荒夜の用心棒 静アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/23〜08/27

●本文

 天下泰平といわれる少し前の日本。
 未だ各地に戦の残り火が燻る、そんな時代。
 世は治められておらず、盗人、辻斬り、殺し屋が、夜の闇に身を潜めていた。


 静な夜。
 他の建物より一際高い屋根の上に、波風 乙竹(なみかぜおとたけ)は座していた。
 夕暮れを思わせる濃紺色の着物に、墨を流し込んだような黒い袴。腰には脇差を佩き、珍品である細身の眼鏡を掛けている。胡坐に組んだ脚の周りには、風測器や測距器が並べられている。
 凛と張り詰めた夜気に溶け込むように背筋を伸ばし、両手で構えるのは一丁の狙撃銃だ。単体でも幾らかの減音能力を持つ細身の銃身に減音器を取り付け、箱型弾倉を嵌め込んだ機関部の上に、野太い遠見眼鏡を取り付けている。
 静な眼光と固く結ばれた口元で見据えるのは、前方―――軽く十町は先の標的。
 常軌を逸した彼我の距離を前に、男はただ自然に、髪を撫でる夜風のような静かさで―――引き金を引いた。
 パン。
 通常よりも幾分も減じられた発砲音が鳴る前に、遠見眼鏡の中の標的は鮮血に身を染めた。
 銃声の余韻が風に乗って消えていく‥‥‥
 静な夜だ。


 山道に座り込む二人の人影。
 一人は風呂敷包みを背負った少女。動きやすい旅衣装姿で腰にお守りのように脇差を佩いている。その頬には、愛らしい顔に不釣合いな、抉れた様な傷が斜めに走っている。
 もう一人は腰に銃を吊るした男。カウボーイハットに古びた外套、ウェスタンブーツと言う出で立ち。帽子の日差しの下、日本人離れした青い瞳は、疲れたような半眼になっている。
「‥‥‥‥‥‥何でぇ‥‥馬、売っちゃったのよぉ〜」
 疲労で項垂れた少女が呻く。
「仕方ねぇだろ‥‥馬の餌代が馬鹿にならん」
 空腹で項垂れた男が呻く。
「ダッサ‥‥」
 この男に付いてきたのは間違いだったかもしれないと、少女―――鈴蘭は半ば本気で頭を抱える。
 恐るべき早撃ちの名手。町を救った用心棒。そして‥‥‥鈴蘭の兄の仇を撃ち殺してくれた男。その時の事を思い出し、鈴蘭は頬の傷を指でなぞる。だらけきった男に視線を向け、その視線を地面へと戻し、大きく溜息を吐く。
 その様子を、男が半眼で睨んだ。
「ったく、文句言うな。馬は初めから、一時的な脚代わりだったんだよ」
 馬はなくなったが、その代わり懐は暖まった。町に着けばこの空腹ともおさらばできる。
 男は短く息を吐いて気合を入れると、ゆらゆらと立ち上がった。
「ホラ、行くぞ。もうすぐ次の町だ。人間なら自分の『あんよ』で前に進め」


