Unverbunden Gartenアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/21〜06/25

●本文

 統一された思想の元、統一された思考を育み、『深窓の令嬢』を文字通り、純粋に培養する施設―――『私立帝光女学院』。
 緑に囲まれた広大な敷地に、西洋の城を思わせる堅牢豪華な校舎。
 中高一貫の六年生で、外部との接触も極限まで断たれた学園に、外部からの余計な雑音が入る事は無い。


 しかし、全ての生徒が学園の思い通りなるかといえば、そうではない。
 学園の隔離と教育をもってしても、己を見失なわない者は少なからず存在した。そうした少女達の学園への反発心を抑える為に学園が提案したのは、『花』を賭けて闘う決闘ゲームだった。ゲームの勝者ノは、理事長が国内でも三本の指に数えられる莫大な財力を駆使して、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるという。
 願いを叶えられる一人を除いたその他大勢の者に、足掻いても変えられない現実を味わわせる、残酷な罠。しかしそれでも、決闘者となった少女達は、闘いを続けるのだった。


 転入生の鳳 棕櫚(おおとり しゅろ)は、横にも縦にも広い石造りの廊下を歩きながら、改めて、この学園の広さを実感していた。その威容は、感動を通り越して呆れを誘う程だ。
 廊下を行く棕櫚には、時々すれ違う少女達からの、物珍しげな視線が向けられる。転校生が珍しいと言う事もあるが、最たる理由は服装だろう。棕櫚は帝光学園の制服ではなく、黒のラインが入った白の学ランを着て、黒い学帽を斜めに被っている。新しい制服が間に合わなかったわけではなく、棕櫚なりのポリシーだ。まぁ、そのせいで、こんな所に放り込まれたわけだが‥‥‥
「―――で、四回生以上の教室は時計搭を挟んで向かい側にあるんだけど、廊下同士が繋がっているから行き来は自由なの‥‥って、聞いてる? 鳳さん」
 校内の説明をしながら前を歩く結嵋 芽夢(むすびめ めむ)が振り返る。
「ああ、聞いてるよ―――それと、ボクの事は棕櫚って呼んで欲しいな、芽夢」
 自ら校内の案内を買って出てくれた芽夢に対し、自分も好意を持って返したい。
 棕櫚は自身の左胸を飾る薔薇のコサージュへと視線を落とす。芽夢が着る帝光の制服。その礼服を思わせる純白のワンピースの胸元には、コサージュが付いていない。
 この薔薇のコサージュは、決闘ゲームの参加資格だという。
「‥‥‥芽夢は、決闘ゲームには参加しないのかい?」
 棕櫚は自分の胸のコサージュを弄りながら、芽夢に訊く。
「私は‥‥‥参加してないわ。願いなんて、特に無いし」
「そう―――か」
 14歳と言う年齢を考えれば、願いの一つや二つたってもいいと思うのだが‥‥‥
 欲が無い。
 俗っぽさが無い。
 それは、他の生徒にも言える事だった。純粋すぎて―――澱んでいる。

