仕置き人佐近寺蓮耶 襲アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/25〜09/30

●本文

 ぴッ!
 夜の闇に走った二条の赤が、地に二本の線を残す。
 死体。
 死体。
 死体。
 死体。
 死体。
 最早夜気を吸う事すら叶わぬ地に伏す死体の中に、一人の女が立っている。
 黒い髪を後ろで纏め、着流しの上から赤い小袖を肩に羽織っている。
 腰に挿した鞘は、通常の鞘の二倍もの厚みがある。
 獰猛な光を宿した双眸を、爛々と光らせている。
 そして、手には異形の刀。その刀には、刀身一枚分の隙間を空けて、二枚の刀身が平行に並んでいる。更にその二枚の刀身の刃は、鋸の様なギザギザの刃だ。
 奇剣『山門燈籠』。
 この二枚刃の刀を操る仕置き人。名を佐近寺 蓮耶と言う。
 蓮耶は血振りした刀を鞘に納めると、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「くだらねぇ。払いが良いんで分期待したが、揃いも揃って雑魚ばっかりじゃねぇか。巻き藁でも切ってた方が、幾分もマシってなもんだ」
 一人、少しは『出来る』のが混じっていたが、大した『腹の足し』にはならなかった。
 これだけの外道の肉を食んでも、畜生の牙は満たされぬ。
 ペッ!
 死体に唾を吐き、蓮耶は夜の闇を歩き出す。
 折角銭が入ったのだ。上手い酒でも飲んで寝れば、少しは腹の虫も収まるだろう。


 眼。眼。
 二つの眼球が、闇の中に浮かんでいる。
 目玉の化け物が居る訳ではない。闇の中に鎮座する巨躯、その人物の眼球が、周囲の 蝋燭の明かりを反射して浮かび上がって見えるのだ。
 しかし、双眸から発せられているのは、蝋燭の光だけではない。
 殺気と怒気。もしも視線で人を殺す事が可能ならば、今この眼を見たものは一人残らず血泡を吹いて発狂死しているだろう。それ程までの殺気と怒気が、双眸から発せられている。
 獅子と狒々を掛け合わせた様な、獰猛で野生的な風貌。黒い胴丸と、複数の獣の皮を身に纏う姿は正に獣(けだもの)だ。関西最強と謳われる『白虎会』と双璧をなす、関東最大の殺し屋集団『黒龍会』の首領、綻 縄土(ほころび じょうど)である。
「よく聞けテメェ等! 昨夜、『黒龍会』の構成員が一人斬られた!」
 町ヤクザの用心棒として派遣した『戦闘屋』が、ヤクザの親分とその側近と共に、今朝死体で見つかった。縄土の命で日中町を走り回った情報屋の話では、どうやら個人営業の仕事人の仕業だと言う。
「こいつは一体どう言う事だ! わかるか! 『黒龍会』が舐められたって事だ! その大馬鹿野郎は、事もあろうに『黒龍会』の看板に唾を吐きやがった!」
 縄土が床に拳を打ち付ける。床が激しく振動し、蝋燭の火が不気味に揺れる。
「殺せ! 一刻でも早く、そいつの息の根を止めろ! 四肢を切り落として、首を捻じ切れ! 三途の川に沈め来い! わかったか!!!」


「―――って言うのを考えてるんだけどねぇ。どうよぅ? コレ」
 脚本を自慢げに見せる監督に対し、脚本を見せられた主演、佐近寺蓮耶役の嵯瑚 氷春(さごひばる)は、
「‥‥‥はぁ」と気の無い返事を返す。
(「最近、『長く続き過ぎてネタが無くなりB級化していく時代劇』と同じ路線を走っている様な気が‥‥」)
 まぁ、そも『若者向けの時代劇』を目指す『仕置き人佐近寺蓮耶』が、アクションシーンに力を入れるのに不自然はないのだが―――。
「い、良いんじゃないでしょうか。その‥‥独創的で」
「んふぅふ〜。だよねぇ? じゃ、次はキャストを考えないとねぇ」
 氷春の心配を余所に、監督は忙しさとは無縁のヘラヘラとした笑みを浮かべる。





【募集】
仕置き人佐近寺蓮耶に登場し、佐近寺蓮耶の命を狙う『黒龍会』の構成員役を募集します。
※注意※
敵役で、斬られ役です。最終的には『必ず斬られるか、敗北します』。
キャラクターの細かな設定を作って頂いても構いませんが、超常能力の類は禁止です。
忍法と言ってデカイ蛙に乗ったり、火を出したりするのも禁止です。あくまで、人間の身体能力を基準として下さい。
最終的なパワーバランスはこちらで調整します。
協力してプレイングを行う場合は、その事を明記して下さい。
仕掛ける順番も決めて頂いて構いません。無ければこちらで判断します。
文章の尺上、描写されるのは物語の中核部分(戦闘シーン)が中心と考えて下さい。