 町の飯屋。四人がけの狭い座敷に向かい合う形で、乙竹とチンピラ風の男が座っている。二人の間を小さな蝿が、無遠慮に横断していく。乙竹は構わず、事務作業のように 淡々と箸を進め、書面を読み上げるように淡白に話を進めた。
「その男が町に入ったというのは確かか‥‥‥?」
「間違いねぇ! あんな目立つ格好してりゃあすぐにわかる! それにあの憎らしい面、忘れもしねぇ!」
 チンピラ風の男が歯軋りしながら憎々しげに、卓袱台に置かれた人相書きを睨み付けた。紙に描かれているのは、カウボーイハットに着古した外套、ウェスタンブーツと言う出で立ちの男だ。確かに目立つという意味ではこの上ない。
 このチンピラは、元は野盗の集団に属していた。だが、ある町を襲撃した際、町に用心棒として付いたカウボーイハットの男に野盗の頭を殺され、残った仲間とも散り散りになり、逃げ去る嵌めになったのだと言う。
「こいつさえいなけりゃ、全部上手く言ったんだ! 町から金を巻き上げて、雄鹿の馬鹿をぶち殺して、大金を手にできたんだ! クソ!」
 感情も露に吐き捨てる男を、乙竹は冷静な目で見続ける。
「理由はどうでもいい。金さえ払われるなら‥‥素性にも、怨恨にも、興味は無い」
「金さえ貰えれば誰でも殺すってか? おっかないねぇ!」
 男の蔑んだ口調にも、耳元を飛び回る蝿の羽音にも、乙竹は全く動じる事無く、唯淡々と言葉を紡ぐ。
「金で人を殺す人間は‥‥金にならない殺しはしない。だが―――金を受け取るわけでもなく人を殺す人間は‥‥自分の感情で、自分の判断で、人を殺す。そちらの方が、余程に厄介だ」
「ああ、そうかい。で、アンタの言う金ってのは幾らだ?」
「前払いで二。後払いで三」
「高ぇぞ! 何で前払いでそんなに取るんだよ!」
 男が提示された金額に顔を顰める。
「‥‥必要経費分だ」
 依頼主が金を払わずに逃げた時の保険だとは、勿論口にはしない。
「もしこれで失敗したら唯じゃすまねぇぞ、テメェ!」
「その程度の腕なら、とうに仕事を干されているさ。俺は金にならない仕事はしない‥‥が、金を受け取る以上、仕事は確実にこなす」
「へッ! そうかい。大した自信だな」男は耳元で飛ぶ蝿を鬱陶しそうに手で払うと身を乗り出した。
「だったらよ、もし、オレが後から報酬を払わないって言い出したら―――どうする?」
 挑むような男の視線に、やはり乙竹は表情を変える事無く、
「この世で最も金にならない仕事は何か‥‥知っているか? それは‥‥依頼主が死んでしまった仕事だ」
 言いながら、乙竹が腰の脇差に手を添える。その場の空気が凍った。周囲を飛び回っている蝿の羽音が、やけに五月蝿く感じる。
 しゃらん。
 目の前の男が動きだすより速く、乙竹が刃を抜き放つ。
「安心しろ」
 二人の間を飛び回っていた蝿が、床に落ちた。
「金にならない殺しはしない」
 乙竹が脇差を納め、男が浮かしかけた腰をゆっくりと戻す。凍った空気が動き出す。『羽だけ』を切り落とされた蝿が、床の上をモゾモゾと這い始める。





●時代背景
エセ時代劇風。文明レベルは日本の江戸時代。でも現代のような英単語もでてくるし、銃もある(電化製品や自動車の類は登場しない)。因みに、銃に関しては、平民は殆どもっておらず、その筋の者でも十人に一人持っていれば良い方というレベルだと思ってください。

●名前の無い男
青い目のガンマン。『ハンドレット』。
作中に一切名前が登場しない。
装弾数一発の狩猟用中折れ式拳銃を用いた、目にも映らない早撃ちを得意としている。

●鈴蘭
頬に一筋の傷が入った少女。以前、『名前の無い男』に助けられたり、初めての口付けを奪われたりし他のをきっかけに、男の旅に同行している。

●波風 乙竹
静寂の殺し屋。『オトタケ・ザ・サイレント』。
殺しを仕事と割り切り、一切の遊びを許さない。
高性能の狙撃銃を用い、胡坐に似た座位と呼ばれる姿勢からの射撃を好む。

●今回の参加者

 fa0225 烈飛龍(38歳・♂・虎)
 fa0761 夏姫・シュトラウス(16歳・♀・虎)
 fa3090 辰巳 空(18歳・♂・竜)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa4361 百鬼 レイ(16歳・♂・蛇)
 fa5416 長瀬 匠(36歳・♂・獅子)
 fa5757 ベイル・アスト(17歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

