荒夜の用心棒アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/26〜06/30

●本文

天下泰平といわれる少し前の日本。
未だ各地に戦の残り火が燻る、そんな時代。
世は治められておらず、野盗と化した落ち武者が、村や町から略奪の限りを尽くしていた。


山間にある小さな町。
町を横断する道の左右に並んだ店屋。その裏手にある最低限の住居。
 規模は小さいが、それなりに栄えた宿場町といった風情―――だったのだろう。昔は―――。
 今の町は、目に見えて寂れていた。表通りの店も半壊しているものが殆どで、人通りもまばらだ。
 町の入り口に立つ鳥居では、吊り下げられた半ば白骨化した死体が、乾いた風に吹かれて揺れている。
 そんな町の鳥居をくぐる馬が一頭。背にはカウボーイハットを被った男を乗せている。
 しかし、馬の足はそこで止まった。村の入り口を、土嚢や大きな石、取り外された柱など、そこらにあるものを手当たり次第に積み上げたオブジェが塞いでいる。バリケードだ。
 男は一旦馬を止め、着古した外套を翻して地に降りる。薄汚れたウエスタンブーツが、乾いた砂を踏んだ。


「金塊?」
 男はバリケード越しの見張りとの問答の末、町長の屋敷に招かれた。
 そこで、酒と料理を振舞われながら、深刻な顔をした町長とやらの話につき合わされている。
「この村は、今は枯れた鉱山からの移住者達が作った村でして。少量ではありますが、残っていた金を、有事の際の資金として貯蓄してあるのです」
 その金塊を狙って、連日の様に野盗が脅しをかけてきているのだ、と町長は言う。
「初めは抵抗していたのですが‥‥日に日に一人減り、二人減り。今では若い男は残っておらず、バリケードもいつ破られるか―――」
「それは、ご愁傷様」
 町長の言葉を遮って、帽子のつばを下げながら、男は立ち上がる。
「待って下さい! お願いします、用心棒になって下さい!」
 男を引き止める町長の視線は、男の腰に吊るされた無骨な銃へと注がれている。
「降伏したって助かる保証は無い! 報酬も出します! どうか!」
「断る」
 一瞬の迷いも無く発せられる拒絶の言葉。
「俺は誰ともつるむ気は無い」


「どうして助けてくれないの!」
 町を出た男の背に、糾弾の言葉が突き刺さった。
 見れば若い娘が、目に涙を溜めて此方を睨んでいる。
「今の世の中、似たような話は五万とある。一々相手をしていたら切がない」
「私の兄さんはあいつらに殺されたわ!」
「だから?」
 少女が息を呑むのがわかる。
 男は少女から目を逸らした。少女の視線に耐えられなかったわけではない。もっと厄介な事になったからだ。
「オイ、お前。あの町から出てきたな? 何者だ?」
 派手な柄の着物をだらしなく着こなした、チンピラ風の男たちがぞろぞろと近付いてくる。
「この人は用心棒よ!」
「違う!」
 少女の口を横から押さえて、慌てて否定する。
「まあ、いい。お前、金目のもん置いてけや」
「それは断る」
「あぁ?!」
 手の中の匕首をヒラヒラと振って見せびらかしていたチンピラの顔が種に染まった。
「舐めてんのか、ッらぁあ!!」
 振り上げられる匕首。匕首が反射する光を受けて、男の純和風の顔の造形の中で異彩を放つ青い瞳が輝く。
 怒轟音(どごん)ッ!
 轟音と共に、匕首が宙を舞う。
「お? おおおお?! 俺の、俺の手があああ、あぁぁ〜あああ! あ!」
 男は面積を半分に減らした手を押さえ絶叫するチンピラを意に介さず、右手に持った銃の中折れ式の銃身を振って薬莢を排出する。
「テメッ!」
 別のチンピラが腰の刀に手を掛ける。
 怒轟音!
「ぎゃああああああああ」
 刀を抜くよりも速く放たれた銃弾に足の甲を撃ち抜かれ、悶絶するチンピラB。
 またも、中折れ式の銃身を振って、薬莢を排出。しかも、いつの間に銃が左手に持ち変えられている。
 続けて、殺気だった男達が次々に武器を構える。
 中には回転式拳銃を持った者まで居たが、結果は同じだった。
 怒轟音怒轟音怒轟音怒轟音怒轟音ッ!
 男は拳銃を右に左に持ち替え、或いはトリガーを中心に回転させながら、目にも映らぬ速度で弾丸の装填、射撃、排出を繰り返し、チンピラが武器を振るう前に、或いは引き抜くより速く、手足を撃ち抜いた。
 最後に血振りをするように銃身を振って、男は深々と溜息をつく。
「面倒な事になったもんだ」