■仕置き人佐近寺蓮耶
『若者向けの時代劇』と言うコンセプトの元、アクションシーンに力を入れている時代劇。
金さえ払えばどんな悪人でも斬る『仕置き人』佐近寺 蓮耶が主人公。時代劇にしては珍しく主役に女性を起用している。
■佐近寺 蓮耶
ボロ長屋に住む。昼は遊び人。夜は仕置き人。奇剣『山門燈籠』を操る。
所謂ダークヒーロー。
■黒龍会
関東圏最大の構成員数を誇る殺し屋集団。殺し屋。壊し屋。戦闘屋。暗殺者。掃除屋。始末屋等が所属する。裏の世界の人材派遣会社的存在。

●今回の参加者

 fa0348 アレイ(19歳・♂・猫)
 fa0748 ビスタ・メーベルナッハ(15歳・♀・狐)
 fa1180 鬼頭虎次郎(54歳・♂・虎)
 fa3141 宵夢真実(23歳・♂・蝙蝠)
 fa3280 長澤 巳緒(18歳・♀・猫)
 fa3822 小峯吉淑(18歳・♂・豚)
 fa4203 花鳥風月(17歳・♀・犬)
 fa4404 ガブリエル・御巫(30歳・♀・鷹)

●リプレイ本文

●闇と燕
 夜道を歩いていた蓮耶が足を止める。
 匂いがする。随分とキナ臭い匂いだ。常人では感じ取れないその匂いを、蓮耶の中に潜む野生は敏感に嗅ぎつけた。
 立ち止まった蓮耶に向かって、三つの風切り音が迫る。
 蓮耶は二枚刃の奇剣を、抜き打ちに振り抜く。
 ギン! ギン! ギン!
 硬い音と共に打ち落とされたのは、三枚の手裏剣。
 蓮耶が手裏剣に視線を落とす間も無く、死角から黒い影が飛び出してきた。
 蓮耶が身を捻ってかわすと、銀の軌跡が着物の端を薙いでいく。
 影は驚嘆すべき身軽さで跳躍を繰り返し、通りに面した建物の軒上に着地する。歳の割りに成熟した身体から、けぶる様な色香を漂わせる少女だ。両手には短刀を握っている。
「‥‥何モンだ」
 蓮耶が獰猛な殺気を身に鎧う。
 蓮耶の誰何の声に応え、闇の中から無機質な男の声が染み出した。
「影なる刃、闇裂丸‥‥佐近寺蓮耶、御命頂戴仕る」
 少女が、甘だるい声で名乗りを上げる。
「黒燕よぉん♪ 短い間だけどぉ、愉しみましょぉねぇ♪」


 真夜中の通りに、鋼の音が木霊する。
 闇裂丸(宵夢真実(fa3141))と黒燕(ビスタ・メーベルナッハ(fa0748))は、見事な連携を見せていた。
 暗闇から繰り出される鉛色の手裏剣は、闇と同化して視認するのが難しい。黒燕の相手をしながら、風切り音を頼りに打ち払うのは至難を極める。かといって手裏剣の軌道に集中すれば、黒燕がその名の通りの身軽な体捌きで跳び掛ってくる。
 またも手裏剣が放たれた。しかし、今度の手裏剣は今までのものと違った。夜目に鮮やかな火花を纏っている。
(「爆雷ッ!?」)
 弾くと同時に爆発。衝撃で仰け反る蓮耶の脇を、黒燕が駆け抜ける。硝煙と火花で目が眩んだ蓮耶に、黒燕を止める術は無い。
 脇腹を冷たい感触が撫でていく。
 蓮耶は脇腹に手を添え、傷の具合を確かめた。血こそ流れてはいるが、幸いにも深い傷では無い。
「どうかしらん? 私の手管」
 黒燕は淫猥な笑みを浮かべて、短刀に付いた蓮耶の血糊を舐め上げる。
「たまんねぇな。思わず濡らしちまったぜ」
 蓮耶は獰猛な笑みを浮かべ、傷口から離した手を振るって血を払う。