「もぉ、アンタってば本当計画性がないんだからっ!」
 鈴蘭(響 愛華(fa3853))は、目の前で飯を貪る男(長瀬 匠(fa5416))に愚痴を言う。
 町に入って早々、飯屋に入り食事にありついた二人。腹も膨らみ、一段落した所で、鈴蘭の口から愚痴がこぼれた。
「愚痴っぽい女だよお前は」
「誰のせいよ! 誰の!」
 卓をバンバンと叩く鈴蘭を無視して、男は食事を再開する。そんな二人の席の前に、着物から両肩を露出させた女が立った。
「ちょいと旦那。情報は要らないかい?」
「‥‥‥お前か、金なら無いぞ」
「馬を売った分がまだまだあるでしょ?」
 男は全てを見透かしたように微笑む女に舌打ちを返すと、黙り込んでしまう。
「ねぇ、この人誰?」
「私は阿国。情報屋よ」
 阿国(夏姫・シュトラウス(fa0761))は鈴蘭に自己紹介しながら、男の横に腰を下ろし、
「今回は情報料はいらないわよ。情報は鮮度が命なんだけど、この情報ももう少ししたら一文の価値もなくなるしね」と男の顔を覗き込む。
「あんた、命を狙われてるわよ?」
「いつもの事だ」
「今回ばかりはそうも言ってられないよ。仕事を請けたのは波風乙竹。沈黙の乙竹とも呼ばれる狙撃手さ」
 狙撃手と聞いて、男の顔が露骨に歪む。
 狙撃と言う手法は、狙う側にも多くの手間と高い技術が求められるが、一度アドバンテージを握られれば非常に厄介な相手となる。
「乙竹は金にならない殺しは一切しないっていう、プロ中のプロだよ。精々気をつけなさい」
 阿国は一通り喋ると席を立ち、
「私としてはあなたが生き残ってくれた方が、今後も色々面白そうな情報を提供してくれそうだから期待しているわよ」と言い残して立ち去った。


 食事を終えた二人が、宿を物色がてら町の中をぐるりと見て廻っていると、チンピラ風の男―――銀二(百鬼 レイ(fa4361))が声をかけてきた。
「よう、久しぶりだな」
 声を掛けてきたというよりは、絡んできたという方が正しい。自身の所属していた盗賊団を壊滅させた憎くき相手を前に、暗い高揚感に包まれる銀二。しかし、残念ながら彼の姿は二人の記憶に残っていなかった。
「忘れたとは言わせねぇぞ!」
「いや‥‥誰だ?」
 ブチリ―――と、早くも、銀二の堪忍袋が引きちぎれる。
「っざッてんじゃねぇえぞッ! らぁッ!!」
 言葉にならない奇声を上げて、男に掴みかかろうとする銀二の腕を横合いから伸びた手が掴み止める。
「昼日中から、暴力沙汰とは関心しませんね」
「源十郎さん?!」
 以前、共に野盗と戦った仲間―――霧島 源十郎(辰巳 空(fa3090))の登場に、鈴蘭は驚きを隠せない。
 銀二は源十郎の登場に驚きながらも、手を振りほどき、
「まぁいい。テメェのムカつく面も、これで見納めだからな」
 ツバを吐いてガンを飛ばしながら立ち去った。
 それと入れ替わりで、人混みの中から御影(ベイル・アスト(fa5757))が姿を見せた。
「お前達の周りはいつも騒がしいな」
「何で顔見知りばかりが居るんだ‥‥」
「世間は狭いという事だ」と御影は肩を竦めて見せる。
 御影は此方へ悪態を吐きながら雑踏の中へと紛れていく銀二の姿を視界の隅に捉えつつ、
「あれは確か雄鹿の‥‥」
「え?」
 御影は「いや」と首を振って、片手を鈴蘭の肩に置く。
「奴の事は俺に任せて置け。お前達は精々、婚前旅行を楽しんでいろ」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
 顔を真っ赤にして反論する鈴蘭に取り合おうともせず、御影は銀二の後を追って、雑踏の中へと消えていった。鈴蘭は取り合えず体裁を整えると、
「そういえば、源十郎さんはどうしてこの町に?」
「この町に古い知り合いが居ると聞きまして‥‥ああ、事のついでに聞いたのですが、『ハンドレット』さん。貴方、狙われているようですよ?」
「知ってるよ」
「そうですか、ではもう一つ。波風乙竹は、接近戦の腕もかなりのものと聞いています。御気を付けて」