「転入早々に、仲の良い友人が出来た様ね。鳳さん」

 棕櫚の思考を断ち切る声。
 声の主は、いつの間にか目の前に立っていた。目の奥に、相手を見下すような、それでいて卑屈な濁りを宿す少女。その左胸には、決闘者の証である薔薇のコサージュが飾られている。
「三年生の天鏡 流樹(てんきょうるうじゅ)よ」
 三年生‥‥‥棕櫚達が二年生だから、一つ年上だ。
「久しぶりの転入生の顔を見にきたのだけれど‥‥‥いけないわ。貴女、友人はちゃんと選ばなければ‥‥‥」
「どういう意味ですか?」
「卑しい庶民と関わると、ろくな事がないわよ?」
 流樹は視線を棕櫚から芽夢に移すと、嫌悪感を隠そうともせずに目元を歪める。
「庶民に毛が生えた程度の小金持ちが背伸びをして、この学園に入れば、上流階級の仲間入りができるとでも思っていたのかしら? 浅ましい!」
「先輩、私はそんな―――」
「お黙りなさい!」
 流樹の平手が、芽夢の頬を打ち据える。短い悲鳴を漏らして倒れる芽夢の身体を、棕櫚が咄嗟に抱き止めた。
「何をするんだ!」
「庶民が分不相応にも口答えをするからよ」
 芽夢を見下す流樹の視線を遮るように、棕櫚が間に立つ。
「家名なんかで人を判断するな!」
「アラ? 可笑しな事を言うのね? 人は皆生まれが全て。人は誰もが生まれに縛られて生きるものよ。芋虫が蝶になったところで、虫は虫でしょう」
「‥‥だったらアンタも、今より上へはいけないんだな」
「―――ッ」
 流樹の目が見開かれる。高圧的な態度の中に見え隠れする卑屈さを付いたつもりだったが、予想以上に効果があったようだ。
「‥‥‥『鳳』風情が―――随分と、生意気な口を利くじゃない!」
 両者の視線がぶつかり合う中、
「先輩、アンタも決闘者なんだろ‥‥」
 棕櫚は視線を逸らさぬまま、指で自身のコサージュを撫で―――その指を流樹に突きつける。
「だったら、ボクと勝負だ!」
 流樹は突き出された指に不快気に顔を歪めるも、湧き上がる怒気を飲み込んで、余裕を取り繕う。
「いいでしょう。如何に自身が如何にちっぽけな存在か、『剣闘』にて思い知らせて差し上げますわ。放課後、決闘の森の第六闘技場においでなさい」
 流樹は最後まで高慢な態度を崩す事無く、廊下の奥へと消えていった。


【決闘の森】
決闘場を中心として広がる広大な樹林。
【闘技場】
森の中にある計六つの広場。直径50mの円形に石畳が敷き詰められた、平らな空間。
【剣闘】
放課後、六つの闘技場でそれぞれ執り行われる。
●ルール
・左胸に着けた薔薇のコサージュを参加資格とする。
・原則一対一。
・武器は規定の模造剣(全長約80cm)と模造刀(全長約90cm)を使用する。
・剣、刀は共に木製。闘技前に、鞘に納められた状態で手渡される。
・ジャッジは学園が選んだゲーム非参加者が執り行う。
・相手の攻撃がコサージュに触れた時点で敗北となる。
・コサージュには剣闘の結果がポイントとして蓄積されていく。一番初めは1ポイントから始まり、勝てば+1ポイント、負ければ−1ポイントとなる。ポイントが0になった者はゲームの参加権を失う。


●鳳 棕櫚:14歳
帝光女学院二年生。ボーイッシュな少女。紳士的な言動を心がけてはいるが、熱くなりやすい。運動神経はかなり高い。一応、お嬢様。剣闘は今回が初参加であり、持ち点は1ポイント。
使用武器:模造剣
戦闘スタイル:フェンシング(我流)
得意技:突撃


●天鏡 流樹:15歳
帝光女学院三年生。幼い頃からの教育で血統第一主義者。中流華族の血を引いていて、自身の家柄を気にしている。格下を見下し、格上と自分を比べて卑屈になると言うダメダメさん。コサージュの持ち点は15ポイント。
使用武器:模造剣
戦闘スタイル:フェンシング(サーブル)
得意技:斬撃


●今回の参加者

 fa0295 MAKOTO(17歳・♀・虎)
 fa1077 桐沢カナ(18歳・♀・狐)
 fa1406 麻倉 千尋(15歳・♀・狸)
 fa3262 基町・走華(14歳・♀・ハムスター)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa4852 堕姫 ルキ(16歳・♀・鴉)
 fa4961 真紅櫻(16歳・♀・猫)
 fa5412 姫川ミュウ(16歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●決闘者
「あなたが‥‥鳳 棕櫚さん?」
 流樹の背が遠ざかり、見えなくなった頃―――棕櫚(基町・走華(fa3262))は背後から掛けられた声に振り向いた。
「ふふ、噂どおりの人ね」
 草月 柚澄香(桐沢カナ(fa1077))と名乗った少女は、興味深げな視線を送ってくる。棕櫚としては、珍獣扱いされているようで、何だか居心地が悪い。
「あの、何か用ですか?」
「さっきの話、聞かせてもらったけど、貴女とても面白いわ。他人の為に決闘を申し込むなんて。この学園の決闘者は皆、自分の為に戦っているのよ。だから、貴女みたいなタイプは珍しい」
「ボクもですよ。ボクも―――自分の信念の為に戦っているんです」
 棕櫚がそう言うと、柚澄香の瞳の輝きが更に増した。
「ふふふ、貴女、本当に面白いわ。今回は顔を見に来ただけだから、続きはまた会った時にでも‥‥」
 柚澄香はクルリと踵を返すと、
「―――気をつけて。流樹さんは強いわよ」
 最後に忠告を残して、立ち去った。