 黒燕が次々と蓮耶に斬撃を浴びせる。防御を固めた蓮耶は、繰り出される斬撃と手裏剣を打ち払うばかりだ。
「そろそろ派手にイキなさい♪」
 黒燕が跳び込んでくる―――と見せかけておいて、繰り出されたのは火花を纏った手裏剣だった。だが、不意を撃ったその攻撃も、『それを待っていた』蓮耶にとっては不意打ちでも何でもない。
 蓮耶が飛んできた手裏剣を、黒燕に向かって弾き飛ばす。手裏剣が、黒燕の目前で爆発した。
「苦!?」
 黒燕は咄嗟に後ろへ跳び、目を細めながらも前を見る。火花と煙に眩む目に映ったのは、鮮やかな赤色の小袖が宙を舞い、襲い掛かってくる姿。
 それに対して、黒燕は右の短刀を突き出した。
 しかし―――黒燕の短刀は、小袖と虚空を貫くのみ。
「な―――ぁッ?!」
 中身が無い。
 蓮耶は下。小袖の後を追うように、体を前に傾け、腰だめに刀を構えて地を滑って来る。獣の様な獰猛な笑みと共に、二枚刃が突き出される。
 蓮耶の持つ異形の獲物が、ずぶりと黒燕の身体を突き上げ、貫いた。
「あ‥‥は‥‥」
 黒燕は腹を突き上げる衝撃に、身体を小刻みに弛緩させ、眦をうっすらと濡らす。
 貫き、貫かれる事で、二人は抱き合う様に密着し、互いの体温を感じ合う。
「手管は認めるが、早過ぎなんだよ、テメェ」
 蓮耶は黒燕の耳元で囁くと、黒燕の身体を貫く得物をぐりりと捻る。黒燕の身体がビクリと大きく跳ね、
「ぁあ‥‥イく‥‥イッちゃ‥‥‥」
 死に至る絶頂を体感し、恍惚と呟く黒燕の身体から、蓮耶の得物がずるりと引き抜かれた。身体から異物が無くなった途端に、黒燕の身体から一気に力が抜けていく。
 斜め後ろに身体を退かしながら、蓮耶は眼前の闇を見据えた。
 闇裂丸は、黒燕を斃し、視線を己に向けた蓮耶に向かって幕を張る様に大量の手裏剣を投げ放つと、自身も手裏剣の後を追って合口を引き抜き走り出す。
 蓮耶は迫る無数の手裏剣に対して、地に膝を着き、前のめりに崩れていく黒燕の着物の襟を掴むと、その身体を強引に引き起こし、前方に投げ出した。
 ドスドスドスドスドスドス。
 手裏剣が次々と、黒燕の背に突き刺さる。
「チィッ!」
 黒燕の身体で直進と視界を塞がれた闇裂丸が、黒燕の身体を迂回する様に斜め前に踏み出すと、黒燕の身体の影から、刀を脇構えに構えた蓮耶が飛び出してきた。
 斬。
 一刀の元に切り捨てられた闇裂丸の身体が、地に臥せる。闇裂丸を中心として、赤黒い血が広がっていく。だが、闇裂丸とて夜の闇に巣食う者タダで死ぬ訳にはいかぬ。
 闇裂丸は死の間際、懐から幾つもの爆雷を取り出し、震える手で火を点けた。
 ぎょっと目を見開く蓮耶。

 にやり―――

 直後。轟音と共に爆風が周囲へと疾り、爆炎が空間を舐め回す。


 遠くで鳴る呼子笛の音を聴きながら、蓮耶は人気の無い路地で荒い息を吐く。
 ボロボロになった着物に視線を落とし、
「色狂いとマグロの相手させられた上に、一張羅が駄目になっちまった‥‥‥」


