仕置き人・佐近寺蓮耶アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/23〜03/27

●本文

 古びた長屋。
 部屋の前に立つ娘は、疲れ果てた表情で自身の身の上を語る。
生活に困り、父が借金をした事が不幸の始まり。一度は人並みの生活にまで戻れたが、借りたところが悪かった。
 借金はいつの間にか法外な額にまでつり上がり、父も母も、悪質な取立ての末に身体を壊して倒れてしまった。すると、今度は娘に身売りをしろと迫ってきた。
「この調子で借金が増え続ければ、私が一生働いたって返せやしません。あいつら、始めっからそれが狙いだったんだ」
 娘は懐から小さな袋を取り出すと、破れた障子の穴から部屋の中へと落とす。
落ちた袋からは小さな金属音。
「それが全財産です。毟り取られた挙句、一生喰い物にされるくらいなら、どうかそれでこの恨み、晴らしてください!」
 部屋の中から物音が聞こえる。袋の中身を確認しているのだろう。小さな金属音がする。
 その音がやみ、三つ分の間を置いて―――

ばん!

 障子が勢い良く開け放たれた。
 中から現れたのは女だ。
 黒い髪を後ろで纏め、着流しの上から赤い小袖を肩に羽織っている。
 腰に挿した刀の鞘は、通常の鞘の、二倍もの厚みがある。
 獰猛な光を宿した両目を、爛々と光らせている。
 女は、自分より背の低い娘を上から下まで舐めるように観察し、口の端を吊り上げた。
「委細承知」


 セットの周りを撮影スタッフ達が走り回っている。
 嵯瑚 氷春は、モニターで映像をチェックしている監督の姿を発見し、声をかけた。
「今回も、殺陣には力を入れるのですか?」
 氷春の問いに、ヘラヘラとした笑みを浮かべて振り返る監督。
「ん〜? まぁねぇ。それが、この時代劇の売りだしねぇ。ボクの拘りでもある訳だからねぇ〜」
 この監督は軽薄そうに見えるが、拘る所には徹底的に拘る。この時代劇、『仕置き人・佐近寺蓮耶』でも、「時代劇は殺陣が命なんだよ! そこで手ぇ抜く奴があるか!」と息巻いており、格闘技や武術の経験がある者も殺陣に起用している。
「今、各プロダクションに斬られ役の募集をかけてるよ〜。そろそろ集まる頃かじゃあないかなぁ」

●今回の参加者

 fa0179 ケイ・蛇原(56歳・♂・蛇)
 fa0374 (19歳・♂・熊)
 fa1257 田中 雪舟(40歳・♂・猫)
 fa1308 リュアン・ナイトエッジ(21歳・♂・竜)
 fa2775 闇黒慈夜光(40歳・♂・鴉)
 fa3072 草壁 蛍(25歳・♀・狐)
 fa3196 雪野 孝(48歳・♂・猿)
 fa3233 金剛(23歳・♂・熊)

●リプレイ本文

「お? やってるっすね」
 地毛が銀色の為、鬘を合わせにいっていたリュアン・ナイトエッジ(fa1308)が戻ってくると、他の共演者達は殺陣の練習を始めていた。
「動き続けていちゃあ目が疲れやす。静と動を分けなせぇ。受け流す時は最小の動きでゆっくりと、切り捨てる時は最大の動きを心掛けなさりやせ」
 殺陣の経験が浅い参加者の多い中、闇黒慈夜光(fa2775)が指南に名乗りを上げた。
 今は基本的な動きを教えている。嵯瑚 氷春も練習を見学している。
「少し休憩を挟みやしょう」
 参加者の半数が、年齢が五十代にとどく、或いは超えている者で構成されている為、長時間続けての稽古はできない。
「休憩が終わりやしたら、氷春嬢にも参加していただきやす」
「わかりました。お手柔らかにお願いします」
 氷春は頷きをもって答える。
 そこへタオルで汗を拭きながら、雪野 孝(fa3196)がやってくる。
「いやぁ、綺麗な姉ちゃんに斬られるなら男冥利に尽きるってもんやなあ」
 孝はニコニコしながら、世辞とも本気とも取れぬことを言う。
「いえ、私如き若輩者。皆様のご迷惑にならなければ良いのですが」
 苦笑を浮かべ、謙遜する氷春。と言うか、孝と氷春は父親と程歳が離れているのだが、その事にはツッコミはしない。