●狩の時間
「で、三日も宿から出ずに、何やってんのよ」
「釣りだ」
「釣り?」
「この宿を遠距離から狙うなら、正面の出入り口しかない。そして、『顔見せ』も兼ねて、町を一周した時に確認したが、正面の通りを狙える場所っていうのは限られてくる」
 何処から狙ってくるかわからない相手に対処はできないが、潜伏する位置をある程度絞り込む事ができれば、勝機は見える。
「でも、それって、結局相手の攻撃を避けないといけないんじゃ‥‥‥」
「ま、その辺りは最終的には運に任せるしかないな」
 男はなんでもない事の様に、軽い調子で言ってのけた。


 夕刻。 
 黄昏刻に、男と鈴蘭は宿を出た。
 家路を急ぐ人混みをに紛れながら移動する。
「ちょっと待ってよ―――」
 鈴蘭は、時々歩く早さを変え、人と人の間に強引に身体を割り込ませながら進む男の背中を見失わないよう、必死に後を付いて行く。そして、人混みが途切れる瞬間―――男が唐突に足を止めた。
 男のコートの前が不自然にたなびくと同時に―――道の脇に積まれてた防火用の桶が跳ね上がる。
「え?」
 鈴蘭が疑問の声を上げるより速く―――
「走れ!」
 男が鈴蘭の手を引いて、狭い裏路地に飛び込む。その僅かな間に、『二発目』が帽子のつばを揺らした。
 空すら狭く感じる裏路地を二人は全力で駆け抜ける。
「―――噂通りの腕だな、面倒な!」
「ちょっとっ! 何で撃ち返さないのよ!?」
「届くわけないだろう!」
 男の銃は狙撃用の弾丸を使用してはいるが、あくまでも拳銃。射程は狙撃銃のそれと比べるのも馬鹿らしい。
 それにしても、恐ろしいのは相手の腕だ。二発は共に無音。長距離を音速で飛ぶ弾丸の爆音は、減音器を付けたからと言ってそうそう消す事はできない。音が地表まで届かない程高い建物も周囲には存在しない。
(「十町近くは離れている―――!」)
 圧倒的な彼我の距離。しかも、発砲の感覚から考えるに、相手の狙撃銃は恐らく自動装填式。手動装填式よりも制度に劣る自動装填式で、十町の距離から、あれ程までに正確な狙撃を行う相手とは如何なる化け物か。
「うぉっと!」
 思考に耽る男は、横道から現れた若者(孔之介(佐渡川ススム(fa3134)))と危うくぶつかりそうになった。
「あぶねーだろ、テメ―――ェ?」
 男は文句を言う孔之介を強引に物陰に引きずり込むと、素早く腰から銃を抜き、下から顎に押し付ける。
「服を脱げ」
「はぁ?!」
「十まで数える‥‥一つ、二つ、三つ」
「ちょ! 待てよぉ!」
 孔之介は涙目になりながら、銃を突きつける男と、顔を赤くする鈴蘭の前で急いで服を脱ぎ始めた。