●渡し屋
 長屋へ帰る道すがら。
「渡し屋、中村京山‥‥」
 音も無く背後を取りながら、中村京山(長澤 巳緒(fa3280))が名乗りを上げる。
「恨みは無いが‥‥いや、お互い金で命のやり取りしてんだ。覚悟は出来てるだろ?」
 問う言葉に対して、蓮耶は刀を逆手に引き抜き、右の脇を通して背後を突く。
 しかし、返ってきた手応えは肉を破るものではなく、鋼が鋼を打つ感触。
 刀を順手に持ち替え、背後を振り返れば、京山は己の刀『桶斬り念仏』を抜いて距離を取っていた。
 京山はニヤリと笑みを浮かべて、六文銭を蓮耶の足元に放ると、
「三途の川の渡し賃、アタシがもってやるよ」
「貰えるってんなら、遠慮なく貰ってやるよ。 銭だろうが‥‥命だろうが、な」
 蓮耶が刀を横薙ぎに振るう。
 ガキィイイン!!
 刀を伝う手応えは、またもや肉を破るものではなく、鋼が鋼を打つ感触。
 京山は蓮耶の太刀筋に反応し、刀の柄から離した左手で素早く脇差『虎天神』を抜き、胴への一撃を受け止めていた。京山はそのまま横っ飛びに跳ぶ事で衝撃と威力を逃がす。
「あぶねぇ、あぶねぇ」
 京山はほくそ笑むと、
「今度はこっちの番だ!」
 遠い間合いから踏み込んでくる。
 京山は右足で踏み込みながら、右手に持った刀を円を描く様に大きく振るい、振り下ろす。
 片手による斬撃は、間合いを大きく伸ばす事ができる代わりに刃筋が乱れやすく、威力も両手に比べて劣る。そこで、刀を右回りに大きく回す事で刀に遠心力を加え、威力を補い、刃筋を安定させる。これを『輪の太刀』と言う。
 確かな速さと威力を持って繰り出された梨割りの一撃を、蓮耶は二枚刃の刃と刃の間で受け止める。更に蓮耶が手首を捻りながら刀を振り上げると、京山の手から『桶斬り念仏』がすっぽ抜けた。
 宙を舞う刀が地に落ちるよりも早く、蓮耶が繰り出した袈裟懸けの一刀が京山を斬り裂いた。
 下から相手の斬撃を打ち上げ、空いた身体を袈裟切りする『月輪の剣』と呼ばれる太刀捌き。蓮耶はこの技を『山門燈籠』の特性に合わせて改良し、己のものとしていた。
 『山門燈籠』に身体を喰い千切られ、ドッと倒れ込む京山。顔を上げた京山の視線の先には、先程投げた六文銭が落ちていた。
「ハッ‥‥アタシが使う事になるとはね‥‥」
 京山はその皮肉に笑みを浮かべ、
「アンタもアタシも所詮は外道‥‥浮世にゃ馴染めぬ獣よ‥‥一足先に‥‥地獄で待って‥‥」
 呪うように言葉を吐いて、絶命した。
 蓮耶は京山の頭を蹴りつけて死亡を確認すると、銭を拾い上げて土を払い、懐に納める。
「何か知らんが、儲けたな」


●邪の道の仇花
(「そろそろ馴れてきたかもしれねぇ‥‥」)
 夜。片側に川が流れる通り。
 蓮耶の目の前には二人の男が立ち塞がっていた。
 ここ最近、夜道で襲われる事の多い蓮耶である。その顔には、飽きが見え始めていた。斬れる分には文句は無いが、これが一文にもならないとなれば話は別だ。刀の状態を維持するのも、タダと言う訳ではないのだ。
 二人の内の一人(小峯吉淑(fa3822))が、腰の刀を抜き放つ。
「きゃああ!」
 背後からの悲鳴。
 一人の花魁が、腰を抜かして地面にへたり込んでいる。
(「人目も気にしねぇのか! 雑な仕事しやがって!」)
 男は素人臭い構えで、「うらー!」と気の抜ける喝声を上げながら襲い掛かってきた。
 蓮耶は鬱陶しげに、手に持っていた濁酒で男の横っ面を殴り飛ばす。
 濁酒が砕ける程の勢いで殴られた男はもんどうり打って、川に落ちていった。盛大な水飛沫が上がる。
 もう一人の男も動いた。男―――亜鈴(アレイ(fa0348))が拳を構えて襲い掛かってくる。
 拳の一撃をかわして刀を抜くと、再度踏み込んできた所を芋でも刺す様に串刺した。
 倒れる亜鈴に背を向けて、地面にへたり込んだ花魁に近付く。
「助けて! この事は黙っているから、命だけは!」
 花魁が着物の裾を掴んで、懇願する。しかし、殺しも顔も見られている。このまま返すと面倒になるかもしれない‥‥‥。
「おい、女」
 蓮耶が花魁に顔を近づけた時―――顔を伏せた花魁が、蓮耶の顔目掛けて口から霧状のものを吹いた。毒霧である。
 花魁―――遊夜(ガブリエル・御巫(fa4404))は立ち上がると哄笑する。
「あははははは! かかったね! 仕置き人なんていってもちょろいねぇ。これで縄土の気も収ま―――」
 バキ!
「ぶぎぃ?!」
 勝ち誇った笑みを浮かべた遊夜の顔面に、拳が突き刺さった。
「ハ? がぁあ!」
 鼻骨が砕け、溢れ出した鼻血で上手く息ができない。
「なんれ?!」
 目を瞑り、息を止めて毒霧をやり過ごした蓮耶が口を開いた。
「端から殺るつもりだったからな。おかしな動きをしねぇか、注意してたんだよ」
 蓮耶がにたりと嗤う。


