Unverbunden Garten03アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/19〜10/23

●本文

 緑に囲まれた 統一された思想の元、統一された思考を育み、『深窓の令嬢』を文字通り、純粋に培養する施設―――『私立帝光女学院』。
 広大な敷地に、西洋の城を思わせる堅牢豪華な校舎。
 中高一貫の六年生で、外部との接触も極限まで断たれた学園に、外部からの余計な雑音が入る事は無い。
 しかし、全ての生徒が学園の思い通りなるかといえば、そうではない。
 学園の隔離と教育をもってしても、己を見失わない者は少なからず存在した。そうした少女達の学園への反発心を抑える為に学園が提案したのは、『花』を賭けて闘う決闘ゲームだった。ゲームの勝者には、理事長が、その莫大な財力をもって、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるという。
 願いを叶えられる一人を除いたその他大勢の者に、足掻いても変えられない現実を味わわせる、残酷な罠。しかしそれでも、決闘者となった少女達は、闘いを続けるのだった。


 『決闘の森』の中央に聳える白亜の塔、その頂上。
 『決闘場』と呼ばれる広く平らな円形闘技場の中心で、哉三澤 藤枝(かなみさわ ふじえ)は焦りに顔を歪める。
 相手は常勝不敗を貫く怪物。されど、藤枝とて五十を越える『剣闘』を経てた実力者。必ずや勝利を手にすると、この『決闘』に挑んだのだ。
 油断は無い。
 慢心も無い。
 手加減無用。
 だが―――
 しかし―――
(「馬鹿な!」)
 相手の模造剣の一撃を受けた瞬間から、そんな考えは木っ端微塵に打ち砕かれた。
 出鱈目な軌道で、手足を力任せに振り回すだけの乱撃。
 だというのに、強い。
 恐ろしく、速い。
 全く、読めない。
 攻撃のどれもが、必殺の威力と速度をもって、先読みの聞かない、完全なランダムで繰り出されるのだ。
(「こんなものは剣術じゃない! 武術ですらない!」)
 暴力。
 そう言い表すしかない。
 並外れた膂力と反射神経、柔軟性と当て感。
 特に鍛えた訳でも、誰に師事した訳でも無い。
 全ては持って生まれた天賦の才。
 南郷 葦生(なんごうあしき)―――決闘者最強のド素人。
 苛烈な攻撃の合間を縫って、藤枝が模造刀を振るう。が、その一撃は空を切った。葦生が極端に上体を反らし、回避したのだ。しかも、その不安定な姿勢から剣を振りぬいてくる。
 藤枝は咄嗟に一撃を受け止めるも、二歩、三歩と蹈鞴を踏む。刀を構え直そうとした藤枝の懐に、体勢を立て直した葦生が迫った。
 拳で刀を打ち上げられる。次いで繰り出された蹴りを、上半身を逸らして何とかかわす。けれど―――そこまでだ。
 動けない。
 藤枝が動きを止めた一瞬を逃さず、剣が胸のコサージュを薙ぎ払った。
 ビーーーーーー!!!
 広場に鳴り響く電子音。広場の外周を囲むようにズラリと並んだ審判が、一斉に右手に持った旗を揚げる。
「勝者―――南郷 葦生!」
 審判達が勝者の名を告げると同時に、決闘場の至る所に取り付けられた鐘が、一斉に澄んだ音色を響かせた。