 二発外した。
 現在、標的の姿は見つけることができない。
 座位で銃を構えたまま、波風乙竹(烈飛龍(fa0225))は思案する。
 二発も撃てば、相手も此方の位置を掴むだろう。そろそろ次の狙撃地点へ移動するのが賢明か。
 その時、銃に取り付けた遠見眼鏡を覗く乙竹の眼が、カウボーイハットとコートを纏った男の姿を捉えた。しかし、先程まで一緒だった少女の姿が無い。
(「‥‥別れたか?」)
 乙竹は暫くの間、人混みの中を進む男の姿を追っていたが―――
(「違う‥‥」)
 身のこなしが、先程とは全くの別人だ。と言う事は、こうしている間にも相手は確実に此方に近付いている。今から動くのは危険かもしれない。
(「奴らが‥‥此処に来るまでの道は限られている‥‥ならばそこを仕留める!」)
 斯くして、乙竹の眼が此方に走ってくる男の姿を捉えた。前を走る少女の背に隠れるように此方に接近してくる。
「女を盾にしたか‥‥‥」
 だが、いくら少女を盾にしようと、少女と男では体格が違う。はみ出ている部位を狙えば、十分に仕留められる。乙竹は冷静に男の肩に狙いを定めて、引き金を引いた。


「何で私がこんな事!?」
 鈴蘭は全力で走りながら叫ぶ。
 身代わりを立て、さらに、途中で再会した源十郎も使って時間を稼ぎ、移動しながら殺し屋が潜んでいる建物を割り出した後、男が鈴蘭に言ったのは、よりにもよって「盾になれ」だ。
「相手はプロだ。其処が付け入る隙になる」と説得されて、
「‥‥判ったわよ、アンタに死なれても困るしね!」と承諾してしまった。
(「どうして、アイツに死なれたら困るだなんて思ったんだろう‥‥」)
 アイツは―――早撃ちの名手で、鈴蘭の町を野盗から救った用心棒で、鈴蘭の兄の仇を討ってくれて‥‥‥
(「私の―――私の唇を奪った奴」)
 パン!
 鈴蘭の思考を遮るように、発砲音が響く。鈴蘭の横を空気の塊が通過した直後、視界の隅に赤い飛沫が咲く。
「隣の建物だ!」
 鈴蘭は背後からの声に押され、建物の中に飛び込む。どうやら、この建物は屋根の上に抜けられる造りになっていて、そこから殺し屋の居る屋根に飛び移るつもりらしい。
 階段を一気に駆け上がり、屋根の上に出た鈴蘭の視界に、脇差を構えて疾り来る、乙竹の姿が飛び込んでくる。
 乙竹もまた、自分達を迎撃する為に、此方の屋根に移っていたのだ。
 男が銃を構えながら鈴蘭の陰から飛び出す。だが、今度は乙竹が鈴蘭を射線の間に挟むように移動して、男に銃を撃たせない。
「鈴蘭、顎を引け!」
 男は返事を待たずに、鈴蘭の膝裏を刈って蹴り倒した。
「ぎゃん?!」
 男は色気の無い悲鳴を無視して発砲。しかし、懐へと滑り込んできた乙竹が、脇差で銃口を下へと押し込む。放たれた弾丸は、乙竹の足と鈴蘭の顔の間に穴を開けただけに留まった。男は強引に乙竹の脇差を弾くと、素早く弾倉を空けて排莢。次弾を装填。眼にも映らぬ速度で射撃準備を整えて発砲―――するも、今度は銃口を上方へと弾かれ、弾丸は轟音と共に空しく虚空を穿つのみ。
 男が旋回しながら再度弾丸を装填する。
 乙竹が男の旋廻に割り込むように斬りかかる。
 半ば背中を見せる形で銃と脇差を噛み合わせた両者は、そのまま一歩も譲らずぬと押し合う。
 戦況は完全に硬直した。