 ツカツカツカツカ。
 憮然とした表情で、肩を怒らせて、流樹が早足で廊下を歩く。
(「この私があんな娘に遅れを取るなんてありえませんわ。ですから只勝つだけでは面白くない、『格の違い』を存分に見せ付けて差し上げねば‥‥‥!」)
 残虐な思考に酔い、口の端を歪める流樹の前に、星崎ミリア(響 愛華(fa3853))が柱の影から現れた。道を塞がれた流樹の足が止まる。
「流樹さん‥‥そのような怖い顔をしていては、幸せも逃げてしまいますわよ?」
「貴女如きに心配される必要はありませんわ。それよりも、私の道を塞ぐなんてどういう御つもり? 虫けららしく踏み潰されたいのかしら?」
「あら? 余計なおせっかいだったかしら? 御免なさい」
 流樹の態度にも微笑みを崩さないミリア。流樹は訝しみながらも、ミリアの横を通り過ぎる。その際、肩をぶつけて強引に道を譲らせる事も忘れない。
 それでもミリアは微笑みを崩さず、
「放課後の剣闘―――私も見学させて貰うわ」
 流樹の背に声を掛けるが、流樹が振り返ることは無かった。


 西洋の古城めいた帝光学園の外観通り、高級レストランを際限無く広くしたような食堂のランチメニューは、どれを取っても豪勢なものだった。料理を載せている皿一枚で高級ディナーがコースで食べられる。そんな食堂の一角で、友人から転入生と天鏡 流樹(堕姫 ルキ(fa4852))の剣闘の話を聞いた四ノ宮・美悠(真紅櫻(fa4961))の反応は、実に素っ気無いものだった。
「へぇ‥‥そうなの」
 何事も無く食事を続ける美悠だったが、全く興味が無いわけでは無い。気が向いたら見に行ってみようと考えながら、美悠は切り分けた肉を口へ運ぶ。
 同じ食堂の反対側で、話題の人である棕櫚も、芽夢(麻倉 千尋(fa1406))と並んで昼食を取っていた。
「天鏡先輩は、フェンシングの競技の中でも、サーブルが得意なの」
「サーブルね‥‥確か、馬上で使うサーベルが起源なんだっけ?」
「フェンシング、詳しいの?」
「いいや、フェンシングは初歩の初歩を教えて貰っただけで、殆ど我流みたいなものだよ」
「それで勝てるの? やっぱりやめた方が‥‥」
「自分から挑んだ以上は断れないよ。そんなの、ボクの信念が絶対に許さない‥‥!」
 瞳の奥で静かに炎を燃やしながら、棕櫚はそれにと付け加える。
「あんなくだらない理由で女の子の顔をぶつような奴に、ボクは負けないよ」
 棕櫚は強張っていた表情を和らげると、芽夢の頬を優しく撫でる。手の平を通して、棕櫚の体温が伝わったのか、芽夢の頬が薄っすらと染まる。

「ご馳走様」

 二人の会話に割って入る声は、隣のテーブルに座る少女から発せられた。
 とても目立つ格好をした少女だ。棕櫚の格好も目立つものだが、相手はそれの更に上を行っている。俗に、ゴスロリと言うわれる衣装。
 幾重にも重ねられたフリルを、少しも汚す事無く食事を終えた少女は、優雅に口元を拭く。
「御機嫌よう、私は藤原クラン。貴方が転入生の棕櫚さんですね」
 口元を拭ったナプキンをテーブルに戻し、優雅に微笑む藤原クラン(MAKOTO(fa0295))
「‥‥先輩、そんな格好してたら、また怒られますよ? ウチは校則厳しいんですから」
 芽夢が、困ったような表情で言う。
「ボクは怒られてないよ」
「棕櫚は転入したばかりだからよ」
「大丈夫よ、私が私の好きな格好をして、問題になる訳が無いわ」と問題発言をするクラン。「そんな事よりも、棕櫚さん。私、期待してますの。久し振りの転入生に、久し振りの決闘者に」
「最近、退屈が過ぎますもの」そう言ったクランの左胸には、フリルに紛れて、決闘者の証たる薔薇のコサージュが飾られている。
 流樹もそうだが、柚澄香といい、クランといい、この閉塞的な学び舎では、『新しいモノ』が余程珍しいようだ。
「ボクは先輩を楽しませる為に決闘者になったわけじゃありませんから」
 立ち上がり、芽夢を伴って食堂を出て行く棕櫚の背を、クランは楽しそうに見送った。