 葦生は膝を着く藤枝を残して、踵を返す。
 決闘場の隅にはどうやって運び込んだのか、天蓋付きの巨大なベッドが置かれていた。
「お帰りなさい。どうだった? 今回の獲物は」
 ベッドの上に裸体を晒し、侍らせた肌も露の少女達と身体を絡ませる淕堂 マリア。
「もう興味は無ぇよ」
 葦生は力で相手の心をへし折る事に至上の喜びを感じるが、心が折れた相手には何の食指も湧かない。
「あの、棕櫚って娘。また勝ったんですって。ああいうのも天賦の才って言うのかしら‥‥ねぇ?」
 喘ぐ少女の首筋に歯を立てながら、マリアは嗤う。
「そろそろ仕掛けようと思うのだけれど、葦生はあの娘と闘ってみたい?」
 葦生はパーティーでの一件を思い出す。
 あの‥‥‥挑むような眼。
 まるで、葦生に勝てるとでも思っているかのような、目の輝き。
「気に入らねぇ‥‥‥」
 葦生は眼を血走らせながら低く唸る。
「オレの事を舐めた奴は一人残らずブチ砕く! 二度と舐めた目でオレを見れねぇようになぁ!」
「ならば結構」
「でもよ、ただ挑発して倒すだけじゃないんだろう?」
「ええ。私の目的は、彼女の体だもの。それに彼女は未だ決闘権を得てはいないわ」
 マリアは含み笑いを漏らし、
「でも、決闘の掟には一つだけ例外がある。決闘権の無いものは、それに相応しい『何か』を賭ける事で、決闘場に立つ事ができる」
「但し―――その『何か』はこちらが指定できる。か」
「そう言う事。挑発して舞台に上げ、自身の身体を賭けさせる‥‥‥。妃、貴女にも手伝ってもらうわよ?」
 『花』の所持者は飽く迄も挑戦を受ける側であり、自分から決闘を挑む事はできない。闘うのならば、相応の手間が必要だ。
 マリアの声に、ベッドの脇に控えていた烈驚院 妃(れっきょういん きさき)は、
「畏まりました、マリア様」
 微笑みながら頭を垂れる。


 棕櫚は窓の外を眺めながら、物思いに耽っていた。
 自身の左胸を飾る薔薇―――決闘者の証のその意味を。
 決闘の末に手に入れる『花』の正体。そして少女を我が侭に扱う生徒会長。
 考えた所で今の自分にはどうしようもない。実力が違いすぎる。
「でも―――」と思う。
「できるかできないかの問題じゃない。やるんだ」
 白馬の王子様がいないなら、自分が王子様になればいい―――
 そう誓った日の事を思い出す。
 棕櫚の瞳に決意が宿った。


【決闘】
放課後、決闘の森にある塔の頂上で行う。
●ルール
・左胸に着けた薔薇のコサージュを決闘者の証とする。
・『決闘』には、これまでに『剣闘』によって50P以上の勝利ポイントを蓄えたものだけが参加できる。(但し、勝利ポイントと等価の『何か』を賭けた場合のみ例外が発生する)
・原則一対一。
・得物は木製の規定の模造剣(全長約80cm)と模造刀(全長約90cm)のみ。
・審判は学園が選んだゲーム非参加者が執り行う。
・相手の攻撃がコサージュに触れた時点で敗北となる。
・現王者に勝てば『花』を得る。負ければ自身のコサージュを失う。

●鳳 棕櫚:14歳
帝光女学院に最近転校して着た二年生。
ボーイッシュで運動神経が良く、普段から紳士的な言動を心がけているが、根は熱い。
決闘者。
得物:模造剣
流派:フェンシング(我流)
得意技:突撃

●南郷 葦生:18歳
帝光学院六年生にして生徒会副会長。
学園では珍しい、生粋の不良。暴力で相手を屈服させる事を至上の喜びとしている。
決闘者であり、決闘場の現王者。常勝不敗の記録を持つ。
得物:模造剣
流派:てきとー
得意技:乱撃

●淕堂 マリア:18歳
『マグダラ』。
帝光学院六年生にして生徒会長。
極めて怠惰であり、百合属性。快楽で相手を屈服させる事を至上の喜びとしている。
非決闘者。


●烈驚院 妃:14歳
帝光女学院二年生。
理事長の姪で、造花(コサージュ)ではない本物の『花』。
隷属性が強く、受動的な言動が多い。
現王者である南郷 葦生の所有物だが、葦生の命でマリアに仕えている。

●今回の参加者

 fa0295 MAKOTO(17歳・♀・虎)
 fa1077 桐沢カナ(18歳・♀・狐)
 fa1406 麻倉 千尋(15歳・♀・狸)
 fa3028 小日向 環生(20歳・♀・兎)
 fa4031 ユフィア・ドール(16歳・♀・犬)
 fa4614 各務聖(15歳・♀・鷹)
 fa4956 神楽(17歳・♀・豹)
 fa5412 姫川ミュウ(16歳・♀・猫)