「どうなってやがる?!」
 物陰から覗き込むように身を乗り出つつ、銀二は悪態を吐いた。
 乙竹を雇い、あの憎らしいカウボーイハットの男が仕留められる様を拝もうと、物陰から様子を伺っていたのだが‥‥‥先程、乙竹の居る建物の方へ走っていったのは、間違いなくあの男だ。
「乙竹の野郎、しくじったんじゃねぇだろうな?」
 兎に角、ここからでは様子を伺えない。別の場所へ移動しようと身を起こしかけた銀二の後頭部に、硬い何かが押し当てられた。
「全て殺したと思ったが‥‥まだ生き残りがいたか」
 銀二の後頭部に鋼の質感が浸透していく―――
 声が出ない。
 ただ、冷たい汗だけが―――肌を伝い落ちる。
「先のは飽く迄仕事でな。『殲滅者』の姿を見られては困るんだよ」
 ガチリ―――と『撃鉄』を引く音。
 背後からの、死の宣告。
「貴様程度の雑魚には興味も無いが‥‥消えてくれ―――」


 バン!
 何処からか聞こえてきた銃声も、男と乙竹の均衡を崩すには至らない。
 男の足元には小さな血溜りができていた。先程撃たれた肩からの出血だ。硬直が長引けば長引くほど不利になると判ってはいても、どうする事もできぬまま、ただ時間だけが過ぎていく。
「こんな夜更けに男同士で見詰め合っているとは、お前達の趣味は理解できんな」
 均衡を崩したのは、いつの間にか屋根に上ってきた御影だった。
 御影は担いできた銀二の死体をその場に投げ下ろし、
「お前の依頼人と言うのはコイツだろう? 悪いが、訳在って始末させてもらった。もう報酬は出ないが、どうする?」
 乙竹は御影の言葉に死体を横目で見やり、
「‥‥‥馬鹿が」
 男に背を向けながら脇差を納める。そして、散らかった機材や銃をしまう為に、隣の屋根へと移動していった。
「オイ、ちょっと待て。まさかこれで終わりにするつもりじゃないだろうな?」
 男は油断無く、乙竹の背中に銃の標準を定める。
「‥‥‥もう‥‥弾代分(前金分)の仕事は‥‥した‥‥‥何より‥‥金にならない殺し程‥‥無意味なものは無い」
 回収した器材を袋に詰めて戻ってきた乙竹に、男はやれやれと首を振り、
「ああそうかい。だったら、全額‥‥と言いたい所だがそれはお前が収まらんだろう。迷惑料として半額寄越せ、それで終いだ」
「俺は‥‥俺の仕事をした‥‥までだ‥‥‥お前に金を‥‥恵んでやる義理は‥‥‥無い」
 男が示した妥協案を一蹴した乙竹は、怒鳴り散らす男を残して、さっさと屋根を降りていった。


●ED
 乙竹の歩みが止まる。
 町の出口である古びた門の前に、御影が立っていた。
「これからどうするつもりだ」
「‥‥‥‥‥‥」
「何なら良い仕事を紹介しよう‥‥少なくとも暗殺よりは金になる。丁度、狙撃を出来る奴が欲しいそうでな」
「‥‥‥仕事ならば‥‥請ける‥‥‥だが‥‥飼われるつもりは無い」
 乙竹が歩を再開させる。そのまま御影の横を通り抜け、門を潜って町を出た。


 町を出て暫くして、鈴蘭はため息混じりに呟いた。
「全くアンタと居ると命が幾つ有っても足りないわよ」
 前を行く男が立ち止まり、振り返る。
「ホントに愚痴の多い奴だな、お前は。嫌なら付いて来なければ良いだろう」
「そうは行かないわよ‥‥わ、私をキズモノにした責任、一生かけてとって貰うから!」
 男は一瞬首をかしげ、
「頬の傷の事か? 悪いとは思うが、あれは事故だろう?」
「そっちじゃない!」
 鈴蘭は間髪入れずに否定する。
「ああ、さっき転ばせた事か? あの時はああするしかなかったんだよ。何だ? 頭にコブでもできたか?」
 鈴蘭は暫く身体を小さく震わせていたが、怒りが沸点に達したところで、周囲に響き渡るほどの怒声を響かせる。
「そっちでもな〜〜〜いッ!!」