●舞い散る花々
 放課後。
 決闘の森は、第六闘技場。その中心に、棕櫚は立っていた。
 円形の整地を囲んで、剣闘を終えた、或いはこの後剣闘を行う決闘者と、少数ながら観戦に来た一般生徒がチラホラと立っている。
 その中に芽夢の姿を見つけて、棕櫚は軽く手を振った。
「せめて一緒に闘技場へいく」と言い出した芽夢は、先程まで審判に剣闘の中止を懇願していた様だが、審判は単なる公正な見届け人というだけの存在だし、何より本人同士が納得している以上、他者が口を挟む事などできるはずもない。
 流樹はまだ来ていない。時間を持て余した棕櫚の視線は、闘技場から見える、白い塔へと向かった。外から見た限りでは円柱形に見える。高さは六階建ての建造物と同程度のだろうか。白い壁面を蔦がびっしりと覆い、所々開いた窓枠のような穴には、鐘が収まっている。
「あれは決闘場。こんな造花を賭けた剣闘ではない、本物の『花』を賭けて闘う決闘の場所‥‥‥」
 塔に視線を奪われている間に姿を現した流樹が、闘技場の中心へとやって来る。
「もっとも、ここで参加資格を失う貴女には、関係の無い事よ」
 流樹の挑発的な口調に、棕櫚が挑むように身構える。
「その言葉、後悔させてあげるよ!」
 早くも火花を散らす二人の間に、今回の審判役である八重咲 秋芽(姫川ミュウ(fa5412))が割って入った。燕尾服にモノクルという出で立ちでやって着た秋芽は、二人を十メートル程の距離に引き離して対峙させ、流樹に模造剣を手渡すと、次に棕櫚へと歩み寄り、初の剣闘となる棕櫚に対し、剣を渡しながら、改めて剣闘に関する説明を行う。
「勝利条件は相手の『花』に触れる事、その為には己が習得している如何なる技術能力の行使も赦される。勝者は『花』に彩を一つ獲得し、敗者は一つ奪われる‥‥‥」
 説明を終えた秋芽が、棕櫚の瞳を覗き込見ながら問う。
「己が想い『花』を賭ける覚悟は?」
 棕櫚は自分の胸を飾る薔薇のコサージュを撫で、
「これがその答えだよ」
 秋芽は小さく肯き、二人から均等な距離を取った。両者が構えたのを確認し、右手を振り上げ‥‥‥
『両者共に、庭園を彩る華花の如く、御咲きなさい、その力の限り』
 上げた右手を、振り下ろす。
「―――始め!」


「ヤアアアア!!」
 開始の合図と同時に棕櫚が駆けた。彼我の距離を一息で詰め、勢いの乗った突撃を繰り出す。
 流樹は真っ直ぐ突き出された剣先を、余裕を持ってかわした。ワンピースの裾を翻して、すれ違い様に棕櫚の背中へ斬撃を放つ。
 棕櫚が振り向き様に斬撃を払い、返す剣で刺突を放てば、流樹はそれを軌道を逸らしながら受け止める。
 棕櫚が柄を握る手に力を込め、剣を押し込もうとする。
 流樹が、右手で柄を、左手で剣の側面を支えて、足を踏ん張る。
「剣もろくに使えないくせに、力だけはありますのね? 粗野な『鳳』の子らしい!」
「家名なんかで他人を判断するな! 人は、変われるんだ‥‥! 生まれなんかで人生を決め付けるな!」
「ハッ! 生まれから逃れられる者など―――いませんわ!」
 相手の剣を弾こうとする二人の力が拮抗し、両者の剣が跳ね上がる。