「本番が楽しみだなぁ」
 その光景をさらに遠くから見守る監督は、楽しそうに声を弾ませた。


●シーン58
 夜。橋の上。娼妓をはべらした悪徳金貸し板間 五六とその子分達の前に、一つの人影が立ちはだかる。
 人影は女だ。
 黒い髪を後ろで纏め、着流しの上から赤い小袖を肩に羽織っている。
 腰に刀を佩いている。その鞘は通常の二倍もの厚みがある。
 両の目に獰猛な光を宿し、爛々と光らせている。
「誰だテメェ」
 板間が問う。
「良い夜だ―――」
 女は―――佐近寺 蓮耶は腰の刀をずるりと引き抜く。
 異様な刀だ。二枚の刀身が平行に並んで生えている。二枚の刃は鋸状の刃だ。
 蓮耶が口の端を吊り上げて、笑む。
「畜生と外道が殺り合うにゃ、うってつけの夜だ」
 それが蓮耶の答えだった。
 板間が、一歩下がる。七人の子分が得物に手を掛け、一歩前に出る。娼妓―――草壁 蛍(fa3072)は眉を顰めて板間に寄り添う。
 まず、長い角材を棍代わりに持った金剛(fa3233)が蓮耶に対峙した。
 角材を肩に担ぎ、力を誇示するように、着物から出した右腕の筋肉を怒張させる。
「やっちまえ!」
「応ッ!」
 金剛は板間の命令に一応を持って答える。金剛が横薙ぎに振るった角材が、空気を薙ぎ払いながら蓮耶に迫る。
 蓮耶はそれを滑るような足裁きで後ろへ下がってかわし、角材が、橋の欄干に激突して動きを止めた瞬間を狙い、前へ。金剛の両目を目掛けて、二枚刃が突き出だされる。
「うお?!」
 金剛は咄嗟に身体を仰け反らせる。そこに蓮耶の金的蹴りが繰り出される。無論、撮影である以上寸止めだが、金剛は両膝を付き、身体を折った。斬首を待つ下手人の如く、頭を垂れる。その脳天に、刀が振り下ろされた。
「粗末なもん振り回しやがって。デカイだけで女が喜ぶかよ」
 蓮耶は地に伏した金剛の頭を踏みつけ、嘲笑を浮かべる。
「女朗がぁ・・・・!」
 板間が奥歯を噛む。発せられた怒声に弾かれ、焔(fa0374)、田中 雪舟(fa1257)、孝が駆け出す。
「ッらぁああああ!」
 焔は刀を大きく振りかぶると勢いをそのままに、蓮耶に向かって斬りかかる。対する蓮耶は、刀を逆手に返して懐に滑り込み、すれ違い様に焔の胴を薙ぐ。
「ぐあ!」
 自身の勢いと、相手の勢い。二乗の力で胴を薙がれ、焔は派手に転倒。力無く呻き、動かなくなる。
 焔が斬られている間に、雪舟が蓮耶の前で足を止め、孝が蓮耶の脇を抜けて背後を取る。平行に並ぶ欄干に対して斜めに蓮耶を挟み込み、それぞれ合口と刀を構える。
「チッ!」
 挟まれた蓮耶は舌打ちし、転がっている焔の体を蹴り飛ばして足場を空けた。蹴り飛ばした際にくぐもった呻き声が聞こえた気がするが、死体が喋る筈が無い。気のせいだ。
「この女強いぞ。気を付けろよ、相棒」
 雪舟が合口を構えて腰を落とす。
「ああ、任せとけ。『なます』にしてやらぁ」
 孝が刀を構えながら、べろりと唇を舐める。
 三者構えたまま間合いを詰める。緊張の糸が張り詰め―――弾ける。
「とおりゃあああ!!!」
 孝の喝声が空気を震わせた。が、斬撃は後ろからではなく、前から来た。孝が声を上げると同時に、雪舟が斬りかかった。一拍遅らせて孝も斬り掛かる。しかし、蓮耶は動じる事無く、雪舟の合口を弾き、素早く反転。背後から襲いかかる孝の体を逆袈裟に斬り伏せ、勢いを止めずにさらに反転。合口を弾かれ、体ががら空きの雪舟を裏切り上げに斬り払う。
 蓮耶が正面に向き直り、構え直すとほぼ同時に―――
「が・・・・ああぁ!」
「な! グフ・・・・ッ!」
 孝と雪舟が崩れ落ちた。

 得物を握り締めたまま、ケイ・虹原(fa0179)は震えていた。恐慌状態に落ちっていた。
 薄い笑みを浮かべながら、異様の刀を振るう女。
 次々と倒れていく仲間。
 怒りと恐怖が綯い交ぜになり、限界を超えた緊張が、歯の根の動きに合わせて刀の切っ先をガチガチと震わせる。
 と、それに気付いた蓮耶が悪戯を思いついた悪童の表情を浮かべ、虹原に向かって刀を正眼に構える。左足を軽く浮かし、地面を踏む。
 パン!
「ひあああああ!」
 緊張が限界に達していた虹原は、思わず蓮耶に斬りかかり―――
「ぇへ?」
 自ら正眼に構えられた刀に飛び込んだ。肉を貫く嫌な音。
 蓮耶が芥でも捨てるような乱暴な動作で刀を引き抜く。支えを失った虹原は、得物を取り落とし、ふらふらと後退し、背を欄干にぶつけて、後ろへと倒れていく。
「あ! あ! あああああ!!」
 宙を掻く手の動きも空しく、虹原は川へと落下した。