 血をぶちまけた様な赤い西洋甲冑が、半ば崩れた御堂の中で胡坐をかいている。
「そうか、用心棒を雇ったか」
 甲冑越しにくぐもった声を漏らす、野盗の首領。名を箍峰 雄鹿(たがみね おろく)と言う。
「はい、それが滅法腕の立つ奴でして」
「まぁいい。少しばかり歯ごたえがあった方が面白いってもんよ」
 雄鹿は長剣の様な軽機関銃を手に取り、腰にダイナマイトを何本も巻きつけると立ち上がり、吼える。
「野郎ども! 町の奴らがどう抵抗しようが関係ねぇ! 金は奪え! 女は犯せ! 男は殺せ! 奪いに奪って、壊滅させろ!」
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」



●時代背景
文明レベルは日本の江戸時代。でも皆普通に現代のように英単語を使うし、銃もある(電化製品や自動車の類は登場しない)。因みに、銃に関しては平民は殆どもっておらず、野盗にしても十人に一人持っていれば良い方というレベルだと思ってください。

●名前の無い男
青い目のガンマン。『ハンドレット』。
作中に一切名前が登場しない。
装弾数一発の狩猟用中折れ式拳銃を用いた、目にも映らない早撃ちを得意としている。
●箍峰 雄鹿
盗賊団首領。町が所蔵する金塊を狙っている。
赤い西洋甲冑に身を包み、分隊支援火器(軽機関銃)とダイナマイトで武装している。
●町娘
兄を野盗に殺された。


※参加者同士で相談し、上記三人の配役と、自分の演じたい役、大まかな話の流れを決定してください。配役は男女の性別が変わっても構いません。

●今回の参加者

 fa0225 烈飛龍(38歳・♂・虎)
 fa0295 MAKOTO(17歳・♀・虎)
 fa3090 辰巳 空(18歳・♂・竜)
 fa3656 藤宮 誠士郎(37歳・♂・蝙蝠)
 fa3802 タブラ・ラサ(9歳・♂・狐)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa5412 姫川ミュウ(16歳・♀・猫)
 fa5757 ベイル・アスト(17歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

「何という事を―――」
 町人達が愕然と呻く。
「手下をやられて奴らが黙っているわけが無い! すぐにでもやってくるぞ!」
 騒ぎ始める町人達。
 チンピラを撃った当の男(MAKOTO(fa0295))は、細い葉巻に火を点けると、ゆっくりと紫煙を吐き出し、
「んじゃあ、俺はこれで」
 粋な感じで指を二本立て、背を向ける。その背に、鈴蘭(響 愛華(fa3853))が食ってかかった。
「ちょっと待ちなさいよ! 撃ったのはアンタなんだから、責任取りなさいよ!」
「面倒事は嫌いでね、それに羊を守るのは犬の仕事だ」
「何よ‥‥それ?! 如何してこんなに強いくせに、その力を他人の為に使おうとしないの? 兄さんは‥‥力が無くても一生懸命に戦ったのに!」
 鈴蘭の言葉を無視して歩を進めようとする男。
「何でよ! 何で助けてくれないのよ!? どうしてよぉ!!!」
 悲痛な叫びに、ようやく男は振り返る。だが、その目に宿っているのは、静かな―――怒りにも似た侮蔑の色だ。
「俺は力があるから戦っているわけじゃない」
 男は、日本人離れした青い瞳で鈴蘭を見据える。
「力が無いってのは、戦わない理由にはならない。お前の兄が身をもって証明した事を、どうしてお前は実行しない?」
 その瞳と、何よりも言葉に、鈴蘭は息を呑む。


●町に集う無法者

 砂利。
 バリケードの前で見張りをしている二人の町人の前に、立ち止まった影がある。
 乾いた砂を踏みつけるのは、漆黒の洋装に身を包んだ賞金稼ぎ、御影(ベイル・アスト(fa5757) )だった。
「この近辺に箍峰雄鹿と言う男がいると聞いた」
 雄鹿の名を聞いた町人達が、御影に対し驚きと疑惑の視線を向ける。御影はその視線に表情を崩す事無く、
「私は賞金稼ぎだ。奴には賞金がかかっていてな‥‥何処にいるか知らないか?」
「雄鹿なら、近い内にこの村に攻めてくるだろう。俺達はそれを警戒して、見張りをしてるんだ」
 二人から話を聞いた御影は、顎に手を添えて思考を巡らした後、
「‥‥‥成る程な、事情は判った。そういう事なら手を貸そう。但し、雄鹿の首は私が貰う」