 鼻血を垂れ流しながら、怒りを露にする遊夜の背後から、
「がはははは! やはり駄目だったか」
 いかにも悪といった風体の男が現れた。
 遊夜が現れた男の下に駆け寄る。
「『邪剣使い』の龍二だ。佐近寺 蓮耶、悪いが死んでもらうぜ」
 龍二(鬼頭虎次郎(fa1180))は刀を抜き放ったが、それを遊夜が手で遮る。
「待っておくれ。こいつは私が殺る」
 遊夜は鼻血を拭って龍二の前に出ると、左手に取り出した羅漢銭を撃ち込んできた。
 蓮耶は放たれる羅漢銭を打ち払って間合いを詰めると、遊夜の顔に向かって刀の切っ先を突き出す。
 遊夜は右手に鉄扇を取り出すと、扇を広げて刀の切っ先を受け止める。
「無駄だよ!」
 このまま鉄扇で刀を絡めとり、鉄扇の外側についた刃で首の動脈を薙げば終わりだ。
 勝機を見出した遊夜が、その通りに鉄扇を振るおうとし―――動きを止める。
 顔の前に広げる事でできた死角。その死角から伸びた蓮耶の爪先が、遊夜の鳩尾にめり込んでいる。
「ぉぉごぇえぇえ!」
 腹を押さえて涙と涎と吐瀉物を垂らしながら屈み込む遊夜。その人中を、蓮耶が爪先で蹴り上げる。
 遊夜は首だけ仰け反り、反動で勢い良く顔面を地面へと打ちつけた。遊夜の顔を中心に、ゆっくりと血溜りが広がる。


 轟!
 おおよそ刀を振るったとは思えない野太い音を上げて繰り出さされた一撃が蓮耶に迫る。
 一撃を辛くもかわした蓮耶に、龍二が次々と斬撃を放つ。
 龍二の剣には太刀筋と言うものが無い。力任せに両手で、或いは片手で繰り出される斬撃は、一々空気抵抗を受けて軌道が変化する。読み辛い攻撃により、蓮耶の身体に少しずつかぎ傷が増えていく。
「がはははは! どうした、手も足も出ないか!」
 繰り出される剣速が更に上がる。しかし嵐の様な剣戟は蓮耶に掠りはするものの、その身体を捉え切れてはいない。
 出鱈目な軌道で振り回される刀を避けていた蓮耶だが、
「‥‥‥もういい。底が知れた」
 呟き、繰り出される斬撃の中から一つを選んで、刀の側面に『山門燈籠』を打ち当てる。
バキン!
「は?」
 龍二の刀があっさりと折れた。
「良い刀使ってねぇな。折れるは粗刀、曲がるは良刀。商売道具には金をかけるもんだ」
 蓮耶は嗤う。
「馬鹿な!」
 龍二が呻いた。いくら粗刀であろうとも、いくら『山門燈籠』が刀二枚分の圧があろうとも、そう簡単に折れるものか。
「馬鹿はてめぇだ。刀は鉈じゃあねぇんだぜ? そんな出鱈目な振り方してりゃあ、当然折れるさ」
 刀は技の武器である。しっかりと刃筋を立てて振るわなければ、刀は簡単に折れ、曲がる。技無き刀は、鉄の板にも劣る武器だ。刀を振るう技法を持って、正しく振るわなければ、刀は刀として機能しない。刀は刀としてしか生きられないのだ。
「ぐぬぬ!」と龍二は憤怒で顔をどす黒く染め、ならばと拳を握って襲い掛かる。
 蓮耶は龍二が拳の間合いに踏み込んでくるのを待ち、刀を逆風に斬り上げた。逆風を斬り上げるには大きく踏み込む必要があるが、相手からその間合いに踏み込んでくるならば動作は最小限で済む。
「げぇあああああ!」
 股間を切り上げられた龍二が絶叫する。血泡を噴いて悶絶する龍二に構わず、恥骨で一旦止まった刃に力を込めて、一気に腹を切り上げる。
 下半身から鮮血を噴出し、龍二は崩れ落ちた。


 刀を鞘に納めながら、蓮耶は考える。
(「それにしても縄土ときたか‥‥」)
 これだけの人脈を駆使する縄土と言えば、『黒龍会』頭目、綻 縄土をおいて他にはいまい。
(「さて、どうやって叩き斬るか‥‥」)
 それが当面の悩みである。