●リプレイ本文

 廊下を歩く鳳 棕櫚(ユフィア・ドール(fa4031))の前に、烈驚院 妃(各務聖(fa4614))が立った。相変わらず、顔に微笑を浮かべている。逆に、それ以外の感情も、心情も読み取ることはできない。
 妃の事を気にしていただけに、棕櫚にとって彼女の突然の登場は驚きで―――一瞬、言葉に迷う。
「ど‥‥どうしたんだい? 烈驚院さん。ボクに何か用かな?」
「助けてください」
 登場と同じく、妃の言葉は唐突だった。
「‥‥‥へ?」
「棕櫚様助けてください私はマリア様の手から逃れたい一身で今こうして逃げおうせてきたのです」
 そんなことを笑顔のままで言われても困る。それになんだか棒読み臭い。
「棕櫚様、私を葦生様に決闘で勝って助け出して下さいませ」
 困惑する棕櫚に構わず、頭を下げる妃‥‥‥周囲の視線が、痛い。
「ちょっと、烈驚院さん!」
 棕櫚は慌てて妃の顔を上げさせた。妃は相変わらず微笑を浮かべたままで、軽く小首を傾げる。
 まるで、初めからこの表情を浮かべた状態で生み出された人形のようだと棕櫚は思ったが、すぐにその考えを振り払い、
「わかった。取りあえず詳しい話を聞くから、場所を移そう」
 周囲を見回す棕櫚の視線の先に、笑みを浮かべた藤原クラン(MAKOTO(fa0295))と草月 柚澄香(桐沢カナ(fa1077))の姿が目に入る。二人は棕櫚が気づいたのをきっかけに、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「所持者を飾るべき『花』が一人で出歩いているものですから、何事かと思いまして‥‥‥失礼とは思いましたが、お話は聞かせて頂きました」
 クラウンは和やかな口調とは裏腹に、眼を細めて妃に問う。
「それは本当に貴方の心が発した言葉? 貴方の心が欲して紡いだ言葉なのかしら?」
「藤原様の思うままに」
 クラウンの詰問にも、妃は笑みを崩さない。ここまで行くと、ポーカーフェイスといった類のものではない気がする。クラウンは問い詰めるのを諦めて、
「鳳さんは、本日は気分が優れないそうよ。日を改めることを勧めますわ」
「そうですか。畏まりました」
「棕櫚様、また後日」と丁寧に礼をしてあっさりと引き上げる妃の背を、呆然と見送る棕櫚の肩に、柚澄香の手がかけられた。
「棕櫚さん、妃さんの言ってること本気にしちゃだめよ? 妃さん流の冗談なんだから」
「冗談って‥‥」
 それは、あまりに苦しいだろう。


「マリア様、申し訳ありません」
 パシンッ!
 失敗してむざむざと引き返してきた妃の頬を、淕堂 マリア(小日向 環生(fa3028))が勢い良く打った。
「使えないわね」
 吐き捨てるマリアと打って変わり、この状況を楽しむように、南郷葦生(神楽(fa4956))は尋ねる。
「そんな事より、どうするんだ? 獲物が餌に喰いつかねぇんじゃ、釣り上げらんねぇぞ」
「わかっているわよ。今度はいきなり本命を狙うんじゃなくて、周りから埋めていきましょう」
 マリアは爪を噛みながら思案に耽る。せっかく棕櫚の為に高めていたモチベージョンを下げなければならないのは不本意の極みだが、まぁいい。
「お楽しみはこれからよ」
 マリアの舌が、唇を淫靡に舐める。


 数日後。
「ねぇ、棕櫚‥‥」
 意気消沈した結嵋 芽夢(麻倉 千尋(fa1406))に声をかけられ、事情を聞いた棕櫚は、一瞬、怒りでわれを忘れそうになった。
 芽夢が言うには、数日前から実家の会社に嫌がらせが続いているという。その相手というのが生徒会長の実家の会社だとも。
「私‥‥どうすれば良いのかしら、棕櫚」
 縋り付く様に視線を上げる芽夢を棕櫚は優しく抱きしめて、
「大丈夫だよ。ボクが必ず何とかして見せるから」
 芽夢を落ち着かせると、棕櫚は生徒会室目指して駆け出した。