 鈴蘭に大見得を切ったものの、男は未だに村にいた。いや、男は町を出ようとしたのだが、運悪く、面倒な相手に捕まってしまったのだ。
「見つけたぞ! 此処で会ったが百年目。『奴』の仇、此処で取らせて貰おうか!」
 民家の壁にもたれ掛っている男を指差して息巻く真一(烈飛龍(fa0225))―――通称アイン。ぼさぼさの髪を後ろで一つに縛り、顔中を無精髭で覆う彼は、男を親友の仇と呼びつけ狙っているのだ。
 指を突きつけられた男は、カウボーイハットのツバを下げて溜息をつく。
「‥‥‥なんでお前が此処にいる」
「お前を追って来たに決まってるだろう。俺から逃げられると思うなよ!」
「鬱陶しい奴だな。毎度毎度、人の尻を付け狙いやがって‥‥‥」
「紛らわしい言い方をするな! 俺はノンケだ馬鹿野郎!」
 怒鳴るアインに構わず、男は壁から背を離す。
「どうでもいいが、この町は今取り込み中だ。お前も、巻き込まれたく無ければさっさとここを出ろ」
 アインへ忠告すると、男は身を翻した。


●鼠か羊か

 昼を少し過ぎた頃、町の外へ偵察に出ていた初美(姫川ミュウ(fa5412))が大慌てで駆け戻った。
「大変大変! 野盗が攻めてくるよ!」
 初美が言うには、まだ町からは距離があるものの、野盗達が村へ向かって進行しているのを確認したらしい。
「戦いましょう!」
 襲撃の報によって生まれた重い沈黙を打ち破って、鈴蘭が声を上げる。
「しかし、野盗相手に、女子供と年寄りで勝てるわけが無いだろう」
「そうだ! もうこうなったら降伏しよう。初めからそうしておけば、こんな事には―――」
 他の町人達の反対を、鈴蘭は睨みつけて黙らせる。
「降伏しても助かる保証なんて何処にもないわ! このまま黙ってやられるって言うの?」
 それでも、町人達の口からは「でも」「だが」「しかし」といった言葉が漏れる。
「女子供や年寄りだけではなく、用心棒も付くとしたら‥‥どうだ?」
「状況が状況だ、俺も手伝ってやるよ」
 ざわめく町人達に、御影とアインが進言する。
「だ、だったら私も戦う!」
 用心棒が付くと聞いて、初美が声を上げた。それに追随して、チラホラと肯定的な意見が聞こえ始める。
 そこに、口には細い葉巻をくわえながら、男も進み出た。
「少しはいい目になったじゃないか」
「アンタ、まだいたの?」
「ヤル気になったなら手伝ってやろうと思ってな」
 一瞬―――何を今更、と鈴蘭の目元が引きつったが、今は一人でも戦力が多いには越した事は無いと思い直す。
 鈴蘭の感情よりも理屈を取る姿勢に、男が微笑を浮べた。
「狩られる羊ではなく、牙剥く鼠になったか‥‥‥」
「え?」
 男は鈴蘭の顎に手を添えると、彼女が反応するより速く、唇を奪った。
「無償というのは俺の主義に反する。報酬代わりに貰っておくぞ」
 いけしゃあしゃあと言ってのける男。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
 状況に思考が追いついた途端、鈴蘭は声にならない声で叫んだ。


「頑張るじゃないか」
 作業を進める町人達に、食事を配っていた初美は、大きな材木を引き摺りながら運ぶ信(タブラ・ラサ(fa3802))に声を掛けた。
「おいらにできるのは、このくらいだから」
 初美に照れたような笑みを返しながらも、一生懸命に作業を手伝う信。
「男の子だねぇ〜」
 そんな事を言っていられる状況では無いと知っていながらも、自然と頬が緩んでしまう初美だった。
 野盗が攻めてくる。とは言え、今からでは手間のかかる仕掛けを作ってもいられない。
「町の中にもバリケードを造る」それが、用心棒達が提案した作戦だった。
 町の中にもバリケードを不規則に配置し、その陰に隠れる。盗賊達はバリケードを迂回、或いは乗り越えなければならず、その隙を突いて攻撃をする。城の防衛にも似た作戦だった。