「荒く、鈍く、未熟、でも真直ぐで清々しい輝きを秘めた剣」
 闘技場近くの木の上で、太い枝に仁王立ちして、オペラグラス越しに剣闘を覗き見るクラン。
「紅く熟すのが楽しみですわ‥‥本当に‥‥本当に美味しそうな青い果実ですもの」
「とは言え、この勝負、棕櫚さんが圧倒的に不利なのだけれど―――」
 そう言った柚澄香は、木には登らず、クランの真下で、木の幹に身を預けながら観戦している。
「あら? 棕櫚さんとて、慣れてはいないものの、動きはそう悪くはありませんわよ?」
「流樹さんは単にプライドが高い訳じゃない‥‥訓練と経験が、その自信の裏付けになっているのよ」
 ミリアは、棕櫚と流樹から目を逸らさず、冷静に闘いを分析する。
「ところで、藤原さん」
「何かしら?」
「見上げてもいいかしら?」
「駄目ですわ」


 ヒィ―――ュンッ!
 流樹の剣が空気を切り裂く。
「ハァ!」
 連続で放たれる斬撃。それを何とか凌ぐ棕櫚だが、斬撃で散らした防御の隙間に、刺突が差し込まれる。
 咄嗟に刺突を払う棕櫚に対し、流樹は冷静に、払われた剣を切り上げてくる。
 棕櫚は剣の切っ先を、上体を逸らして回避しようとしたが、バランスを崩して後ろ向きに倒れてしまった。
 慌てて地面を転がり、膝立ちになった棕櫚へ、間合いを詰めた流樹の斬撃。
 ヒィ―――ュンッ!
 繰り出され剣は、棕櫚の喉元まで迫り―――そこで、止まった。
「これで分かったかしら?自分がどれだけ身の程知らずだったのか」
 流樹は、片膝を着く棕櫚の喉元に剣を突き付けたまま、勝利を確信し、余裕の笑みを浮べる。しかし、棕櫚はまだ諦めていなかった。瞳の奥に宿した光は、少しも翳っていない。まだコサージュへの攻撃を許したわけではないと心を叱咤し、流樹の一挙一同に集中する。
「これに懲りたら、次からは口の利き方に‥‥」
 言葉を続けながら、流樹が、素早く剣を振り上げる。
 それを見た棕櫚が、足に力を込める。
「―――気を付けなさい!」
 流樹が、剣を振り下ろす。
「ォオオオッ!」
 棕櫚が、斬撃と交錯するように、剣を突き出し、身体を前へ投げ出した。
 二人の影が交錯し、審判の持つ感知器が甲高い音を上げる。
「え?」
 初めに、驚愕に目を見開き、疑問の声を上げたのは流樹だった。流樹は慌てて振り返り、震える手で自身のコサージュに触れる。
「コサージュへの攻撃を確認! 勝者‥‥鳳棕櫚!」
 そこへ審判の口から、勝者の名が告げられた。
「そんな‥‥馬鹿な! 私が―――あんな小虫に!」
 うろたえる流樹の目の前で、突撃の勢いで崩れた姿勢を剣で支えていた棕櫚が、大きく一息ついて、真っ直ぐに立ち上がる。
「危なかった。けど、ボクが勝ったことには変わりない。芽夢に愚弄した事、謝れ!」
「フン! 今回はちょっと油断しただけですわ、たまたま勝ったからって良い気にならない事ね」
 謝罪を拒否して背を向ける流樹。そこに、いたって冷静な声で、秋芽が模造剣の返却を要求する。
「天鏡さん。帰る前に、剣を返してください」
 流樹は顔を高潮させると、キッと秋芽を睨みつけ、模造剣を乱暴に押し付けて、足早に闘技場を後にした。
 その姿を厳しい目で見送る棕櫚の身体に、後方から勢い良く、芽夢が抱き付く。
「棕櫚ー!」
「うわああああ?!」
「棕櫚凄い! 強いのね!」
 芽夢が瞳を輝かせて棕櫚を見上げる。
「いや、別にそんな事は‥‥‥」
 棕櫚が困りながらも、笑顔で芽夢の対応をしていると、
「初勝利おめでとう」
 またも見知らぬ相手に声をかけられた。
「いつか私とも決闘する時もあると思うけど‥‥その時はよろしくね」
 見知らぬ少女―――美悠は薄い微笑を浮かべてそれだけを告げると、さっさと闘技場から出て行ってしまう。
 たった半日。しかし、激動の半日だった。これが決闘ゲームに参加するという言葉の意味を、改めて実感させられた棕櫚であった。