 盛大な水飛沫を背景に、四枚の刃が乱れ舞う。
 蓮耶がリュアンの繰り出す斬撃をかわし、次いで繰り出された夜光の斬撃を弾く。
 斬撃をかわされたリュアンが背後へ回り、再度斬撃を繰り出す。真横へ薙ぎ払う一撃を、蓮耶は刀を寝かせて受け止めた。二枚刃の間にリュアンの長脇差の刃が滑り込み、受け止められる。蓮耶はそのまま刃を切り返し、大きく振りかぶる。
「あ!」
 長脇差はリュアンの手を離れ、放物線を描いて川へ落ちた。
 しかし、蓮耶に休む間は無い。蓮耶の背中へ、夜光が刀を逆袈裟に振り下ろす。
 ひゅん。
 空気を切り裂く音に、蓮耶は咄嗟に反転する。夜光の一撃を受け止める。夜光と鍔競り合う蓮耶の後頭部に、背後からリュアンの蹴撃が迫る。蓮耶は夜光の腹を蹴り付け、距離を取ると、身体を沈めて蹴撃をかわす。
 リュアンは素早く刀の間合いの遥か内、拳の間合いへ踏み込む。
「もらったっす!」
 放たれるのは右の拳。対する蓮耶は左腕を伸ばす。
 リュアンの胸倉を掴んで引き寄せ、顔面に肘を打ち込む。仰け反る身体を引き戻し、背後の夜光に向けて投げ付ける。リュアンの身体ごと夜光を斬り付けんと襲い掛かる。夜光がリュアンを押し返すが、構わず刀を振り抜いた。リュアンが懐に入れていた血糊が破れて赤い花が咲く。
 蓮耶が前に出る。迎え撃つ夜光が正眼の構えを取る。
(「さあ、氷春のお嬢。見せてみなせぇな。お前さんの殺陣を」)
 蓮耶は、正中線を隠すように柳に構える。
「―――破ッ!」
 先に動いたのは蓮耶だ。上段の構えを取った以上、先の先を取らねば意味が無い。繰り出すのは正面への斬撃。真上から真下へ、頭を梨割にする一撃。
「珂ッ!」
 対する夜光は切っ先を下げながら滑るように踏み込み、手首を返して逆風への斬撃を放つ。股間から腹部へ、真下から真上へ身体を切り裂く一撃。
 両者の得物が交錯し、互いの身体がすれ違う。
「―――なかなか・・・・」
 にやりと笑みを浮かべる夜光。その身体が・・・・ゆっくりと・・・・崩れ落ちた。

 手下を全て斬り倒された板間は縋り付く蛍を突き飛ばし、腰の合口に手を掛ける。
「きゃ!」
 悲鳴を上げる蛍に構う事無く、合口を抜き放つ。
「テメェ・・・・女ぁ! 誰の差し金だ!?」
「胸に手を当てなくても、心当たりの一つや二つ、在るだろう? 板間 五六さん―――よッ!」
 蓮耶が蜻蛉に構えた二枚刃の刀を振るう。闇を迅る二本の銀光が、板間の肉を喰い千切る。
「ひッ!」
 蛍は足元に倒れた板間の死体を見て、身を縮める。
「ん?」
 その時、初めて、蛍と蓮耶の目が合った。蛍はびくりと震えると、半狂乱になって暴れだした。
「や! 嫌ぁ! た、たすけ―――私は、関係ない! い! 嫌ぁ! 何でもするからぁ! けて、たすけ、助けてえぇえ!」
 蓮耶が面倒臭そうに近寄ると、蛍は落ちていた板間の合口を拾い上げ、身体ごと蓮耶に飛び込んで行く。それを、優しく抱き止めてやる蓮耶では無い。するりと体当たりをかわし、そのまま蛍の後頭部に手を添えて、橋の欄干に顔面から投げ付ける。
「ぶぎぃッ!」
 蛍は欄干にもたれ掛かったまま、ずるずると崩れ落ちた。
「おいおい、危ねぇ女だな。オレは気が小せぇんだからよ。いきなり襲い掛かってきたら、手が震えちまってよお・・・・」
 蓮耶は、両目を見開き、口の端を吊り上げ、嗤いながら、刀を大上段に振り上げる。
「ひぃ・・・・ぎぃ・・・・はぁあ・・・・ぃはい・・・・痛ひぃい・・・・」
 顔を抑えて悶絶し、哀願する蛍に向かって、振り上げた刀を、振り下ろす。
「た、たしゅけ―――」
 斬!

 そして誰も動かなくなった。
「莫迦だよなあ。貧乏人からはした金毟り取って怨まれるより、金もらって人斬って、感謝される方がよっぽど愉快だろうに」
 ただ一人残った蓮耶の哄笑だけが、夜の闇に響く。