 作業を進める町人達の声を聞きながら、長屋の自室に座する霧島 源十郎(辰巳 空(fa3090))は、鞘に納めた刀をゆっくりと引き抜いた。以前は賞金稼ぎとして、幾多の血をこの刀に吸わせてきた。最早現役を引退した身ではあるが、町人が総出で戦う以上、厄介事だと黙ってみているわけにもいかない。
 源十郎は刀を鞘にしまって腰に挿すと、ゆっくりと立ち上がった。


●襲撃

 ドス。
 バリケードを迂回して飛び出してきた野盗の横腹を、刃が貫く。長い棒に包丁を結びつけた即席の槍の柄を伝う血の筋が、初美の手にぬらりと纏わり着いた。その不快な感覚に、初美は顔を顰める。
 町の中は地獄絵図と化していた。敵も味方も入り乱れ、血を噴出し、地に伏している。それでも、町人達は良くやっている。襲撃に対し、防御と奇襲に徹する事で、何とか野盗達と対等の勝負に持ち込んでいる。
 いけるかもしれない。
 町人の誰もが思い始めたその時。
 バリケードの向こう側から、何か―――筒状の物が飛んできた。バリケードの裏に隠れる町人達の中心に落ちた、それは―――

 ダイナマイト。

 一拍の間―――盛大な爆発音。
 バリケードごと引き飛ばされた村人達の血肉が、瓦礫と共に降り注ぐ。
「ガハハハ! 舐めた真似してくれるじゃねぇか、テェ等!」
 散らばる瓦礫のその向こう。鮮血をぶちまけた様な、赤い西洋甲冑で身を固めた偉丈夫―――箍峰雄鹿(藤宮 誠士郎(fa3656))が姿を現す。
 雄鹿はバリケード越しに次々とダイナマイトを投げ込み、バリケードの影から慌てて飛び出した町人に軽機関銃を掃射を浴びせる。
「お前等もボサッとすんな! とっととあの馬鹿共を皆殺しにしろ!」
 激を飛ばされた野盗達が、弾かれたように、町人に襲い掛かる。
 獣を真似ようが、羊は羊。狼の一吼えで我を忘れて逃げ惑う。戦いに慣れているものと、慣れていない者の差が、此処に着て大きく出てしまった。
「不味いな」
 恐慌状態に陥った町人の姿に呟く御影。その隣に、源十郎が血に濡れた刀身を袖で拭いながら並んだ。源十郎は御影と視線を交わし、
「私が出ます」
 言うが早いか、向かってくる野党の集団に向かって迅りだす。
 源十郎は勢いそのままに太刀を突き出して野党の一人を串刺しにすると、刺さった刀を引き抜きながら、振り向き様にもう一人の首を跳ね飛ばす。驚いて後ろに下がる野盗に脇越しに刀を突き出して追い突き、返す刃で、逆風に切り上げる。
 源十郎が暴れている間に、御影は自分が隠れていたバリケードに駆け上がると、両手の自動拳銃を構えて銃弾の雨を降らせる。
「お前等は黙って、私に出逢わなければ良かったと後悔して―――死んで逝けば良い」
 ある程度銃弾をばら撒くと、弾倉を交換。別のバリケードに飛び移って、再び銃弾の雨を降らせる。
 男の背後で銃声が鳴った。振り返ると、男を背後から斬り付けようとしていた野盗が倒れるところだった。
「貴様を倒すのは俺だ。どこの誰とも分からない奴に得物を横取りされる訳にはいかないからな」
 アインが自分の回転式拳銃をヒラヒラと振って、不適に笑う。
「しばらくの間を背中は任せて貰おうか。安心しろ。貴様を倒す時には正々堂々正面からと決めているからな。で、なければ「奴」が浮かばれん」
 用心棒達の奮闘で、崩れかかった均衡が持ち直し始める。が―――
「注目、注目!」
 またしても、雄鹿の声。
 見れば、鈴蘭がその首を、赤い甲冑に包まれた手で鷲掴みにされている。雄鹿に、兄の仇と突っかかっていったところを、逆に捕まってしまったのだ。
「動くなよ、お前等。動いたらこの餓鬼の首をへし折るぞ?」
「卑怯な!」
 人質の存在に歯軋りする町人達。その表情を眺めながら、雄鹿は冑の下でほくそ笑む。