 棕櫚は怒りに任せて生徒会室の扉を開けた。中にはそれぞれの席に座る、マリアと葦生以外に人気は無い。
 棕櫚はまっすぐにマリアの机に近づくと、怒りに任せて叫んだ。
「卑怯者!」
「言いたい事はそれだけかしら?」
 しゃあしゃあと言ってのけるマリアに、棕櫚は怒りで顔を歪める。強く喰い締めた奥歯がギリリと鳴った。
 その表情を見て、マリアの背筋が震える。
(「なんて愛らしい! なんて魅力的な顔なのかしら!」)
 この顔を、もっともっと恥辱で歪めたい。
 そんなマリアの心中に気づかず、棕櫚は一言一言、怒りを押し込めながら言葉を吐き出す。
「目的は何だ?」
「貴女自身」
「だったら、初めからボクを狙えば良いだろ」
「その為に、妃を嗾けたのよ。正直、あんな屈服のさせ甲斐のない小娘なんてどうでもいいのよ、私は」
「だったら、ボク自身を『対価』として、決闘を申し込む! 僕が負ければアンタ達の下僕にでも何でも好きにすればいい‥‥でも、僕が勝てば、芽夢に手を出すな! 妃も解放してもらう!」
「―――だそうよ、葦生。どうする?」
「決まってんだろ!」
 葦生は待ってましたとばかりに机を踏み台にして跳躍。棕櫚の目の前に着地した。ゆっくりと立ち上がりながら、棕櫚のつま先から視線の高さまで、舐め上げるように凝視し、ガンをつける。
「喧嘩は買う! 受けて立つ! 舞い上がった馬鹿は、叩き落して磨り潰してやる!」
 葦生は喉を低く唸らせた。
 その眼を、棕櫚が真っ向から睨み返す。
 気にいらねぇ―――
 葦生の腹の中にどす黒い『何か』が渦巻く。
 この眼だ。
 この眼が気にいらねぇ。
 潰す。鼻っ柱をへし折ってやる。
 葦生は顔に、サディステックな笑みを浮かべた。


 決闘場へ向かう途中、一階の廊下に並ぶ巨大な大理石の柱の影から、クラウンが姿を見せた。別段、棕櫚の進行を遮った訳ではないが、棕櫚は自然と足を止めていた。
「本当に戦いますの?」
 クラウンは棕櫚を静かに諭す。
「未だ早い、そう申していますの。貴方は未だに届いていない。それでも挑みますの? 例え届かなくても? 例え敗れても? 例え総てを失う事になっても? それでも?」
 クランの問いに、棕櫚は動じることなく、静かに頷いた。
 その姿にクランは諦めた様に溜息を吐き、次の瞬間には愉快そうに微笑んでいた。
「ならば止めませんわ。己が覚悟と決意、信念を剣に籠めて挑みなさい」


 決闘の森の中心に聳え立つ、白亜の塔に巻き付くようにかけられた螺旋階段を上った先に、広く平らな円形闘技場が現れる。
 決闘場。
 決闘者達からそう呼ばれる聖地に二人の決闘者が姿を現した。
「甘ちゃんな奴の心をへし折って、絶望にあの瞳を染め上げられれば、少しは楽しめるのかもな」
 棕櫚の決闘場到着を確認した葦生は、これから始まる嗜虐を創造し、酔う。
 闘技場を取り巻くジャッジの中から一人の少女が進み出た。
 燕尾服姿にモノクルを左眼に、腰に銀の短剣をさした八重咲 秋芽(姫川ミュウ(fa5412))は両者の間に立つ前に、例によって決まり文句を口にする。
「勝利条件は相手の『造花』に触れる事、その為には己が習得している如何なる技術能力の行使も赦される」
「勝者は『花』を獲得し、敗者は奪われる」
「己が想い『花』を賭ける覚悟は?」
 黙ってうなずく両者にそれぞれの剣を手渡す。その後二人から距離をとり、手を天に向かって振り上げた。
「庭園を彩る華花の如く、御咲きなさい、その力の限り!」
 秋芽の宣言と同時に、決闘開始の鐘が鳴る。


