
「まぁ‥‥」
「これは―――ッ」
(((「「「生まれたての子鹿!?」」」)))
 或いは、死に掛けの老人にも見える。
 それが、希望の動きに対する三人の感想だった。
 通常、ダンスゲームと言うのは音楽に合わせて、画面の中に表示される矢印の順にマットの矢印を踏むものだが、希望の場合は画面に集中し過ぎて全くリズムが掴めていない。しかも一度ミスするとパニックに陥り、足を小刻みに震わせながらスローテンポで足踏みをするという、器用なんだか不器用なんだか良く判らない状態になってしまっている。更には―――
「―――ッ!」
 マットに足を取られて、希望の身体が後ろ向きに倒れる。あわや後頭部から床に激突する、寸前で美笑達に体を抱き止められた希望は、顔を真っ赤にしてペコペコと頭を下げた。


●希望の鍵
 巻のスケジュールは多忙を極めていた。
 ファンレターの選び出しに始まり、歌詞の制作、曲作り、各人のパートの割り振りも考えなければならない。音楽はデジタル音源とギターを考えていたが、今回は楽器が得意なものが一人もいない。そこで、人目に付かない様半獣化して演奏する事で何とか乗り切った。とても一人では期間内に終えられない仕事量。他のメンバーに手伝ってもらうにも、曲作りに関して各自に認識の違いがあったらしく、それを説明するにも時間を取られた。結局期間いっぱいを使って、ようやく完成にこぎつける事ができた。
 因みに、スタジオのレンタル代金は必要経費と言う事で、賢檎が立て替えた。
「歌なんてカラオケ以外で歌ったことありませんよ」
 賢檎が曲の入ったデータチップを見て苦笑いする。
「皆さんお疲れ様でした」
 人一倍疲れた顔で全員を労う巻に、カノンが眼鏡の位置を直しながら、
「これはこれで楽しめたわ。本業以外の事は、中々出来ないものだからね」
「そう言えば、カノンは医大生なんじゃろう? 向こうに行かなくてもよかったのか?」
 シンの言うとおり、カノンは医大生である。それに、鬱病患者についても下調べをしてきたらしく知識も有る。しかし、彼女は希望と接触していない。
「若干鬱状態になりかけてるみたいだし‥‥下手に構うと、余計自分の殻に閉じこもっちゃいそうだからねえ」
「成る程のう」
「これを機に、歌うと言う事に対して欲求が出るようになればいいんだけどねえ‥‥」
 カノンが難しげな顔をする。
「それは彼女が自分で決める事ですよ。私達に出来るのは此処までです」
 斎は小さなデータチップを握りこむ。
 皆の想いを込めたデータチップは、斎の手を通して希望と接触している三人の手に渡った。


●天使の帰還
 今、希望の前にはデジタルオーディオが置かれている。オーディオの中には、一枚のデータチップが入っている。データチップの中には、希望のファン達の想いを込めた歌が入っている。再生ボタンを押せば、すぐにでも歌が流れ出す。
「後は希望次第だよ」
 クーリンの言葉通り、これを聞くという事は歌に込められたファンの思いを受け止めるという事だ。
 嬉しい思いと同時に感じるのは、胸を締め付けるような重み。恐いというよりも、ファンの言葉に答えられない自身の不甲斐無さを悔いる気持ち。重みに耐える様に、希望は自身の身体を抱き締める。
 オーディオを前に震える希望にアジがそっと寄り添う。
「大丈夫、何も怖い事はないから」
 アジは希望の肩を抱き、
「希望さん‥‥一人で悩まないで欲しいんだ。私にも考えさせてくれない?」
 美笑も希望の隣に膝を付くと、
「辛い事や苦しい事は生きていく上で避けられない事だけど、それを一人きりで背負う事は無いよ」美笑は『親友として』希望に言葉を投げかける。「誰かが幸せになれば誰かが傷つくかもしれないけど‥‥でも―――」

「その傷ついた人も、次に幸せにしてあげたら良いんじゃないかな?」

 その言葉に、希望はゆっくりと美笑に視線を向ける。目を見開き、瞳を震わせる。まるでそこに、希望(きぼう)を見たかのように―――。
「一人で不安なら私達も一緒にいてあげるから、ね?」
 アジと美笑の言葉に背中をそっと押されて、希望は、オーディオのスイッチを入れる。
 流れ出すのは優しく、力強く、ややスローな曲調。込められているのは、希望を思う声。与えられた幸せを喜ぶ声。その中に、希望の良く知る『彼』の声も混じっていた。

『 たとえ誰かを傷付けてしまうとしても 君は目の前の不幸を見過ごす事ができますか? 』

 歌を聴く希望の頬を、熱い雫が伝い落ちた。
 涙を流す希望に、クーリンが語りかける。
「希望‥‥俺達で良いならいつでも会いにくるよ。だから、勇気を出して‥‥」
 優しい言葉に包まれながら、希望は喉を震わせ―――
「――――――す‥‥‥」
 ぽろぽろと涙を流しながら、絞り出すようなその声は―――
「わ―――う‥‥い‥す」
 途切れながらも、確実に紡がれるその言葉は―――
「わた‥‥歌いた‥‥です―――」
 それが少女の願いだった。
 部屋にはオーディオから紡がれる、天使の復活を祝福する優しい歌が響いている。