「いいねぇ、いいねぇ! それじゃあ卑怯な感じでもう一度―――動・く・な!」
 御影とアインも銃で狙ってはいるが、雄鹿は鈴蘭の身体を盾にしている。それにあの甲冑を遠距離から撃ち抜くのは至難の業だ。手が出せない。
「ガハハハハハ! お利口さんだなぁ。 でもよぁ‥‥‥何で『お前』は動いてんだぁ? あぁ!」
 砂利。
 砂利。
 砂利。
 風に揺れるカウボーイハットと古びた外套。ウェスタンブーツで砂を踏みしめながら進む男。日本人離れした、青い目を持つガンマン。
 男は雄鹿と一定の距離を置いて対峙すると、素早く腰に手を回し、右手を銃に、左手を弾丸を握り込む。
「テメェ‥‥‥!」
 機関銃を構えたまま、雄鹿がじりりと下がる。
 男の武器は狩猟用拳銃だ。人の身体など、盾の代わりにもなりはしない。ましてや、今正に銃を抜こうとしている目の前の男には、人質という倫理の盾も通用しない。
「撃ってっ! 私に構わず、こいつをぉぉ!!」
「黙れ小娘!」
 喚く鈴蘭の首に、万力のような力が加わった。細い首がメキメキと嫌な音を立てて軋み、鈴蘭の顔が苦悶に歪む。
 パン!
 緊迫した状況に、突如乾いた音が響いた。音のした方を見れば、地面に尻餅をついた信が両手で構えた銃からうっすらと硝煙が立ち昇っている。
「‥‥おいらだって! おいらだってっ!!」
 野盗が落としたものを拾っていたのだろう。幸か不幸か、弾丸は明後日の方向へ飛んでいったが、雄鹿の注意を逸らすには十分だった。雄鹿の注意がそれたのを悟った鈴蘭が、後ろ腰の脇差を抜き、甲冑の脚の隙間差し込む。
「うお?!」
 手の力が緩んだ隙に、強引に雄鹿から逃れる鈴蘭。
 雄六は一瞬逡巡を見せたが、鈴蘭を追わず、眼前の男に銃口を定める。
 男が動いた。
 怒轟音。
 抜くと同時の発砲音。放たれた弾丸は、正確な軌道で雄鹿が構える機関銃の銃口に吸い込まれ、内部で暴発を引き起こす。半ばから弾けた機関銃の破片が、雄鹿の甲冑のを叩き、逃げる鈴蘭を追い越して、その頬を一直線に抉る。
 男は暴発が起こると同時に側面へ飛んで破片をかわしながら中で身を捻る。
 怒轟音。
 怒轟音。
 怒轟音。
 空中での三連射。『ハンドレット(百の手)』の異名の通り、装填。射撃。排莢。を、恐るべき速度で繰り返す。
 銃口から吐き出された三発の弾丸が、宙を駆け抜け、鉄の冑を食い破り、中の頭蓋を噛み砕く。
 同時に男が地面に着地。血振りをするように中折れ式の銃身を振って、三発目の薬莢を捨てる。
 冑を打ち抜かれた雄鹿が、前後に空いた計六つの穴から鮮血を迸らせて崩れ落ちた。


●終劇

 野盗を追い払ったものの、町は散々たる有様だった。町人達は、あちらこちらで死体の回収や、家屋の修復に追われている。
 その町人達の中に目的の人物の姿がい事を確認すると、アインは大きく舌打ちをした。
「逃げられたか‥‥‥まぁいい、次に会った時こそ奴の命日だぜ!」
「元気な奴だな」
 拳を握り締めて吼えるアインの横を、身支度を整えた御影が追い越して行く。その後から、腰に刀を佩き、背に布袋を担いだ源十郎もやって来る。
「おや、皆さんも出立ですか?」
「ああ。俺は奴追わなきゃならねぇ。ま、何処かであった時は宜しくな!」
 それぞれバラバラの方向に旅立っていく男達。それに気が付いた信が、手を止めて立ち上がり、男達の背に向かって手を振る。その横顔は、何処か大人びたものになっていた。
「ちょいと、信」
「どうしたの、初美さん」
「鈴蘭見なかった? あの子、何処にも見当たらなくってさ」
「え?」


 風呂敷包みを背負った鈴蘭が、真っ直ぐ前を見詰めて歩いている。
(「‥‥あいつに、くっ付いて行ってみよう」)
 しっかりと地面を踏みしめて、薬布を貼った頬に微かな笑みを浮べながら、男の後姿を追いかける。