「その眼、気にくわねぇな‥‥」
 葦生は余裕をもって、棕櫚の斬撃をスウェーでかわす。そしてお返しとばかりに繰り出すのは、ただただ思いつきだけで打ち込む、暴力の乱撃。
 あの眼だ。
 これ程の彼我の実力差を前にしておきながら、希望を捨てていない。葦生に勝てると思っている。
 気に入らない―――その鼻っ柱を叩き砕いてへし折って、粉々にしてやる。屈服させてやる。
「奇跡なんぞ起きない。現実の非情さというモノを、思う存分叩き込んでやるよ!」
 葦生の怒りが牙を向く。
 強烈な前蹴りをくらい、棕櫚の防御が蹴散らされる。
 痺れる腕に歯噛みして、棕櫚は改めて、葦生の力に戦慄を覚える。
 まるで獣と戦っているようだ。人とは根本的な部分で造りが違う。そんな強さだ。だが、相手は獣ではない、人間だ。そしてこれは決闘というルールに縛られたリングだ。
 相手の攻撃は恐ろしく速いとはいえ、単なる大降りの連続。そして、決闘者なら、最後には必ず左胸のコサージュを狙ってくる。
(「その瞬間にすべてを賭ける!」)
 だが、事はそんなに簡単ではない。斬撃の一撃一撃が、腕を跳ね飛ばさんと、防御を揺さぶる。攻撃は紙一重の位置でかわされる。圧倒的な身体能力の差がそこにある。
 それでも退けない。退くわけには―――いかない!
「ハッ! つまらねぇ。てめえの実力なんて、所詮そんものなんだよ!」
 そんな棕櫚の思いを打ち砕かんと、葦生が渾身の力で剣を振り下ろした。
「終わりだッ!」
 ぼうぅう。
 風が潰されくぐもった斬撃音を鳴らす。
「今だ!」
 棕櫚は身を屈める。弓の弦を引き絞るような一瞬。剣を突き出しながら踏み込む。
「ハアアアアアアアアアア!!」
 葦生の剣の軌道は、棕櫚の突撃によって遮られ、棕櫚の剣先は真っ直ぐに、葦生の左胸を打つ。
 決闘上に―――ひいては学園全体に響き渡る鐘の音が、王者の陥落を告げる。


「勝者―――鳳 棕櫚!」
 ジャッジである秋芽の勝者宣告を聞いても、葦生の怒りは収まりそうにない。
「このオレが破れるだと! オレが! このオレがぁああ!!」
 勝敗を見届けたマリアは、吼える葦生に一瞥をくれると、他者には聞き取ることのできないほど小さな声で、
「使えないわね」
 呟き、不機嫌も露に決闘場を後にした。
 死闘を終えて荒い息を吐く棕櫚の前に、妃が立つ。何事かと見つめる棕櫚の前で、妃は優雅な一礼を見せた。
「これからよろしくお願いします、鳳棕櫚様」


●後日談
 決闘が終わってからというもの、妃は棕櫚の後をずっと着いて来る。時にはトイレや風呂の中までだ。
 流石に棕櫚が参って、着いて来るなと命じると、その場で一時間も二時間も立ち尽くしている。これには棕櫚の方が根負けし、今は好きにさせている。
「ボクはこんなつもりで決闘をしたわけじゃ‥‥」
 棕櫚が決闘を挑んだのは、そもそも義憤に駆られてのことである。その対象である葦生を倒し、マリアの意図を挫いた今、妃の行動を束縛するものは無い筈だ。
 しかし、いくら説き伏せようとしても、
「花は勝者の元に行くのが決まりとなっております」と微笑まれてしまう。
 棕櫚はどうしたものかと頭を悩ませながら、傍らを歩く妃に声をかける。
「あのさ、烈驚院さん‥‥ボクは君を自由にしたいだけなんだ。だから‥‥所有者や主人なんて関係じゃなくて『友達』になろうよ」
「トモダチ‥‥そんなものを棕櫚さんは信じているのね」
 声は妃のものではない。いつの間にか傍まで近づいていた、柚澄香のものだった。
 柚澄香は振り返る棕櫚の顔を覗き込みながら、
「―――でも、これだけは覚えていて。人は誰でも自分が一番可愛くて大事なの。だから、この学園の生徒は自分の為だけに戦い、自分の為だけに他人を蹴落としていくのよ。そして『花』はその為の道具でしかない」
「でも―――」と反論しようとする棕櫚の言葉を、柚澄香は遮って、
「『花』は扱いが難しいわよ。枯らしてしまわぬように気をつけて、ね」
 好戦的な笑みとともに立ち去った。
 これより先、決闘者としての棕櫚の戦いは、より多くのものを巻き込んで、巨大なうねりとなるのである。